偶然の再開
「うわっ、やっぱり人多いな......」
アルマはうんざりとした様子で一人ごちた。視界には商売人や冒険者、その他にも金の匂いを嗅ぎ付けてきた奴らであふれていた。酒場の前の通りも、朝よりも人が増えていた。
酒場に入る少し前に、鐘が二回鳴っていたのを思い出す。酒場には一時間ほど居たから、今は十時ぐらいだろう。
これではいつも行く武器屋とか、アクセサリーショップなんかにも人が集まっているだろう。どうしようかなとしばし悩むが、特に良いアイディアは浮かんでこない。
全く、今日はだらだらと過ごして休日を謳歌するつもりだったのに。こんなに不快な思いをしているのは全部新しい魔王のせいだ、と自堕落にして責任転嫁し放題な思考をするアルマ。
実のところ、アルマは魔王に大して少なからず怒りを感じていた。休日を潰されたということもあるにはあるが、それについては実際そこまで気にしてはいない。
では何に怒っているのかというと、『タイミング』の問題についてだ。
なぜなら遅めに見積もっても、後一週間程度だったからだ。アルマが最強の魔王として君臨することになるまで。これは予定でもなんでもなく、ただの確定事項である。
それなのに、こう立て続けに魔王が出現しても、王国の奴らは大して驚かないかもしれない。全く、自身の華々しい門出を邪魔するとは、本当に怒り心頭である。
「だがまあ、人を呼び込んでくれたのには感謝したいが」
アルマは街を適当に散策しながらぼやく。先ほどまでは魔王に対して散々唾を吐いていたのに、一転してポジティブな感想を言うアルマ。これは自分勝手なんかではなく、『ツンデレ』というやつであろう。
まあアルマがツンデレだということは置いておいても、彼が魔王に少なからず感謝もしているのは本当だ。やはりその主な理由とはダンジョンに関係することだ。
ダンジョンマスター達がダンジョンポイントを集めるには、様々な方法がある。しかし、例えどんなやり方だろうと、必ず必要になるもの。それは言わずもがな、人間である。
例えばある方法では、所持ダンジョン内で人間を殺すことでポイントを入手することができる。このやり方は一番ポイント入手の効率が良く、最も一般的な方法でもある。
しかし、それだと結果的に人間に危機意識を持たれて討伐されやすくなってしまうため、気付かれない範囲で行うことが必要とされる。
その次に一般的なやり方は、ダンジョンに侵入した人間を撃退することだ。撃退といっても、人間と戦闘行為を行う必要はない。罠などで追い返したり、行き止まりに見せかけて撤退させることでもダンジョンポイントを得ることができる。これは主に戦闘に自身がない者や、ダンジョンの運営を積極的にする気がない者達が選びがちだ。
ただし人間に敵対される危険は少ない代わりに、ポイントの効率が著しく少ない。例えば人間を一人殺した時に得られるポイントを撃退でまかなおうと考えれば、同じくらいの強さを持つ者達を一〇〇〇回近くも撃退しなければならない。
付け加えるが、撃退をメインとする者達が魔王となることはほとんどない。それもそうだろう、リスクを恐れるダンジョンマスターが、魔王化なんていう一種の博打を行うなんてもっての他である。
ちなみに、アルマは撃退を主としている。それなのになぜ莫大なポイントを所持しているのか。これは運が良かったとしか言えまい。
まず、彼のダンジョンが大陸有数の国民数を誇る王国トプロンの下にあること。次に、システム的に撃退はダンジョンの領域から逃走した時に際限なく何回でも入手できること。
最後にダンジョンの中だけではなく、ダンジョンの上方も領域に含まれるということ。
そしてアルマはこれらの幸運を活用するために、地下にあるダンジョンの形状をまるで虫網のような物にした。これの穴の部分はもちろんダンジョンの領域ではない。つまりはそういうことだ。
王国内を人が歩くだけで、ポイントは次々に加算されていく。もちろん人々は、自分達が知らず知らずの内にダンジョンの成長を手伝っていることなんて思ってもいない。
