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小悪党ペルク

 朝にトプロンをってから日が暮れ始めた頃、ようやく交易大国【ネクスム】に到着した。ようやく、といっても普通一週間かかるところをたった一日で踏破したのだから、驚異的な速度だったといえる。


 アルマは人目がない時を見計らってモーニングメアを引っ込め、目立たない普通の馬を召喚して街に入った。名のある馬よりもずっと速く、三時間もの間全力で走り続けることができ、人の言葉を理解するごくごく普通の馬である。


 ネクスムは大人三人分の高さはある立派な木の塀に囲まれていた。頑丈な壁のあちこちに、交易できずいた富をおしみなくつぎ込んだ華美な装飾がほどこされている。

 入る際、貿易都市だというのに入国税はなかった。特別な審査もなく、兵士に馬車の中を確かめられただけで入国できた。拍子抜けしながらこれまた金のかかっていそうな門をくぐるとすぐ広場に出た。片隅に馬をつなぎとめるためのさくが設置された広場は、物珍しそうに辺りを見回す人たちと、客引きをする商人たちであふれかえっていた。


「わあ! 人がいっぱいいるね!」


 ミュウは窓に顔を押し付けて歓声をあげた。アルマがそれにつられて顔近くの小窓を開けた途端、尋常ではないほどの熱気が馬車の中に流れ込む。蒸し暑い風が頬をなで、首筋にじっとりと汗がにじむ。人々の叫び声や笑い声がうねり、腹の奥にじんじんと響く。昼はとうに過ぎて太陽も沈もうという頃合い。朝から働き詰めであろう商人たちの顔には確かな疲労が見えたが、それでもなお活気があった。


「……ここが交易大国【ネクスム】か」


 まだほんの入り口だというのに、すでに圧倒されていた。アルマが住んだことのある中で最も大きい街はトプロンである。国力だとか保持戦力は負けてはいないだろうが、街の活気だとかは比べるべくもなかった。


 その広場を横切る途中、客寄せの青年に「宿はもう決まっていますか」と声をかけられた。他にあてがあるわけではないので頼むことにした。この時間まで空いているのだからきっと大した宿ではないのだろうなと思っていたが、着いてみれば小綺麗こぎれいで中々良さそうな宿だった。


「馬車を止めておきましょうか?」

「あ、お願いします」

「わかりました。……それにしてもずいぶんと立派な馬ですね」


 アルマの馬車を引く馬は彼の言う通り、頭を少し傾けるだけでくぐれそうなほど股下が広く、おまけに足の長さを感じさせないほど身体も大きかった。一般的な馬の体高(地面から背中までの高さ)が一六〇センチ程度(頭頂部は成人男性より頭一つ高いくらい)なのに比べ、この馬は二七〇センチ(頭頂部は三四〇センチ、成人男性およそ二人分の高さ)だというのだから驚きだ。


 アルマが召喚したこの馬は『ヒグマ』と言い、遥か昔に巨木を片手でへし折るほどの怪力を誇ったという人物の相棒である。伝説によると、彼は身長三メートルを越えるせいで普通の馬に乗ることができず、当時いくつもの国を脅かしていた恐ろしい怪物を追いつめることができずにいた。彼でも乗れる丈夫な馬を産ませるために、国王から与えられた国中で最も大きい牝馬ひんば(メス馬のこと)に、当時幻の果実とされていた『バナナ』(食用)と鋼(食用ではない)を食べさせて誕生したのが『ヒグマ』なんだとか。


 こいつはもともと『人喰馬ひとぐいうま』と呼ばれていたが、伝承の中でなまり、『ヒグマ』と呼ばれるようになったらしい。


「食べられちゃったりしませんよね?」

「あはは……多分大丈夫だと思います」


 なお、その名の由来の通り主食は人である。からからと笑って馬を引く彼のことを、ヒグマはじっとりと見ていた。ヒグマにしか聞こえないくらいの声で食べちゃだめだぞと言うと、こっちを見向きもせずにしっぽを振った。それが「わかってるよ」の合図なのか、「いじわる言うなよ、一口くらい別にいいだろ?」という意味なのかはわからなかった。


 太陽が完全に沈むまで一時間。道の両端に街灯があるので日が落ちても活動はできるが、暗い街を歩いても面白くない。それに旅からくる精神的な気疲れもあった。街を歩こうとせがむミュウをどうにか説き伏せ、今日は宿で休むことにした。


 翌日、もうそろそろ昼になるかという頃合い。アルマははしゃぐミュウに連れられて歩いていた。飛び跳ねながら前を歩く彼女は気づいていないが、後頭部の髪がぴょんとはねている。


「うわあ……いろいろあるねえ」

「活気があるよな」


 ゴミもなく清潔感はあるが、多種多様な屋台がところ狭しと並んでいるせいで、どことなく雑多だ。下町を思わせる町並みである。肉の焼けるような匂いや、菓子の甘い香り。様々な匂いが空気に混じっている。


「でも朝市はもう終わっちゃってるか。誰かさんが中々起きなかったせいだな」

「睡眠は大事だよう……」


 誰もそんなことは聞いていない。


 しばらく道を歩いていると、道端に多くの人が集まっているのが見えた。興味をひかれて寄っていくと、人ごみの中心の一段高くなったところに仮面をつけた男が立っているのが見えた。目と鼻を覆う仮面で顔を隠した、いかにもあやしげな男である。男は人が集まるのをしばらく待ってから口を開いた。


