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ペルクと塔

 ペルクとアルマの二人は喫茶店を出たあと、揃って塔の前に来ていた。この場にミュウはいない。彼女がペルクをどうにかしたいと言い出したのに、塔が怖いからと言って宿に帰ってしまった。


「本当にやるんですか……? 多分無駄骨に終わると思いますし、これならスリとかした方がお金稼げると思うんですけど……」

「そのお金で贈り物されて誰が喜ぶんだよ……」


 後ろ向きなペルクだったが、実際アルマもこの作戦に前向きではなかった。もちろんペルクをどうにかしてあげたいという気持ちはあったし、ネクスムで仕事がないのならトプロンへ招待するのもやぶさかではなかった。ただそれはペルク本人の意思にゆだねられるもので、自分たちが積極的に関わるものではないように感じていたからだ。だがやることになった以上、自分の役割はまっとうせねばなるまい。


「いずれにしろ他になにか突破口があるわけでもないし。とりあえず今できることをやってみようよ」

「そうですね」


 再び塔に足を踏み入れるアルマたち。今回は護衛のモンスターを召喚せずに進む。護衛を召喚しないのには二つの理由がある。一つ目は、このダンジョンに危険性がないのは前回の探索でわかっているから。そしてもう一つは――――。


 アルマは懐のメモに触れた。これは本作戦の計画書である。ペルクにばれないように、ミュウとこっそり打ち合わせしてまとめたものだ。急ごしらえであるため全体的に大雑把である。


 ここを曲がればあとは二階に続く階段があるだけ、という曲がり角を通過した時、ペルクがあれ、と呟いた。階段の前に小さな人影がある。この塔はよく度胸試しなどに使われているので、子供が入り込んだのかと思って近づき、ペルクは悲鳴を上げた。


 腰の高さほどの小さな人影は薄ぼろの腰布をまとい、棍棒を手にしていた。顔は醜悪で、口元に覗く乱杭歯は黄色い。緑色の身体が特徴的なそいつは、まごうことなきゴブリンであった。


「え、え、なんでモンスターが!?」

「ダンジョンなんだからモンスターの一匹や二匹いてもおかしくないだろ!」

「た、確かにそうですけど……。でもやっぱりおか――うわあ!」


 混乱してペルクは、襲いかかってきたゴブリンの棍棒をおおげさに避けた。アルマは腰元の剣を差し出す。


「ペルク! これを使え!」

「ええ!? だから戦うのは苦手だって言ったじゃないですか!」

「バカヤロウ! やらなきゃやられるぞ! お前が戦わないで誰がゴブリンと戦うんだ!」

「そ、そんな……。……もういい! なるようになれ!」


 ペルクは剣を高々と振り上げ、袈裟けさがけで斬りかかる。ぽかり。そんな音がした。明らかにゴブリンを倒すにはいささか頼りない効果音ではあったが、ゴブリンは棍棒を投げ出し、涙を流しながら走り去っていく。


「……あ、あれ?」

「うおー。すごいぞペルクー。ありがとー。あなたは命の恩人だー」

「ぼ、僕が倒したのか……?」


 アルマの言い方にはまるで感情がこもっていない。彼はただメモを読み上げているだけなので、棒読みなのは仕方がない。


 勘のいい人はすでに察しているだろうが、先ほどのゴブリンはアルマの召喚したモンスターである。これこそが『ペルクに自信を持たせよう作戦』の肝。ペルクとモンスターを戦わせ、自分の手で勝利をもぎ取る経験を得させる。これよってペルクは揺るぎない自信を得るはずなのだ。


 モンスターを配置するにあたって、塔の中に誰もいないことは確認済みである。モンスターに精査させた。ちなみにこれが護衛を召喚しないもう一つの理由である。


「さあそれでは先を急ごう」と率先して二階に登ろうとした時、アルマはさっきのペルクとの会話の中にかすかな違和感を覚えた。しかしいくら頭をひねってもその違和感の正体にたどり着かなかったので、とりあえずおいておくことにした。


 それから先、何体かのモンスターがペルクに襲いかかった。モンスターを追い払うたびに、ペルクの顔は凛々しくなっていく。


 十階に到着し、砕けた鉄の柵がある部屋に待ち受けるベビボスを倒す頃には、ペルクは歴戦の戦士然としたたたずまいを見せるようになった。


「お、おい。お前本当にペルクか……?」

「はい。間違いなく私がペルクです。頭の中が冴えていて、まるで生まれ変わったような気分です。私が成長できたのは間違いなくアルマさんのおかげです。本当にありがとうございます」


