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酒場にて

5分は誤差です。

 焼けた肉の好ましい匂いと、肉にかけられた香ばしいタレの香りが食欲を激しく刺激する。

 アルマは大きく口を開けて、串に刺さった鶏肉に豪快にかぶりつく。


「くうぅぅうう! やっぱりここの焼き鳥はうまいな!」


 アルマは何度か咀嚼して飲み込む。二口目、三口目と次々に焼き鳥を腹の中に収めていった。

 マスターも自分の料理を美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいのか、ぱくぱくと焼き鳥を食べるアルマを見て穏やかに微笑んでいた。


 それからしばらくして、あらかた焼き鳥を片付けたアルマは口の中にある最後の肉片を飲み込んでから口を開いた。


「くふう......そういえば、さっきの話の続きだけど」


 マスターはタレと油で汚れた数枚の皿を洗いながら、アルマの方に眼を向ける。


「ええ、何で今日は人が多いかっていう話でしたよね」


 うんうんと、アルマは解けなかったなぞなぞの答えを待ち望む子供のように身を乗り出した。


「そうそう、なんでなのさ。さっぱり見当がつかないんだが」


「......本当に知らなかったんですね。国が大々的に発表したはずですが」


 教える雰囲気を出しながらも、中々答えを出そうとしないマスターに痺れを切らしたアルマは、カウンターの上に身を乗り出させる。


「はは......そこまで必死にならなくても。どうやら、魔王(・・)出現(・・)したようですよ」


「へえ、そうだったんだ。で、A級? B級? C級?」


 マスターの答えに少しばかり興味をなくしたかのように身を引くアルマ。そんな彼のなげやり気味な返答に苦笑し、愚問とばかりに肩を竦めた。


「A級だなんて......そんなのが出たら大混乱になっちゃいますから。後は騎士団の穏やかさから見てB級もないでしょう。恐らく、精々C級程度でしょう」


 ちょうどその時だった。中年のスキンヘッドの男が酒場の扉を荒々しく開けた。親しげにマスターに話しかけたところを見るに、彼の知り合いなんだろう。


「おい、マスター聞いたか。新しい魔王はC級だとよ! 良かったなA級じゃなくて!」


 どうやら、わざわざ王国の発表を報せに来てくれたらしい。マスターは、彼に向かって全くですと肩を竦める。スキンヘッドの男はそれを見て満足気に頷くと、来た時と同じように乱雑に扉を閉めて出ていった。


 マスターはそれを見届けた後、アルマに向けてどうだと言わんばかりに口角を上げ、眉尻を下げてみせた。アルマは面倒臭そうに、参ったとうめいて両手を上げる。


「なんだよ、C級か。残念ながら勇者は見れそうにないな」


 アルマは口では残念そうにしながらも、実際は大して残念そうではなかった。むしろ、人の機微に敏感なマスターですら気付かないくらいに、喜びの表情が浮かんでいた。

 なぜなら、自負があるからだ。勇者を(・・・)召喚させる(・・・・・)ことに(・・・)なるのは(・・・・)この俺だ(・・・・)、と。




 A級だとかC級だとかは、わかりやすく言えば危険度(・・・)のことである。これ自体に明確な基準はない。なぜならそれは人が決めた物だからだ。

 決める手順というか、判断の仕方は、まず魔王が出現するとする。次にそこに騎士団を送り込んでランクの判断をするという至って単純明快な物だ。


 魔王の出現タイミングや場所については、どうやら王国に伝わる秘宝が関係しているそうだ。しかし、そんな秘宝があったとしても魔王の出現の条件などについては、詳しいことはわかってないらしい。

 一説や俗説によると、魔王とはダンジョンマスターの中でも強力な個体が変異したものだとか、複数のダンジョンが融合した存在だとか、挙げ句の果てにはダンジョンマスターと魔王は全くの別物であり、魔王は奴らの上位存在である、なんてトンデモ説もあるほどだ。


