表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪異妙奇譚伝  作者: 片宮 椋楽
貳譚目其乃弍~異魂-コトダマ-~
65/81

 僕は足を止めた、二人のすぐ目の前で。


 膝に手をついて乱れた呼吸を整える。思わず咳き込んでしまう。肺へ酸素が急に入ってきたせいで、対応できなかったからだろう。


 続け様に、まるで滝のような汗が顔じゅうから噴き出てくる。額や頬、鼻の頭から髪の間、瞼の上から耳の後ろまで。顔の至る所から、今まで抑えられて蓄えられていた分が一度にどっと流れる。


「大丈夫ですか?」


 仰ぎ見る。背の高い青年の方がバッグからハンカチを取り出して差し出してくる。心配そうにしている表情で。


「な、な……」


 僕は言葉を発しようとする。けれど、出てこない。いや、正確には声として出てはくるのだけど、荒い呼吸とまだ不意に飛び出す咳が邪魔されて、喋れないのだ。


「な?」背の低い少年の方が眉をひそめる。「な、ってなんだよ?」


 僕は一つ大きく深呼吸をして、「な、なんで……待ってる、んですか」と、どうにか咳を我慢して、つっかえていた台詞を吐くことができた。


 ただ普通に待っていた、という予想外なことに対して、酸欠状態の脳が対応しきれなかったのだろう。出てきた言葉は敬語であった。


「あれ?」少年は首を傾げた。「さっき待てって叫んでたの、オレらに向けてじゃなかったのか」


 え?


「あっ」青年が反応した。「そういえば確かに、名前呼ばれてなかったかもね」


「なーんだよ」少年は頭の後ろで交差させた両手をつけて、目線を上げた。「オレらが勘違いしてただけってわけか。悪りぃ悪りぃ。こっちのミスだわ」


「いや、そういうわけじゃなくて……」


 視線だけ向けて、僕を見つめる。


「なら、オレらに待てと言ったってことで、間違いはないんだな?」


 少し躊躇いもあったけれど、僕は縦に大きく頷いて反応した。


「分からん。そちらさんはこれ以上、オレらから何を引き出したいんだ?」


「その、なんで待てと言われて、待っている?」


 少年は途端、仏のような顔になった。「分かった分かった」とだけ言うと、何故か僕の肩に手を置いた。ぽんと優しく。


 ん?


「相当頑張って走ったんだな。日本語が無茶苦茶だ」


「いや……」なんか意図しない方向に話が進んでいることに気づき、僕は止めようと試みる。


「疲れてたら休め。それが一番、以上。終わり」


「いや」巻き込まれてはいけない。僕は少し声を強くあげた。「だから、私が訊きたいのは」


「はいはい、待ってた理由ね」気怠そうに、ぶっきらぼうに話し始める。「オメェが待てっつってるのが聞こえたから、待ってた。ただそれだけだよ」


「なあ」そう青年に呼びかけた。


「ええ」少年を一瞥してから、僕を見てきた。「そうです」


 いや、それが理解できないのだが……犯人であれば一刻も早く逃げたいはずでしょうが。

 けど、二人の空気感に飲み込まれてしまい、「……その、すいません」って、謝ってしまった。


 いやいや、僕は何を謝っているんだよ。顔を左右に振り、奮い立たせる。

 ここで、こんなところで気負けしちゃいけない。二対一の人数勝負じゃないんだから、自分に自信持たなきゃ。考えを改め、萎みつつあった気持ちを膨らませた。

 追究しなければ、それが今の僕に課せられた使命だろうがっ。


「さっきから挙動不審な奴だな、気持ち悪りぃ」


 ぐさり。


「こら、イチ。失礼なことは人様に言わないって、何度言ったら分かるのさ」


 青年はイチと呼んだ少年に注意をした。まるでお母さんのようだ。


「へいへい。分かりましたよ、トー様」


 トー、様?


