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怪異妙奇譚伝  作者: 片宮 椋楽
壹譚目〜即白骨-ソクハッコツ-〜
27/81

二十六

 「「はぁ!?」」またしても俺とエンドウさん。


「だから大声出すなって」

 イチ君は眉間に軽くシワを寄せてポケットに手を入れた。


「いや、だって……ろっ、6階だよ?」


 「ああ」だから何だ、と後に続きそうなトーン。


「6階だよ?」


 「聞こえてるって」眉をひそめ、怪訝になるイチ君。


「無理でしょ」


「無理って……やったことあんのか?」


「いや、ないよ。あるわけない」


 「じゃあ、分かんねぇだろうが」片手を出し、首を掻くイチ君。


「分かるよ! 死ぬ! 絶対死ぬっ!」


 ここから地面まで16、7メートルはある。しかも土じゃなくコンクリ。うん、死ぬな……こりゃ死ぬ。一応近くに木が生えてて、そこに飛び乗るってのもできなくはなさそうだけど、飛ぶのは少し躊躇われるぐらいには遠い。


 それに、俺は表面的な老化に加えて、骨や筋肉などもだいぶ衰えている。助かる見込みが、少なくとも正直俺に関しては、限りなく無いように思えた。というか、感じ取れていた。飛び降りるなど危険極まりない。


「ここで死んでどうする、死なないようにやって来たのに」


「だ、だけど……案があれば別だけど、ここからは無理だって」


「あるんだな、それが」またしてもニヤけると、イチ君は視線を移し、「トー」と一言。


「ん?」


 イチ君はガムを銀紙に吐きながら、「どっちだ?」と尋ねる。


 何が?


「どちらでも問題ないよ」


 だから何が?


 「じゃあ、スリルのある方で頼むわ」新しいガムを口に入れる。


 えっ……


「どうせそうだと思ったよ」


 辟易な感じで肩を落とすトー君。

 またしても熟年夫婦かのごとく言葉を端折る2人は、俺とエンドウさんを置き去りにしたまま話を展開していく。


 とりあえずここまで聞いて、俺やエンドウさんは6階から飛び降りるスリルに、さらにスリルをトッピングされてしまうことはよく分かった。


「んじゃ、靴と荷物持って集合」


 俺らはイチ君に命令されるがまま、玄関から靴を持ってくる。だが、その足取りは重い。エンドウさんも同じ。心なしか身をすくめている。一方のトー君はただやれやれと言った表情をしているだけで、足取りは別に重くはない。


 あれ?


 踵を返して部屋に戻ろうとした時、イチ君がいないことに気づく。疑問に思いながらも靴を持って部屋に戻ると、イチ君は既にベランダに出ていた。手を広げ、窓の両端に腕を置いて寄りかかって、顔だけ部屋の中に入れている。ぱっと見、閉まろうとする窓を必死に無理矢理開けてるようにも見える。


 俺は肩がけバッグを手に取り、首を通して肩にかけながら近づく。イチ君の足元を見ると、既に靴を履いていた。


 いつの間に?——そう一瞬思ったが、その後すぐに答えは出た。というよりも、その近くで先ほどまで履いていたサンダルを目にして気づいた、の方が近い。

 さっき俺がサンダルを履いたというのはおかしなことなのだ。ベランダは狭く洗濯物を干すぐらいにしか使わないため、言い換えればベランダは俺しか出ないところであるため、サンダルは一足置いていない。なのに、後から出た俺が履いた。要するに、先に行ってたイチ君はサンダルを履いていなかったということだ。


 なら、イチ君は素足でベランダへ?——ここで、互いの疑問が結びつく。つまり、はなからか確認してからかは分からないが、イチ君はベランダから飛び降りることを想定していたのだ。

 とまあ、ここまで長々と考えてきたけど、これらのことは今思えば多少引っかかるぐらいの程度だし、そもそも素足で出たのかなんてことは考えてもみなかった。あくまで自分が満足するためのいち推論で、聞いて尋ねるまでのことじゃない。


 何はともあれ、俺はトー君やリュックを背負ったエンドウさんと共に、靴を履き、ベランダに出る。


 「あの……探せば何か別の方法があるんじゃ」エンドウさんはイチ君に恐る恐る尋ねる。


「階段にしろエレベーターにしろ、あっちは自身が考えられる範囲の逃げ道を塞いだ。使えば捕まえられるようにな」


 少しだけガムを噛むスピードが落ちながら、続ける。


「てことは、あっちが考えつかない逃げ道を使えば捕まらない。そうだろ?」


 そりゃそうだ。そもそも飛び降りるなんてこと考えつかないし、仮に考えついてもまさかと思ってすぐさま排除する。そんなの自殺行為だ。だから、相手の裏は当然に余裕でかくことはできる。


