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怪異妙奇譚伝  作者: 片宮 椋楽
壹譚目〜即白骨-ソクハッコツ-〜
33/81

三十二

「やっぱここだな」


 左手で首を掻いているイチ君に、トー君は「ていうかこんな場所、そうはないよね」と首を少し上げた。


 時間の許す限り様々な場所を回ったが、ちょうど良い場所は見つからず、結局戻ってきた。2人と初めて出会ったあの路地裏(・・・・・)に、だ。

 今は17時。時期的なことを考えても、夜にはまだなってはいない。はずなのだが、空を覆うグレーがかった雲のせいで陽の光も青い空も姿を見せず、異様に暗かった。まさに、暗雲立ち込めてる状態。

 そのため、四角く囲まれた土地の四隅はよく見えない。だが、地面に壊れた金網が散らばっているのだけはよく見えた。


「イチ君」


 俺の呼びかけに目の前のイチ君が上半身を向けてくれた。トー君もエンドウさんも遅れて振り返ってくる。

 別に場所への抗議をしようとかそういうじゃない。怪異と直接刃を構え、また術で対抗した2人が適している場所だと判断したのであれば、異論反論など全くない。というか、戦わない俺が出しゃばるのはそもそもおかしなことだ。俺が聞きたいのは、その判断への単純な興味というか疑問というか根拠というか。


「今朝、場所によって怪異を倒せるか倒せないか決まってくる、って言ってたけど、それってつまり何かしらの策がもうあるってことだよね?」


 じゃなきゃ、場所が怪異を倒すことに影響などしないはずだ。

 イチ君は「そりゃあな」とさも当たり前だろという顔をして、「むしろ、なきゃマズいだろうが」と少しだけ眉をひそめた。

 俺はそれ以上逆撫でしないように「じゃあ、あるってことでいいだよね?」と低姿勢で尋ねた。


「ああ」


 俺の「それはどんな策?」という問いにイチ君は体ごと向けてくれた。


「ここで戦った時、オレがアイツに掴まれてビルの上に投げた後、壁を伝って逃げてった。てことは、アイツは物を使うことができるっつぅことだ」


 うんうん。


「つまりアイツは、物を透過しない、通り抜けできない系の怪異だ」


 系の、ってことは、幽霊みたいに通り抜けられる怪異もいるってことか。言い方からして以前に出会った経験のあるような素振りだった。凄く気にはなったけど、今はそういう状況じゃないし、それにさっき遮った手前、聞くのはやめた。というか、気持ち的に今聞く気が起きなかった。だから、話に集中する。


「だとしたら、トーのこの技が使える」


「技?」


「ボウ、です」


 トー君が話を引き継ぐ。こっからは自分が、と声には出さないが、そういう雰囲気をのを全体に醸し出していた。


「ボウ……」知っているみたいに言われたけど、俺の中ではピンときていなかった。思い出せなかった。その状況を察してくれたトー君は「以前、悪霊が出た時に一度使ったアレです」とフォローを入れてくれた。


 悪霊……あっ! あの黒い靄か。そうだ、それだ。となると……使ったっていうのはもしかして——「エンドウさんに向けてやってた?」


「はい」トー君は首を縦に動かす。「前にも少し話した通り、通常は防御のための技なのですが、範囲を変形させて、怪異を逃さぬために用いようかと」

 範囲を変形……?

 俺の頭に浮かんでたハテナマークに気づいたのか、トー君は「僕がビルの上から」とバッグから例の緑表紙の本を取り出し、「コレを使って」と軽く振った。


「ボウはある程度のサイズまでしか作れないんです。今回の怪異ほどの大きさとなると、丸々囲むことは不可能に近いです。できるかもしれませんが、技を出す一瞬の間に動かれてしまったら、リスクが高い」


 トー君はメガネの位置を整える。


「なので、ある程度の高さがある建物を利用し、ビルの上の部分だけボウを使おうかと。蓋をするみたいに」


 トー君は上を指す。俺の頭もついていく。何故か一部の鉄網が壊れたビル屋上が狭い四角形から、暗くなりつつある空が顔を覗かせていた。動作から判断して、おそらく屋上のどっかから技を出すということだろう。


「となると」俺は顔を正面に戻した。「怪異は路地裏から誘導してくる感じってことでいいのか」


「ここに入った瞬間にボウで塞ぐこともできるので、それが理想形です」


 てことはだ。「でも、そうなると……だよね?」


「ええ。そうです」


 俺の言わんとしていることに気づいて、トー君は苦々しい顔を浮かべた。


「そもそも怪異は黒い痕がある人間に襲いかかります。ここに居ると、もしかすると上からやってくるかもしれません。そしたら、蓋をした意味がなくなってしまう。なので、どこか別の場所で待ち伏せて、上手く誘い込んでもらわないといけないんです」


 ここでようやくエンドウさんも気づいたようだ。「あ……」と小さなかすれるような声で呟く。


「それはその……私が囮になる、ということでしょうか」


「はい、そういうことになります」


 トー君から確認が取れた瞬間、エンドウさんの目と口が一斉に動き出す。戸惑うように、慌てるように。

 見たこともない存在と一対一で対峙して、逃げる。しかも一歩間違えれば、何かアクシデントが起きれば、死ぬかもしれない。イチ君とトー君の2人は、死に繋がりかねないギリギリのことを頼んでいるわけだから、エンドウさんが不安げな表情を浮かべるのは当然だ。


「それに、僕やイチ、そして坂崎さんは怪異に見られています。もし一緒にいるところを怪異に見られたら、最悪逃げられてしまいます」


 続けて「おそらく覚えてないとは思いますが、経験からして断定はできません」と口にしたが、ということはそういうのも前いたってことか。


「でも、あっちから逃げてくれたのなら、私は助かるんじゃっ」


 「今だけな」イチ君が口を開く。


「逃げたとしても、そんなの延命措置程度にしかならねえ。それどころか、これから先でいつ出てくるか分かんなくなるから、むしろ危険度は増しちまう。今回がチャンスなんだ」


「じゃ、じゃあ……」エンドウさんは目を大きく開いた。


「私ひとりで……やるということですか?」


「……はい」トー君はしっかりゆっくり首を縦に振った。


 つまりは、こういうこと。エンドウさんはどこかで1人、怪異を待ち伏せて、ここまで誘き寄せなければならないのだ。

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