嘆き顔のサンタクロース
『クリスマス特別警戒中!』
肌が引き締まる寒い時期、この看板を見るともうそんな季節か、と溜息が出る。
私の勤務先である岐阜中署。その玄関先に、岐阜のゆるキャラと警視庁のマスコットキャラが握手している可愛らしい看板。
「いきなり憂鬱な気分にしてくるな……こやつら……」
警視庁のマスコットキャラのオデコにデコピンしつつ、署内へと入る。
突然だが私は警察官だ。大卒で三年目だが、クリスマス時期の忙しさはこの寒さ動揺肌に染みている。
まあ、仕方ない。救世主の誕生祭だ、ハメを外したくなるのも分かる。
だが外すならせめて私が仕事モードの時だけにしてほしい。休みの時まで呼び出されては流石に恨み事の一つや二つ言いたくもなる。
『クリスマス特別警戒中!』
勤務先である刑事課へと続く廊下にも、例のマスコットキャラのポスターが。
特別警戒というか、特別に忙しいだけだ。
「はぁ……どいつもこいつも浮かれおって……」
時代劇の悪代官のように言い放ちながらポスターを眺めていると、前方から安全課の女性職員が二名、キャッキャウフフと会話しながら歩いてくる。ここにも浮かれた奴らが。全く、なんて嘆かわしい。
警察官がクリスマスに浮かれてどうする……。
「ぁ、前坂さん、おはよーっ」
「おはようございます」
浮かれているとは言え、一応先輩職員だ。一礼しつつ礼儀正しく朝の挨拶。
すると何やら安全課の女二人は、再びキャッキャウフフと私の目の前で何か相談しだした。
まったく嘆かわしい。何度も言うが、犯罪率の高いこの時期にそんな浮かれていては……
嘆かわしい……嘆かわしいっ!
「前坂さん、今度美味しいおでん食べに行かない? この前イイトコ見つけて……」
「もちろんいきます、 連れてってください! おでん大好き!」
「ぉ、いいねーっ、そのノリ。じゃあまたメールするねー?」
「はい!」
ビシッ! と敬礼しつつ、先輩方を見送る。
まったく嘆かわしい。美味しいおでんだと? 断る理由が見つからない。
そんなの行くに決まってるじゃないかっ
「おう、前坂。うーっす」
再び廊下で声を掛けられる。相手は同じ刑事課にして、私と同じ大学卒の高坂先輩。
手には缶コーヒーと煙草。仕事前の一服か、仕方ないから私も付き合ってやろう。
「おはようございます、高坂先輩。寒くなってきましたね」
コートのポケットから煙草とライターを取り出しつつ、灰皿の前で火を着ける。
もうやめよう、やめようと思っていても職場でパカパカ吸われていては無理だ。完全に言い訳だが。
「寒いよなぁ……もう雪降ってもおかしくないんじゃね?」
「ですねー……」
適当に相槌を打ちつつタバコを吸う。
ちなみに銘柄はラッキーストライク。
「そろそろタイヤ交換しねえとなぁ……」
私は問題ない。愛車のトヨタ86はつい昨日履き替えたばかりだ。
まあ、ほとんど弟にやらせたんだが。
「もうクリスマスか……カミさんに何プレゼントするかなぁ……」
「……高坂先輩の所仲いいですね。毎年プレゼントとか考えてるんですか」
高坂先輩は煙草を吸いつつ、苦笑いしながら缶コーヒーを一口飲む。
そしてどこか遠い目で
「何かやっとけば大人しいからな……」
「……苦労してますね」
朝からなんて会話をしてるんだ、と思いつつ煙草の火を消し二人で刑事課のオフィスへ。
それぞれの職員に挨拶しつつデスクに向かうと、私の隣の席で何やら唸っている人物がいた。
ボサボサの髪にヨレヨレのスーツ。剃り忘れたのか、うっすらと顎髭が。
「おはようございます、金さん。何唸ってるんですか」
「んー? あぁ、おはよう里美ちゃん……うーん……どうしよう……」
難波 金次郎。現在バツイチで独身の三七歳。仕事の大先輩にして私の相棒。
私は昔から時代劇が大好きなのもあって、この人の名前を聞いた瞬間”金さん”と呼ばずにはいられなかった。そんな金さんは今、大手玩具店の広告を眺めて唸っている。
「……金さんもプレゼントですか? あれ? でももう離婚してますよね」
「んー? んー……離婚してても仲はいいから……子供にねー……」
離婚したのに仲がいい?
