道中
昨日は投稿できなくてごめんなさい。今回のは気合入れて書きました。ミュウがかわいい回です。
アルマとミュウは【トプロン】を立ち、【ネクスム】を目指して馬車に揺られていた。ミュウが窓を覗くと、木々が凄まじい勢いで後ろに流れていく。乗っている馬車はかなりの速度で駆け抜けているらしい。
【トプロン】は大陸一の王国であるため、そこに繋がる街道の人通りも多い。これほどのスピードを出したら危険なのはもちろん、重大なマナー違反だ。しかし不思議なことに、国を出発してから一度も文句を言われていない。
これはいつもよりも人が少ないとかそういうことではない。今までに誰ともすれ違っていないのだ。そうただの一人からも。
ミュウはもう一度窓の外に目をやる。馬車は森を見下ろし、空中を走っているようだった。目をこらすと遠くに街道が見えた。
当然馬車を引くのは普通の馬ではなく、『三〇〇〇』ポイントで召喚できる『モーニングメア』というモンスターである。起きがけに悪夢を見せて快適な目覚めを台無しにしてしまう恐ろしいモンスターだ。
こいつは陽の光に紛れる能力を持ち、触れているものも見えなくしてくれる。そのおかげで空を馬車が駆け抜けていても、地上を歩いている人間の目には触れないのだ。モーニングメアはナイトメアの亜種であり、他にも部屋の中に限って姿を消す『インドアメア』というやつもいる。
ここだけの話、お風呂の湯気に紛れることができるやつがいるとかいないとか。
そんな空中を走る馬車の中、アルマはひたすら身体を動かしていた。腕立て、腹筋、反復横飛び。ミュウは最初はスルーしていたが、なんだかとても気になるので尋ねる。
「なんで筋トレしてるの?」
「え? いや実はさ、筋力強化スキルを取るにはある程度素の力がないといけないらしくてね。『彼曰く無敵』を取得したらスキル取りまくりのパワーアップし放題と思って怠けてきたツケが回ってきた」
アルマは息を深く吸い込み、乱れた息を整える。
「もう既に『筋力強化・2』までと『俊敏強化・3』までは取得したんだよね」
「ふうん、それでもそんなに楽にスキルが手に入っていいなあ……。ねねっ、他にはどんなスキルがあるの?」
ミュウの隣に座ると、彼女は「凄い汗だね」と言ってハンカチで額を拭った。ダンジョンウインドウを呼び出し、操作して可視化した。
「うわっ! な、なにこれ」
「ダンジョンウインドウだよ。ダンジョンマスターはこれで色々するんだ」
「へえ、これで」
ミュウは興味深そうに、されどおっかなびっくりな様子でウインドウに手を伸ばした。物珍しそうにぺたぺたなでまわしていると指先がスキル取得一覧に触れ、画面が切り替わった。
「きゃっ、変なところ触っちゃったかな……」
「別に大丈夫だよ。ほら」
画面をスクロールしてみせると、彼女はおずおずといじくりはじめた。
「へえ、いろんなのがあるんだね。……この『空気の糸』っていうのはどういうスキルなの?」
どうと聞かれても困る。一応全てのスキルに目を通しはしたのだが、確認するだけで丸三日を要するほど数が多い。なので強力なスキルをいくつか覚えただけで、あとは適当に読み流していたのだ。
アルマが表示されているスキル名にタッチすると、ウインドウ全体がぼんやりと光り、スキル詳細画面に切り替わった。
「ふうん……。このスキルを取得すると、手から人には見えない糸を出すことができるようになるんだって……」
ミュウはねだるような目でアルマを見た。
「別にいいけど。取得条件のところはなんて書いてある?」
「モンスター魂魄×三って書いてあるよ。どういう意味なの?」
「そのまんまだよ。スキル取得時にモンスターを三体捧げよってこと」
「へえ……もしかしてだめっぽい?」
「まさか。俺は特殊スキルのおかげでいくらでも召喚できるから。でもこの条件が中々曲者でね」
普通、モンスターは召喚する度にコストが増していく。そのためまだ何も召喚したことがない初心者が、《三》ポイントのゴブリンを生贄にしてこのスキルを取得する場合、《三》足す《九》足す《二七》。わずか《三九》ポイントで獲得できるので、比較的お得なスキルと言える。
しかしゴブリンを十体も召喚した熟練者だと、《一七七一四七》足す《五三一四四一》足す《一五九四三二三》で《二三〇二九一一》。手のひらから空気の糸を出すだけのくだらないスキルに、二百万以上のポイントをつぎ込まなければならないのだ。
ダンジョンマスターは一般的な人たちよりもスキルをたくさん取得できるが、決して無制限にというわけにはいかない。
モンスターを生贄にする条件が提示されるのは、戦闘を有利にすすめるためのスキルが多い。なのでダンジョンマスターになるとまずいきなり岐路に立たされることになる。
すなわち侵入者をモンスターと戦わせるか、マスター本人が戦うか。他には罠などで侵入者を追い払ったりする選択肢もあるにはある。(どちらかと言うとアルマのダンジョンはこれにあたる)
アルマは『空気の糸』を取得するために、死神を三体生贄に捧げた。するとミュウは首をかしげる。
「ゴブリンとかでも良かったと思うんだけど、なんで死神を使ったの?」
「なんか贅沢じゃん?」
「あ、そう……」
ミュウはなんだか冷めた様子。手のひらから空気の糸を伸ばして頬をぷにぷにするとけらけらと笑った。
「あっ見て、このスキルなんだか強そうじゃない?」
「えっとなになに……『夢魔の徴収』か」
対象者が眠っている時に限り、スキルをひとつだけ自分のものにしてしまうらしい。確かに強力なスキルだが、取得条件にはダンジョンコアを一つ破壊することとある。条件を満たしていないことを伝えると、彼女は残念がりながらウインドウに向き直り、しばらくすると「あっ」と小さくうめいた。
「どうしたの? 変なところ開いちゃった?」
「……いや、このスキルがちょっと素敵かなって」
画面には『愛の距離』というスキルが表示されていた。スキル詳細を覗く。対象に深い愛を抱きながら唾液を付着させると、どれほどかけ離れていても、いつどんな時でもすぐに駆けつけることができるとある。
つまりキスすることで『スイッチ』が入る、かなり限定的な転移能力のようだ。ミュウは期待するような目でアルマを見ていた。もちろん拒否する理由はない。
取得条件は恋人がいることと、モンスターを一体捧げること。それなりに軽いスキルのようだ。アルマはもう一度死神を召喚しようとして、やめた。
ウインドウを探り、《五〇〇》ポイントのキューピットを召喚した。背中に小さな翼を持ち、縮れた金髪の赤子が現出する。キューピットは壁にハートの矢を打ち込んだあと、微笑みながら天に昇っていった。我ながら粋な演出である。
「キューピットも祝福してるんだよ、きっと」
「ふふっ、……ばか」
頬を赤らめて照れたミュウの、つややかでぷるぷるしたくちびるにそっと口づける。確かめるように、何度もキスをした。自分とミュウの間に暖かい何かが繋がる。恐らくこれでスキルの発動条件を満たしたのだろう。だからキスをする必要はないのだが、もうだめだ。
もう一度くちびるを重ねた。どうやらスキルとは別の『スイッチ』が入ってしまったらしい。アルマはその後、ミュウの柔らかさを全身で感じた。
生意気だとは思いますが、感想をいただけると嬉しいです!