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怪異妙奇譚伝  作者: 片宮 椋楽
貳譚目其乃弍~異魂-コトダマ-~
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十四

 飲み物が届いてから、もう何分が経ったのだろう。

 何故我々がここに来たのか、何の目的があったのか。何より、呪いの言葉が本物であるということを洗いざらい語ったせいで、時間経過の感覚は薄れていた。


 反応は木部さんにもあった。聞き疲れたのか、背もたれに身体を寄せた。


「興味深いお話だと思います」


 この表情に、この口調。ということは、次に来る言葉は、否定的な接続詞。例えば……


「しかし」


 やっぱり。言う言葉まで予想通り。


「たかだか特定の言葉を聞いただけで、人間がおかしくなるだなんて。ましてや死ぬなんて、荒唐無稽だと言わざるを得ません」


「木部さんは」トーさんは前傾姿勢になり、会話に割って入った。「実際にそういった方がいらっしゃったという事実を、ご存知ではなかったのですか」


「つゆも知りませんでした、と言いたいところですが」少しバツが悪そうに木部さんは頭をかいた。「まあ、噂程度では、耳にしていましたよ。なにせ、会話した人が続々と妙なことになってましたから」


「ならば、そのことに関して、疑問を抱かなかったのは何故です?」トーさんは凝視している目を逸らさない。


「何故です、と言われても……どのパーティーでも話してましたし、不特定多数の人間と会話していました。そんな中で、どこの誰に何を話したかなんて、いちいち覚えちゃいませんから。偶然、で片付けてました」


 木部さんは少し怪訝そうに眉をひそめた。続けて、目を閉じ、鼻筋を左右から摘んだ。


「偶然、ですか?」


 トーさんの問いかけに、深いため息をついた。

 少ししてから目を開くと、それは先程までとは違い、なんとも冷たかった。さっきまでの歓迎ムード、とは全く異なるということは確かだ。


「ご存じないかもしれませんがね、芸能界で、所属タレントがいなくなるだとか連絡が取れなくなるだとか、そんな類いのことは、日常茶飯事なんです」


 脚を組んで、続ける。


「憧れ抱くのは大いに結構。中には何を勘違いしたか、俺には私には才能があるだなんて、甚だしい思い込みをするような世間知らずもいるんです。そうして様々な想いをもって、この芸能界へやってくる。しかし、いざ飛び込んでみたら、分かる。すぐ前にいる楽勝だと思ってた奴ですら追い抜かすことができない、と。人気者になる、長生きするという目標の前に、遥かに高くそびえ立つ壁があることに気づくんです。そうして、悟るんです。自分の能力が並の程度、いや低レベルだったんだと」


 少し遠い目をする木部さん。


「自分はこの世界では生き残れないと、思い知らされるんです。そうして、限界というコップに絶望という水が止めどなく注がれて、そして溢れる。結果として、姿を眩ませる。失踪だのなんだの言われても、そんなのはごまんといるのですよ。本腰入れて探せば家業を継いでるなんてのは、よく聞く話です。けど、ある意味思い知らされるのならまだマシかもしれない。いつまで経っても気づかない鈍感な奴は永遠にバイトで食い繋ぎ、搾取され続ける」


 木部さんは挿してあるストローで、カフェオレを飲む。ものの数十分で、水位よりも細かな氷の方が高くなっている。


「失礼、脱線しました。私もね、よーく見てきましたよ。川上から川下へ山水が流れるように、いなくなっただのなんだなって。毎日毎日そんなのを見たり聞いたりすれば、さほど気にもとめなくなる。皆さんが仰ってるようなことだとはどうも信じられない。狂ってると思われるかもしれませんが、麻痺状態にもなりますって」


 嘲るように笑う。その表情に罪悪感など無さそうだった。


「なんで広めるのですか?」愛菜花が問う。


「なんでって……だから、特に理由は無いんですよ。雑談のタネの一つですから。それに、呪いの言葉ってのは、そこそこ有名ですから、引きのある話題なんです。それを広めていた、というのであれば、まあ、そうなのでしょうね」


