アルマが最強だという証明
しかしそんな声だとしても仕事はしっかりこなす人物だったようで、アルマに向けて炎弾を放った。
避けようとする前にアルマの横から別の炎弾が発射されて、お互いの魔法が小さな爆発を起こして霧散した。
ミュウである。
「フム、イキナリ中級魔法ヲ使ッテクルトハ......中々ニ用心深イ御仁ノヨウデスナ」
どうやらエルフの老人は中級魔法を使い、それを防がれたからミュウが使った魔法を中級魔法と判断したらしい。ミュウは普段使いなれてる魔法を眼にして我にかえったのか、魔法をいつでも使えるようにと身構えていた。
そのままアルマが魔王だというのを隠してた一件も、うやむやになって忘れてほしいと願う。
「アルマ君、とりあえず詳しいことは後で聞くからね!」
現実はそこまで甘くはないようだ。正面を見据えたままミュウが叫んだ。
老齢のエルフは大量に炎弾を放つ。いったいあれのどれが初級魔法で、どれが中級魔法なのか、それを判別することは難しいだろう。ミュウも片っ端から炎弾で迎撃する。全ての魔法が一方的に打ち破られたりせずに爆散しているところを見ると、お互いに中級魔法しか使ってないのかもしれない。
「ソンナ贅沢ニ中級魔法ヲ使用シテ、イツマデソノ調子ヲ保テルンデショウネ!」
いい加減に超音波攻撃はやめてほしいところだが、あれはパッシブスキルだろうから我慢するほか無いだろう。
それにしても高い魔力にものを言わせてひたすら中級魔法で攻めるのが勇者パーティの一角を務め、高い実力を持つ魔法使いの戦略なのだろうか。
これではあまりにも杜撰すぎる。
「ムムム、コレ程ノ魔法ヲ使ッテモ魔力切レヲ起コサナイトハ......存外ニ高イ魔力ヲ持チ合ワセテイルヨウデスネ。イヤ、タダノ上級魔法モ使エナイ脳筋ト言ッタトコロデショウカ」
「おやおや、そういうあなたは勇者パーティにも関わらず『最上級魔法』も使えないのですか? カスですね」
エルフの老人はいやらしく、ミュウを見下すかのように嘲笑した。それに対して珍しくミュウは苛立っていた。
どうやらエルフの老人は相手を挑発するのに慣れているようだ。ただの考えなしかと思ったがやはり魔法戦は奥が深い。
使うことがないため、完全に門外漢なアルマは魔法に詳しくない。知っていることと言ったら、例えば子供でも知っているような基礎的な事ばかりだ。
魔法には初級や上級などがあり、当たり前のことだがそれぞれ消費する魔力は違う。具体的には、中級は初級の五倍程、上級と中級の魔力消費量はほどんど同じらしい。
そして中級魔法よりも優れているから上級魔法だと言うわけではなく、級とは魔法を区別するために付けられた番号のようなものであるということ。
厳密に言えば、基礎の初級。
見た目は変わらないが初級よりも威力が上昇し、相手へと与えられるダメージが増した中級魔法。これを使うためには、人体で言えば筋肉のような魔力を凝縮する能力が必要とされる。
そして威力は初級と同等だが避けることが難しく、広範囲へと魔法を拡散して敵を一掃することが可能になる上級魔法。魔力を空間に浸透させてから放つことを必要とするため、高い技術を持ち合わせないといけない。
通常の魔法戦では判断のつけづらい初級と中級の魔法を織り混ぜ、フェイントを交えながら相手にダメージを与える頭脳戦が主流だ。
一応実戦では完全にガードするが、魔法の級に応じて魔力を消費する『バリア』という魔法があるらしい。だが中級魔法で攻撃した方が効率はいいらしく、バリアを好んで使用してる魔法使いは見たことがない。
それらの魔法とは別に『最上級魔法』と『神級魔法』という存在を噂で聞いたことがあるのだが、出所は不明なため真偽はわからない。
