1-4 『ギルド』からダンジョン、そしてピエロからの
◇
「俺、男っす!」と訂正したくて部屋を出たが、別の部屋に入ってしまったのかミキャエラの姿は見えなかった。待とうかと思ったのだが、冒険者の姿が増えてきて、混雑してきたので一旦退散することにする。換金をするだけなのに何故か、そのまま酒場にいりびたっていやがるのだ。むさ苦しいことこのうえ無い。
だが、その前に。
「あの~、この辺で一番稼ぎやすいダンジョンってどこですかね?」
「おおっす。新人ちゃんかい? はっはっは、そうだなぁ。この街からすぐ東に行ったところにあるダンジョンかなぁ。ひっく」
近くにいた冒険者に尋ねてみる。都市というのは何にもお金がいる。現状では宿にさえ泊まれないのでさっそくダンジョンに行くことにしたのだ。人選にミスったかもしれないが。ハッハッハなんて笑う人初めてみた。
「すぐ東ですか?」
「おうよ。東門からまっすぐにいたところにあるダンジョンだな。ひっく。昔からあるやつさ。近くに廃村があるから、わかりやすいぜ」
わかりやすいのは大変結構。廃村に泊まってもいい。誰も文句は言うまい。さっさと日が暮れる前に行くことにする。『ギルド』を飛び出る。
急いで、『ギルド』を出ていた兎月は知る由もなかった。後でこのような会話がされていたことなど。
「おい、たしかそこって、『憤怒』のダンジョンだろ? 神代級ダンジョンじゃねえか。あいつ死んだろ。なんてことしやがる。かなりかわいかったのに」
近くにいた男が、気になったのか問う。
「ああん、何だよ。近場じゃねえか。ひっく。明日にでも止めればいいさ。ひっく」
「駄目だ、こいつ酔ってやがる。おーい、誰か水持って来ーい」
男が声を上がる。だが、誰も動きはしない。喧騒に紛れて届かないのだ。
「ぎゃはは、しゃあねえよ。ここにいる奴らなんざ。どいつもこいつも死にたがりだろうが」
「ちがいねえ」「ちがいねえ」と騒ぎ立てるゴロツキたち。聞いた男もまぁ、大丈夫かと腰を下ろす。さすがに夜に出立するほど向こう知らずではあるまいと思ったからだろう。
「まぁ、なんとかなるって。この街に来たんだし、この辺はダンジョン外でも魔物が出ることぐらい知ってるさ」
聞いた男の隣のやつが言う。さらに他のやつが。
「何だ。惚れでもしたか? やめとけ。『雷閃』が唾つけたぞ。あのクレイジー女、怖えからなぁ」
なんて騒ぐ。『雷閃』はどうやら女のようだった。兎月は気が付かなかったというか、あまり考えてもいなかったが注意してみてみれば、胸当てのデザイン、喉仏や体つきで分かったかもしれない。そこら辺は鈍い兎月では気づきもしなかったが。
「ひゃはは、『雷閃』サマがぁ、憑いているのかよ。あのボッチ女に春でも来たか。まぁ、同性だがよ。ひっく」
「ぎゃはは」「くははは」「がははは」と騒ぎ立てる男たち。あまりにうるさいので、雷が落ちた。
「お前たち! いい加減に、おしっ! 騒ぎすぎだよ!」
肝っ玉母さんの拳が落ちる。そして悶絶するゴロツキたちはそのまま、ぽいっと外に放り出された。お母さんは強い。
「まったく、どいつもこいつも……碌でもないったりゃありゃしない。真面目そうな子もどこかに行っちゃうし。ままならないもんだねえ」
パンパン、と手をはたきながら肝っ玉母さんがいう。
「『雷閃』ちゃんはどこ行ったのかしらねえ。報告にしては長い気がするけどねえ。また、厄介事でも押し付けられていなければいいけど」
そんなことをつぶやきながら、肝っ玉母さんはギルドの扉を閉めた。木の扉、木の窓から漏れた明かりが気絶した酔っ払いを照らしていた。
◇
「ここか。たしかに近いな」
日が暮れ、夜の帳がなく頃。兎月は『ギルド』で聞いたダンジョンにたどり着いていた。東門というのがどちらかわからなかったので、道行く人に訪ねたり、門のところで閉めようとしていて一悶着あったりしたが、何とか辿り着いた。
ダンジョンの位置は簡単に把握できた。あの、気味の悪い紫の侵蝕があったからだ。暗闇でも薄く発光するそれはひどく目立った。
ダンジョン内に足を踏み入れる。入り口には人はいず、軽く鳴る風がいかにもといった雰囲気を作り出していた。まぁ、気にせず入るのだが。
「なんの像だ。これ」
入り口から少し入ったところにある妙な像を眺める。鹿のような、キリンのような妙なとしか言えない像だ。
それはいいとして。「よし」と一息気合を入れ、本格的にダンジョン内に踏み入る。どのような素材を使っているのかほのかに明るいダンジョンの奥に向かっていく。
明日香のダンジョンもそうだったが、意外と入る方のことも考えている印象を受ける。そこら辺のことは聞いていなかったが、どうなのだろうか。こんど会ったら聞いてみようと思う兎月。それまで覚えていられるかが問題だが。
「おお、初エンカウントっす」