なにやら複雑怪奇な関係だな。仲いいなら離婚しなけりゃ良かったのに。
「子供って……どっちでしたっけ? 男の子?」
「いんや、女の子。今年で小学五年かなー……何がいいんだろ……ぬいぐるみ……?」
いやぁ、最近の小学五年生にぬいぐるみ与えても喜びはしないだろう、と思いつつ鞄を広げてデスクへと仕事道具を広げていく。
「ねえ、里美ちゃん。クリスマスプレゼント何が欲しい?」
「私に聞いてどうするんですか……でもそうですね、私ならライターか時計ですかね」
「小学生にライターか……ありかな……」
ねえよ、確実に別れた奥さんから怒られるパターンだよ。
「ねえねえ、小学生の女の子が欲しい物って……」
再び金さんから質問が飛んできた時、刑事課の電話が朝一で鳴り響く。
係長補佐の高坂先輩が電話を取り対応。
「はい中署……ぁ? あぁ、はい……はい……負傷者一名……」
負傷者?
まさか朝一から事件だろうか。さすがクリスマスシーズン。容赦がない。
何やらメモに走り書きしながら、いまだ子供へのプレゼントを考えている金さんを睨みつける高坂先輩。
ぶっちゃけ、金さんは周りからウザがられている。
というのも、普段はボーっとしてるオッサンだが、いざ事件となると刑事ドラマの主人公のように犯人を捕まえて来るのだ。
「金さん……ちょっと……高坂先輩が睨んでますよ……玩具選ぶの私も手伝いますから、今は仕事して……」
「え? あぁ、うん、ごめんごめん……」
言いつつ広告を大事そうにスーツのポケットへ仕舞う金さん。
何気に「手伝う」と言ってしまったが、私も最近の女子が何を欲しがるかなど分からない。
でも金さんの子供の気持ちは少し分かるかもしれない。うちもシングルマザー状態だったから。
そんな事を考えていると、高坂先輩は電話を切り私の方へと走り書きしたメモを投げてよこしてきた。
「前坂、柳瀬の玩具店で強盗事件、犯人はもう取り抑えてるらしいから……あと店員が一人負傷。行って来い。そこのオッサンも連れてけ」
「ぁ、はぃ……イッテキマス……」
走り書きしたメモを仕舞いつつ、折角寒い中出勤してきたというのに……と心の中で愚痴る。
だが愚痴っても始まらない。この誰かのせいで空気が重い空間から脱出できるだけ有難いと思うべきだ。
「金さん、行きますよ、ほら、コート着て……」
「あぁ、うん……」
まだプレゼントの事で悩んでいるんだろうか。金さんに覇気がない。いや、このオッサンから覇気など感じた事はないが、とりあえず元気が無い。
何はともあれまずは仕事だ。それを終えたら、プレゼント選びに付き合ってやろう。
※
愛車のトヨタ86で事件現場へと。
場所は柳瀬にある小さな玩具屋。
現場近くへと車を停め、金さんと二人で店の前へと行くとガラスが粉々に割られていた。
「……この時期の玩具屋になんてこを……」
「金さん落ち着いて。公私混同しない」
「ハイ……」
交番勤務の警察官に挨拶しつつ、店の中へ入ると五十代程の男が椅子に座り俯いていた。
どうやらこの男が強盗を働いたらしい。そして少し離れた所に、エプロン姿の女性が。ハンカチでオデコを抑えている。
「金さん、このおじさんお願いします。私店員さんから話聞くんで」
「了解ー」
適当な返事をする金さんにイラっとしつつ、店員さんらしき女性へと近づき、警察手帳を見せる。
「岐阜中署の者です……オデコ大丈夫ですか?」
「ぁ、はぃ……ちょっと血が出ただけなんで……」
