俺の嫁 異世界来たら 本気でた
巷で、異世界転移やら異世界転生やらの漫画や小説が流行ってるらしい。
その話をしてくれたのは、最近になって結婚したウチの嫁三八歳。
趣味でネット小説を書いてる彼女は、ひどく嬉しそうにその話をしてた。
俺はと言えば、話はほとんど聞き流しながら、彼女が得々と表情豊かに話す姿に見惚れてましたよ。
なにせ、俺五〇歳。
一回り年下の彼女とは新婚さんですから。
でも、今になって思うわけだ。
きちんと、あの時、彼女の話をよく聞くか、もしくは趣味の共有と自分の心に言い訳しながらでも、そのジャンルの本を多少なりとも勉強しておくべきだったな……と。
「……きた。」
目の前に広がる光景を前に、嫁がつぶやく。
「きたきたきたきたきたきたきたきたきた~~~~~~~~!!!!!!」
続いて、嫁の口から上がったのは、歓喜の叫びだ。
俺の方はそれどころじゃなくって、茫然自失状態。
だってさ、ついさっきまで空港に居たんだよ?
なのに、外へ続く自動ドアをくぐりながら、外のまぶしさに目を細めたほんの一瞬の間に、目の前に原生林としか思えないほど鬱蒼と茂った木々が立ち並んでるとか、一体どんなドッキリだよ?
背後に広がるのは……うん、真っ新な砂浜に青い海。
空には雲一つない、いい天気だ。
いやあ、地中海って綺麗なんだな。
新婚旅行、地中海にしてよかったよ。
そんな風に俺が現実逃避をしている間、嫁はなにやら色々と試してる。
「ファイアーボール!」
ちゅどーん
嫁の言葉と同時に、直径が俺の身長くらいはありそうな火の玉が彼女の手の中から生まれて海に向かって飛んでいき、海面に激突すると水蒸気をまき散らす。
――うん。
火の玉だね。
「ウォーターボール!」
ばっしゃーん
――今度は水の玉か。
火の玉と同じように海に飛んでいくと、勢いよく水面に激突して海水のしずくがこちらに向かって飛んでいた。
もうちょっと、遠くに落としてほしかったかな。
びしょ濡れだよ。
「エアカッター!」
しゅばばばば
――お次は、海面を縦に切り裂く風の刃?
これはちょっと分かり辛いな。
「んーと、最後はストーンウォール!」
ずももももも
最後は砂浜の真ん中に、竹の子みたいに生えてくる土の壁。
――なるほどなるほど。
ウチの嫁さんは、魔女だったのか。
きっと、これもまた夢なんだろう。
多分、俺は、まだ飛行機の中で寝てるのに違いない。
半ば現実を放棄して頷く。
だって、家事の下手な専業主婦の嫁さんが、昨日まで使えなかった魔法を使ってるなんて現実的じゃないじゃないか。
そんな俺の背後で、嫁が倒れた時の派手な音で、ハッと我に返る。
「嫁~~~~~!!!!!!」
――あんなに元気に魔法を連発してたのに、一体何が起きたんだ?!
俺は、大慌てで彼女に駆け寄った。
結論から言うと、俺達は、どういう訳だか異世界とやらに迷い込んでしまったらしい。
あの後、目を覚ました嫁に言われて『ステータス』と唱えたら、システムウィンドウらしきものが現れたんだよ。
もう、夢オチである事に期待するのはやめた。
嫁に噛みつかれたら、夢だとは思えないほど痛かったし。
本当に、痛かったし……。
なにも、血が出る程齧る必要はないと思うんだ。
むしろ、かみつくのが間違ってると思う。
普通はほっぺをつねるとかだよな?
ちなみに、嫁が倒れたのはいわゆる魔力切れってヤツだったらしい。
目が覚めた今は元気いっぱいだ。
まぁ、元気で何より。
「旦君も私も、二〇歳も若返ってるんだねぇ。
三〇歳の旦君も、かわいいね。」
『旦君』って言うのは、俺の事だ。
ただ、俺の名前じゃなくって『旦那』の『旦』に君付けしたらしい。
なんで名前で呼ばないのかと聞いたら、自分の事を『嫁』って呼ぶからだと返された。
それなら仕方ないか、と、その時になぜか納得しちゃったもんだから、その呼び方で固定されてる。
「私は魔法の才能と錬金術スキル。
団君は言語系の才能と商人スキル。
これって、アレだよね?」
「アレって?」
「商売無双系チート?」
「なにその無双とかチートって。」
チートって、ズルとかそういう感じの言葉だよね?
なんか、イメージ悪いんだけど。
俺が戸惑う様子から、そういった知識がないことを察してくれた嫁が、手取り足取り腰取り『商売無双系チート』についてレクチャーしてくれて、なんとか理解したころには、もうとっぷりと日が暮れていた。
寝る場所は、嫁が魔法で何とか作り出してくれたストーンウォール小屋。
ベッドや布団なんて贅沢なものはなかったけど、なにはともあれ屋根の下で眠れるというだけでも安心感がある。
気温も、布団を掛けないでも問題ない程度だったのも良かった。
それにしても、若返った嫁は滅茶苦茶可愛い。
元の三八歳の嫁も可愛かったけど、更にイイ。
幻滅されないように、俺もがんばんないとな。
それにしても、嫁様々、魔法様々だ。
汗と砂粒で汚れてた体は、『洗浄』の魔法ですっかり綺麗になった。
その上で食事の方も、嫁が海外旅行で日本食が恋しくなった時用にと持ち込んでいたカップラーメンを魔法で出した熱湯で美味しくいただけたし。
「なんか、ビックリするぐらい大きな荷物を持ってると思ってたら、こんなに食料持ち込んでたんだね。」
「備えあれば、憂いなしって言うから、つい?」
この世界に紛れ込んだ時、身に着けていたものや握っていたものも持ち込まれてたのには、本当に感謝するしかないよね。
嫁が持ち込んでたのは、カップラーメン六食分の他に、飴玉、お茶のティーバッグ、インスタントコーヒー、インスタント味噌汁、小瓶のしょうゆ、中濃ソース。
しょうゆとソースは、調味料のメーカーにうるさい俺仕様。
嫁の愛が身に染みる!
この持ち込んだ代物は、どうやら材料さえそろえば錬金術で作れるらしいから、この嫁に今のところ死角は見当たらない。
今も絶賛、嫁の魔法『探知』頼りで人里を探して移動中だ。
もう、嫁なしで俺は生きられないんじゃないだろうか?
この後、人里にたどり着くまでの間、俺はずーっと嫁のおんぶにだっこ。
いろんな意味ですべての面倒を見てもらった。
その代わりと言っちゃあなんだけど、人里に着いた後は俺のターンだったよ。
なぜかって言うと、嫁はこの世界の言葉を話せなかったから。
俺は、自分に与えられた才能とスキルを使って、嫁との生活を安定させた。
子供が生まれたときは、本当に嬉しかったな。
結婚した時点で五〇歳だったから、子供は諦めてたんだよ。
それが、この世界に来て二〇歳も若返ったお陰で、三人もの子供に恵まれることができた。
「旦君~!
新しい商品、試作できたよ~?」
「ああ、今見に行くよ。」
なんだかんだで、もうこの世界に来て二〇年。
あっちの世界で半分引きこもりだったウチの嫁は、今日も元気に頑張ってる。
誕生日だったので、なんか、新しいのを書いてみた。