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怪異妙奇譚伝  作者: 片宮 椋楽
貳譚目其乃弍~異魂-コトダマ-~
71/81

 トーさんは男性の両脇に手を通して半身を持ち上げる。首から上は自立せず、がくりと傾いていた。


「身元不明のテロリストが都内ホテルで要人暗殺を企んでいるとの情報を掴んだ刑事が、ホテルスタッフに扮して潜入するっていうシーンがあったんです」


 床を引きずりながら、話を続ける。


「それで、どうなったんです?」


 僕もトーさんの横で、同じような人に同じ事をしている。

 初めて人を引きずるのだが、人間っていうのはなかなかに重いんだな……


「無事暗殺を回避。テロリストたちは全員捕まりました」


 トーさんは微笑む。


「成る程。だから、イチさんは思いついたわけですか」


「あいつ、すぐ影響されるんです。ホント後先考えない行動ばかりするんで困りますよ、全く……」


 疲労が込められた言い方。トーさんが日々苦労していることが伝わってくる。


「しかし、よかったんですか?」トーさんは話題を切り換えた。


「よかった、と言いますと?」僕は少し傾けた顔を横にいるトーさんへ。


「イチとの二人だけでよかったのに、ということです。少なくとも怪異とは関係ないことで危険な目に遭うと思われますから」


 ああそれか。


「ええ、いいんです。愛菜花、好きなんですよ、こういう感じのこと」


 ノリノリだった姿を思い出し、僕は少し微笑む。


「自分も乗りかかった船ですし、巻き込まれた身として、この目でちゃんと確かめておきたいんです」


 トーさんは「分かりました」と頷き、続ける。「繰り返しになりますけど、くれぐれも無茶だけはしないように。可能性があれば僕らに教えて下さい。もし危険な場面に遭遇したらその時は、すぐに逃げて下さい」


「はい」


 トーさんの発言に、僕の緊張は少しほぐれた。上辺ではなく、ちゃんと心から言ってくれていると感じたからだ。

 彼らの反応を見る限り、こういったことに慣れているというのに、嘘は無いように思えてくる。


 なら、もう疑っていないのか? 僕の今の気持ちを聞くと、そう尋ねられてしまうだろう。答えは正直なところ、はっきりしていない。気持ちが揺らいでいるのは事実で、もう疑ってはいないと自信を持って頷くことはできない。

 けど、行動や言葉の端々から、今起きているこの事象に本当に対応しようとしているのが伝わってくる。少なくとも、最初の時よりも疑念の割合は低くなっている、ということははっきりと断言できる。

 それぐらいのことで簡単に片付けてしまうのはどうかとは思うんだけど、短くも二人と共に行動してきたからこそ導かれた直感がそうアドバイスしてくれるのだ。


「よいしょっ、とぉ」


 従業員以外立入禁止、と書かれた掃除用具室の中にようやく運び終入れることができた。

 扉を閉め、前に運んでいた二人(・・・・・・・・・)と同じように、三方向が棚に囲まれた四畳程度の壁へそっと寝かせておく。

 ひと気の少ない場所を選んだとはいえ、誰かに見られやしないかと凄まじく不安だった。はたから見ればとんでもないことをしているんだからね。


「ふぅぅ」


 大人二人をやっとのことで運んだ疲労と、見つからずにすんだという緊張からの解放と、運び終えたことで第一関門を突破したという安心感から、思わず深い息が漏れた。


 トーさんは額に微かに浮かんでいる汗を拭うと、先程の二人の胸元にあるピンで止められた名札をおもむろに取った。


「これで四人分、手に入りました」


 そう話していても、皆一向に起きる気配がない。引きずられても起きないんだ。多少近くで話しているぐらいだったら、そりゃあ起きないか。


 にしても、さっきのトーさんには驚いたな。


 片手に緑色の少し年季の入った本を開き、辺りに人がいないタイミングで隠れていた僕たちの目の前を通ったホテルスタッフに手をかざし、「ミン」と唱えた、例のアレ。

 まるで子供がごっこ遊びをしているかのような仕草と言葉にしか見えないのに、それだけしかやっていないというのに、皆が麻酔銃で撃たれたみたく一様に膝から崩れ落ちて眠りについたのだ。


「皆さん、どれぐらい眠ったままなんですか?」


「そうですね」トーさんは視線を少し上げ、虚空を見た。「誰かに無理矢理起こされたりとかしなければ、四時間ほど」


「四時間ですか」


「ええ、念のため長めにとってあります」


 言い方で一つ気づいた。というか、勝手に思っていたことが違っていたと思った。「あっ、眠らせられる時間って、選べるんですか?」


「ええ。最短一分から最長二十四時間まで。まあ、早めに終われば解いて起こすこともできるので、基本は長い時間取っていますがね。とはいえ、予期せぬことがあって解く過程を踏めない場合もあるので、まあ長過ぎないように調節してます。それに……個人的にはあんまり使いたくないので」