 木部さんは頬から顎にかけて、指先で撫でた。


「私、つくづく思うんですよ。人間ってね、こじつける生き物だなって」


「こじつけ?」僕は気になる単語を繰り返した。


「この世の中で分かっていることなんて、本当にごくごく一部です。当たり前に起こってることや思っていることでさえ、何故それが起きているのか出来るのか、未だに全容が解明されてないことだらけ」


「それとこれに、なんの関係が……」愛菜花が口を挟むが、手を差し出し、無理に止める。


「しかし、非科学的なことや説明のつかないこと、人智を超えたことに対して、つまり分からないということに対して、不快感や不安感を覚えます。意識してなくても潜在的にね。払拭するために、分かるまで追究したくなってしまう。でも、一向に結論が出ない。出せない。そんな時、人間は最終手段に出る。それこそが、こじつけです。多少無理矢理だとしても目をつむり、ある事実と別の事実を結びつけてしまう。どうにか説明できるように組み込み直してしまった。それこそが」


「都市伝説、というわけですか」僕は木部さんが言わんとしたいことを先に口にした。


 木部さんは拍子を狂わされ、鼻からゆっくり息を吐きながら、「あくまでDNAに染み付いていることで、それがあったからこそここまで進化してこれてきたのでね、全てが悪いとは言いませんがね」と、少し不満げな表情で語る。


 木部さんは耳たぶを軽くかいてから続ける。「他にもありますよ、陰謀論だったり、言うならばほら、神頼みだって同じです。したことあるでしょ、神頼み? どうです?」


 誰も返事をしない。


「まあいいでしょう。例えば、目の前に抽選のガラガラがあって、今手には引換券が握られている。景品の一つに、以前からずっと喉から手が出る程に欲しい景品を見つけた時、頼む当たってくれ、と手を合わせる仕草をするでしょう。少なくとも、無意識にでも祈っているはずです。しかし、その行為で確率が上がるわけじゃない。目の前の悩みを解決するために、非科学的なことに祈りを捧げているんです。緻密そうに見えて、変なところに着地してしまう。そういうもんなんですよ、人間なんてのは」


 自信満々に言い切る木部さんは、何かに気づいたのか、両方の眉を上げた。


「失礼。またも、今度は随分と脱線してしまいましたね。話を戻しますが、やはり考えてみれば考えるほど、仰ってることを信じられないです。もちろん、だからといって、助けてくれたことに感謝していないわけではありませんよ。襲われそうになった、というのは紛れもない事実ですから」


 何故か勝ち誇ったような顔の木部さん。何を言っても信じてくれることは、目の前で超常現象が起こらない限り、おそらくこれ以上はないだろう。


 これじゃ平行線のまま、一向に進まない。少し話題を変えてみることにしよう。気にもなっていたことだし、別の側面から追及することで分かることだってあるはずだ。


「呪いの言葉についてですが、知ったきっかけって?」


 僕は口を開いた。


「何でしたかねぇ……えぇっと……」木部さんは腕を組んだ。「申し訳ない、覚えていないです」


「では、言葉をお知りになったのはいつ?」


「いつでしたかね。割と前だったというのは覚えているのですが」


「前というのは一ヶ月とか二ヶ月とか、それぐらい?」


「いえもっと長いです。そうですね、半年と少しぐらいですかね」


 え?