何かで殴られたのだろうか。少し腫れている。
今にも泣きそうな顔で、少し震えていた。まあ無理もない。朝一から店のガラスを粉々にされ強盗にあったのだ。怖がるなという方が無理だろう。
「何で殴られました? 素手ですか?」
「いえ、これは驚いて転んだだけなので……」
メモしつつ、女性から話を聞く。
事件が起きたのは今朝七時頃。玩具屋で開店の準備をしていたところ、いきなりガラスが割られ、驚いた店員さんは尻餅をついて近くの机の角へと頭をぶつけた。そこに男が店の中へと押し入り、包丁で店員を脅したようだ。通報したのは通りかがった近所の住民。
「あのおじさんと面識は?」
「ありません……」
「えーっと……じゃあどの机に頭をぶつけたか教え……」
と、その時いきなり金さんが話を聞いていたおじさんが暴れ出した。
なんだいきなり……。
「おい暴れんな! 寝かせ!」
金さんと交番勤務の警察官が二人掛で床へ取り押さえる。
おじさんは何やら「違う、違う」と訴えている。
「手錠手錠! 話は署で聞くから! な? とりあえず逮捕するから!」
逮捕、というワードを聞いて観念したのか、おじさんは大人しくなった。
私は金さんに近づき、観念したおじさんを見下ろしながら報告する。
「金さん、店員さんの怪我は驚いて転んだ時の物らしいです。あと、なんでガラス割ったのか聞きました?」
「ぁ、まだ」
おい。
「おじさん、なんでガラス割ったの? 鍵空いてなかったから?」
おじさんは涙目でそっと、粉々になったガラスの中に落ちているゲーム機の箱を指さす。
今中々手に入らないハードだ。私も欲しい。
「あれが……欲しかったんだ……孫へのプレゼントに……」
成程。どうやらショーケースに飾ってあったゲーム機を捕る為にガラスを割ったようだ。
だが箱は当然空箱。そこで店員を脅して本体を手に入れようとしたと……。
「……おっさん、孫って何歳?」
なにやら金さんが興味深々に事情聴取。というかオイコラ、まさか自分の娘にあげるプレゼントの参考にしようってんじゃ……
「孫は今年で……確か小学五年生くらい……」
「女の子?」
金さんの問いに頷くおじさん。
そして何やら金さんは署で見ていた広告を取り出し、おじさんに見せながら
「あのゲーム機ってコレ?」
「あぁ、そうそれ……」
「ちょっと金さん、公私混同しない」
ハイ……と再び広告を仕舞う金さん。
それから店員さんは交番勤務の警察官にパトカーで病院に運んでもらい、私達はおじさんを署へ連行。
強盗未遂、及び器物破損の現行犯で逮捕した。
※
おじさんの事情聴取から調書を作り、あれやこれやをしていたら既に時間は午後二十時を回っている。
なんてことだ、昼飯すら食ってないのに……。おでん食べたい。
「里美ちゃん、ちょっといい? 帰りにちょっと……」
「……? なんですかいきなり……って、ぁ、もしかしてプレゼント選びですか?」
「あぁ、いや……プレゼントはもう決まったんだけど……」
まさか……あのおじさんが捕ろうとしてたゲーム機を……。
「ダメ……?」
「いや、別にダメってわけじゃ……まあ、ゲーム機なら喜ぶんじゃないんですかね」
私も欲しいし、と付け加えながらコートを着て帰る支度をする。
ちなみに金さんが行きたがっている玩具屋は大手モール館に入っている店。
今から行って到着するのはニ十分後という所だろうか。果たして間に合うのか?