「なんでです?」一見便利そうだけど……


「まあ話すと長くなるのでかいつまんで話しますと、これ、人体に良くない影響がある可能性があるんですよ」


「そうなんですか」


「多少ではありますけどね」


 へぇ……


「あの、全く関係ないんですけど、ひとつお聞きしてもいいですか」僕は前からの疑問を投げかけた。


「ええ、遠慮なくどうぞ」


「さっきの緑色の本」


 トーさんはバッグを一瞥した。「はい」


「あれって、その、眠らせたりすること以外のこともできますか?」


「ええ。例えば、物を投げたり壊したり、地面から壁を出したり、周りに紐のようなものがあれば対象を縛ったりとか。まあ様々です」


「凄いですね」


「いや、大したことじゃないですよ」


 社交辞令的にそう返してきたが、僕は本当に思っている。出来ることなら、その現象をカメラに収めて、記事にしたい。間違いなく過去最高の話題とアクセス数になるはずだ。


 扉が開く。顔だけ入れてきたのは、イチさん。


「準備できたか?」


「ああ。そっちは?」


 イチさんは顔を出して、スタッフの衣装を入れて見せてきた。


「お二人さんの分」


 どうやら向こうも無事に終えたみたいだ。てことで、パーティーに潜入(・・・・・・・・)するための第二関門、こちらも突破、と……




「愛菜花はなんで、うちに入ったの?」


 僕は衣装に着替えながら、扉の向こうで立っている愛菜花に声をかけた。


「うーん……」もう既に着替えを終えて、今は外の様子を伺っている愛菜花は悩ましそうに唸った。


「……ん? どうした?」


 返事がこない愛菜花に再度声をかける。


「いや、思いつかなくて。なんでだろうなぁ、って」


 ズコッ。


「なんでだろうなぁって、何なのさ」


「だって本当になんでだろう、なんだもん」


「理由はないってこと?」


「そう、だね。そうそう」


 悩んでいたのではなく、答えがなかった唸ってたってことか。


「愛菜花って、オカルト好きとかでもないもんね」


「うん。知識なんて皆無だし、そもそもそんなに信じてないし」


「じゃあ興味も何もないのに、51エリアズに入ったなんて、それこそまさにオカルトだね」


「いや、きっかけはあるよ」


「え?」


「私ら二人で一緒のところに入れればって思ったの。だから、ぶっちゃけどこでも良かったんだわ」


 え?


「そうだったの?」僕はさらりと出た新事実に着替えの手が止まる。「知らなかった……」


「言ってないよ、そりゃ」


「なんで?」


「決まってるでしょ」半笑いの愛菜花。「恥ずかしいからだよ」


 そっか……その感じがなんか嬉しかった。じわりじわりと浮かんでくる喜びに思わず顔が緩む。


「高一の入学式の日、覚えてる?」


「そりゃあ当然。私らが出会った日だもん」


「入学式の後、最初にクラスの委員決めしたじゃん。その時、誰も学級委員に手を上げなくてさ。で、延々と長引いちゃって。最終的に決めるまで帰らせないってなんか、担任のカバチョが怒り出して」


「カバチョっ、懐いわぁ。無駄に早口で短気だったよね」


 カバみたいな口してる、(ちょう)という苗字の担当が古文の教師。だから、カバチョ。そうだそうだ。風化しつつあった細かな記憶が次から次に甦る。


「そしたら愛菜花、隣の席の僕に声かけてきて『ねえねえ、一緒に学級委員やらない?』って。僕はやりたくないから、なんでって聞いたら、なんて言ったか覚えてる?」


「えー、全然」


 覚えてないんかいっ。


「なんだっけ?」


「早く帰って、ゲームしたいからって」


 愛菜花は、ハハハ、と笑う。


「あー、そうだそうだ。前の日にずっと手に入ったゲームをとにかく早く遊びたくて遊びたくて、仕方なかったんだよ」


「そんな理由で?、って思ったんだけど、愛菜花はさ、きっと楽しいから、って」


「そんなこと言ったの私? 絶対そんなことないのにね、笑っちゃう」


「そんで、袖引っ張って半分無理矢理に、手を挙げさせられちゃって。そしたらその後、学級委員だけ残ることになって」


「あーあー、あれでしょ? 先生と生徒会役員と各クラスの学級委員で、今後一年間のスケジュール関係について確認する謎の会議でしょ? あれ、めちゃめちゃ長かったよね」


「長かった。結局、早く帰れるどころか、夕方薄暗くなっちゃってて。駅までの帰り道、愛菜花、ずーっと文句言ってたよね。会議あるなら先言えよ!、って」


「昼飯に弁当用意すればいいってレベルの長さではなかったんだもん。しかも、そんなの書面で渡してくれりゃあ分かるっつーの!、みたいな事しかなくて、段取りも悪かったしさ、ホント無駄だったわ」