「半年前にはもう知っていた?」


「おおよそです。厳密ではない」


 どちらにせよ、木部さんが言っていることからすると、これまでの誰よりも昔に知っていたのに、狂っても死んでもいないということになる。


「ね? 荒唐無稽だと思うのも分かるでしょう」


 片方の口角を上げる。ようやくわかってくれたかというもの。この反応、要するに、自身が狂ったり死んだりしなかったから信じていなかった、ということだろうか。


 電話が鳴る。固定電話ではなく、携帯。


「ちょっと失礼」相手を見て、木部さんは立ち上がり、部屋から出て行った。


「あぁ、社長。お久しぶりです、お電話ありがとうございます。木部でございます」


 扉越しにも聞こえる大声。


「ここまで急速に広まったのは、あの人が原因と思っていいですね」トーさんは怒り半分で、口にした。


「しかし、何で死なないのでしょうね」


 僕はそれが不道徳的だということに言ってから気づいた。「あっ、変な意味じゃないですよ」、と、これまた余計な一言を加えてしまう。


「神経が図太いからじゃないですか」


 おっと。乗っかってくるトーさん。相当に苛ついているのかな。


「もしかしてですけど……」愛菜花が不意に口を開く。考える人のように、視線は少し俯き加減だ。「あの人が広めてくれる存在だから、ではないでしょうか」


「というと?」トーさんが反応する。


「昔、それこそ怪異とか都市伝説とかを扱ったドラマの中で、主人公が言っていたんです。どんなに怖いモノでも忘れられればそれまでだ、って」


 忘れる、か……


「確かに呪いの言葉は、人の命を奪う強力な力を持っているのだと思います。けど、それは残っているという前提の上です。私たちが知らなければ特に影響なんてありません。もっと言ってしまえば、皆の記憶から消えてしまえばそれまで。呪いの効力どころか、そもそも無かったかのように、存在自体が消滅してしまいます」


 トーさんは顎に手をやる。「だから、世間に広めてくれる人間、言い換えれば、風化させないでくれる人間を必要とした……」


 そうか。「それが、木部さんってこと?」


 僕の発言に、愛菜花は首肯する。「そう考えると、護符市さんの不自然な行動も腑に落ちるんです」


「というと?」


「護符市さん、奇怪な行動を取る少し前に一般紙への異動が決まった、って奥さんが仰っていたじゃないですか。それって、もうこの人間はこれ以上呪いの言葉を広めてくれることはない。もしかしたら、そう呪いが判断したせいで殺されたんじゃないかって」


 そんなことってあり得るのか。否定的な気持ちだったけど、すぐに切り替わる。思い出したからだ。


「もしかして、あのマイチューバーも……」


「うん」愛菜花は僕の言わんとしている意を汲み取り、そう返した。


 怪死する直前、ないし少し前のこと。マイチューバーが呪いの言葉について公開するのを怖くなったか、その他に何らかの理由があって、公表するのを辞めようと判断したとしたら? だから、呪いから不要な人間だと判断されたのだとしたら?

 もしそうだと仮定すると、一連のタイムラグがある理由に、一応の説明がつくのだ。


 思い返せば、部室に来て、そして屋上から落ちて亡くなった雪月さんだって。あの行動、それに「もう調べるな」っていう発言…… 雪月さんがこれ以上、呪いの言葉を調べる僕たちの行動をやめさせようとしたから、とも考えられる。


 なんの関連性もないバラバラだった人達の、それぞれの行動がひとつの意味を持って結びついていく。


 同時に、僕はあることに気づく。「そうだと仮定すると、木部さんがもう広めるのをやめようとしたら……」


「被害者の方たちと同じ、悲惨な末路を辿るかもしれませんね」


 言葉を知って、人に広めなくなると、用無しもしくは用済みとして殺されてしまう。何とも、厭。


「けど、宿主を殺してなんの意味がある?」口をつぐんでいたイチさんがついに開いた。「そんなことしちまえば、あのナメクジも死んじまうかもしれねえじゃんかよ」


 た、確かに……


「うーん、と……」愛菜花は口をつぐむ。


「乗り移ろうともしてたから必ずしもそうとは言えないけど、確かにその可能性もあるね」


 トーさんがそう前置きしてから、代弁する。「要は、ウイルスとかと一緒じゃなんじゃないかな」


「ウイルス?」


「何かしらの形で広まってくれるのであれば、仮に個としては死んでも、(しゅ)としては存続し続けることができるから、それでいい」


「ひとりはみんなのためにってやつか。ったく、気っ色悪りぃぜ。畜生め」イチさんはめんどくさそうな表情で、顎下を掻いた。


 扉が開く。「すいません、お待たせしました」


 そう言うと、木部さんはそそくさと自身の席に腰をかけた。


「話変わりますけど、左舞さん」


「はい?」


 唐突に名前を呼ばれ、素っ頓狂な声で応える愛菜花。


「芸能界に興味ありません?」


「はい?」今度は語尾が上がる。


「いや、お綺麗ですから。芸能界でも結構やっていける気がするんですよね」


 さっきまで芸能界がどうたらこうたら語って、今は勧誘するって、どういう神経をしているのだろう。

 あっ、もしかしてさっきの電話に何か関係があるのだろうか……


「今は、社会人?」


「いいえ、学生です」


「大学生?」


「はい。成桜(せいおう)です」


「あぁ、あそこなんですか」


 その言い方。覚えがある、という感じだ。


「結構モデルや女優の卵が多いんですよ。この前のパーティーにも四、五人参加してたし。同じグループってことで話題性もあるかと思うんですけど……」


「いいえ、結構です」


 愛菜花はきっぱり断った。


 そっか……え?