というか、かなり人気のハードの筈だ。もうとっくに売り切れてるんじゃ……。
「大丈夫。電話で確認したらまだ一台余ってるって言ってたから……」
「……いや、金さん、もしかして店員さんが親切にも残しておいてくれてるなんて考えてませんよね。そのゲーム機かなり人気だから……予約販売すらしてませんよ。完全に抽選です」
マジで?! とあからさまに焦りだす金さん。
仕方ない、どうやら私のトヨタ86をぶん回すしかなさそうだ。
私のドライブテクニックを見せてやろう。
「ぁ、安全運転でお願いしますよ」
「ハイハイ。さっさと行きますよ」
そのまま駐車場に向かう途中、朝に出会った交通課の二人の女性とすれ違った。
「おつかれ~」と相変わらずキャッキャウフフと会話しながら。
「里美ちゃんも交通課行けばよかったのに……刑事課とか男ばっかでむさ苦しいでしょ」
「そんな事ないですよ。私の人生はとても充実してますから。あぁ、公務員って楽しいなぁ……」
「完全に嫌味にしか聞こえないけど……」
そんな事は無い。
少なくともやりがいは感じている。
良く言うじゃないか、若い頃の苦労は買ってでもしろって……。
私の父も警察官だった。家庭を顧みず仕事に熱中し、母はそんな父に嫌気が刺して離婚届を突き出した。
その後、父は過労で倒れそのまま死んでしまった。
父が死んだ後で母は離婚した事を後悔した。当時小学生だった私は父の事をこれでもかと思うくらい恨みに恨んだが、今は少しだけ父の気持ちが分かる気がする。
何故数多ある仕事の中から警察官を選んだのか、と言われたら父の影響だと言うしかない。
明確な理由などない。ただ父が熱中した仕事がどんなものか、知りたくはあったが。
駐車場でトヨタ86に乗り込み、玩具屋が入っているモール館へと向かうべく発進させる。
さて、ゲーム機はあるんだろうか。そもそも金さんの娘はゲーム機が欲しいんだろうか。
そんな事を考えつつ、私は勿論安全運転で目的地へと向かう。
※
大手玩具屋が入っているモール館へ到着しのたは午後二十時三十分。このモール館は二十一時には閉まってしまう為、あと三十分しかない。
「金さん走って! 行きますよ!」
「お、おぉう」
駐車場から玩具屋まで駆け足で向かう警察官二人。
なんだか仕事より必死では? と言われたら否定できない。
だがこの任務は重要だ。事と場合によっては金さんが娘に恨まれてしまう。
私が父を恨んだように。
玩具屋へと到着すると、当然の様に客など居なかった。
私と金さんはレジへ直行し、店員のお姉さんに例のゲーム機はあるか、と聞いた。
店員のお姉さんは何やら難しい顔をしつつ、奥へ探しに行ってくれた。
「あるかなぁ……ねえ、里美ちゃん……」
「いやー、無いでしょ。期待しない方が……」
と、その時お姉さんが帰ってきた。手には例のゲーム機。
「……うぉぉぉ! マジか!」
「や、やりましたね! 金さん!」
二人でハイテンションになりつつ、問答無用で購入。
ガッツポーズを取る私達。
「クリスマスプレゼントですか?」
お姉さんの問いに全力で頷く金さん。
どうやらラッピングもしてくれる様だ。
あぁ、よかった。娘さんが欲しがっているかは置いといて、金さんが満足できるプレゼントを買えて……
その時、一人の男性が私達と同じく駆け足でレジへ突入してきた。
な、なんだいきなり。
「あのっ! げ、ゲーム機、残ってるって聞いたんですけど……最近人気の……って、それ! それ下さい!」
お姉さんがラッピングしようとしているパッケージを見て、金さんより少し老けた感じの男はサイフを取り出し購入しようとする。だがそんなわけには行かない。このゲーム機は今金さんが買ったばかりなのだから。
「あの、申し訳ありません、こちらの商品はたった今……」
チラ……と金さんを見るお姉さん。
すると男は、いきなり金さんへ土下座しだした。
な、なんだいきなり。
「すみません! これ譲ってください! 息子がどうしても欲しいって……お願いします! お願いします!」
私と金さんは突然の事で思わず顔を見合わせる。
譲れと言われても譲れるワケが無い。
金さんだって娘の為に……
「あのー……おたくの息子さん何歳?」
金さんはそっと土下座する男と目線を合わせるようにしゃがみ、そんな事を聞いた。
男はそっと顔を上げて答える。息子は十歳だと。どうやら小学四年生、金さんの娘さんより一つ下か。
「そっか……里美ちゃん、申し訳ないんだけど……プレゼント選び……手伝って……」
「ハイハイ、そういうと思ってましたよ……すみません、このお店ってあとどのくらいで閉めちゃいますか?」
