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和解

ミュウがひたすらかわいい回です

 今朝の目覚めは最悪だったと言っても過言ではない。


 いつもは九時頃に鳴る二度目の鐘を目覚ましとしているのだが、今日の目覚ましは外から聞こえる民衆のやかましい悲鳴と怒号だった。


 しかも一つ目の鐘が鳴る前だったため、起こされる方としてはたまったものではない。気分は優れず、昨日初めて行った召喚の余韻に浸ることすらできなかった。まあ死神をたくさん召喚しただけだが。


 起きた後は寝ぼけ眼のままで朝食をすまし、三時間ほどの間暇を潰して過ごした。不快な気分でこの後の事を思い、陰鬱な様子でため息を吐いた。

 そして家の前の通りから聞こえる叫び声が今朝よりも増えたと感じた時だ。


 アルマの視界の端に映る扉が控えめに叩かれた。以前も似たような体験をした事があるような気がする。だけど今回は彼が慌てる事はなかった。


 アルマが声をかけると勢い良く扉が開けられ、特になんの表情も浮かべていないミュウが顔を覗かせる。


「……おはよう」


 ミュウは返事も待たずにアルマの前のソファに座る。口元は神妙に引き結ばれていて、いつものように柔らかい笑顔は浮かべていない。それがただでさえ吐き気のするアルマの胃をさらに締め付けた。


「アルマ君、説明をお願い」


 アルマはミュウの、冷たくて、思いのほか鋭い声に身を震わせる。

 なんの脈絡も無いが彼もなんの事? だなんてしらばっくれる事はない。


 アルマは少しばかり緊張した面持ちで口を開く。誠意を示すかのように、覚悟を灯した黒色の瞳でしっかりとミュウの眼を見つめた。


 ミュウが彼の眼を見据えて一つ頷くと、アルマは洗いざらいの事をミュウに吐き出した。


 魔王の事、彼が持つ能力の事、将来の事、生脚王国を造る事。これまでのこと、これからのこと。


 両者は終始真剣な様子で言葉を交わしていたが、生脚王国のくだりでミュウが唯一吹き出した。

 アルマはなぜ笑われたのか納得できなかったが、彼女の笑顔が見られたから少しだけ心が緩んだ。


 そして全てを伝え終わる。結局彼女は理解を示してくれた。

 それはあまりにあっけなく、思わずアルマは聞き返してしまった程だ。本当にいいのかと、これからも一緒にいてくれるのかと。


「そうだったんだ……君がどうして私に黙っていたのかはわからないけど、たとえ君が魔王だったとしても、君と一緒にいられるならそれでいいやって思っちゃってる」


 悪い子だねと、ミュウは微笑みを(こぼ)した。アルマから見ればそんな様子がとてもきれいで、可愛くて、嬉しくて。

 思わず声を上げて笑ってしまった。


「あっ、何笑ってるのさ!」


 ミュウが左腕に飛び付いてくる。艶のある茶髪が鼻先をくすぐる、なんだかいい匂いがした。


 後から思い出せば、その腕に触れる温もりが、彼の耳に届くミュウの朗らかな笑い声がきっかけだったのかもしれない。


 無意識の内にミュウと別れるという最悪の事態を予想して、アルマの心は恐怖で限界まで張り詰めていた。それが緩んだ反動で彼の頬を一筋の涙が伝う。


 ミュウは突然泣いたアルマを心配して慌てだした。いきなりどうしたのか、どこか痛いのか。アルマはそんなミュウが愛おしくて、思わず抱きしめていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 アルマとミュウはギルドまでの道を歩いていた。家の中で聞いたように人々は声を大にして騒いでいた。お祭りによく似ているが、それと違って誰も笑顔ではない。


 しかし思っていたよりも人は少ない。ミュウは少しだけ不思議そうだったが、アルマには少しだけ理解はできる。外に出るより中で閉じこもっていた方が安全かどうかは別にして安心だろうし、すでにこの国から逃げ出してる人も多いはずだ。