「さあさあ皆さんお立ち会い」


 人混みの中でもよく通る声。ざわめいていた人間の輪が水を打ったように静まり返る。仮面の男は懐から握りこぶしほどの球を取り出した。それを高く掲げる。目の覚めるような青色が特徴的な球だった。


 そして仮面の男はアルマの方に人差し指を向ける。一瞬自分のことかと思ったが、どうやらアルマの隣にいる男性を指差しているらしい。


「これから皆さんを化かさせていただきやす」


 彼はそう言ったあと、指を鳴らした。いつの間にか球は無くなっていた。彼はアルマの隣にいる男性を見て、胸を見なさいとジェスチャーした。男性は戸惑いを見せながら胸を見ると、胸ポケットが不自然に膨らんでいるのに気がつく。男性は不審がりながら胸ポケットに手を突っ込むと、なんとそこから先ほど仮面の男が持っていたはずの青い球が出てきた。


 どうやったかはわからないが、手品師らしい仮面の男は、手にしていた球を男性の胸ポケットに瞬間移動させてみたのだ。途端に皆が感嘆の声を上げ、ミュウはほへーと間抜けヅラを浮かべた。


「今のどうやったんだろうね」

「わからないけど中々の腕前だ」


 視線が仮面の男に集中していく。それにつれて期待も高まっていく。こんな凄い手品をできるのなら、きっと凄い手品師に違いない。さあ、次は一体どんな面白い手品を見せてくれるんだろう。だがそんな期待を裏切るように、男は最初に見せた手品を延々と繰り返すだけだった。


 二回目、三回目はまだ良かった。まだ新鮮だったから、誰かのポケットから青い球が現れる度に気色ばんだ悲鳴があがった。しかし回数が増えていく度に「他の手品はないのか」と声が聞こえるようになり、不満が露骨にもれはじめ、五分もしない内にブーイングの嵐が巻き起こっていた。


 皆タネはわからないままでも、ネタ自体に飽きてしまったのだ。クーラーボックスがどんな原理で稼働しているのかはわからなくても、中に物を入れれば冷やしてくれることに驚かないアルマのように。彼は自分たちを猿かなにかと間違えているのか。ズボンのポケットに突然現れた青い球を仮面の男に投げ返しながら、アルマはそんなことを考えた。


 手持ち無沙汰になったアルマは、残金を確認するために懐から財布を取り出す。その時、ミュウが財布をじっと見ているのに気がついた。


「……なによ?」

「いや、その財布初めて見るなぁって。新しく買ったの?」


「貰ったんだよ、旅立ちのお祝いってことで。ティグマに」

「へえ……ティグマちゃんに」


 そう言うとミュウは目を細め、不穏な空気をまといだした。


「な、なんだよ」

「これ」


 彼女は財布の裏側を指差した。緊張しながら裏返すと、花をかたどったらしい青い宝石があしらえられていた。


「この花の花言葉を知ってて財布を受け取ったの?」

「知らないよ花言葉なんて」


 そう言うとミュウはさらに目を細めた。よくわからないが、彼女に疑われていてるのは明白だ。


「ほんとにぃ?」

「だから知らないってば!」

「ふうん……じゃあいいけど」


 思わず声を荒らげると、ミュウはすねたように言ったきりそっぽを向いてしまった。その後どういう意味なのかと何度尋ねても、彼女は不機嫌そうにうめくばかりで一向にはっきりしない。不安、というか自分の行いが正しいのかわからない、もどかしい気持ちのままだ。とりあえずと財布をしまった時、周囲の人たちが散っていくのに気がついた。


 仮面の男に視線を向けると、彼はしょんぼりとした様子で帽子を突き出していた。そこに何人かがコインを投げるように入れていく。


「それじゃあそろそろ行こうか」


 ミュウに声をかけて立ち去ろうとした時、誰かとぶつかった。仮面の男だ。顔は前を向いていて、さっき見た時のしょんぼりとした様子はうかがえない。彼は先を急いでいるのか、ぶつかったアルマの顔をちらりともせずに足早に去っていく。その時、ミュウが鋭く叫んだ。


「アルマくんっ!」

「わかってる」


 アルマは仮面の男に向けて手を伸ばす。彼我の距離はすでに三メートルほど。普通に考えたら届くはずもないが、アルマの手から伸びた魔法の糸を男ののどにからみつかせると、彼はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。背中を地面に打ちつけて苦しげにうめいた男の手から、花を模したレリーフのある財布がこぼれ落ちる。


 アルマはそれを拾い上げ、激しく咳き込んでいる男を見下ろして言った。


「この財布あなたのじゃないですよね?」

「え……いや、その」


 地面についた手の横に仮面が落ちていた。素顔の彼はそれに気づかず、目を泳がせている。アルマが見るに、男はそれほど若くはないようだった。


「アルマくん、衛兵を呼んだ方が……」

「そ、それだけはどうか!」


 必死の形相に、ミュウは思わず口を閉ざす。


「それじゃあ、どこか落ち着けるところに行きましょうか」


 アルマがそう言うと、彼は是非もない様子で何度もうなずいた。


「ところで、名前はなんて言うんですか?」

「あ……」


 彼ははっとした様子で顔を上げ、家を出る前に荷物を確かめるように、慎重に言った。


「ペルクっていいます」


 これが後に大陸三英傑の一人とされ、生脚王国の懐刀と呼ばれるペルクと、歴史上最後の大魔王であるアルマとの出会いだった。

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