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短編・ショートショート

幼き少女の不幸で幸せな物語

作者: いと

 外の動物も静まり、双子の娘と一人の母親が一緒の布団に入り、寝かしつけようと昔話をしていた。


『今から二百年前、神様が生まれました。神様は人々から信仰され、次第に人が増え、神様一人では管理できないほど人類が増えてしまいました』


 双子の内妹の方は少しうとうととし、次第に眠りにつく。姉の方はまだ眠くないのか、母親の話を真剣に聞く。


『この大きなミルダ大陸を三分割にして、それぞれに神様を置こうと考えました』


 昔話を思い出しながら話しているのか、時折止まるが、それでも姉は真剣に聞いていた。


『魔法が大好きな神様。物を作るのが大好きな神様。そして、動物が好きな神様をそれぞれ配置しました。しかし悲劇は起きたのです』

「ひげき?」


 唐突な話の変化に疑問を覚える姉。


『動物の好きな神様は、次第にいたずらを覚え、それぞれの神様の土地に動物を送り、悪さをしました』


 母親が手で犬の形を作る。ロウソクの小さい火の配置がちょうど良いのか、天井に大きな犬の影ができる。


『怒った神様は動物の好きな神様にお仕置きをしました。そして動物の好きな神様は、小さいお部屋に閉じ込められましたとさ』

「ど、どうぶつのすきなかみさまはどうなったの?」

「そうね。今でも小さい部屋に閉じ込められているかもしれないわね」

「えー!」

「だから、エルルも悪いことをしたら、小さい部屋に閉じ込められるかもしれないから、気をつけるのよ?」

「わ、わるいことしない!」

 脅えたのか少し震えている。これでは寝かしつけるつもりが怖がらせて眠れなくなってしまう。


「ふふ、エルルは良い子だからきっと大丈夫よ。もし明日良い子にしていたら、リンゴのパイを作ってあげるわよ」

「ほんと!」

「でも、良い子は早く寝ないとねー」

「ね、ねる!」


 布団に潜り、頑張って寝始める。このときの子供というのは単純で純粋だが、そこがかわいい。

 だからこそ、この大事な時期のしつけが人生を左右させるのだろう。


「……すー」


 いつの間にか寝始めたエルルと呼ばれた少女。頭をなでて母親は布団から出る。

 部屋から出ると、父親と思われる男性が一枚の紙を持って難しい顔をしていた。


「小さい小部屋か」

「あら、聞いていたの?」

「懐かしい話だからな。俺も小さい頃によく聞かされていたよ」

「ふふ、母親を思い出したかしら」

「よせよせ、あの実家は二度と戻りたくない」

「まあ、小さい部屋に今でも閉じこもっていたら、こんな世界にはなってないでしょうね」

「そうだな」


 男性は紙をテーブルに置いて一息つく。


『魔獣大量発生により、ミルダ大陸北西にいる人間は、階級問わず捕まえ、取り調べを行う。場合によっては


 その場で処刑を行う』


.☆


 昔話をしてから五年後、世界は混乱に包まれていた。

 魔獣という存在が現れ人を食し、場合によっては人間の形をした魔獣が現れるようになった。

 魔獣が現れたと言われているミルダ大陸の北西は厳重な管理が施され、国境からは人が出ることが許されない状況にまで陥っていた。

 つまり、北西で生まれた人間は、そこで一生暮らすか、魔物に食われるかの二択を迫られていた。

 とはいえ、北西にもいくつか町が存在し、それぞれの自治体が最後まであきらめない体制を取り、他の町との情報の共有や自治体による軍の結成等をして魔獣に対処していた。

 そんな北西に生まれ育ち、まだ世界を知らない二人の少女が、洗濯物をせっせと運んでいた。


「お母さん! ここに置くよ!」

「ありがと。ふふ、重かったでしょ」

「お布団がすっごく重かった!」


 双子という理由かどちらも顔つきが似ている。どちらも目が母に似ていて少しキリッとしている。どちらも十歳ということで幼いが、それでも女子特有の場所は膨らみかけていた。