 これだけたくさんの街の人々が、ほとんど同じ内容の話をしているというのは妙な感覚だ。耳を傾けてみると、A級魔王が現れた、前任勇者がやられた、魔王はこの街にいる、A級よりも上のランクが作られたなど、これら四つが主だった。


 ランクの話を耳にした時、彼は思わずほくそ笑んだ。ここまで上手く行くとは思っていなかったが成功して何よりだ。やはり他よりも優れている、他よりも違う、自分が特別だというのは何よりも気持ちがいい。


 だがこんなところで満足して止まってなんかはいられない。『特別な国』を造るためには、他の特別を潰してもっと自分が特別にならなくては。


 と、ここでギルドまでの道のりが半分程になり、どこか記憶に新しい場所を眼にした時だった。

 誰かがアルマの事を呼んだような気がして彼は思わず後ろを振り返る。当然後ろには誰もいない。


 ミュウはアルマの突然の行動に眉根を寄せるが、彼女もこの場所に心当たりがある事を思い出したのだろう。少しだけ彼をとがめるように眉をひそめるが先ほど和解したばかりだったという事もあり、特に何も言うことはなかった。


 やはりミュウは空気を読める上に性格もいい。彼女と付き合えたのは運が良かったと呟く。それからアルマは誤魔化すように苦笑いをした。


 談笑しながら歩いている内に、ようやく大きな看板を掲げたギルドにたどり着く。とても大きな三階ほどの古びた建物、色は塗られているものの触ると冷たく、硬質な石造りがやけに頼もしく感じた。


 外界の空気と目前のギルドとの空間を(つな)ぐドアを押し開ける。中では数人の男達がたむろしていた。汗臭くてむさ苦しい、いわゆる男臭い空気が鼻をついた。


 ようアルマとちらほら彼にかけられる声に適当に返し、ミュウの手を引いてギルドの端っこの方にある豪華な装飾のされた看板の元に向かう。ミュウの名前を叫んでいる連中に対して、彼女は手を振っていた。


 金色のふちを輝かせ、この国の紋章が彫られた看板はこのギルドに所属していない者達もしょっちゅう見に来ることがある。普通、ゴリラみたいな人が集まる場所には近づき難くなるのが大体の人間の心情というものだ。

 そうにも関わらずこの看板に人々が注目するのは、これの存在意義というか、役割に関係してるのだろう。


 簡単に言えば王宮からの伝言板だ。王宮にある秘宝でこの板に文字を書き込み、民衆にメッセージを送る。使用頻度や重要度はかなり高く、過去には王族の結婚式で行うパレードの日時や魔王の発生、魔王のランク発表までがこれを通して行われる。


 アルマは看板に刻み込まれた文章に眼を通す。書いてある内容はいつもよりも断然多い。まとめるとA級魔王の発生、またそれによる諸注意、今回の魔王は特例でAAA(トリプルエー)という扱いにする事、魔法道具のテレビで『新説・ナルシストな虫たちの行進』が放送されるらしいということ。


自分のランクがAAA(トリプルエー)という扱いになったようだが、今ははっきり言ってどうでもいい。

 まさか超ド級のドキュメンタリー番組、『ナルシストな虫たちの行進』略して『ナちス』の続編が製作されるとは。これは見なくてはいけない。隣を見ればミュウも両手を上げて喜んでいた。


 少し喜びすぎではないかと思ったが、まあ、その気持ちはわからんでもない。

 なにせ彼女は筋金入りのファンだからな。特に臆病者のカマキリである『ビックボス』が、敵に囚われたヒロインの蝶、『エネミー』を助けるために悪の親玉であるフンコロガシの『フレンド』に勇気を出して決闘を挑み、激闘の末に倒すシーンは何度も繰り返し見たという。


 確かにフレンドをこえだめに後ろから突き落とそうとするシーンは手に汗握った。しかし主人公の兄弟の『ゆくとしくるとしが大好きな山田君』、通称『ユだヤ』の裏切りで作戦は失敗してしまい、フレンドが狂喜乱舞するところはまさに驚きの展開で涙なくしては見れなかった。

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