「最上級魔法ガ使エルカ、ダト? カハハハハ、コレハ傑作ダァ! マサカソンナ迷信ヲ信ジテイル愚カナ魔法使イガイルトハナ!」
そうなのか、最上級魔法とは迷信だったのか、と一人納得したアルマ。他人事だからこそ冷静でいられるのだろうが、言われた本人からしてみればたまったものではないのだろう。
それを証明するかのように、言われたミュウは顔を赤くして声を荒げた。
それをいなしながらエルフは自慢げに最上級魔法の解説を始めた。
「ソモソモ最上級魔法トハ学者ガ考エ出シタ、中級並ノ威力ヲ保持シタママ、上級並ノ精度デ魔法ヲ拡散サセテ放テタラトイウ机上ノ空論ダ。確カニソレガ出来タラ非常ニ強力デ、ソコラノ軍隊ヲ瞬殺スル事ハ難シクハナイ。――ダガソンナ無茶苦茶ナ物ヲ成立サセルコトナド、不可能ダロウ?」
最後の方は俯いてどこか恨めしそうに、しかし自分の手が届かない物を羨むかのようにな声色で呟き、ミュウを睨んだ。それらのネガティブな感情を振り払うかのように力強く叫ぶ。
「......ダカラコソ私ハ、上級魔法ヲヒタスラ放ッテ、相手ヲ消シ炭ニスルコトニシタノダ。私ダケノ、私ダケガ持ツ上位スキル『無限魔力』ニヨッテ!」
お前みたいな小娘はスキルすら持っていないのだろう、と大声で喚く。
だがミュウだってスキルを持っている。
「......残念ながら所持しているんだよね。初級並までしか威力を込められなくなる代わりに、空中の魔力で魔法を覆い、全ての魔法の威力を強引に中級まで上昇させる『彼曰く可能性』っていうスキルが」
「......フン、ショセンガ特殊スキルデハナイカ!」
老齢のエルフはミュウのスキルを馬鹿にした様子で鼻で笑った。
お互いが上級魔法を放つために魔力を拡散させ、魔法を放とうとする。そしてエルフの老人が先程までの話を噛み砕き、ミュウが持つスキルの可能性という恐ろしさに顔を青ざめさせた時だった。エルフの魔法を止め、彼の前に黒髪の勇者が立ちはだかった。
ミュウも思わず魔法を止めてしまう。
「おい、やめないか。女性の初めの方の戸惑いようを見る限り、彼女は魔王に巻き込まれただけの一般人のようだ。俺達が狙うのは魔王だけだろうが」
勇者はエルフを諭した後、声が不快だからあまり喋るな、と小さな声でぼやく。それを聞いた老齢のエルフはショックを受けた様子で地面に膝をついた。仲間意識というものはないのだろうか、アルマは一人呟いた。
そして勇者はアルマの方に身体を向け、待たせたなと一言した。
「ぶち殺してやるよ、魔王。俺の持つスキルは上位スキルでこそないが、そこらの物とは大違いだ。」
どうやら彼が言うには、魔王と相対した時に魔王の能力値を倍増させた値を自分自身に付加するスキルらしい。
なるほどそれは勇者らしい能力だ。一日でA級魔王を撃破したのも頷ける。なんたってステータスは、どんなに強力な魔王でも問答無用で越えてしまうのだから。
恐らくアルマと相対した時にステータスが上昇したのを見て彼が魔王だと気付いたのだろう。恐ろしいことである。
しかし魔王とはダンジョンマスターのことである。ステータスの値だけが全てではない。それを証明するかのように、くちびるの端をまるで三日月かと見間違えんばかりに吊り上げた。
「――『死神』、召喚」
「なっ! 死神......だと!?」
はったりだ! と喚く勇者をこけにするかのように大人一人程の空間が歪む。刹那の瞬きの後に現れたのは、闇と変わらない黒衣を身に纏い、血を連想させるどす黒い紅色をした巨大な鎌を振りかざした、眼窩に蒼い火を灯した骸骨だった。
闇が威圧感を増加させていることもあり、勇者は小さく息を飲んで座り込んだ。