 唯一の違いは髪の長さで、姉のエルルは長い銀髪を二つにまとめてツインテールにしいる。

 妹のクルルは少し短い髪を一つに結び、ポニーテールにしていた。


「でも二人で持てば大丈夫だったでしょ?」

「まあね!」

「お姉ちゃんとなら何でもできるよ!」


 笑顔で家事をする母親と双子から、世界が混乱しているとは連想しがたいが、この間にも人は死んでいる。

 父親はそれぞれの町で食材や新聞を運ぶ仕事をしているため、居ない日がほとんどだが、帰ってきたら思いっきり甘えるのがこの双子である。

 決して裕福では無いが、幸せでは無いとは言わない。 精一杯生き、きっと来る永遠の幸せを、彼女たちは待っていた。


「ん? 今、馬の声が聞こえた!」

「え! お父さん!」

「あら、今日は早いわね」


 馬の声が聞こえたら、それは父の帰りの音であり、家族が揃う合図である。


「ただいま。今日はすごいお土産があるぞ!」

「わー! お肉だ!」

「お父さん頑張ったの! すごい!」

「そうだぞー。お父さんは娘のためなら頑張れるのさ」


 大きな鼻息を鳴らし、威張る父親に抱きつく娘達。


「お帰りなさい。あなた」

「ああ、ただいま」


 夫婦の最初に会話は決まってこれだけである。決して冷めている訳では無い。

 父親は、町が魔物に襲われていないか心配の状況の中、それでも帰れば皆が待っている事を信じて仕事をしている。

 母親は夫が魔物や盗賊に襲われてないかいつも不安を抱えながら信じて待つ。

 お互い本当は会ったら抱きつきたいところだが、娘がいる中でそれは控えている。


「ねーねー、今日はお肉だよお母さん!」

「そうね。頑張って料理しなきゃ。手伝ってくれる?」

「うん!」

「もちろん!」


 双子は元気よく返事をして家の中に入る。


.☆


 双子が寝たことを確認し、リビングで夫婦はようやく落ち着いて会話が行える。


「今回もお疲れ様。怪我とかしてない?」

「ああ。今回は最初で結構儲かったのと、少し心配な事があって戻ってきた」

「心配なこと?」


 急に静かになる。それは空気までもが凍るような感覚だった。


「南の村が、他国の軍によって滅んだんだ」

「他国の軍が? だって、あそこは……」


 本来他国の軍は、条約で村を攻撃してはならない。そして南の村は普通に人が住んでいて、夫も何度か商売で行った場所である。


「ああ。あそこは俺が見る限りではまだ魔物なんて居ない」

「ならどうして」

「北西の国はもはや魔獣のせいで国としての役割がなってない。つまり、南西の国と北東の国が手を組んで戦争を仕掛けてきたんだよ」

「そんな。だからって南の村を……」

「こんな世界だ。いつこの村が襲われるか分からないからな。だから西の村から馬をもう一頭もらうことになった」

「どういうこと?」

「もし、俺がいない時に軍や魔物が現れたら、そいつを使って逃げてくれ。荷台も準備している」

「……わかった」


 折角の久しぶりの再会にも関わらず、少し空気が冷える。