 関係者だからわかることだが、そもそも魔王とはダンジョンマスターの第二段階(・・・・)、ただそれだけの話なのだ。

 といっても、魔王になったからといって凄まじい力が覚醒するという訳でもないし、上位存在になれるということも全くもってない。


 極端なことを言ってしまえば、一番強い、あるいは優れたダンジョンマスターだって魔王になるとは限らないし、出来たばかりの新米がいきなり魔王になることだってできる。


 これはダンジョンのシステムに関係することだ。もちろんのこと、ダンジョンマスターの持つ能力はとても強力だ。特定の行動で取得することができるダンジョンポイント。

 これを消費すればモンスターを召喚したり、自己を強化したり、スキルを取得したり、条件を満たせば大抵のことは出来るようになる。


 しかしこれ(・・)に消費するポイントは、一定ではないのだ。例えば最弱のモンスターである『スライム』を除き、最低限戦力になる『ゴブリン』。こいつを召喚するためにはポイントを《三》消費しなければならない。ポイントは元の数値の分、加速度的に増えていく。つまるところ、一体目は《三》でも、二体目は《九》。三体目には《二七》になっている。

 これだけなら大したことはないと思うかも知れないが、数字とは恐ろしいもので、十体目の召喚に要求されるポイントは、なんと《五九〇四九》になってしまうのだ。


 特に一体所持していれば中級ダンジョンと呼ばれるようになる、『死神』というモンスターに必要なポイントは《一〇〇〇〇》。上級と呼ばれるために必要な二体目には、なんと《一〇〇〇〇〇〇〇〇》も必要になってしまう。三体目ともなれば《一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇》。


 こうしてみるとダンジョンマスターの能力は確かに強力だが、新人達はポイントの運用を少しでも間違えればすぐに詰むし、中堅達はいくらポイントを集めようが要求値が高すぎて、中々成長しない。


 そこで重要になってくるのが、ダンジョンウインドウに存在する『魔王化(・・・)』という項目。これに必要なポイントは、なんと《〇》。そして肝心の効果とは、『要求ポイントの増加分をリセットする』。ただそれだけの効果なのだ。


 しかし、実際問題これの重要度はかなり高い。死神に限って言えば、二体目の召喚にかかる費用を九九・九九パーセントも削減できる。ただしそのデメリットとして、魔王として存在が公になり人をたくさん集めてしまうことにもなる。だが、それを撒き餌として上手く利用すれば、ポイントを更に集めるチャンスにもなる。


 いわば魔王化とは、ダンジョンマスター達の救済措置でもあり、限界を超えるための方法でもあり、一発逆転を狙うための最終手段でもある。


 しかしこれだけ偉そうに講釈を垂れたとしても、結局のところダンジョンマスター達の誰一人として、ダンジョンの謎の本質(・・・・)を理解してすらいない。例えば能力の発現の条件だとか、存在意義だとか。


 アルマ自身も、ある日気が付いたら既に持っていたとしか言いようがない。だが、いくらこの能力(ちから)の正体がわからなくても、魔王のことについては理解している。


 彼自身の言葉でまとめるとするなら、魔王とはダンジョンマスターの成れの果て、である。


 そんなアルマの思考が一段落したところで、彼は自分を呼ぶ声を聞いた。


「なにやら熟考していたようですが、もうよろしいのですか? アルマさん」


 マスターだ。相変わらずの苦笑交じりの声音。どうやら、また思考に没頭していたようだ。俺の悪い癖だ、と認識すると同時に、ものすごい羞恥心を感じた。

 アルマはそれを誤魔化そうと口を開いた。


「――や、やだなあ。脚を舐めさせてくださいって? い、嫌ですよそんなの......」


「ぶち殺すぞ、てめえ......」


 冷たい眼光、ドスの効いた声。遠慮のない殺意に背筋が凍った。......いや、確かにこれはなかったわ。なんでこんなこと言っちゃったんだろう。冷静になるがもう時は遅し。すでに取り返しがつかない位置まで過ぎ去っていた。


「......じょ、じょうだんですよ! 冗談!」


 アルマは懐から銀貨を数枚握りこんでカウンターの上に置いた。そして、あははと乾いた笑いを上げながら、内股気味で酒場の扉を開けて酒場から退散した。股が少し湿っているが、これは恐らく汗か涙だろう。己の自尊心のために、無理矢理にでもそう決め付けることにした。

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