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怪異妙奇譚伝  作者: 片宮 椋楽
壹譚目〜即白骨-ソクハッコツ-〜
32/81

三十一

 朝4時(・・・)、まだ誰もいないかすかに夜の明けた濃紺の街を歩く——と表現すれば、なんかカッコよく聞こえる。プラス頭に——男は好きなタバコの煙を眉間に皺を集めて、吐きながら——なんてのを付け加えちゃったらもう、カッコいい以外の何ものでもない。まるでハードボイルド小説の一節かのよう。


 けど、現実は違う。皺なんて眉間どころか顔じゅう身体じゃうにある。あり余るほどに。タバコなんかそもそもこんなのになる前から吸ってないし、1人どころか2人横並びで2列の計4人で仲良く歩いてる。ハードボイルドとは縁遠い、ソフト状態だ。


 それに、前には少年と青年、後ろには女子高生と老人。よくよく見たら俺って、早朝に孫3人を引き連れたおじいちゃんじゃ……いや、違うか。

 夜明けという状況を踏まえると引き連れたではなく、徘徊してたところを孫らに発見され、帰宅してる途中という方が正しいかも。そんな雰囲気がえげつない。となると、人気が全くないのは不幸中の幸いだな。


 ブルブル


 まただ……

 ポケットの中でケータイが暴れてる。たぶん電話、どうせ電話。画面なんか見なくても主は何となく分かる。編集長か西か両親か、非通知とか電話番号だけしか表示されてなければ悪ふざけのネット民のいずれか。さっきから交代で、ひっきりなしにかかってきている。だからさっきと同様に、俺は無視。無視し続ける。


 誰であろうとも、今話しても意味はないし、話せることはない。あるとしても、俺は犯人なんかじゃない、っていうことだけ。仮に話したとしても、焼け石に水どころか、激しく燃えてる家に350ミリペットボトルの水をかける程度の効果しか得られないだろうってことぐらいは見当がついてた。だから俺は、電話もメールも何もかも出ないと、誰とも連絡を取らないと決めた。


「電源ごと切っときゃいいじゃねえか」


 俺の心の内を見透かしたように、イチ君が声をかけてきた。


「出ないんだったら無駄に電池減らすだけだし、鳴りっぱなしの電話にイラつくだけだろ」


 いや大丈夫、と俺は返そうとした。だけどその前に、「てか、オレがイラつき始めてる」と言われてしまった。俺は「分かったよ……」と、仕方なくポケットの中に手を入れた。


 膨らみがあるところへ手を向かわせると、ケータイが指先に触れる。すると、規則的だった振動が急に止まり、静かになった。画面にはまだ触ってないから、応答も拒否もしていないはず。それに、相手が電話を切ったにしては妙な違和感を感じる止まり方だ。俺はケータイを取り出し、目の前へ持ってきた。


 画面右上から左下に向けて稲妻(・・)が走っている。心当たりはある。おそらくマンションから飛び降りて落ちた、あの時にヒビが入った、のだと思う。

 俺は何度見ても消えないヒビにため息をつきながら、側面に付いてる電源ボタンを押した。


 ……ん?

 明るくならない。押せど押せどデジタル表示の時刻が浮かびあがってこない。中央下に付いた丸形ボタンも押す。こちらもダメだ。何度か押してみるも、黒い画面のままで反応は全くない。

 割れてても着信音は鳴ってたんだから、ヒビのせいじゃない。となると、答えは1つ。


「電池、切れた……」


 項垂れる俺にイチ君は、ほら言わんこっちゃない、と言いたげな顔をした。


「ほれ、言わんこっちゃねえ」


 やはりそうだった。とにかく、これで誰とも連絡は取れなくなったということだ。携帯充電器は家に置いてきちゃったし、充電は無理。諦めるしかないか。


「あのさ」


 俺はポケットに仕舞いながら、ふと思い出したことをイチ君に尋ねる。今思えばなんであの時に聞かなかったんだろう……動転してたからか、次から次に情報が入ってきて思いついたからか、今になっては分からないけど、まあその辺はいいや。


「なんで、俺の寿命の残りが5日だって分かったの?」


「んなもん、察しろよ」


 冗談なのか本気なのか分からないトーンで無茶を言われ、俺は思わず「えぇ……」と戸惑いの声を漏らした。


「てか、今更?」


「いやまあその……ふと、思い出してね」


 口を少しとんがらせ、小刻みに頷くイチ君。


「アイツに掴まれた時、チュルチュルって寿命吸われたのは覚えてっか?」


「ああ」


 久々にしっかり聞いたからか、寿命を吸うという一言が妙につっかえるように残った。なんともおかしな言葉だ。怪異とは一体何なのか。終わったら改めてちゃんと調べなきゃ。姿形は覚えてないから仕方ないとしても、その特異な要素などについてはメモとして書き留めておくことはできるんだし。よし、終わったら2人に訊ね……終わったら……終わるのか……