「ごめん。暗い話だったな」

「いいえ、でもこれだけは言わせて。愛しているわ」

「俺もだ」


 互いにキスを交わす。

 この家族だけでは無く、他の家族も平和を望んでいる。しかし、それも長くは続かないと次第に気づき始めていた。


.☆


 隣村から馬を受け取り、荷台を取り付けていると、双子は父親の作業が気になって近づいてきた。


「何してるのー?」

「危ないぞー。こいつはまだここに来たばかりでなれてないからな。蹴られるなよ」

「わわっ」


 元々仕事で使っていた茶色の馬と違い、見慣れない黒い馬に興味を持った双子は警戒しながら父親の近くによる。


「お仕事で使うの?」

「そうだな。これからはこいつが俺の仕事仲間だ」

「こっちの馬はー?」

「こっちはしばらく休憩だ」


 本当の事を言えないというのは罪悪感で押しつぶされそうになる。

 双子の声がどちらも似ているため、どちらが話しているかがわかりにくいが、どちらも同じ質問をしようとしているのだろう。

 双子というのは不思議で、何故か考えている事が分かったり、一緒の単語を話したりする。それは見ていて飽きることが無い。


「黒い馬さん。よろしくね」

「よろしくね」


 双子の言葉に反応したようにも見える鼻息に、少し笑う。

 荷台を取り付け、家に戻ろうとした瞬間、


 遠くから銃声が鳴り響いた。


「え? え? 今の何!」

「怖いよお姉ちゃん!」


 予想より早い襲撃だった。

 父親の考えではもう五年はこの状況が続き、その間に移動できる手段を整え終える算段だったが、思わぬ誤算だった。


「エレン!」

「あ、あなた!」


 家から飛び出す母親。双子は何が起きたか分からなかった。


「逃げるぞ! 荷台に乗るんだ!」


 妹のクルルを持ち上げ荷台に乗せる。母親も乗り、クルルを抱きしめる。


「エルル! どうした!」

「あ、あ、歩けなっ!」


 腰を抜かしたのか、歩くことができなかった。


「待ってろ! 今そっちに」


 その瞬間。



 大きな音を立てて、家が吹き飛んだ。



「きゃあああああ!」

「エルル!」


 砂埃が襲う中、父親はエルルを抱きしめて、家の破片を体で受ける。


「だ、大丈夫か」

「う、うん」


 怪我は内容だが、恐怖で声があまり出ないようだ。


「あ、あなた!」


 振り返ると妻とクルルを乗せた馬が暴走していた。


「エレン!」


 次々に襲いかかる爆風に足がすくむ。しかし妻を乗せた荷台は人間の足では追いつけないほど早く動いていた。


「あなた、あなたあああ!」

「エレン! 待ってくれ、エレン!」


 やがて妻は砂煙に入っていき、見えなくなってしまった。


「お母さん、クルル、どこに……」

「っ! くそおおおおお!」


 クルルを抱きかかえ、黒い馬に乗る。

 まだ間に合う。今追いかければ多少方角が少しずれていても、今まで積み重ねてきた情報網で出会うことができる。そう思い馬にムチを叩こうとした瞬間、砂埃から巨大なゴーレムが現れた。

