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魔王だと、正体がばれるということ

 アルマを睨んでいる前任(・・)勇者もそのままに、戸惑っているミュウの手を引いて前を向き、そのままギルドまでの道を行く。


「おい、今眼が合っただろ! お前だよ、お前! そこの黒髪!」


 後ろから勇者の声が聞こえた。周りの道を行く人々は、大声を出す勇者に気を取られるばかりで、彼が魔王と呼んでいるアルマに気が付かないのは幸いとも言える。


 やばい。

 この状態は非常に危険だと、アルマは小さく唸った。人混みに紛れて奴の眼を誤魔化そうと試みるが、いかんせん、アルマは黒髪である。周囲の金髪や茶髪、赤髪なんかに隠れることは難しい。

 普段の生活でトレードマークとする分には構わないのだが、今のこの状況だと目立ってしまって仕方がない。


 勇者の方も目印に便利だと考えているのだろう。別段焦るわけでもなく、ゆっくりとした、それでいてアルマよりも速い足取りでアルマを追いかけている。

 そんな彼の騒ぐ声が背中に近づくにつれ、アルマの背中に伝う冷や汗は増えていった。


 そんな遅々とした、まるで鬼ごっこのようなものが開始されてから十秒も経った頃だろうか。勇者の方が歩くペースが速いため当然とも言えるが、彼がアルマに追いついて、アルマの肩を苛立ち混じりに強く叩いた。


「やっと捕まえたぞ、魔王!」


 アルマからしても肩を叩かれては無視するわけにはいかず、どこか億劫そうに振り返る。眼前には肩を怒らせて眼を見開き、興奮によるものか鼻息も荒いままにくちびるを震わせている勇者がいた。率直に言うのなら、非常に怖い顔である。

 そんな勇者に内心は怯えながらも、この場をしのぐために口を開いた。


「なんですかさっきから、人のこと魔王呼ばわりして......。人違いだと思うんですけど!」


「そんなわけ無いだろ! 俺の『能力』で、確実にお前がそうだってことは分かっているんだ!」


「だとしても、ですよ! もし万が一にでも間違っていたら、あなたには責任がとれるんですか!?」


 間違われた子は魔王のレッテルを貼られ、一生肩身の狭い思いをして生きていくんだろうなと、おおげさに天を仰いで目元を覆い、悲観的な声をあげるアルマ。


 そんな彼を見て前任勇者は息を詰まらせる。自分の行いを客観視して、自分の正義より正しさ(・・・)を優先する様子を見る限り、勇者としての意識は高いのだろう。彼はアルマの言葉に後悔するかのように顔を俯かせ、少しばかり声を小さくした。


「......そうだな、確かに君の言う通りだ。なら聞くが俺はどうしたらいい?」


 なるほど、勇者の鑑だなと、アルマは納得する。そして、彼をさらに正しい道に導いてやれるのは自分しかいないと、なぜか謎の使命感に燃え始めた。

 自分が間違った時にどうすればいいのかなんて、答えは決まりきっている。アルマは、困り果てた幼子(おさなご)に向けるかのような柔和な表情を浮かべ、目の前で意気消沈している勇者に優しく語りかけた。


「お前が悪い、だなんて一方的に決めつけるんじゃなくて、まずは状況を把握するために、相手に確認することが大事なんじゃないでしょうか?」


「――なるほど、そうか、そうだよな! ありがとう、今度からはそうしてみることにするよ!」


 落ち込んでいたはずだが、解決すると同時に、たちどころに立ち直る勇者。こういう切り替えが早いという部分も、たくさんの命と期待を背負う勇者には必須な能力なのかもしれない。彼はアルマから示された答えを、大事にしまいこむかのように心に深く刻んだ。


 そんな彼を眼にして、満足そうに何度も頷くアルマ。やはり自分が頼られて物事を解決するきっかけとなるのは気持ちのいいことなのだろう。

 人生に詰まった若者を、息の詰まるそれから解放してあげる、なんて素晴らしい!

 アルマは脳内で自己満足に浸る。自分の方が五歳近くも年下だなんてことは関係ない。いつだって人の悩みを解決してあげるのは、人生の先輩だと相場は決まっているのだ。


 そして勇者が一人で感動に打ち震えてる中、アルマはアホ面をさらしながらも勇者の後ろの二人に気を配っていた。一人は猫耳を不安そうにさ迷わせてる獣人の女性、もう一人は落ち着いた眼でアルマを見据える高齢のエルフらしき男性。エルフの方は六十歳近くに見えるが、実際のところはその倍近くはあるだろう。


 勇者に付き従っているところを見ると、彼らは勇者パーティなのだろう。なんにしろ、種族的に見たら強者に違いはない。

 いまだに混乱しているらしいミュウの手をそっと握りしめながら、どう逃げようか知恵を張り巡らせる。だが、勇者の方はなんとかなりそうだが、やはりエルフの老人の眼は誤魔化せそうにない。


 アルマが悩んでいる間に勇者は落ち着いたようで、アルマと眼が合うと、彼に対して頭を軽く下げた。


「本当にありがとう、君のおかげで少しまともに、俺が描く勇者像に一歩近付けたよ。それで早速実践させてもらうんだけど、君は魔王なのかい?」


 なるほど、言われたことを直ぐに実行に移す行動力も、素直さも兼ね備えているとは......まったくもって将来有望な若者である。いつか大きな実績を残して、国に貢献するかもしれないな。

 相手が強力な勇者だということも完全に失念したアルマは、逃げ出すことも忘れ、笑顔で答えた。


「もちろん僕が、魔王ですとも!」


 微笑みを落っことして瞬時に無表情をその顔に張り付けた勇者を見て、あっ、しまったと、自らの間違いに気付くがもう遅い。そんなアルマの失言に、隣のミュウは疑問をはらんだ表情で彼の手を強く握り、勇者の後ろの二人はその眼に敵意を宿した。


 無表情だった勇者は段々と顔を赤く染めていき、やがて憤怒のそれへと色を変えた。アルマは冷や汗を垂れ流しながらも、そんなに怒ったら格好いい顔が台無しだぞ! だなんておちゃらけてみるが、いかんせん相手は勇者だ。

 普段は物静かなやつほど怒ると怖い、という格言を体現するかのような勇者の怒りはそんなことでは誤魔化されず、勇者は激しい(いきどお)りを声に込めて、アルマという名の不届きものに向けて解き放った。


「――ぶち殺してやる!」


 そんなに怒ったら格好いい顔が台無しだぞ! と、もう一度言ってみたアルマ。しかし今度も(かんば)しい反応は得られず、勇者に肩を思いっきり殴られた。

 かなり痛かった。肩もそうだが、なにより心が。

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