 これが解決した時、エンドウさんは助かって、俺は元の姿に戻れる。

 嬉しいよ、もちろん。というかそれを目的に今日まで動いてきたわけだから、嬉しい以外の何物でもないんだけど、それはつまり俺が警察に囚われるということも意味してる。何人もの人間を殺した罪で。

 そりゃ、死ぬか捕まるかを天秤にかけたら当然、捕まる方がいい。だって、死んだら自分にかけられた罪を晴らすことができない。俺は誰も殺してなんかないんだから、捕まったとしてもすぐに俺の無実は証明されるはず。


 だとしても、社会的地位は? 今いる職場に戻ることは? 世間からの目は? 社会というのは寛容じゃない。あっさり、ばっさりしたなんとも冷たい集団だ。たとえ警察が完全に冤罪でしたと発表したとしても、俺のことを犯人だと信じて疑わない者や犯人じゃないかと疑惑を持つ者はこれから先、間違いなく存在し続ける。崩れたジェンガが完璧に元どおりにならないのと一緒で、俺が今まで得てきたもの全てを取り返すのは不可能だ。あくまでそれっぽくにしか戻せない。

 ……複雑だ。心と頭のどこかに、まだ死なないだけマシ、にしか思えない自分が確かにいる。俺だけは終わらない、この怪異の呪縛から。あの日、助けようとタクシーを飛び降り、路地裏へ駆けて行ったことが運命の分岐点だったのだ。その行動が間違いだとは言わないし、思いたくない。俺の善意はせめて、俺だけでもまごうことなきものだったって信じてやりたい。


 だから……いっその事……俺は……俺だけは元の姿にはもう……


「聞いてっか?」


 えっ?


 俺は顔を上げ、イチ君を見る。眉を潜めていた。いつのまにか、頭が地面に落ちていたようだ。


「ん? あぁ……」


 考えていたことの内容が内容なだけに、返答は暗く重く小さくなってしまった。だから、俺が聞いてなかったことは明らかにバレた。けど、それ以上は何も言ってこなかった。


「んで、肝心の残りの日数が分かったか理由ってのは、単純。オレが妙奇士だからだ」


 妙奇士という存在がなんだか、超能力者に見えてきた。まあ、普通は視えないものが視える時点で超能力的なんだけど。


「なら、トー君は分からなかったってこと?」


「日数までは、な」イチ君はおもむろにガムを1つ、口に放る。


「私からもいいですか?」


 申し訳なさそうにそっと手を挙げるエンドウさんに、イチ君は「へい、どーぞ」と、指をさした。この問題分かる人、と声をかけて挙手した生徒を指す教師のよう。

 許可をもらえたエンドウさんは、手を下げながら「全く関係ないんですけど」と前置いて、「これからどこに?」と訊ねた。


 確かにそうだ。今はもう体制は変わったものの、さっきまでは先頭の2人がてくてくと歩いていくのを俺とエンドウさんは追随していただけ。行き先なんて知らず、ひたすらに歩みを進めていただけだった。


「決まってない」


 はい?


「決まってない?」反復するエンドウさん。


「が、目的は決まってる」


「というと?」エンドウさんは続ける。


「良い場所を探す」


 イチ君の口から、膨らんだピンク色のガムが出てきた。


「良い場所?」


 鸚鵡のような返しをしたら、パンとタイミングよく音を立ててガムが破裂した。イチ君は歯を閉じて割ったのだ。ぺたりと薄くくっついたのを口の中へ素早く戻し、再び噛み始める。


「怪異倒すのにちょうど良い場所って意味だ」


 うん。えーっと、より詳細に話してくれたのに申し訳ないんだけど、そうだろうなーとは思ってた。俺は言葉足らずだったことを反省し、改めて「場所が大事なの?」とちゃんと尋ねると、「ああ」とイチ君は竹刀袋の肩紐を直した。


「それで倒せるか倒せないか決まってくるからな」


 そりゃ大事だ。超大事。


「その、イチ君が理想としてる場所は?」


「そうだな~」ポケットに手を入れて虚空を見た。「ある程度の高さのある建物が囲むように四方にあるトコ」

 高さがある建物が建物が囲むよう……ん? それって……


「あの路地裏みたいな?」


「そうだ」


 だったら、結論出てるよね?


「じゃあ、そこで良いんじゃないの?」


 イチ君は、まあそうなんだよな、と言いたげな顔をした。


「欲言やぁ、もうちょい低いとこがいいんだよな。ま、あそこでも問題はないっちゃないんだけど」


 成る程。


「良い場所が見つかれば、生きられる確率が高まるんだよね?」


「そりゃ勿論」頭の後ろで手を組むイチ君。


 探して損はない。だったら探した方がいい。よしっ!

 俺は軽く頬を叩いた。これから、探すぞという意思表示と鼓舞を込めて。


 ペチンッ


 梅雨の時期で湿度が高いからか、手が頰に引っ付き、あまりいい音は鳴らなかった。

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