店員のお姉さんに尋ねると、私達の事情を察してくれたのかプレゼントが決まるまで待っていると言ってくれる。なんて良い人だ。今度一緒におでん食べにいこう。安全課の先輩の奢りで。
ゲーム機を譲った男は最後まで金さんに頭を下げ、お礼を言いながら去って行った。
さて、プレゼントはどうするか。小学五年生の女の子が欲しがる物……。
「んー……立体パズルとか面白そう……」
「あー……あの子好きかなぁ……こういうの……」
私は金さんの娘、という事を念頭に推理する。
もしかしたらダラダラしてる父親を反面教師とし、意外としっかりした子かもしれない。
単純に遊ぶ玩具より、観賞用の飾り物系とかの方がいいかもしれない……と考えていると、私の目に何やらキラキラした物が写った。
「ぁ、金さん金さん、これは? 生きてる結晶だって」
「へー……これ面白そう……」
値段は……四千五百円。水晶玉の中にフワフワと結晶が浮いている。
時間と共に増えたり減ったり形が変わったりするそうだ。
しかしクリスマスプレゼントにしては安すぎるだろうか。
まあ、でもこういうのは値段じゃないんだが。
「これにしようかな……俺も昔こういうの好きだったし……」
「金さんに似てるんですか? 娘さん」
「幸いな事に顔は全く似て無いよ。でも性格は俺にソックリとかってカミさん言ってたなぁ……」
数分思案しつつ、結局その生きてる結晶に決め、レジへと持っていく。
店員のお姉さんは先程のやりとりに感動したと、ラッピングを豪華にしてくれた。
ほんとにいい人だな。私が男だったら確実にデートに誘っているのに。
「ありがとうございましたーっ」
お姉さんにお礼を言いつつ玩具屋を後にする。
さて、では行きますか。
「行くって……何処に?」
「金さんの子供の所に決まってるじゃないですか。渡すんでしょ? それ」
「あぁ、うん……でもちょっと距離あるよ?」
構わん、と再びトヨタ86に乗り込み、私は金さんの奥さんが住まう各務原へと車を走らせた。
※
金さんのナビの元、一軒屋の前へと車を停める。
木造平屋のこじんまりとした家。ここに金さんの別れた奥さんが……。
「……じゃあ里美ちゃん、ごめん、ちょっと待ってて」
金さんは車から降り、玄関の前で立ち止まる。
すると何を思ったか、コソコソと裏手へと回り込んだ。何してんだ、あの人。
数分後、再びコソコソと敷地内から出て来る金さん。
そのまま車へと戻ってくる。
「おまたせー、じゃあ帰ろうか」
「いや、ちゃんと会ったんですか? 余計なお世話かもしれませんけど……こんな時くらい会っても……」
「……あぁ、うん……ごめん……」
どこか悲しそうな顔で顔を反らし、一軒家を見つめる金さん。
なんて顔のサンタクロースだ。
「ごめんね、里美ちゃん……。俺ダメなんだわ……娘に会うのが怖くて仕方ない……」
……もしかしたら私の父もこんな事を考えていたんだろうか。私の前で弱音を吐いてくれる金さんを見て、そんな事を思ってしまう。
だとしたら少し悪い事をしたかもしれない。私はたまに帰ってくる父に、一度酷い事を言ってしまった事がある。もう十年以上前の話だと言うのに、まだそれが心のどこかに引っかかっている。
でも……
「金さん……死ぬ前に一回くらいは会ってあげてくださいね。死んだら……恨み事も……謝る事も出来なくなっちゃうんですから」
「……重いね……どうしたの、里美ちゃ……」
金さんは何かに気づいたように口を噤む。
私の父が過労で死んだという事を思い出したんだろう。
そんな金さんの気遣いが……たまらなく嬉しい。
「金さん、ここまで車出したんですから……どこか寄って行きましょう。鍋がいいです、勿論金さんの奢りで」
「……喜んで奢らさせて頂きますとも」
それから数日後、金さん宛てに岐阜中署へ手紙が届いた。
可愛らしい便箋に綴られていたのは、大半が金さんに対する不満。
でもその内容は決して、金さんを嫌っているという物では無い。
『一度顔を見せろ』『早く帰ってこい』『授業参観くらい来い』
みたいな文章が手紙には綴られている。本当に小学五年生か? と思えるくらいに字が綺麗だ。
そして、父へと宛てた手紙の最後には……
『プレゼントありがとう。メリークリスマス、お父さん』
その手紙を読む金さんの背中が少し震えていた。
きっと今、正面から顔を覗き込めば涙目の金さんが拝めるかもしれない。
「あー、里美ちゃん、仕事仕事……」
私へと振り向き、デスクワークを始める金さん。
どこか嬉しそうな、でも悲しそうな顔で……そのサンタクロースは手紙を大事そうに仕舞った。