「ちょ、ちょっと待って下さい。今、参加してる人がいる、と仰りました?」


「ええ。いや、もうちょいいたかな?」


 今、認識してるのは雪月さん一人だけ。まさか……


「呪いの言葉について話したりは?」


「した、かもしれないです」


 心臓の鼓動が大きくなったのを感じると、唐突に着信音が鳴り響いた。今度は僕のスマホ、RINEが鳴っている。


 相手は……あっ、部長だ。僕は慌てて立ち上がり、部屋の片隅で出る。


「もしもし?」


『あっ、突然ごめんね。今、大学にいるかな』


「いえ。違いますが」


『なら、良かった』


 良かった? 気持ちが昂っているよう。


「何かあったんですか?」


『いや実はね、今、立て籠もりが起きてるんだ』


 え?


「た、立て籠もりですか?」


 普段聞き慣れない言葉に、皆の視線が僕に集まる。


『うん。五号館の大講堂で。しかも、やってるのがうちの学生らしくて、大人たち事態収拾するのに大慌て。だから、部長が部員の安全を確認しろって連絡来たんでね。まあいないなら、いいさ。けどさ、大学内で立て篭もりだなんて、昭和じゃないんだからねぇ』


「立て籠もりって何で? 目的は?」


『いやそれがなんか、目が酷く血走ってて、その上意味不明な言葉を叫んでいるみたいで、目的が分からないらしい。過激派学生運動団体か、もしくはカルト教団の一派か……まあ、警察呼んだらしいから、もう少ししたら片づくんだろうけど」


 意味不明な、言葉?


『丁度授業を行こうとしたら、学生課からメール来てさ。びっくりだよ、こんな間近に大事件とはね。まあ来てないのなら、一安心だ。さっきさ、左舞ちゃんに今日授業あったよなぁと思って連絡したんだけど、音信不通で』


「あっ、大丈夫です。隣にいるんで」目配せすると、愛菜花は軽く目を開いた。


『てことは、大学じゃないのね。なら、まあ一応は安心か。あっ、だから今日は編集はしなくていいからね。そもそも立入禁止になってるから、来ても入れないけどさ』


「わ、分かりました」


『それじゃあねー』切れる電話。


 ポケットに戻す。


 虫の知らせというべきか。


 もしだ。あの予感が正しければ、これまで話していたことと、今起きている立て籠り事件は関係している。そうだとしたら……何より……


「どちらで?」


 ぼうっと立っていた僕に、トーさんが語りかけてくる。


「うちの大学です」


「えっ、ホント?」愛菜花は目を見開いて驚いている。


「だから、部長から安否確認と、今日はもう大学に来るなって連絡」


「来るなっていうか、行けないよね多分」


「まあね」僕は不意に視線を落とす。


「何か?」


 トーさんからの問いかけに、「あっ、いや」と、一瞬言うべきか戸惑ったけど、正直に答える。


「なんか意味不明な言葉を話しているみたいで。それで、さっきの木部さんの話を思い出して、胸騒ぎがして。もしそれが呪いの言葉だとしたら……」


「さぁてと」イチさんは膝で手を叩いた。「そんじゃ行きますか」


「行く?」


「決まってんだろ、大学だよ」


「行くんですか?」僕は声をかける。


「穏やかじゃねえからな」荷物を肩にかけるイチさん。「それに、今してた話の流れからして、悪い予感は当たってるだろうよ」


「けど、封鎖されてるらしいですが」


「大丈夫、どーせ抜け道ぐらいある」


 抜け道って、潜入するんかい。


「そんじゃ、ごちそーさん」


 イチさんはそそくさと立ち上がり、竹刀袋を肩にかけ、部屋を出ていく。


 僕らも身支度を整え、後を追う。


 部屋の出口でお礼をした後、頭を上げた時に気づいた。

 ストローが開いていないこと、何よりコップのふちにさえ飲んだ跡がないことに。

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