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絶叫除霊師ミソギ  作者: ねんねこ
5話 供花の館
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11.狂人の部屋

 鵜久森と南雲を廊下に残し、例の『隣の部屋』とやらのドアを開ける。

 その部屋が今までの部屋と全く違う事は、開けた瞬間に理解した。光の差さない部屋から、むっとするような強烈な花の香りが漏れ出す。普段なら良い香りだと安心するようなそれも、香りが強すぎれば一種の暴力に過ぎない。


「――中、照らすぞ」


 珍しく怯えたような声でそう言った相楽が、誰に許可を貰うでもなく、ミコから借りた懐中電灯で中を照らした。


「うっ……」


 呻き声を上げたのは誰だったか。

 かくいうミソギもまた、突如現れた見慣れない光景に、叫ぶ事も忘れて茫然と立ち尽くした。


 部屋の内部そのものはよく片付けがされていた――否、これは部屋などでは無いのかもしれない。端的に言ってしまえば、展示室。美しい物を美しく理路整然と並べているそれに近しいものを感じる。

 しかし、並べられているそれらは反道徳的だった。

 正面、丁度相楽が照らし出された所には首から上が無い女性のマネキンが置いてある。


「マネキンじゃないぞ! これ、人間じゃ無いのか!?」


 戦慄したように十束が叫んだ。

 掠れた声を漏らしたミソギは、もう一度それをよく見てみる。成る程確かに、離れているので何とも言えないが生々しい質感を伴っているように感じられた。

 ――え、だったら、あの台に置いてあるものは?

 冷静に状況を呑み込もうとして失敗する。首から上のない何かの脇には、それの腰くらいの高さがある小さなテーブルが置いてあった。その上には首だけが飾られていたのだ。


「こ、これ……『不幸女』……!?」

「何?」


 鵜久森と乗っていた車で撥ねた女の怪異。彼女の顔こそ覚えていなかったが、それでも絶対的な特徴である顔面の半分から咲き誇る花だけはよく覚えている。まさに、台の上に置かれたそれは、あの時見た花の咲く顔面と全く同じだ。

 一緒にあの光景を観たはずのトキが目を眇め、細め、そして「ああそういえば……」、と至極冷静に頷く。彼の心臓は鋼で出来ているに違い無い。


 言い知れない、吐き気のようなものが胸をしめる。防腐処理が施されているのか、蝋のように白い肌は朽ち果てる気配が無い。

 また、その冒涜的な物体は1体だけに留まらなかった。壁際に、少なくとも後2体。しかし、まんじりと観察する気にはならないので、内何体かはマネキンかもしれない。


 ――本当にこの部屋へ入らなければならないのだろうか。

 人間を原材料にした、まさに元は生きていた人形。酷く冒涜的で、残忍で、狂気的だ。人間の狂気が渦巻くこの空間に入って行く度胸など微塵も無い。というか、離れているから辛うじて正気を保っているが、これを間近で見てしまえば今まで培ってきた、大事な何かが損なわれるような気さえする。

 それは道徳観念であったり、常識であったり、または正常な神経だ。失ってしまえば、八代京香と同じ穴の狢になりかねない。


「どうすっかな、これ……。中に入らなきゃならねぇんだろうな。ここ、明らかに何かある部屋だし……」

「そうですね……。とでもグロッキーな光景ですが、恐らくはここが、供花の館のゴールだと私もそう思いますっ」


 心なしか元気の無いミコのお墨付きを貰い、頭を掻いた相楽が一歩足を踏み出す。


「ちょっと俺、見て来るわ。着いて来られそうな奴だけ来た方が良い。おっさんも、流石にこんな規格外の狂人部屋が出て来るとは思わなかったわ……。ミコちゃん、ミソギと外で待っていなさい」

「はい、すいません。おじさま」


 同行しましょう、そう言ったのは周囲を打って変わって落ち着いているトキだ。人間関係になるとすぐに冷静さを失うのに、怪異は全く怖くないし、人間の狂気も恐ろしくはないようである。助かると言えば助かるが。

 一方で、十束は行くべきか考え倦ねているようだった。尻込みしているのが伺える。しかし、こういうグロイ光景の耐性には個人差がある。ミソギはその背に声を掛けた。


「十束、無理して行く必要は無いんじゃない?」

「――いや、行こう。適材適所、お前達はこういった類のアレが苦手だろうが、多少なりとも動ける俺は着いて行くべきだ」

「私はあんたの意見を聞いているんだけどね。まあ、行けるなら行けばいいんじゃないかな……」

「ああ! ありがとう、行って来るよ!」


 相楽の後を追おうとした十束だったが、それは相楽その人が立ち止まった事によって強制的にキャンセルさせられた。


「どうかしたんですか?」


 ミコが不安そうに訊ねる。一点を凝視していた相楽が呻くように呟いた。


「『キョウカさん』……! 仕方ない、一時撤退するぞ! ミソギ、鵜久森と南雲に声を掛けろ!! マズイ、忘れてた、上まで逃げられるか……!?」


 相楽の指示に従い、鵜久森と南雲を呼び戻す。少し遠くから様子を伺っていた2人は、『キョウカさん』と聞くと弾かれたように走って皆と合流した。

 部屋のドアを叩き付けるように閉めた相楽が、身を翻す――


「あ!? やべっ、階段どっちだ!?」

「反対方向です。Uターンしている暇は無いので、手近な部屋に入り、体勢を立て直した方が良いかと」

「げっ! トキ、お前気付いてたのなら言えよ!!」

「言いましたよ。今、気付いた瞬間に」

「今気付いたのかよ!!」


 こっちだ、と相楽を追い抜かして走った十束が、例の狂人部屋から2つ離れた部屋を適当に開け放ち、中へ入る。その手には用意が良い事に、すでに味塩を装備していた。ドアをぴっちり閉め、然るべき処置をする事で結界として作用させられる。それを利用するつもりかもしれない。


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