 対魔獣の為に魔術を駆使して作られたゴーレム。

 おそらく先ほどの爆撃もあのゴーレムが放ったに違いない。


「くそおおお!」

「お、お父さん! どこに向かってるの?」


 父親の判断は人間としては間違っていないだろう。

 先ほど妻と下の娘が行った方角は南。一方現在向かっている方角は東。疑問に思ったエルルは何度も質問する。


「お父さん、お母さんとクルルはあっちだよ!」

「分かってる! 今は行けない! きっといつか会える!」

「お、お父さん……」


 必死な父の姿にこれ以上は何も言い出せなかった。

 気がつけば村は火の海となり、少し横には大きなゴーレムが立っていた。

 一瞬で平和な日常が崩れた日だった。


.☆


「エルル、腹は減ってないか?」

「……うん」

「エルル、腰は痛くないか?」

「……うん」

 すでに何時間と馬車に揺られた事だろう。もしかしたら何日も揺られ、途中で休憩を挟んだのかもしれない。それすらも思い出せないほど、エルルは追い詰められていた。


「エルル、お母さんとクルルはきっと会えるからな。神様を信じよう」

「……」


 この言葉だけはいつも返事ができなかった。

 神様という存在がいるのなら、どうして私たちを救ってくれなかったのだろう。そうエルルは自分に問いかけていた。

 色だけが違う道のような場所を走り続け、二人は体力的にも精神的にも限界を迎えていた。

 そのときだった。


「止まれ!」


 突然声が鳴り響いた。

 正確には気がつかなかったと言うべきだろうか。

 正面には見渡す限りの大きな壁があり、百にも及ぶ兵士が並んでいた。


「怪しいやつだ。何者だ!」

「北西の国の村の者だ。魔物じゃ無い!」

「信じられるか!」


 ここは国境だったのだろう。昔は貿易や外交などからここを通って資源の輸出や輸入を行っていた場所らしいが、今では要塞と化していた。


「今は北西の国の者は女子供を覗いて排除している。すでに貴様の命は無いと思え!」

「そんな馬鹿な話があるか!」


 父は叫んだ。

 まだ死ぬわけには行かない。娘がいる。愛する嫁もどこかできっと生きている。

 家族全員が揃って、夕ご飯を食べる。それだけの為に今まで耐えてきたはずが、最後の仕打ちがこれほどあっけないもので終わりたくは無い。


「お父さん!」

「引き返す! つかまれ!」

「逃がすか!」


 パアン! と大きな音を立てて、荷馬車の歯車が折れた。


「きゃあ!」

「エルル!」


 荷馬車はバランスが保てなくなり、崩れ出す。


「くそ! せめて馬に」


 そう思った時にはすでに遅かった。

 ぱあん!