そしてそんな国民達の不幸は、手助けしてあげたダンジョンの主が、世界よ滅べ! なんて言ってる可愛らしい破滅願望者なんかではなく、この世界で最も危険かつ、狂気に染まった正義という名の思想を持つ男、アルマだと言うことだろう。
アルマはおもむろに顔を上げた。相変わらず人が多い。眉をしかめながら辺りに視線を配る。ちらほらとカフェが見えた。よし、そこのカフェにでも入って暇を潰すとするか。
アルマがカフェに脚を向けた時だった。横を通りがかる男達の世間話が耳に入ってきた。
「――おい、聞いたか? どうやら――から、――様が来てるんだとよ」
「――様が? たかがC級魔王になんでまた」
「いやそれとは別件で来たんだとよ、見に行こうぜ。なんたって『――――』だからな!」
誰だろう。名前の部分はよく聞こえなかった。だが、どうせ大した人物ではないだろう。アルマが歩く度に、彼らの話は徐々に意識の外に追いやられていった。
そして、いつの間にか目の前に迫ったカフェの扉を押し開ける。柔らかい鈴の音が気分を和ませてくれた。
中は小洒落た造りになっていて、空調が心地好い温度を保っていた。
中々に隠れた良店を見つけることができたかも知れない。彼は内心呟きながら、手頃な位置にあったテーブルについた。
「いらっしゃいませ! ご注文はいかがいたしますか?」
それを見計らったかのように、ウェイターらしき女の子が小走りで寄ってくる。この店の事前情報は何ひとつとして持っていない。メニューを見るのも億劫なため、ここは何が美味しいのか聞いた方が得策だろう。アルマはそう判断し、椅子の横で笑顔で待機している女の子に口を開いた。
「あの、何かおすすめとかありますかね?」
アルマは彼女の返事を待った。しかし、彼女は何かを思い出すかのようにいぶかしげに眉をひそめ、彼の顔を覗きこんでいる。少し居心地が悪くなってきたアルマが声をかけようとしたところで、ようやくウェイターらしき女の子は合点がいったような表情になった。
「もしかして、アルマ君じゃないですか?」
「ん? そうだけど......」
彼女は自分のことを知っているようだ。誰だっただろう。アルマは視線を向ける。髪型は淡い青色、肩甲骨辺りにかかる緩くウェーブのかかったミディアム。顔はミュウと同じベクトルの可愛らしい顔。身長は一七〇センチメートルであるアルマよりも一〇センチメートル低いミュウ、それよりさらに一〇センチメートルは低いようだ。
いや、なんとなく彼女に見覚えがある。そういえば彼女は......。
「――もしかして、ティグマか?」
アルマが聞くと彼女は照れ臭そうに笑った。
ティグマはミュウと同じように、ギルドの期待の新人として扱われてる。特殊スキル持ちで攻撃、守備魔法を使いこなせ、主に多対一を得意とするミュウ。上位スキルではないにしろ、ミュウと同じく特殊スキルを所持。攻撃魔法も大した威力ではないし、守備魔法もミュウの足元にも及ばない。
それでもティグマが期待されているのは、個人の能力をブーストさせる補助魔法に精通しているからだ。しかも常人とは違い、 対象が強ければ強いほど効果を増大させるという特殊効果つき。騎士団の隊長クラスに使ったとなれば、眼を見張るほどの効果を発揮する。
そんなベクトルは違えど強力な魔法を行使する二人。しかも容姿が良いこともあって、二人は合わせてこう呼ばれていた............――――。
「『背中合わせの天使達』......だっけ?」
「はは......一年ぶりに会って、一言目がそれですか......」
目の前のティグマはがっくりと肩を落とした。
その後、しばらくティグマと談笑して時間をすごし、昼飯を食べた。注文したペペロンティーノはコクのあるソースが中々に美味しかった。
ティグマと世間話でもしたかったのだが、昼時に入り客が増えてきたため断念した。聞いてみたところ、この店はそこそこ流行っているそうだ。ティグマにまた来るよと伝え、早速『僕のお気に入りの店リスト』に追加して店を後にした。




