しゃれた喫茶店
アルマはふかふかのソファに腰を落とし、深くため息をついた。今いる喫茶店内は涼しく、静かで居心地が良かった。隣に座るミュウが顔を寄せてくる。
「中々おしゃれなお店だね」
「いいところでしょう」
正面に座ったペルクがやたらと自慢げに言った。
三人はどこか話せるところに行こうと決めたあと、ちょうど昼飯時だったということもあり、ペルクの行きつけだという店に連れられて来た。人気があるらしく、店員が店の中を忙しなく駆け回っていた。
「お待たせしました。こちらがコーンスープ、エビの酒蒸し、エビピラフとなります」
この喫茶店の店員であるラマという子がアルマ達のテーブルにいくつかの皿を置いた。一〇代後半に見える彼女は人懐っこい笑顔が印象的だ。聞くところによるとこの店の看板娘であるらしい。
アルマは早速、目の前に置かれたエビの酒蒸しに口をつけた。ぷりぷりとした新鮮なエビに辛味のあるソースが絡み、一口かじる度に食欲が増した。右隣ではミュウがエビピラフにがっついている。
しばらく無言で食べ進め、皿の底が目立つようになった頃、重苦しい沈黙を破ってペルクに尋ねた。
「それでどうしてあんなことを?」
彼はスプーンを置いて焦ったように口を開いた。
「お、お金に困って……」
「ふうん……」
特に予想を裏切るような返答ではなかったので適当に返事をした。するとそこで話が途切れ、再び沈黙が場を支配する。アルマは手元のコップを揺らしながら話題を探す。
「……普段は何をしてお金を稼いでいるの?」
「前まではいろんな仕事をしていました」
初めは敬語で接していたアルマだったが、そもそも加害者と被害者であるという関係性と、この喫茶店に来るまでに彼があまりにも下から来るものだから、いつの間にか敬語は使わなくなっていた。
「だけど生来不器用な性質で……。仕事を見つけてもじきに大きな失敗をしてクビになってしまい、それで様々な仕事を渡り歩いている内にこの街で働けるような場所がなくなってしまって……。唯一の特技である手品を披露して細々とやっていたんですが、とうとう所持金が底をついてしまい……」
「クビになるような失敗っていったい……」
「以前料理屋の下働きになった際には、たまたま店を訪れていた料理界の重鎮の頭にスープをぶちまけてしまって、オーナーに激怒されてクビに……。他には戦いが得意ではないので、ギルドで事務員として働いていたことがあるんですけど、字が下手すぎて依頼書が読めないって苦情が来てクビに……」
「た、大変だなあ……」
アルマはペルクの境遇に同情すると同時に、自分がオーナーだったら決して雇いたくないなと内心でつぶやく。ミュウは知らない間にエビピラフを食べ終わっていたらしく、いつの間にか注文したであろうチョコレートケーキに舌鼓を打っていた。
「もうそうなったら職人になるしかないと思って、粘土造形職人になったんです」
「職人かあ……。技術職は能力が収入に直結するからね。才能がないと難しいよね」
アルマも粘土造形には造詣が深い。お気に入りの造形師の作品をいくつか部屋に飾っているし、時々自分でも作ったりしている。
「そうなんですよ。それでも下手くそなりに頑張って、うっかり棚から落として台無しになったり、乾かすのに失敗して割れちゃったりしながらも懸命に作り上げたんです。それを粘土造形職人にとって最も栄誉のある大会に出展したら、師匠の面目を潰してしまって……。それでクビに」
「ああなるほど。あまりにもひどすぎてお師匠さんが周りからなめられたのか」
「いえ、うっかり賞を総なめにしてしまって、師匠が周りからなめられたんです」
「才能だ!?」
あまりの衝撃でテーブルに膝を打ち付け、コップの水が跳ねた。いきなり立ち上がったアルマに驚きながらも、ペルクは続けた。
「その作品が一〇〇〇〇〇〇〇ベインで売れたので、今までそれで食いつないでいました」
「天職じゃないか!」
興奮して思わず声が大きくなる。どうして粘土造形職人として一旗上げないのかと立ったまま訴えていたが、店員や周りの客が自分を睨んでいるのに気づき、尻すぼみになる。無性に恥ずかしくなり、ソファに腰を下ろした。
そのまましばらく悶々(もんもん)としているとペルクが控えめに言った。
「そういえばお二人はなんの目的があって滞在しているんですか?」
「観光だよ、旅のついでにね。どこか面白いところ知らない?」