 さらにもう一発音を立てた。

 娘には当たっていない。もちろん自分にも当たっていない。そう思った父親が最後に見たのは馬だった。


「あ、ああ」

「退路を絶つのは基本だ。さて、次は誰に当たるか分かるか?」

「やめてくれ……」


 絶望が襲う。残された道は死しか存在しない。


 しかし、まだ奇跡は残っていた。


「待ってくれ! そいつは俺の友人だ!」


 百の兵士の後ろから大きな声が聞こえてくる。


「誰だ?」

「俺はミッドガルフ商会のガルフだ。そいつは俺の古い友人だ。撃たないでくれ」


 何が起こったかが読み取れない父とエルル。


「忘れたかガラン! 貴様の言うとおり、俺は大陸一の商売人になったぞ!」


 何が起こったか分からなかった。

次第に過去の記憶をさかのぼり、ある記憶にたどり着いた。


「お前、ガルフか……。あのへたれガルフか!」

「そうだよ脳筋ガラン! 次に会ったときはお互い世界一の商売人と約束したが、そのなりは何だ?」

「う、うるせえ!」


 感動の再会とあふれ出す感情に涙が止まらなかった。

 エルルはその状況に置いてけぼりだったが、少なくとも先ほどの絶望的な状況から少し打破したように思えた。


「おい貴様。そこをどけ。その男はすでに排除することが決定している」


 隊長と思われる兵士が前に出て話し出す。


「おや、俺にそんな口を聞いて良いのか? その武器と鎧とついでにその辺の兵器は誰が作って売ったと思っている」

「……まさか、本物のガルフ会長か? しかし、話では年老いていると」

「この時代、どこで命が狙われるかわからないからね。さあどうする? ここでこの男を撃ったら俺は」

「わかった。ここは見逃す。ただし怪しい行動は控えて貰おう」


 話が終わり、兵士が引き始める。


「ガルフ、ありがとう」

「ガラン。それは俺の台詞だ。お前が幼少期に俺の背中を押したからここに居る」

「そうか」


 どうやら過去に良い思い出があるのだろう。エルルは一人置いてきぼりでどうすれば良いか分からなかった。


「おや、お嬢ちゃん。君は誰だい?」

「俺の娘のエルルだ」

「む、娘! 結婚したのか!」


 娘という言葉にショックを受けたのか、言葉が出ないガルフ。


「しょうがない。一勝一敗の引き分けとしよう」

「何が引き分けだ」


 久々の父の笑顔。それを見てエルルも自然と笑顔が出る。


「おや、笑ったお嬢ちゃんはかわいいね」

「娘はやらん。何よりお前の父になるのはごめんだ」

「お前の息子にはならんよ」


 久々の他人との会話。

 神様はまだなんとか見捨てないでいてくれているのだろうか。


.☆


「しかし本当に久しぶりだなガラン。軍が北西を殲滅すると言い出したから、もしやと思って国境の壁を少し気にしていてな。まさかここに来るとはな」

「ああ、二十年ぶりだろうか。よく覚えてくれてたな」

「当たり前だ。お前は俺にとって背中を押してくれた友人であり恩人だからな」


 久々に会った父と男。エルルも同席しながらの晩ご飯ということで、酒は飲んでいない。


「お嬢ちゃんも大変だったろう。ほら、いっぱい食べな」

「ありがとうございます……えっと」

「俺はガルフだ。お嬢ちゃんの父さんの古い友人だ」

「ガルフさん。ありがとうございます」


 感謝の言葉を言い、久々の食事に取りかかるエルル。


「しかし、子供がいると言うことは、少なくとも母親もいるだろう。どこにいるんだ?」

「村が軍によって襲撃され、そのときに分かれたんだ。南に向かっていった所までは見たのだが、それ以上は……」

「そうか。生きていると良いな」

「ああ」


 湿っぽくなったのを察し、ガルフは話題を変えた。


「そういえばお前達はこれからどうするんだ? この町を出てもおそらく軍に追われるだろ? 考えがあるのか?」

「いや、正直お手上げだ。ガルフが助けてくれなければ死んでいたよ」

「じゃあ俺の所で働かないか?」

「……良いのか?」

「当たり前だ。元々ガランが背中を押してくれた商売だ。そこにガランが働いても誰も文句は言うまい」

「ありがとう!」


 こうしてガルフの経営するミッドガルフ商会で働くことになった。

 ミッドガルフ商会は大陸北東の鉱山のほとんどを所有していて、そこから発掘された鉄を使った武器から、広い土地を利用して動物を飼い慣らし、そこから毛皮をはぎ取って服などを作っていた。