「何で......C級魔王ごときが死神を......それにここは外だろう?」
「残念ながら、俺はC級魔王じゃあ無いんだよね。強いて等級で表すとするなら......」
アルマは柔らかく、それでいて純粋なのに凶悪さを兼ね備えた笑顔を見せた。その眼ははどんな名剣よりも鋭く輝き、たき火のそばに置かれた火薬の山よりも危ないと感じさせる。
勇者は自分の意思とは関係なく悲鳴を上げる。恐怖と戦った数瞬の後に、地面に剣を突き刺して立ち上がった。
「AAAってやつかな?」
「ふっ......ざけるなあぁぁあああぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
右手に携えた剣を構え、助走を介して死神に切りかかる。死神はそれに対し、恐怖を象徴するような大鎌で弾き返した。流石勇者とも言うべきか、驚くことに死神の恐怖に完全とは言わないが打ち勝ったようだ。
だがやはり死神の力は圧倒的に高く、一合打ち合っただけで勇者の腕をしびれさせたようだ。彼は命の危険を感じたのか、大きく後ろに向けて跳躍した。――しかし着地する事は叶わず、倒れ込んでしまう。
彼は死神に対する恐怖もそのままに、どこか戸惑ったように表情を硬くした。
「なぜだ。どうしてステータスがほとんど上昇していないんだ!」
恐らく今まで戦ってきた魔王のステータスは総じて化け物じみたものだったのだろう。それもカウントストップ、種族の限界を大きく超えるほどに。
「どうして力を手に入れられないのか、教えてあげようか?」
「なんだと? まさかお前が何かしているのが原因か!」
そんな的はずれな答えに、アルマは思わずげらげらと笑った。いいやわかっている、むしろわからないのが当然だ。そうにも関わらず相手を嘲笑するなんて、恐らくは圧倒的な余裕からくる優越感のせいだ。
だから馬鹿にするのはお門違いもいいとこであり、なんだか自分の汚いところ、性格の悪さが見えた気がして、アルマは内心嫌気が差した。
「正解は僕が」
あからさまにもったいぶると、勇者は催促するかのように生唾を飲み込んだ。
「弱っちいからでえぇぇす!」
自虐ではない。これはむしろ嗜虐的な言葉。
アルマは尻もちをついたまま後ずさる彼を見て、無理やりに表情を残酷に歪めた。にたり、と顔に張り付いた笑みをより一層深くしながら声を発した。
「『死神』を五体召喚」
自らを囲む五つの濃厚な『死』の気配に、勇者はだらだらとこぼれ落ちる脂汗を拭いながら老齢のエルフに悲鳴混じりの声をかける。
「おい聞け、この場を脱出するために作戦を考えた!」
「ナンデショウ!?」
彼らのやり取りを前にしてアルマは若干身構えた。たとえ六体の死神を召喚していようが相手は前任勇者。どんな奥の手を持っているかわかったものではないし、油断したら逆にやられる可能性だってある。
そんな警戒しているアルマをよそに、エルフの老人に向かって勇者は声を荒げた。
「俺が全力で逃げるから、お前は時間を稼げ!」
どうやらこの勇者とやらは想像以上にゲス野郎のようだ。前に勇者の鑑だと本気で思った自分にラリアットをかましてやりたい。
今彼が言ったことは、簡単に言えば囮になれよこのすっとこどっこいという意味だ。勇者ならなぜ力を合わせて立ち向かうという発想が出ないのだろうか。むしろ好んで囮になりたいと言うやつの気がしれない。
老齢のエルフが勇者に向かって怒鳴り散らす姿を想像しながらエルフに視線を向ける。
「了解シマシタ!」
「了解しちゃうの!?」
もう彼らの信頼関係というものを把握する事はできそうにない。アルマはため息混じりに肩をすくめた。