チョコレートケーキも食べ終えてゆったりとコーヒーをすすっていたミュウの言葉に、ペルクは腕を組んでうーんとうめく。助言というわけではないが、アルマはこれから訪れようとしている観光地をいくつか挙げた。その内の候補の一つである『巨悪の塔』に行くと言った時、彼は露骨にぎょっとした顔を見せた。
「え……あ、アルマさん。塔に行くんですか?」
「まあそのつもりだったけど……。なに、もしかして危なかったりするの?」
「……いや、危険はありませんよ。塔はアトラクションみたいな物ですから。昔は子供たちの遊び場でしたしね」
その言葉の中にどことなく含みを感じるのは気のせいか。男同士の会話にミュウが首をかしげた。
「塔? なにそれ? アルマくんはなんで知ってるの?」
「ほら、宿屋にパンフレットがあったんだよ」
それを見せると、彼女は興味深そうに受け取った。そのまましばらく塔について話していると、横から「もしかして塔に行く気なの?」と声がした。思わず見やると、店員らしい年配の女性が難しい顔をしていた。
「やめた方がいいわよ」
「えっと……それはまたどうしてですか?」
「だって、悪い噂が絶えないんだもの」
「悪い噂?」
そう言うと彼女は大きく頷く。
「外から来た人は知らないでしょうけど、あそこに住んでいるやつがいるのよ」
「そりゃあ建物ですし。人くらい住むんじゃないですか?」
「違うのよ、住んでいるのはただの人じゃないの」
「人じゃないって……。悪魔でも住んでいるっていうんですか?」
アルマが茶化すように言うと、彼女は的を射たりとばかりに声を大きくした。
「実は最近、この街では若い女の子が行方不明になる事件が相次いでいてね」
「それが塔に住んでいる悪魔の仕業だって言うんですか」
「そうよ! 証拠だってあるんだから!」
むっ、証拠、と内心でうめく。証拠があるのなら当然話は変わってくるので、続きを促す。
「あの塔が建ったのは一五年くらい前なんだけど、はじめそこには一人の若い男性が住んでいたの。彼は街の子どもたちと遊んだり、お祭りを開いたりして、結構評判のいい若者だったわ。それに男前だったしね。だけど今から約一〇年前……」
年配の店員はそこでいきなり声をひそめた。アルマたちの方に顔を近づけると、先程よりも低い恐ろしげなを出した。
「消えたのよ」
「……消えた?」
「そう、消えたのよいきなり。でも最近男を見たって噂が出回るようになってね。それも一〇年前、姿を消した時と全く変わらない姿で! ちっとも年を取らずに!」
ここまで彼女の話に付き合ったが、正直アルマには馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。いかんせんこの話には穴が多すぎる。まず第一に彼女が言っていた証拠とやらが証拠になっていないのだ。塔に住んでいる人間が悪魔だっていうことと、塔に住んでいる何者かが誘拐犯だってことを結びつける何かが何一つないのである。
心底くだらない。きっと自分と同じで、二人とも退屈しているんだろうと思ってペルクを見ると、彼は口元を抑えて顔を真っ青にしていた。
――そうかこいつはそういう奴だったか、半分呆れながらミュウに視線を向けると、彼女は身体をぶるぶると震わせて歯をかちかち鳴らしていた。
「あ、アルマくん……」
もう何も言うまい。そのまま黙っていると、年配の店員はさらに興奮した続ける。
「昔は子どもたちをよく招いて好青年ぽく振る舞っていたけど、その実、心の中では誘拐する事ばかり考えていたんだわ!」
彼女が恐れるように言うと、そこに割り込む人が現れた。若くて可愛らしい店員、ラマだ。
「やめてくださいよ!」
さっき注文した食事を持ってきてくれた時の微笑みはなく、とても険しい顔をしていた。
「ラマちゃん詳しいの?」
「ええ、子供の頃によく行っていました」
「子供の頃に!? よく無事だったわね」
「だからそんな人じゃないです!」
ラマは声を荒らげた。そこにはどこか悲しげな感情も混じっていた。
「隊長はそんな人じゃ……」
彼女は泣きそうな声でそういった後、小走りで厨房に消えていった。
「どうしたのかしらあの子……。うるさくしてしまってごめんなさいね」
「い、いえ」
アルマは一も二もなく頷いた。
「どうしたんだろう?」
ミュウが耳打ちしてくる。それにあいまいな返事をした。アルマは彼女の反応が気にかかって仕方がなかった。