「理論上はそうかもしれないですけど……」


 エンドウさんは食い下がる。反発ではなく、恐怖を拭えきれないでいるのだ。何故分かるか。俺だってそうだからだ。拭えないどころか、風の冷たさを感じぬほどにどんどん色濃くなっていく。


「じゃあ聞くけどよ、他に良い案はあるのか?」


「……ないです」


「なら、諦めろ」


 素直に従えとかじゃなく、諦めろなんだ……


「んじゃ、1人ずつ地面めがけて飛んでもらうけど、まずはトーから」


 「だよね」トー君は、そうじゃないとダメでしょ、みたいなニュアンスを含んだ一言を呟くと、手すりに手をかける。手に体重をかけて、コンクリを跳ねる。結構な高さがあるのに軽々と、柵の上に立つ。イチ君があまりにもだったから気づかなかったけど、負けず劣らずトー君も運動神経がいいようだ。

 片手だけ手すりを掴みながら、空いてた方で既に肩にかけていたバッグから本を取り出すと、不意に振り返った。もしかすると俺が一連の動向をじっと見ていたことに気づいたからかもしれない。


 トー君は「絶対成功させますから」といつもの相手を安心させる笑みを浮かべる。


 そして、本を開き、飛んだ。


 「あ」思わず声が出た。すっと視界から消えていったことに、下へ落ちていったことに、あまりにもあっけなさを感じたからだ。だからこそなのかもしれない。緊張感はより増していった。どんどん増されていく。

 本を取り出した、ということは呪文みたいなのを唱えるんだろうけど、トー君の声は聞こえてこない。落下の風圧で消されてしまったのか、それならトー君の声に影響するんじゃないのか。そもそも、彼は大丈夫なのだろうか……


 すると、下でズズズズという何かが蠢く音が耳に届く。

 俺はトー君の安否と蠢いたモノの正体を確かめるため、手すりの方へ向かう。

 だが、確認できなかった。確認させてくれなかった。ピンポーン、というドアベルが身を凍らせ、邪魔させたのだ。

 俺は恐る恐る振り返る。玄関さえ見えぬが誰が押したのかは明白に確実に分かる。


 「チッ、もう来やがったか」イチ君は面倒臭そうに頭をわしゃわしゃと掻く。


 ピンポーン


 またしても鳴り、今度は体がびくりと動く。ゆっくりと押し込まれ離されてるだけのドアベルに、こんなにも恐怖したことはない。


「よし、次はあんただ」


 「え」少し躊躇ってるエンドウさん。


「早くしてくれ、時間がねえんだ」


 足をかけようとするもなかなか上がらないため、イチ君がリュックを支えるように補助する。


 次の瞬間、やはりこの小さい体には恐ろしく見合わぬ筋力があると思わされた。

 補助により、エンドウさんの足は手すりの上どころか、向こうへ行ってしまった。それにより、エンドウさんは慌てた。結果、まるで予想外の事故のよう。


 「キャー」女性独特の甲高い叫び声を上げて落ちていくエンドウさん。

 それに呼応したかように、玄関の扉が叩かれる。ドンドンと激しい叩かれたことで、俺とイチ君は振り返った。


 「……バレたな」バツが悪そうにイチ君が呟くと続けて、「仕方ねえ、同時に行くか」と手すりに手をかけ、膝を曲げた。


「えっ?」


 俺の声で一旦膝を伸ばすイチ君。


「大丈夫なの?」


「まあ、なんとかなんだろ」


 前例がない、ということか。


「てか、トーがなんとかする。つべこべ言ってねーで行くぞ」


 迷い不安な俺を横目にイチ君はひょいと手すりの上へ。その身軽さはより余裕さや迷いが無く見える。


 玄関から聞こえる音が変わった。ドンッ、ドンッと強い衝撃音の間にタメがある。外で何をしてるかはすぐに理解できた。


 玄関の扉をタックルしてるのだ。おそらく一歩踏み込んで体ごとぶつかりに来てる。聞いたことのない痛々しく軋む音から、扉を蹴破られて部屋の中にずけずけと土足のまま踏み込まれるのも時間の問題だと……てか、警察物騒過ぎじゃないか?


 諦めた俺は地面を跳ね、手すりに登る。太くて丈夫なものでよかった、とこんな時でしか思わないであろうことが頭をよぎる。


 いかほどの高さなのか測るため、下に目をやろうとするも高くて直視できなかった。目を瞑り、すぐ上を見る。

 ほんの少しだけど、空が明るくなってきていた。濃紺の夜空に朝の光が侵食する。散りばめられた僅かに光り輝く星々もその光に飲み込まれ——


 バギッ!


 閉じられたものを無理やりこじ開けた音が耳に届く。それが、玄関の扉が蹴破られた音だと一瞬で理解した。同時にそれを契機に、イチ君は俺の背を押した。


 そして、俺は飛び降りた。


 いや6階から落とされた。

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