 会議中も、終わった後もずっとイラついて悪態ついていたのを覚えてる。


「けどさ、まああんたとあれで出会えたってことだけは、良かったと思うよ」


 流れる沈黙。


「……僕」


 楽になるとか、今雰囲気が良いからとかじゃない。けれど、ずっと抱いていた想いを、声に出さなきゃ。そう思った。


「ん?」


 愛菜花のその返事で言葉に詰まる。「こ、これ終わったら、ご飯でも食べ行こう」


「いや、遊びだ。遊び行こう。遊びこそ、大学生の本分だから」


 愛菜花の少し楽しそうな返答に、僕はまた口を閉じた。想いをそのままの形で飲み込んで、僕も話に乗る。「聞いたことないよ、そんなの」


「言わないだけで、全ての大学生の共通認識なの。暗黙の了解なの」


「自分だけのね」


「うるさいってぇの。それでどう、着替え終わった?」


「たった今、終わった」


 嘘。本当はもう少し前。


「んじゃ、開けるよ」


「ほいよー」


 僕の返事に、愛菜花は扉を開いた。


「おぉ」


 姿を見るや否や口を縦に広げて、唸り出す。


「それ、どういう反応?」


「いやいや、変な意味じゃないよ。ただただ本当に、似合うなぁーって思ったの」


「そうかなぁ?」僕は腕を軽く広げながら、身体をくるりと左右に半回転させる。「いつもジーンズだから、僕的には違和感大ありなんだけど……」


「全然、そんなことない。この方がむしろ似合ってるよ」


 ファッションセンスが高い、と僕は思っている、愛菜花からそう言われれば、そうなのだろう。とりあえず、納得しておく。


 ノックする音が聞こえる。「どうですか」


「あっ、終わってます。今出ますね」


 僕らはそう言い、外に出る。扉のすぐそばには、着替えを終えたトーさんがいた。その隣にはイチさんも。あの黒い袋を肩にかけている。

 そういえば、常に欠かさず、どんな時も持っているよね……


「あのぉ……」


「ん?」イチさんは顔を横に傾けてくる。


「今更ですけど、その袋の中には何が入ってるんですか?」僕は思わず気になり、訊ねてみた。


「ホント今更だな」イチさんはフフっと笑う。「てか、言ってなかったっけか?」


「は、はい」確かそのはず。


「これはな……ま、見たほうが信じるか」


 信じる?


 イチさんは肩から外し、地面に立てる。そして、おもむろに袋のファスナーを開き、中を見せてくる。


 見たことはないけど、ほら、ドラマとかでよく見る……鞘っていうんだっけ? つまり、あの中に収められているのは……


「それって……中身本物ですか?」


「ニセモンで戦えっかよ」


 いやだって……


「それ剣、ですよね?」愛菜花が尋ねる。


「違えよ」


 イチさんは取っ手のところを掴み、少し引き上げた。姿を表した部分が、ホテルの明かりに反射して、眩しく光る。


「刀だよ、刀」


 ようやく見せた姿に僕は目を開く。やっと会えた、とかではない。


「そ、そんなものをこれまで持ち歩いていたんですか?」


 驚きのあまり、瞬きは増える一方だ。


「なんでってそりゃあ……アイツら倒すには必要なもんだからな。なんかあった時にどうにか出来るのはこれしかねえんだよ」


「でも、変に持ち歩いていたりしたら、怪しまれますよね?」


 そう口にしたのは愛菜花だ。確かに、僕だって、だから尋ねたわけだし。いわゆる職質に会う可能性だってある。


「でしょ?」トーさんは待ってましたとばかりに声を上げた。「言ってやって下さいよ。僕から、確実に怪しまれるよ、って話しても、一向に聞かなくて」


「いやいやいや」イチさんは反抗期の子供のように反論する。「聞いてねえわけじゃねえけどさぁ」


 尻すぼみなるイチさんの声。遮るようにトーさんが話す。


「もしそうなったら、ここっから会場までならそう時間もかからないから、呼べばいいじゃん」


 呼ぶ? トーさんの物言いに違和感を感じた。


「わーったよ。置いてきゃいいんだろ、置いていきゃ。ったく」


 イチさんは辺りを見回す。で、スタッフが寝ている掃除用具室に駆けていった。


 中の一番近くの壁へ、ファスナーを完全に開いて立てかけた。ただ何故か用具室の扉は完全には閉めず、ほんの少しだけ開けている。


「これで良し」


 良しなの?


 理由は分からないものの、満足げにイチさんは駆けて戻ってきたみたいだし、まあいいのか……


「よっしゃ、行くぞぉ」


 イチさんは両手の平を擦り合わせた。楽しみです、と言わんばかりの仕草だ。


「はぁ」深いため息をつくトーさん。


 少し笑ってしまうくらいに、二人の反応は対照的だった。

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