出てきたのはピエロ。青い病的な顔の赤っ鼻。メイクだろうが。誰がしているのか気になる。そんなピエロは「きょきゃかかかきゃー」と奇声を上げて飛びかかってきた。かなり気持ち悪い動きだ。
「ふむふむ。これは素材とか考えてられないな。」
人型のモンスターに素材も何もないが、ひとまずミキャエラに言われたことを考えてみる。因みに明日香のダンジョンではモンスターはほとんどいなくて、主に迷路とかで構成されていた。兎月も明日香とあーでもないこーでもないと頭を捻ったものだ。後は、やたらじゃれてくる子狼と遊んだり、スライム君をこっそり魔改造したりしていた。まぁ、たいしたことはしていなかった気がする。明日香と駄弁っていた時間が一番多い。
「ん?」
突然、目で追えていたピエロが消え去る。そして、次の瞬間背後に出現した。
「おわっと」
だが、悲しきかな。それほど視界に頼らない兎月にとってあまり意味は無い。ここまで来るのにかなりかかったが第一世界、一度目の世界で身についたことだ。薄っすらと光るとはいえ、暗いダンジョンに手ぶらで入っていけるのもこのおかげである。
「残念。その速度では俺は捉えきれないのだよ」
ちょっとドヤ顔気味に言う兎月。言うまでもなく調子に乗っている。ピエロも決して遅いわけではない。むしろかなり早い。初動もそうだが、奇天烈な動きは思いもよらない速度で気がつけばいるというほどだ。だが、それでは兎月にはとどかない。
「きょ、きょ、きょ、きょ、きょぉー!」と声を上げ、ピエロがくねる。青白い顔が紅く真っ赤になっていく。湯気が出ていそうだ。間違いなく怒っている。変身型の敵とはボスとかだけの特権だろう。
「変身とか。ノーセンキュー。もしかして、レア?」
答える仲間はいない。独り言は虚しく流れるだけだ。虚しいかどうかは人によるが。兎月はそう思わない派だ。
「きょっ」
「あ、れ?」
いつの間にか取り出しのか。先の丸い杖をピエロが振るう。それと同時に足が何かに押さえつけられる。とっさに見ても、何もなかった。
「ちょ、ちょっと、たんま」
「きょ、きょ、きょ、きょ、きょぉー!」
大上段に杖を掲げ、ピエロが力を集中、魔力が集積する。兎月の視界が歪んだ。
「何――」
言い終わる前にピエロは消えた。と、同時にどこかに叩きつけられる。そして、どこからか。綺麗な歌声が耳を打った。
「たとえ、全てうしなったと、しても~、…………誰よ、あんた」
声の方向に向く。同時に息を呑んだ。
視線の先には赤い女の子がいた。髪は真紅のツインテール。服は赤を基調としたカジュアル系な感じ。若干、幼いような印象も受ける顔には羞恥の紅のなかでルビーと見間違う瞳が輝いていた。太陽のようなそんな少女だった。古びた暗い青の石造りの大部屋に燃えるような赤色が鮮明に浮き出て、実に存在感があった。
「ええと、はじめまして? いい歌声、です、ね?」
立ち上がって、とりあえず挨拶する。痛くもない腰を擦りながら、周囲を見渡す。ぽつねんと大きな玉座があるだけの古びた遺跡のような部屋だった。
と。赤の女の子が震えていることに気づく。羞恥だろうな、と予想を立てたがどうにもできない。お世辞は抜きにしてもかなり綺麗な歌声だったのだが、それでも聞かれたのが恥ずかしかったのだろう。気持ちはわかる。
「……死刑」
「へ?」
ポツリと呟いた女の子は次の瞬間兎月に殴りかかっていた。十数メートルの距離を一瞬で埋める速さによそ見していた兎月は虚を突かれ、思い切り殴られる。
「が、はっ」
腹に受けた衝撃に壁まで殴り飛ばされ、真横に叩きつけられる。血反吐を吐いてそのまま落ちていく兎月が地面に辿り着く前にさらに壁に挟みこむように朱色の拳を叩き込んだ。
「あんたぁ、絶対っ、死刑!」
羞恥に涙を浮かべ、赤の少女は兎月が落ちる前に連続で拳を叩き込む。紅と共に加速する衝撃と威力に壁にできたクレーターがどんどん大きく深くなっていく。常人ならすでにミンチだろう。
だが。
はじけ飛んだ服が逆再生していく。血の色を見せた肌は【再生】し、僅かに見える服の合間から元の綺麗な色を見せた。だが、治る端から暴力はふるわれる。
「いたいっ、痛いっ! やめろっ!」
ピタッと乱撃が止まる。兎月はボロボロになって地面に落ちた。すぐに服と身体が再生していく。
女の子はその兎月を見下ろして。
「じゃあ、忘れなさい」
「ぇ? ぁあ、うん」
下から覗き込むような感じになってしまい兎月は視線を彷徨わせる。すこし乱れた服を見上げるというのはなかなかにエロティカルだった。
「何見てんのよ、この馬鹿ぁー!」
即座に馬乗りになり兎月を殴りつける。とっさに顔を庇う兎月の腕の上から大地をえぐる勢いで力を叩きつけた。腕からばぎぼぎと骨が砕ける音がした。すぐに【再生】していくがそれ以上の速度で破壊されていく。
「死んで、詫なさい!」
緋色の乱打は女の子が落ち着くまで続いた。
◇