「ねえ、様を付けると嫌味に聞こえるんだけど?」


「当たらずしも遠からずだからな」


「何だってぇ?」


 トーという名の青年がきりっとした目で睨みつけると、「はーい、(わたくし)はもう何も言いません。とりま、すいませんした~」と、反省も降参もしていない態度の少年は両手を上げる。


「ふざけ……」僕は自然と両手で拳を作り、力を込めていた。「ふざけないで下さいっ」


「あぁ?」


 イチと呼ばれた人は手を下ろすと、片眉をひそめた。


「あなた達が殺したんでしょう」


 少年は片眉を上げた。「殺した?」


「さっき、屋上から落ちた彼女を」


「おいおい」少年は少し目を細め、僕を睨んできた。「出会ったばかりだってのに、失礼な奴だなぁ」


「とぼけないで下さい。二人は、あの、呪いの言葉、を使って狂わせたんですよねっ?」


「呪いの言葉? ハッ」鼻で笑ったのは、少年の方だった。「何故にそういう発想になったよ?」


「あなた達の姿が亡くなった方々の現場近くで目撃されているのは知っているんです」


「ほぅ。どうしてそう言える?」


「写真です」僕はスマホを取り出し、探し出す。マイフォルダーに保存してある。「ネットに上がっています」


 僕は印籠のように画面を見せた。目を細め、凝視する二人。


「……確かにオレらっぽいな」


「そうだね」


「うわぁぁ」曲げていた背筋を伸ばす少年。「なんか盗撮されてるみてぇで、気分悪りぃったらありゃしねえな」


「ま、仕方ないよ。時代の流れってものさ」


「てか、そんなちっぽけな事で決めつけるだなんてよ。濡れ衣もいいとこだぜ」


「じゃ、じゃあ、自分たちは殺していない。そういうんですね?」


「ああ。第一、殺す意味がねえだろうが」


「目的は……その、快楽殺人だとか猟奇殺人だとか、特段意味がなく、殺すことに意味があったとしたら、別に」


「人を殺すのに快楽だとかなんだとか。そんなのオレらが知ったことかよ。とにかく、殺してない」


「で、でもっ。だとしたら、ですよ。なんでどの現場にも二人はいることができたんですか」


 ここで食い下がるわけにはいかない。


「写真の殆どはネットに上げられたものばかりですが、投稿時間を鑑みるに、死体が見つかってから警察が来るまでの間に撮られたものばかりです。警察は現場に来るまで多少ばらつきはあったにせよ、そこまで時間はかからなかったはず。死体の場所だって、いくら都内とはいえ関連性もなく、てんでんばらばらでした。なのに、あなたたちはほぼ全ての現場に必ずと言っていいほど必ずいました」


「必ずと言っていいほど必ず、って結局どっちだよ」


 うっ。


「それに、ほぼ必ずなら、絶対とは言えねえんじゃねえの?」


 ううっ。「と、とにかく、自分たちが犯人でないというのならば、説明して下さい。納得がいくようにちゃんと」


 仁王立ちで立ち塞がっていた僕が少し強く告げると、少年と青年の二人は顔を見合わせた。語らずも眉を上げたり口パクで少し喋ったりと、何か意思疎通をしていた。


「じゃあ、まあ、お話しします。僕らはですね」


 トーと呼ばれていた人がふと僕の後ろを見た。そういえば、なんか騒がしい。振り返ると、人集りは加速していた。もうここからは見えない。カメラのシャッター音も聞こえてくる。


「どいてくださぁいっ」


 声のした方を見ると、教師と警備員が複数人やってきてもいる。


「とりあえず」少年は片目を閉じながら、頭の後ろを掻いた。「面倒に巻き込まれる前に移動すっかね」


「そうだね」


「んで、お前」


「……あっ、ぼ……私?」僕は自身に指をさす。


「他に誰がいるんだよ?」


 まさか歳下にお前呼ばわりされるとは……あっいやそもそも、歳下じゃないのかも。意外にも同級生、はたまた上級生。


「どこか、座れて雑談できるトコ、近くにあったりすっか?」


「え、ええっと」すぐに閃いたのはいつもの場所。「あっ、六号館の地下のカフェテリアなら」


「カフェテリアっ!」


 突然の大声にびくりと肩を動かす。


「今カフェテリアって言ったか」


「は、はい」


「かぁー」イチと呼ばれた人は目を強く閉じ、頭を抑え、そして見上げた。「今時の大学生は、随分と充実した環境で過ごせてるんですなぁー」


 はい?


「イチ」


「あ?」


「その言い方、マジでおっさん臭いよ」


 目を点にするも、「マジか」と何か気づいたよう。すぐな首元の服を引っ張り、匂った。


「いや、臭わねえけどな」


「……僕はつっこまないからね」


 高い位置から冷ややかな目を向ける青年。


「は?」


 対照的に、見上げている少年のその顔は分かっていない様子。


 不意に流れる沈黙。


 ……いや、なにこれ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