表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶叫除霊師ミソギ  作者: ねんねこ
3話 質問おばさん
26/227

09.怪異『質問おばさん』

 ――最初に聞こえてきたのは、ともすれば聞き間違いかと思う程の小さな物音だった。それはこん、こん、と。

 しかし、こちらが返事をしないでいるとノックのタイミングは徐々に徐々に早くなり、そして戸を叩く力もどんどん大きくなっていく。酷く急かされているようで落ち着かない。


『返事しちゃ駄目だぞ!』


 メモとペンを用意していた十束が念を押すように、そのメモに書いた文言を見せつけてくる。

 ――いや、そんなこと言ったって怖いモノは怖い。

 明らかに人智を越えた存在が、ドアという薄い壁を隔てた向こう側にいる。怪異の異様とも言える行動が、その現実をまざまざと見せつけてくるのだ。話に聞いているのと、実際に体験するのでは全く感覚が違う。


 とん、と肩に鵜久森の白い手が掛けられた。彼女の視線はドアに固定されている。外からはまるで物を破壊しているかのようなけたたましい音が聞こえてきていた。


 「行きますか?」、口の動きだけでそう訊ねる。ミソギを一瞥した鵜久森から、そっと肩を押された。

 うっかり叫び声を上げないよう、のど飴を2つ口の中に放り込む。先に怪異に答えなければならないのは十束だ。自分ではない。


 ドアの前に立ったミソギは、十束に指で「OK」のサインを出した。

 外は不気味な程に静まり返り、先程までの物音が嘘のようだ――


「ねぇ……。あなたは、何色? 黒……? それとも、赤? いいえ、桃色……?」


 ――ヒエッ!?

 全く意味不明且つ苦しそうなしゃがれた声に悲鳴を上げかけた。思わず口の中に含んだのど飴を噛み砕き、やり過ごす。甘いような、しかしどこか薬用特有の味が舌を打つ。


 涙で滲む視界を手の甲で擦りつつ、十束が何事か応えるのを待った。


「俺は赤が好きだ!」


 何のこっちゃとも思ったが、刹那には勢いよくミソギはドアを開け放った。先程まではこのドアを開ける事が出来る自信も何も無かったが、意に反して腕はノブを引いていたのだ。


 視界に飛び込んで来たのは這いつくばった女。まるで地面を這う虫のような動きで、のそりのそりと動き始める。


「ヒッ……!?」


 あまりにも異様な光景。ぼさぼさの黒髪はずるずると地面を引き摺られている。所々、皮膚が剥げた腕に鼻を突く腐敗臭。それがあまりにも生々しくて、思わず自分の横を通り抜けて行ったそれを見送ってしまった。

 ミソギには脇目も振らず、怪異は十束を目指しているようだ。

 その間に、鵜久森が立ち塞がる。


「このっ……!」


 怪異に捕まらないよう、細心の注意を払いながら、無防備な背に霊符を貼り着けた。ジジジッ、という虫が電球に飛び込んだような音。

 続いて、怪異がしゃがれた声で悲鳴を上げた。


「痛い痛い痛いィィィ!!」

「あばばばばば!?」


 あまりにも悲痛な声に一歩、部屋の外に出てしまったミソギは続く怪異の言葉を耳にする。


「私のぉ……目、目はどこ……? 答えてよ、私の……質問にぃぃぃ……! 答えろ、答えろ答えろこたえろこたえろッ!!」


 怪異が腐敗した腕を十束へと伸ばす。しかし、その動きはあまりにも鈍重だった。ひらりとその手を躱した彼は身軽に怪異を飛び越え、玄関辺りにまで走る。途中、小さな台所に鎮座していた味塩を手に取った。


「鵜久森さん、効いているみたいだ!」

「ああ! まだまだ霊符はある、このまま処理してしまおう!」


 トランプのカードでも持つように、ずらりと片手に霊符を持った鵜久森は遠慮容赦無く、芋虫のように床を這う怪異へとそれを貼り着ける。

 最初は激しく暴れ、抵抗していた『質問おばさん』だったが、2枚、3枚と背や剥き出しの足に霊符を貼られれば徐々に大人しくなっていった。ふん、と鵜久森が鼻を鳴らす。


「今日の占いは全体的に3位だったが、やれば出来るものじゃないか」


 完全に抵抗を止めた怪異はその腕を、遠く離れた十束へと伸ばす。ずっと地面に擦り付けるようにしていた顔が、不意に上がった。

 眼球のない穴だけがぽっかりと空いた眼窩。痩けた頬が酷く痛々しい。


「あの女……私の、目を、どこに……。これじゃないのに……私の……」


 砂のように崩れた『質問おばさん』の身体が大気に溶け消える。その後にはやはり落とし物が鎮座していた。


「うわ、何ソレ……え、本物?」


 1対の目玉。カラーコンタクトを嵌めたように独特の模様と、青い色。間違い無く日本人の物ではないし、明らかに日本女性であった今の怪異の目玉でもないだろう。

 果敢にも玄関から部屋の中心へと戻って行った十束がそれを拾い上げる。そして、いつものように苦笑した。


「本物じゃないな。ガラス玉だ! だが、ちゃんと眼球を模しているな。インテリアか?」

「そんな物騒なインテリア、私なら置きたくはないな」


 壊さないように、その辺にあったタオルハンカチでそれを包む十束。触れ合った眼球のようなガラス玉が、カチリと澄んだ音を立てた。


「何はともあれ、『質問おばさん』は攻略したな! ああ、やっと夜の間に眠る事が出来る!」

「予想以上に煩かったもんね、あの怪異」


 深く息を吐き出した十束が、糸の切れた人形のように床に座り込んだ。その顔には達成感を覚えているような、安堵の表情が浮かんでいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