ペルクという男
久しぶりの更新になってしまったので、簡単なあらすじを書いておきます。
あらすじ:突如ダンジョンマスターになった主人公のアルマは本来ならリスクでしかない、自分のダンジョンが大国トプロンの下にあることを利用して莫大なダンジョンポイントを手に入れる。そのポイントを使い、魔物をいくらでも召喚できるようになるという恐ろしい特殊スキル『彼曰く無敵』を取得し、障害になりそうなダンジョン(特に初代魔王のダンジョン)を排除して生脚王国の建設を目指す。
アルマ:物語の主人公。脚に異常な執着を示す。上半身は脚の付属品だと考えている。
ペルク:財布をスるのに失敗してアルマと知り合う。前話で実は人間ではなく、バカシソウロウという返信する動物であることが判明した。
「それを説明するには、まず塔のてっぺんにいた人との関係を話さないと……」
「そういえばそうだ。なんか因縁らしきものがあったようだけど。いったい何があったの?」
アルマが尋ねるとペルクはしばらくの間口を閉ざした。どうしたのか気になってちらりと横目でうかがうとペルクの表情は沈んでいて、道の脇のお店で肉串をあぶるおばちゃんの明るい声と実に対照的だった。脂の匂いに鼻を引くつかせた後、重々しく口を開いた。
「実はあの塔型ダンジョン、元々は僕のものだったんです」
「……そ、それってつまりペルクはダンジョンマスターだったってこと?」
はい、と頷くペルクを前にして、アルマは二の句をつげなかった。今日はとんでもない日だなと内心で呆れた。うだつの上がらない知り合いが実は人間ではなかったり、そいつが実はダンジョンマスターだったり。頭の整理に決して少なくない時間を費やした後、「そういえば」と当然の疑問を抱いた。
「塔のてっぺんにいたあいつはどうやってペルクのダンジョンを奪ったんだ?」
「その、騙されたんです。マスター同士ならダンジョンを譲渡できるんですけど、それを利用して。……って知らなかったんですか? 僕よりずっと経験豊富そうなのに」
アルマは少し恥ずかしさを感じて目をそらす。だがそらした時に、安宿の外壁に寄りかかって通りを眺めていたいかめしい顔の狼人間と目があったので、慌てて正面を向いた。しばらく黙っていると勝手に気まずさを感じたのだろうか、ペルクが話題を変えた。
「他人のスキルを一度だけ盗めるスキルがあるんですが、それを取得するにはダンジョンコアを破壊する必要があるんです」
そのスキルはアルマも知っている。以前馬車の中で確認したことがあった。そう伝えると、「やっぱりご存知でしたか」と言った。視線に尊敬の念を感じた気がしたので満足感を覚える。
「発動するのに厳しい条件があるから格上には通じなくて、格下に使ったとしても、あまり有用なスキルを取得できないんですけど。それを上手いこと使って、僕から変身する力を奪ったんです」
「でもバカシソウロウの姿になっていたよね?」
「正確に言うと、『変身の選択肢』を奪われたんです」
ペルクが心底不愉快そうに足下の石を蹴飛ばした。土ぼこりが舞う。石は勢いよく転がってから大きく跳ね、道の脇に止めてある馬車の横っ腹に傷をつけた。
「へえ……。でも、そもそもよそのダンジョンを制圧できるほど強そうには見えなかったけどな」
ペルクが行っていた方法を引き継いでいるだけなのかもしれないが、少なくとも今現在の、行き止まりに見せかけて撃退ポイントを取得するようなケチなやり方から察するに十分な武力を持っているとは思えない。
「なんといいますか。その、あいつはそのスキルを取得するためだけに」
そこで言葉を一旦切った。何かから隠れるように肩を縮こまらせ、周りの目を気にしたように小さな声で続けた。
「自分のダンジョンのコアを破壊したんです」
ぞっとするような話だ。おおよそ常人の神経ではとれない行動に、アルマはうすら寒いものを感じた。
「自分のダンジョンを!? ……それはまた捨て身というか、大胆というか」
今感じている不気味さを彼も共有しているのだろう。心ここにあらずといった様子のペルクのこめかみに、汗が一筋の跡をつける。それが塔の主の非情さを恐れたものなのか。