 断交状態の北西でも、ミッドガルフ商会の名前は有名だったが、まさか会長がガルフだとはガランも思っていなかったらしい。


「ちょうど繊維を扱う部門で男手が欲しかったんだ。ガランは力もあるし、きっと頼られるだろう。お嬢ちゃんもお手伝いしてみるか?」

「うん!」


 ようやく生きる希望が出た。

 もしこれで母親とクルルと再開ができたら、きっと幸せになれる。

 とにかく今は追い出されないように、ミッドガルフ商会で一生懸命に頑張ることを誓った小さな少女だった。



 だが、北西に生まれた人間は、やはり幸せを掴む権利など無かった。


.☆


 働き始めて二年。

 ガランの腕力はその部門で一番と言われ、誰もが頼れる存在として認め始めていた。

 エルルもその手伝いと言うことで、お茶を炒れたり、小さな荷物を運んだりと、子供なのに気が利くということでとても評判が良かった。

 そんなある日、突然悲劇は起こってしまった。


「ここに「ガラン」という人物と「エルル」という人物がいるか!」


 大きな物音と共に聞こえる声。

 見てみると、複数の軍の兵士が武器を持って立っていた。


「……俺がガランだ。何の用だ?」

「今すぐこちらに来てもらう。北西生まれをここで野放しにはしていられないからな」

「ガルフは何て言ってる? 俺を連れて行けば、ガルフが黙ってないはずだ」


 以前よりも自信にあふれるガラン。その後ろで少し脅えながらも見守るエルル。

 しかし数秒後、その自信は絶望に変わってしまった。


「すまん、ガラン」


「ミ…ッド? 何故お前が兵士の後ろから出てきた」


 震える声で話すガルフの声からは、以前の勢いが感じられない。


「すまない。お前を……お前を守れなかった!」

「残念だが、ガルフ会長は軍に協力して貰っている。今回の情報提供もガルフ会長だ」

「そんな……何故だ……」

「偶然とは恐ろしいものだ。今やガルフ会長の妻は盗賊に捕まり、どこかで捕虜になっている。軍としては助けたいが、以前軍に逆らった事から動けない状態になったのだよ」


 偶然とは当然嘘に決まっている。それはガルフにも分かっているはずだ。

 金はある。権利もある。しかし、愛する妻を人質に取られ、その代償が北西から来た人物二人を引き渡すこととなれば、一家の主としては妻を選ぶだろう。


「すまないガラン! 俺は、俺はああ!」

「……兵士さん。おとなしく捕まろう。ただし少しだけガルフと話させてくれ」

「十秒だ」

「ああ」


 そう言って、ガランはガルフに近づく。震え脅えるガルフの肩にガランは優しく言う。


「俺はお前を恨んだりしない。むしろ、寿命を延ばしてくれてありがとう」

「っ! くそおお!」


 泣き崩れるガルフ。エルルはその状況をまだ理解していないが、少なくともこの僅かな幸せも奪われる時が今きているのだと理解した。


「以上だ。監獄でもどこでも連れて行くが良い」

「理解が早くて助かる。そこのガキも来い」

「うっ」


 びくっと脅えながらも父の背中に向かって走る。

 軍に囲まれながらも外へ出る。目の前には馬車があった。おそらくこれに運ばれるのだろう。


「では、貴様はここで処分する」


 一瞬だった。

 父をじっと眺めていたエルルは何が起きたのか分からなかった。

 その背中が徐々に低くなり、やがてエルルよりも小さくなる。

 横たわる父の周りには赤い血が散らばり、無残な光景が広がっている。


「が、ガラン!」

「我々は国からの命令で動いている。成人男性は魔族化している恐れがあるから見つけ次第処分。ガキはまだ不明点があるから連行する」

「貴様、話が違う! 殺すとは言ってないはずだ!」

「生かすとも言ってない。それともここで我々に物事を言うのであれば、妻の探索は行わなくて良いのだぞ?」

「なっ!」


 最初からそのつもりだったのだろう。兵士の勢いは止まらなかった。


「さあガキ。早く乗れ。その男はその辺に捨てておけ」

「きゃっ!」


 強引に引っ張られ悲鳴を上げるエルル。しかし目線の先はずっと父の亡骸だった。

 父が死んだという事を理解したのは馬車に乗って数十分後。突然涙が止まらなくなり、途中の記憶が無くなるほどエルルは壊れていた。


.☆


 監獄のほとんどは子供だけだった。

 成人の人間は処分され、子供は魔族化対策の研究対象として、無駄な労働と定期的に髪や皮膚の採取をさせられていた。


「次、二十五番」