 一人称まで変わっている。声もどっしりしている。アルマは戸惑いながら柵の奥を指差した。そこには前回来た時にはなかったはずの木箱がおいてある。


「宝箱があるぞ。あ、開けたらどうだ?」

「いえ、私が受け取るわけには……」

「でもここまでこれたのはペルクのおかげじゃないか。お前が開けるべきだ」

「そうですか……。それでは遠慮なく」


 ペルクは遠慮がちに宝箱に手をかける。中にはいかにも高価そうな宝石が入っていた。ミュウが大枚をはたいて購入したものである。


 これで予定していた作戦は全て完了した。すべてが無事に終了し、アルマはひと心地つく。


「もう用はないですし、戻りましょう」


 ペルクが言うのと同時に、アルマにしか見えない妖精が肩に止まる。柔らかい声色で何事かをささやき、アルマは「やっぱり上にあるのか」と言った。


「いや、だいぶ深くまで来たんだ。いっそのこと行けるところまで行ってしまおう」


 それに多分もうこの塔には来ないだろうし。例え力がなかったとしてもダンジョンは潰しておくべきだ。アルマはこの前ミュウと一緒に飛び降りた窓に近づく。その窓を開けると、木製の階段が上の方に向かっていた。これは配下のモンスターたちに作らせた、即席の階段である。木の板などの部品は塔の下の林にある木から作っているので、ダンジョンポイントで作ったポーションのように時間経過で消える心配はない。


 窓を乗り越え階段に体重をかけた。問題はなさそうである。後ろから聞こえる「アルマさん!?」という声を聞き流し、登る。階段の終着点には窓があった。少しだけ緊張をにじませながら手をかけた。気分は泥棒さながらである。


 こっそり忍び込んだ部屋は広く、高そうな芸術品がいくつも散見していた。さっき来るときに見た感じだと、まだ上の階がありそうだ。部屋を見渡す限り誰もいない。ダンジョンマスターが不在ということだろうか。


 しばらく観察していると、部屋のすみにある階段から男が顔を覗かせた。若く、なかなかハンサムだ。街に行けばモテる顔立ちだが、蛍光色の派手な服が恐ろしく不似合いだった。


「あ」

「あ」


 目があい、しばしの沈黙。階段から顔を出した男性は、口をぽかんと開けたままぶるぶると震えだした。アルマは空気に耐えきれず、にこやかに声をかけた。


「どうも」

「ぎゃあああああ!」


 男は悲鳴を上げた。


「な、なんで!? どこから入ってきたんだよお前は!?」


 たたみかけるような質問に思わずアルマはたじろぐ。


「出てけ! 出てけよ! 今すぐ出ていけ!」

「ええ……出ていけって……。いったいどこから……?」

「窓があるだろ! 飛べ!」

「まじかよこいつ」


 今は階段があるからともかく、彼の位置からではそれも見えないはずだ。つまりこいつはアルマに死ねといっているのだ。


 彼はかん高い声でわめき散らす。まるで子供のかんしゃくだ。見た感じ少なくともアルマよりは年上に見えるが、その実精神年齢は下に感じた。


「うるさいなあ。わかったよ、飛べばいいんでしょ飛べば」

「そうだ! 今すぐ飛べ!」


 アルマは窓に近づく。そして男性の睨みを背に受けながら、窓からぴょんと飛び出した。すぐ下の階段に着地する。すると男性がぶつぶつと喋りだした。


「全く……、なんだったんだあいつは……」

「なんてね! まだいるよ!」

「ぎゃあああああ!」


 あ、面白いぞこいつ。アルマは内心で呟く。もう一度窓を越えると、男性は明らかにいきり立った。


「黙って聞いてりゃさっきから……! バカにしてんのかよてめえ!」

「黙ってたっけ……?」


 首をひねっていると、やにわにぴんときた。もしかして彼がこのダンジョンのマスターではないのか。そう尋ねると、彼は見るからにたじろいだ。


「もういい! せっかく自分の足で飛ばせようとしたのに、ふざけているようなら俺が窓から突き落としてやる!」


 彼は「強いんだぞ! 俺は強いんだぞ!」と自己暗示のように言った。アルマは自分に向かってくるダンジョンマスターを見て指を鳴らす。彼は隣に突然現れたベビボスに明らかにたじろいだ。


「な、なんだそいつは……! ……いいや、怖くなんかないな! ハリボテだ! そいつはハリボテだ! うおおおおお!」


 その一〇秒後。アルマの前にはこてんぱんにされて正座するダンジョンマスターと、折れた左腕をおさえて地面をのたうち回るベビボスがいた。

『アルマにしか見えない妖精』。……なんだかおクスリのかほり。

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