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怪異妙奇譚伝  作者: 片宮 椋楽
貳譚目其乃弌〜恋患-コイワズライ-〜
48/81

「な?」


「はい」


 間抜けな返事しか私はできなかった。


 あれから、疲れもあり、私は部屋で寝た。怖いから晴矢に来てもらいたかった。けど、連絡が取れなかった。取れるけど出なかったって可能性もある。とにかく、音信不通。

 だから、二人に頼んだ。家に他の男性を、なんてなことがよぎる間もなかった。安心して起きて無事に朝日を拝めたのも二人のおかげといっても過言ではない。


 間抜けな返事は、寝起きだからじゃない。二人に言われていた通りのことが起きたからだ。そう、あの。記憶障害だ。


 とはいえ、二人で出逢った時のことは鮮明に覚えている。その原因が怪異という何かに狙われて襲われたから、というのも克明に覚えている。


 けど、その何かがどんな姿をしていたのか、そもそもの部分が思い出せない。恐怖の気持ちは身震いするほど確かに残っているのに、どうしても駄目。いや、消された、という方が合ってるかもしれない。

 もし怪異を倒したらそのことを誰もが忘れ、何もなかったようになるなんて、二人から告げられた時は疑った。信じられなかった。けど今は、信じざるを得ない。


 ただ、これによって一つ分かったことがある。私は妙奇人ではないということだ。二人曰く、妙奇人は怪異の姿も何もかもちゃんと覚えている、らしい。


 とりあえず、今は収穫ゼロ。それどころか失ってしまっている。


「んじゃ。話をストーカーに戻すぞ」


 ああそうか。私は意識を少し前に戻す。


「いつから被害に遭ってるんだ」


「半年ぐらい前からです」


「そいつの姿を見たことは」


「ないです」


「何か変な嫌がらせを受けたりは」


「いいえ」


「なら、直接的な被害は?」


「それもありません」


 もし仮に警察の人に同じことを言ったら、「まだ何もできませんね」のようなこと返されて終わりかもしれない。

 あったとしてもせいぜい、「周辺のパトロールを強化します」ぐらい。そんな状態で由奈に話すのは憚られたのだ。


「となると、怪異を使ってより悪質なストーキング行為を仕掛けてきたってことも無きにしもあらずだね」


 ツナシさんは顎を摘むように手を置いた。


「いや」眉をひそめるニノマエさん。「怪異の力量を知るために最初のとっかかりとして動かしてみたのかもしれねえぞ」


「となると、まだこれからも続く可能性は十分にあるか」


 彼らなりの直感なのか経験則なのか、話題が次々と転換していく。留まることなく、交わされる言葉の数々に私は、本当に倒せる人たちなんだ、と少し安心感を覚えた。


 私たちは歩みを、というより全体の流れが一斉に止める。スクランブル交差点の歩行者信号が赤になったからだ。


 それにしても不思議だ。これまでの二人の会話から様々な先例があることが分かった。であれば、怪異という存在についてある程度有名になっていてもおかしくはない。

 気になった私はここに来るまでの間、少しネットで調べてみたのだけど、情報が一切ない。不思議とこれっぽっちも出てこないのだ。

 都市伝説のようなスレッドが立っている掲示板はあったにしろ、どれも曖昧も曖昧、究極に泡立てたメレンゲのように、ふわふわしている。なんでこんなにも出てこないのだろうか……


『続いてのニュースです』


 ふと目線が上にいく。見下ろすように高い位置に備えられている大型ビジョンには、公園のトイレが壊されたことについて流れていた。例の怪異から隠れた、あの。


「やってんな」ニノマエさんがそう呟く。


『何者かによる悪質なイタズラに近隣住民は困惑しています』


(もの)でもイタズラでも無いけどな」


「まあ……」


 原型を留めずただの塊と化した無惨な姿、それを調べている警察官複数名が至る場面まで至る所を映される。続いて、その周りにいる人々を……あっ!


 唐突に閃いた私は、ニノマエさんに顔を向けた。


「動画ってどうなんです?」


「あ?」


「ほら」私は思わず指をさす。「ああやって動画で怪異を撮ったら、姿を収めることが……」


「無理」言葉半ばで言い切られた。「やっても意味がない」


 意味がないってことは……「あれですか、動画が勝手に消えちゃうとか」


「いえ。動画は残ります」ツナシさんが引き継ぐ。「怪異の姿だけが映らなくなるんです」


「怪異、だけ?」


「ええ。CG処理したみたいにピンポイントで、綺麗さっぱり」


「それだけじゃねえ」またニノマエさんに戻る。「みんな必死に動画撮ってっけど、撮ってんのもいずれ消えちまうんだよ。泡みてぇにな」


 そう言うと、ニノマエさんは不敵に微笑んだ。「努力は水の泡、なんてな」


「ははは」とりあえず笑っておく。


「3点」


「はぁ!?」ツナシさんの冷たい採点にニノマエさんが片眉をあげて、顔を近づける。「内訳教えろ。何に何点だ?」


 えっ、そこなの?