「……」


 二十五番と呼ばれたエルルは、右腕を差し出す。

 呼んだ白衣の男性は小さなナイフでエルルの腕を少し切り、血を採取する。


「では持ち場に戻れ」

「……」


 この時すでに感情はほとんど無かった。父が殺されたショックで何を生きがいにすれば良いのかも見失い、言われたことをただ行っている人形となっていた。


「この布を決まった長さに切れ。良いな」

「……」


 こくりとうなずき、白い布を見本の布の大きさに切る。これが何に使われるかは不明。そもそも使われないかもしれない。


「けっ、北西の人間でなければ俺も夜は楽しめたのにな」

「お前、幼女趣味かよ」


 兵士のくだらない話が少し聞こえてくるが、それはどうでも良かった。

 エルルにとって今日も明日も、比べてみても変わらない日が続くのだから。


 そんなある日、夕方の休憩時間にトイレへ向かおうとしたら、白髪の少女が地面に手をついて何かを探していた。


「……どうしたの?」


 数日ぶりの自分の声に、自分で驚くエルル。


「えっと、ここがどこか見失って」

「……目、見えないの?」


 先ほどから目線を合わせず会話する白髪の少女。慎重もエルルと変わらず、年齢はとても近いのだろう。


「うん。目の前でお母さんが殺されて、それから目が見えなくなったの」


 少し似た境遇の人物に、何故か親近感がわいたエルル。気がつけばその少女の手を握っていた。


「……こっちに行けばトイレ、こっちが牢屋」

「ありがとう。ごめんね、目を合わせてお礼が言えなくて」

「……気にしないで。私もお父さんを目の前で殺されて、少しショックを受けていたの」

「似てるね。私は十二番」

「私は二十五番」


 何故か微笑む二人。何故だろうか。前にも会ったような、そんな感じさえする。


「二十五番さん。私、話し相手が居ないの。良ければ休憩時間とか時間があったら相手になってくれない?」

「良いよ。休憩はトイレ以外何もしてないから、いつでも話せると思う」

「初めてここに来て、少し笑えた気がするわ」

「私も。よろしくね。十二番」


 そんな話しをしていると、見回りの男に声をかけられる。


「何をしている。休憩時間は終わりだ。早く作業に戻れ!」


 脅えながら元の場所に戻り、いつもの労働に戻る。でも、休憩時間はあの子に会える。そう思いながら、毎日過ごしていた。


.☆


 十二番は不思議な声色だと思った。

 自分に似ているというのだろうか。そして懐かしいとも思える声だった。

 目はもう見えないけれど、姉が生きているのであればきっとあんな風に声をかけてくれただろうか。

 いつも一緒にいたエルルは、あの時離ればなれになって、消息が不明。村は焼かれて生きている人は居ないという報告だけが噂で流れていた。

 沢山泣いた。

 エルルがいた日常が普通と思っていた矢先、突如消えた日常が非日常となった。

 そして母が殺されてショックで視力を失い、何処に居るかも分からない状態で何かをさせられている。

「ほら、二十五番。目が見えねえならせめて聞いて手を動かせ!」

「は、はい」

 ゴロゴロと籠らしき物の中に作物が転がり、その大きさを分別する。

 目が見えればとても簡単なのだろう。しかしその目も使えない。

 手で探り、そして小さければ右。大きければ左。ただその作業を一日繰り返している。


「たく、こんな単純作業のおもりをしないと行けないとはな」

「……」


 目には涙を浮かべ、声は出せない。恐怖と怒りが同時に押しかけ、最後は一周して自分の作業に戻る。


「おっと、鐘の音か。休憩だ」

「は、はい」


 でも、今ではなんとか耐えきることができる。

 理由は十二番とお話できるからである。


.☆


 休憩はいつも二十五番と一緒にお話しする。

 今まで大変だった出来事や、楽しかったこと。それらを話し合うことで、次の日の活力になる。

 唯一歯がゆいのは、名前を名乗ってはいけないことだ。 この牢獄のルールで、理由は不明である。


「十二番は、どうしてこの牢獄に来たの?」

「目が見えなくなって、倒れ込んでいた所に拾われたの」

「運が良かった……と言うべきかしら」

「そう……かしらね」


 母親の死によって見えなくなった。そして倒れていた子を偶然拾われてしまった。

 生きるという意味では運が良かったかもしれないが、考えによってはそのまま死の方が楽だったかも知れない。


