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怪異妙奇譚伝  作者: 片宮 椋楽
壹譚目〜即白骨-ソクハッコツ-〜
24/81

二十三

 ピンポーン。


 えっ? こんな時間にドアベル??

 時間を確認する。うん、やはりそうだ。もう10時近い。友人とか会社の人間を呼んだわけでもないことを考えると、こんな時間の来客は変だ。


 「誰だろ……」俺は立ち上がった。

 至って普通な感じで、立ち上がったが、少し怖くもあった。もしかしたら、怪異かもしれない……あの黒い靄のような悪霊かもしれない……追い出したはずの幽霊が恨みを抱いて戻ってきたかもしれない。どれもこれも根拠なんてなかったが、根拠がなくても起こることは起こることをここ最近の実体験から学んでいる。だから、今まででは抱きもしなかった恐怖心までもが過剰に体を包んでいった。ドアノブを触った瞬間なんか、金属の冷たさと緊張が相まって身震いもした。


 とりあえずドアノブを押し開けて部屋を出ると、そこには玄関を開けているイチ君がいた。

 「今呼んでく……おぉ! こっちこっち〜」イチ君が笑顔で手招きをしてくる。空いたもう一方の手に平べったい八角形の紙製の入れ物を何枚も乗せ、中の見えない白い袋がその上に置かれている。


 外には赤と白の帽子と服、腰には黒い厚めのポーチを付けている青年が。

 頼んだことあるから、知っている。見慣れた姿だ。


「これはどういうこと?」


「ピザーナですっ!」

 外の男性が空いてる手で帽子のつばを掴み、笑顔で有名宅配ピザ屋の名前を告げてきた。


「ピザ?」


 「はいっ」青年の元気な返事。


 「ピザ?」俺は顔を青年からイチ君へ。

 「ピザ」ガムの音が沈黙の廊下に響いている。


「頼んだの?」


「頼んだの」


「……ほぉー」


 事態が把握できてなかった。だから、上の空で返事をした。


「はぁあ!?」


 すぐに正気を取り戻す。


「ピザ、頼んだの?」


「だからさっきからそう言ってんだろ?」


「どうやって?」


 「玄関のとこに置いてあった」おそらく古新聞を入れておく四角形の紙袋の中から引っ張り出してきたのだろう。

 イチ君の冷静な返答の一方で、次第に男性の表情が曇っていく。


 「支払いはこの人でよろしく」と言い残し、リビングへ向かうイチ君。奥から


「なんだよそれ?」というトー君の声が聞こえる。


「レシート、です……」


 俺はそっと受け取る。イチ君が持っていった高さからしてかなりの金額になっているはずだ。

 恐る恐る見てみる。


 おぉ……


 マルゲリータやテリヤキチキンなどMサイズピザを5枚、ドリンクを2本注文している。金額は1万超え。


「財布持ってくるんで、ちょっと待っててもらえます?」


「は、はい……」


 さらに曇っていく男性に「ホントすぐですから」と補足しておく。


 よくよく考えてみれば、怪異だろうが悪霊だろうが、わざわざご丁寧にピンポンなんてしないか。軽く反省しながら俺は部屋に戻る。


 足取りが心なしか少し重いような気がする中、部屋のすりガラス扉を開けると、イチ君は早速マルゲリータを食べていた。これほどかとチーズを伸ばしながら。

 それをそばで見ている呆れ顔のトー君が俺の方に振り返り、「すいません……」と謝ってきた。


 「いや……」俺は扉を閉め、財布の入ったバッグが置いてあるテレビ前に向かう。


 大きな口で頬張っているイチ君を見ていると、「あっ」と何か気づいたような言葉を発し、空いていた左手で1枚掴み、「食べるか?」と差し出してきた。


 耳がプクッと膨れ、所々いい焦げ目を浮かべており、柔らかく尖った先端から重力に従うがままに垂れているチーズと合間から見えるトマトソースとバジルとオリーブオイルが色鮮やかに描かれている。


 いや……俺がまじまじと見ていたのはそういう意味じゃない。

 確かに泊まるホテルを探すのに、何箇所も歩いて回った。座ったらフゥーと息が口から漏れるぐらいには歩きはしたものの、食後3時間弱でMサイズピザを5枚食べる余裕がまさかあるとは思わなかった。その上、カツだって3人分食べているだし。

 そんなイチ君の底なし胃袋に改めて心から驚いたから、俺はまじまじと見ていたのだ。


 だけど、好意を傷つけないよう気をつけて「お腹いっぱいだから。ありがと」と断る。


「んじゃ代わりに」


 左手のピザも口に頬張るイチ君。落とさぬよう顔と手の角度を上げながら。

 「んんっ!!」と喜びの唸り声を上げる。

 それだけ美味しそうに食べてもらえるのならピザも本望だろう、と思える反応だ。


 俺はバッグから財布を取り出す。中を見る。幸いにも足りるくらいはあった。

 財布を持ち、元来た道を引き返す。


「あと、トーと話したいことあっからさ、部屋開けてもらっていいか?」


 あっ、追い出されました。


「了解です」


 ベッドのある寝室は、と促したかったが、寝室でチーズとオイルたっぷりのピザをこぼされでもしたら掃除とか大変だ、ということがすぐに頭をよぎった。だから、提案せずそのまま受け入れた。


 部屋を出る前に俺は、トー君のそばに行き「さっきの件はまた後で」と一言。

 それに、「はい」と微笑むトー君。


 だけど、なんか今までのそれとはちょっと違うような、どこか弱々しく切ない感じがした。


 何故だろう? いや、気のせいか……考え過ぎだな。

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