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怪異妙奇譚伝  作者: 片宮 椋楽
壹譚目〜即白骨-ソクハッコツ-〜
9/81

 俺は仕事場近くにある小さな公園の、ベンチに座って待った。後ろには木々と草むらが広がっているため、日の光が入らず、少し薄暗かった。


 まだ朝の9時前。なのに、幼児たちがあちらこちらで元気に、たまに大声で友達の名前を呼びながら走り回っている。


「あのぉー……」


 聞き覚えのある声。俺は顔を傾けて、左側を見る。ずれぬように気をつけながら、そっと。「おぉ」俺は膝から腕を離し、背を伸ばした。


「ごめんな忙しいのに」


 「いえ……」西だ。覗き込むように俺を見ている。「あの……先輩、でいいんですよね?」眉をひそめながら訊ねてくる。間違ってないかと恐る恐る心配そうに。


「ああ」


 まあそういう反応になるよな。


「なんでお面つけてんすか? それに手袋も……」


「実は昨日、帰ってる途中で蜂に刺されてな。そしたら、顔じゅう腫れちゃってさ」


「大変じゃないですかっ!」


「あぁ……いやー参っちゃうよな、ホント」


 実際にそうなら「参っちゃうよ」の一言で片付けられるはずないのだが。


「アレ? 声、変じゃありません??」


 ギクッ。そうか、声も変だったのか。それは自分では気づかなかった。どうする……どうする、俺……


「それも蜂のせい」


 結果、咄嗟に思いつかず、諦め半分でそう告げた。これじゃ赤ずきんとオオカミだろ、と自分にツッコミを入れながら。


「それは……大変ですね」


 よかったぁー……もう半分の方が成功したみたいだ。

 情報収集力は長けており優秀なのだが、良い意味で純粋過ぎ、悪い意味で人を疑わな過ぎなところが西にはある。普段は「おいおい……」なことばかりだが、今回ばかりは助けられた。ほっと胸をなでおろす。


「てか、そんなにヤバいんなら早く病院行ったほうがよくないですか?」


 ん? あ、そうだっ!


「確かにそうだな。じゃあ、念のためにも今から病院行ってくるわ。編集長に、遅れます、って伝えておいてもらえるか?」


 しばらくしたら、医者から「自宅療養しろ」と言われたとかで誤魔化せばいい。最悪、原稿さえ送れば大丈夫だ。昔、FAXで送ってどうにかなったこともある。


「分かりました」


 よしっ! 心の中でガッツポーズ。


「で、頼んだものは?」


「はい。即白骨に関しての資料ですよね?」


 手に持っていたバッグから青いファイルを取り出し、西から手渡される。

 早速、中を。パラパラめくっていくと、最初から最後まで埋まっていた。これだけあるのなら、おそらく俺の知らない情報もこの中に沢山あるはず。


「1つ聞いていいですか?」


「何だ?」


「なんでこの資料が必要なんですか?」


 えぇっと……


「実はー……即白骨事件が今俺の調べてる人喰い女の事件と関係があるみたいなんだわ」


「えっ……そうなんですか?」


 「ああ」完全なる嘘っぱち。だが、状況も状況。嘘も方便、というやつだ。だけど、少し罪悪感があったのか、「まだ未確定段階だけど」と付け足しておいた。


「それで、ちょっと情報を頭に入れておきたくてな」


「なるほど。でも、ギブアンドテイク。なんか分かったら俺にも教えて下さいね」


「ああ」


「あと、なるべく早めに返してもらえると有り難いです。まだ今月号の記事書き終えてないので」


「ホントありがとう。恩にきる」


 なのに貸してくれたのか……やっぱ西は純粋なんだ。


「できるだけ早く返す」


 その返答を聞いて安心したのか、「じゃあ帰りますね」と言った際に、軽く笑みを浮かべた。


 あ、そういえば。


「あとさ、1つ調べておいて欲しいことがあるんだが、頼めるか?」




 「分かりました。ちょっと調べてみます」西は踵を返して、元来た道を引き返す。


 あっ、そうだ。「西っ!」

 慌てて呼び止めると、西は上半身だけクルリと振り返り、「何です?」と眉を上げた。


「俺って何歳?」


 「はい?」今度は体ごとこちらへ。


「俺って、何歳?」


 もしかしたら、俺が、俺だけが年齢を間違ってるのかもしれないと不安になったのだ。認識を誤ってるんじゃないかって、無性に。ミステリー映画や小説でよくある実は自分で都合よく記憶を塗り替えちゃってましたみたいな、そういうやつみたいに。


 「それは……とんち問題かなんかですか?」西は何かあるのか、と恐る恐る尋ねてくる。「違う」俺は首を振る。つけてる面が少しずれそうになり、慌てて押さえる。


「なら、何歳に見えますか的なやつ?」


 「それでもない」今度は顔の前で手を横に振った。もしそうだとしたら、今の俺は80歳ぐらいに見えるだろうな。


「単に普通に、俺がいくつか聞きたいんだ。何歳だ?」


 俺が試しているとでも思ったのだろう、「えぇっと……」と眉をひそめ顎に手を当て、考え出してしまった。


 「そんなに深く考えなくていい」なんて余計なことを言うとさらに混乱を招くかもしれない。俺はただひたすら黙ったまま、回答を待った。

 30秒ほど悩み続けると、西は顔を上げた。


「すいません……31か33だと」


「いや、謝らなくていい」


 間違えたことも、なぜに32を抜かしたのかも今の俺には全く気になっていなかった。その辺であることが分かればそれでいい。


「はぁ……」


 西はキョトンとしている。何故こんなことを聞かれたのか意味が分からないと思う。俺自身、何がなんだか分からなくなってきた。


「とにかく、俺は30代で間違いないんだな?」


「それは、そうですね……えっ、そうですよね?」


「あ、あぁ……そうだ」


 これ以上は余計ややこしくなりそうだったので、粗いとは分かっていたが、俺は「すまんな、変なこと聞いて」と切り上げた。


「いえ……」


「改めて、よろしく頼む」


 「はい」西は縦に頷くと、改めて踵を返して来た道を戻っていった。


「上手くいったな」


 振り返ると、ガムを噛んでいるイチ君と服についた木の葉を取っているトー君が。2人とも、ベンチ後ろにある木陰に隠れていたのだ。


「まあ、なんとかね」


 俺は再び資料を開く。

 「あっ」で、早速見つけた。


 「どうしました?」トー君がこちらにやってくる。


「昨日起きた即白骨について書かれてる」


 「それって、一緒にいたあの女か?」イチ君は動かずに、口から風船を出していた。


「うん、それもあるんだけど……」


 そこにはこう記されていた。即白骨はセーラー服を着用、と。


「被害者は学生だ」

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