 ふと違和感に気づく。カバンが震えているのだ。原因は分かる。着信音が一緒に鳴ったからだ。


 慌てて取り出すと、思わず眉が上がる。いや、ここ最近の中では意外、といった方がいいかな。


 スマホの画面には“晴矢”の二文字。


 私は暫く見つめ、赤いマークをタップした。距離を置こうって言ったのは向こうだ。身勝手に多少無礼にしても、バチは当たらないだろう。


 それよりも何か手がかりを握っているであろう、ストーカーを探す方が今は先決だ。


 人が流れ始める。信号は青に変わっていた。




「見つからなかったですね……」


 出た言葉は割と冷静だったけれど、内心かなりの焦りを感じていた。あんなに青かった空がもう黒くなっているからだ。もう一日が終わってしまう。


「そう簡単にはいかねぇよ」


 ニノマエさんは人差し指を立てた。

「人生と一緒だ。欲しいモノはそう容易く手に入らねえ」


 で、鼻の穴に指を入れた。


「汚いから、やめなよ」ツナシさんはすぐさま、叩くように手を振った。


「よっ、よっ」と上手いことかわすニノマエさん。


「ま、気長にやっていこうや。別に時間制限があるわけじゃねえし」


「そうですね」


 私には死のタイムリミットは無いらしい。つまり、怪異に襲われて命を落とさなければ、生き長らえられるということ。少しホッとした。とはいえ、いつまでも不安を抱えたまま生きるのは嫌だ。出来るだけ早くに……


「おい」


 ぶっきらぼうなニノマエさんの声に私の顔が自然と向いた。


「鳴ってっぞ」


 えっ?


「ケータイ」


 ニノマエさんは顎で示した。瞬間、振動に気づく。これは電話。もしかして……晴矢?

 当然、無視しようと思った。けれど、なんか妙な予感がした。嫌な緊張感が走る。


 取り出し、相手を見る。あれ? 思っていたのと違う。

 非通知。誰だか分からなかった。誰だろう……


「もしもし?」


 だから出てみた。


「あっ、佑香ちゃんかい」


 聞き覚えのある男性の声。もしかして……「晴矢のお父さん、ですか?」


「突然すまないね」


「いえ……ええっと」驚きのあまり、言葉が出てこなくなる。


 直接会ったのはこれまでに二回だけ。街で偶然会ったのが一回、晴矢の家に招待され、夕食を楽しんだのが一回。凄く優しく接してくれて、仲良くなった。


「どう、したんですか」


 とはいえ、電話番号は教えていないはずだった。どうやってこのスマホに電話を?


「落ち着いて聞いてもらえるかい」


 重苦しい声に鼓動が早くなる。


「今、晴矢は入院してるんだ」


「えっ……」言葉に詰まる。一瞬、息さえも止まる。


「酷い怪我を負ってね、路地で暴漢に襲われたらしい」


「だ、大丈夫なんですかっ」


 鬼気迫る声に、ニノマエさんとツナシさんは驚き、目を開いていた。


「正直に言うと、まだ分からない。まだ手術が続いていて、予断を許さない状況だ」


「なんでそんな……」


 予想外も予想外。いつだって嫌だけど、よりによって何故こんなタイミングで……


「警察にも調べてもらっているが、まだ分かっていない。ただ、財布は盗まれてなくてね。物盗りではなく、個人的な恨みでもあったんじゃないかって考えてもいるるしい」


「恨み……」


「それでね、佑香ちゃんに訊きたいんだが、晴矢から何か聞いていなかったかな。ほら、誰かから恨まれていたとか、変なことがあったとか」


「特には……ごめんなさい」


 もしかしたらあの電話も……強い罪悪感が芽生える。

 私は何、意地張っていたんだ。子供みたいなことをなんでしていたんだ。自分を責めるしかできなかった。それぐらい、罪悪感が胸を締め付けてくる。哀しみが胸を痛めてくる。


「佑香ちゃんが悪いわけじゃないんだ。謝らないでくれ」


 私は時刻を確かめる。まだ大丈夫だ。


「あの、今から伺ってもいいですか」


「ありがとう。けど、無理はしなくていいよ」


「無理じゃ……あっ、その、無理でなければ」


 一歩下がってみる。


「いやいや、そんなことはない。病院の名前を伝えたいんだが、今何か書くものはあるかい?」


「ちょっと待ってください」


 私はスピーカーに設定し、耳から外した。そして、言われた名前をスマホのメモ帳を開く。


「お願いします」


 私は言われた名前を逃さぬよう、平仮名で素早く入れておく。コピーして、ネットで検索する。出てきた病院名の漢字を伝えて確認を取る。「ああ、合ってる」と返事が返ってきたから、再びスピーカーを解除して耳につけ直した。


「すぐ向かいます」


 直後、受話器越しに女性の声が微かに聞こえてくる。


「分かりました」晴矢のお父さんが応えると、「万一のことがあったら、この番号からすぐ電話するから。それじゃあ」と少し荒く電話を切った。


 もしかしたら万一のことが今……


 嫌な予想が脳裏をよぎる。私にとって、そんなこと考えたくないし、絶対起きて欲しくない事。

 ただただそうでないことを心から願うことしか、今の私にはできなかった。

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