それとも、たった今横を通り過ぎようとしている馬車の隣に立ち、ペルクを今にも殺しそうな眼で睨んでいる大男を恐れたものなのかはわからなかった。
そこで幸いにも行く道が別になったので、アルマは逃げるようにして別れた。
☆★☆★☆
ペルクは古物商で宝石を換金し、十分な金を手にしてアクセサリーショップに足を運んだ。この街でも特に高級な地域にあり、壁に使われてる木材は素人目にも高級に映り、外観はとてもきらびやかだった。
窓際のショーケースに目当ての物がある。花をかたどった青い宝石のブレスレット。あれが喫茶店で看板娘への贈り物を相談していた時に、ミュウに勧められたやつで間違いない。ペルクはその時のことを思い返した。
「で、贈り物はどうする?」
これは食後のデザートを注文した直後のアルマの台詞だ。完全に他人事で真剣味はまるでない。それとは対照的にミュウは親身になってくれているが、どうやら非日常的なイベントごととして楽しんでいるらしく、やっぱり真剣味は感じられなかった。
「思うところはあるけど、やっぱりユユ花のレリーフがついた何かがいいんじゃない?」
「ユユ花? なんだそりゃ?」
「最近すごい人気のあるお花だよ。演劇の題材に使われてから注目が集まってるらしくて、お花自体はもちろん、ユユ花をかたどったアクセサリーも即日完売。花言葉は『あなたへの想いが私の心を温める』」
いい花言葉だ。恋人から貰えば強い愛を感じるだろうし、恋人未満の男女間で受け渡せば熱烈な告白に取れる。少しだけ狂気をはらんでいるようにも思えたが、それを差し引いても素敵な花言葉だった。だからアルマは、思った通りの言葉をそのまま口にした。
「へえ。よく知らないけど素敵な花だね」
「アルマ君、ふざけてるの?」
するとなぜか彼女の声に怒りがこもる。ミュウは困惑してがたがた震えているアルマに人さし指を突き出した。
自分が何かしたかとアルマが戸惑っていると、彼女は低い声を出した。「それ」「え?」どうもアルマ自身ではなく、彼の財布を指さしているらしい。財布を手に取って観察してみると、裏には青い宝石が花の形にこしらえられていた。ミュウはにこりともしないで言った。
「素敵な花だね」
「ひいいいい!!」
喫茶店でのミュウの言葉の通り、展示されている商品の前に置いてある樹の板にユユ花のブレスレットと彫ってある。それを眺めながら店に入ろうとすると、不意に足が止まる。ペルクの意識はブレスレットの隣の、同じくユユ花をかたどった宝石を下げたネックレスにそそがれていた。
そっちの宝石はより複雑な形をしているようで、少し顔を動かすだけで強くきらめいた。周囲の景色を取り込むせいで、顔を近づけたら吸い込まれるんじゃないかと半ば本気で思った。ネックレスは素人目にも素晴らしい物で、一旦それを見てしまうと、さっきのアクセサリーが途端に安っぽく見え始める。値段はおよそ二倍。所持金では全く足りない。
今のペルクに選択肢はないと言ってもいい。しかしそれでも、高級そうな方を買わずに手が届く方を買うのはラマに対する不義理のように思えた。
そして迷っている最中、ペルクはここから少し戻ったところにカジノがあったのを思い出す。そんなことは絶対にいけないとはわかってはいるが、一度カジノという手段が選択肢に挙がってしまった以上、その考えはもうどうしたって振り切れなかった。
賢い方はすでに察しているとは思うが、ペルクという男はろくでもない奴なのだ。もちろん彼を擁護するつもりはこれっぽっちもない。そしてこの後の展開を先に言ってしまうと、彼は当たり前のようにカジノで大敗し、すっからかんになる。
「想い人により良いものを渡すのが男の甲斐性というものである」と、ペルクはもっともらしく呟いた。
『Eco-dの毒にも薬にもならない裏話講座(以後『毒薬講座』)』
作中に登場するユユ花は湯湯婆から取りました。だから花言葉は「あなたへの想いが私を温める」になってます。