「でも、少なくても私と会えたもの」

「そうね。十二番の顔は見えないけど、きっと可愛い顔をしているわね」

「それほど自信は無いけれど……二十五番は私より凄く可愛いわ」

「そうなの? しばらく鏡を見ていないから分からないけれど、嬉しいわ」


 そんな会話がとても楽しく、小さな幸せだった。


 幸せだった。


.☆


 終わりというのは唐突にやってくる。

 牢獄にはつねに子供がやってくる。

 しかし数が増えることは無い。

 月に一度、奴隷承認がやってくる。

 そこで子供を選別し、選ばれた子供だけが連れて行かれ、選ばれなかった子供は残される。

 そして選ばれた子供の数だけどこからか連れてこられ、また奴隷商人が現れる。

 そんな話しを聞いたのはつい先日だった。

 二十五番は何度も奴隷商人と出会ったらしいが、目が見えないという理由で売られなかった。


「十二番。それと……二十五番。こい」


 びくりと肩を震えながらも男についていく。後ろで服をツマミながら二十五番はついていく。まるで妹が付いてくるかのようだった。


「ふふ」

「じゅ、十二番? どうして笑っているの?」

「私には妹が……いたの」


 いるの。そう言いたかった。でも、あの惨劇から生きているとは思えない。

 今でも涙を流しそうになりつつも我慢する。


「妹と一緒に散歩へでかけるあの日を思い出したのよ」

「……私も、姉がいるの。いつも私を引っ張ってくれて、大好きだった」


 お互い姉と妹を亡くした感情を押さえつつ、歩き出す。


「こんにちは。私はアランと言います。奴隷商人です」

「は、初めまして。私はエ……十二番です」

「こんにちは。二十五番です」


 一瞬名前を言いそうになった。しかしここでは名前を言ったら死刑である。それを過って、瞬時に反応する。


「そうですね。養子はどちらも……ふむ」


 見比べられている。というより、違いを探していると言う感じである。


「二十五番ちゃんは、目が見えないのでしたっけ?」


 その質問に、牢獄の男が答える。


「はい。母を失ったショックで目を見えなくなったとか」

「そうですか。では、十二番ちゃんを買います」

「わかりました」


 その即断に、声が出る。


「待ってください! 買うなら二十五番ちゃんも買ってください!」


 初めてこの牢獄で大声が出た。

 とにかく一緒にいたい。そう思っていた。


「十二番……だめよ。これは決まりなの」

「でも!」

「わかっていたの。いつも誰かと一緒に奴隷商人の前に立たされて、もう一人が買われるの」

「そんな!」


 良い奴隷と不良の奴隷を見せつけ、良い奴隷を交わせる。まるで果物や野菜感覚で人を人として扱われていない状況だった。


「十二番だけよ。声を出してくれたのは。いつもは喜ばれて去って行かれるの」

「一緒にいたいよ! 二十五番!」

「ええい、泣くな! 二十五番は早く元の場所に戻れ!」

「はい……」


 そう言って、二十五番はゆっくりと、後ろを向き、少し止まる。


「二十五番。どうした。早く帰れ」

「最後に、お別れの挨拶だけさせてください」

「……まあいい。好きにしろ」


 震えた声で、弱々しく。そして切なく発する声は、とても辛く、倒れ込みそうな声だった。


「二十五番。私は小さな部屋から出てくる日を、待っているよ」


 話した後、一歩だけ二十五番は歩き出す。

 その足音が鳴り響くと共に、十二番が声を出す。


「リンゴのパイを焼いて、待ってるから!」


 お互い、名前は出せない。

 片方は目が見えない。

 片方は痩せ細っているため、容姿が変わっている。

 だが、この瞬間だけ、お互いがようやく分かり合い、お互い涙を流し、


 同時に、別れの瞬間が訪れてしまった。



 最後までおつきあいいただきありがとう御座います。

 色々なジャンルに挑戦ということで初の短編がこのエルルとクルルになります。

 この後の二人の運命については、正直書けません。というのも再会しただけで奇跡と呼べるので二度目は簡単に訪れるとも思えません。

 この後の展開については想像にお任せしますと言ってしまうと無責任かもしれませんが、僕が書ける物語はこれで完結にさせていただきます。

 よろしければ他の作品もぜひ御覧ください。

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