表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

1-3 -2 兎月の知らないところで1

 ◇


「で、わざわざ彼女との会話を妨げてまで、呼び出した理由は何だ? 場合によっては切り捨てるぞ」


 そこは『ギルド』の三階。最上階。

 その一角の小さめな部屋のなかで、先ほど兎月と話していたミキャエラは偉そうな髭親父に不機嫌そうに言い放った。


「いや、何でそうなる。俺も忙しいんだよ。色々あってだな。で、新しいダンジョンはどうだった?」

「そんなことのためにわざわざ呼んだのか? 普通だった。それでいいか? 私は用があるんだ」

「いや、それがな。ちょっと、訳があってよ。もう少し詳しく聞けねえか? 難易度とか、安全性だとか」


 ミキャエラは即刻も早く終わられたいというオーラを撒き散らしている。内心首をひねりつつ髭親父は髭に手を当て擦りながらミキャエラになだめるように言った。


「……安全性は高いはずだ。ダンジョンマスターらしき少女はすでに殺したし、他の魔物も出来立てのダンジョンにいるような奴らばかりだった。迷路状だったが罠などは発見できなかったし、おそらくもう子どもでも時間さえあれば攻略できるだろうな」


 面倒だったから二階層に降りて迷路だった時点で帰ってきたがな、と投げやりに言う。さっさと帰りたいと視線が訴えていた。


「ダンジョンコアを放置してくるのはお前ぐらいだろうな……。あれを神に捧げれば、加護が得られるというのに」

「もう、いらん。神などうざったいだけだ」


 あそこのダンジョンに行ってくれ、向こうのダンジョンに行ってくればかりだぞ、とうんざりしたように不平を漏らす。


「仕方ないだろう? 戦力を遊ばせておくわけにはいくまい。何のために『ギルド』カードが渡されていると思ってんだ?」


 世界に十枚程度しかないんだぞ、と呆れる髭親父。言われてミキャエラは手にカードを出現させる。


「これか。ほしいなら、やるぞ。確かに便利だが、なくても問題ない」


 ミキャエラはそう言って、カードを放り投げた。しかし、次の瞬間カードはミキャエラの手に戻っていた。


「いや、無理だろ。所有者を選ぶからな」

「判断基準を貴様も満たしているだろう? 試してなかったから試しただけだ」


 ミキャエラは手に戻ったカードをすこし眉間にしわを寄せてみている。


「まぁ、いい。それだけか? なら、もう帰るぞ」

「まぁ、待て。もう一つある」

「さっさとしろ」

「……お前、もうちょっとまともじゃなかったか?」


 前まではギルドマスターに対する礼儀ってもんがあったはずだが、と首をひねってギルドマスターはミキャエラに尋ねた。


「裏でいろいろやっている汚い親父に対する礼儀など尽きた。弱者を食い物にしているから、町が荒れんのだ。お前がもっとしっかりやっていれば、彼女がゴロツキどもに絡まれることなどなかったものを」

「彼女?」

「さっさと要件を言え」

「……王国が、勇者を召喚したのは知っているか?」


 わーかったよ、と権力親父、ギルドマスターは説明を始めた。まぁ、言い返す術はない。


「……知っているが? どうせ、教国と違って名ばかりの力の塊だろう?」


 それが何だとミキャエラが返す。


「ああ。その勇者サマがな。ダンジョンに行きてえんだってよ。事の起こりはそこからだ」

「長くなるなら、端折れ。私は忙しい」

「……勇者はダンジョンに行きたい。だが、王国にはちょうどいいダンジョンが時期悪くなかった。だから、他の国でもちょうどいいのを探している」


 万一死んでしまうと困るんだとよ、とギルドマスターは呆れていった。


「他国に頼むなど王国は馬鹿か?」

「どうもここ最近王国はきな臭いが、まぁ、ありえんことじゃない」


 色いろあるんだよ、と溜息を吐く。


「でだ。うちにも上から打診が来てな。地理的にちょうどいいからよ、できればここの付近のダンジョンに行かせたいらしい」


 国と国との間にはいまだ深い森が存在する。だから戦争などは余程のことがなければ起こりえないがそれでも力のバランスは重要だ。まぁ、戦争を国が呼びかけても、魔物の脅威が存在する中どれだけの領主が腰を上げるか分かったものではないのだが。


「だから、ちょうど新しく出来たダンジョンについて知りたいと」

「おう。聞けばちょうど良さそうだな。コアは渡すことになりそうだが、見返りを予め高くすりゃいい」


 愉快そうにギルドマスターが言った。だが、それをミキャエラはばっさりと切った。


「前置きが長い」

「……普段のお前なら聞いてくれるはずだが、ほんとにどうした?」


 さっさとしろ、とミキャエラは顎で促した。やれやれと話を続ける。


「だが、ここら一体はダンジョン外でも魔物が生息する危険域だ。おまけに治安も悪いときている。そこでだ。お前、勇者の護衛やってくれねえか?」

「断る」


 ミキャエラは身も蓋もなく断る。まぁ、しゃあねえな、とギルドマスターは思った。ミキャエラのメリットがない。そして魔物はともかく治安が悪いのは自業自得でもある。そのツケが回ってきだだけの話だ。


「話はそれだけだな。では失礼する」

「お、おい」


 ミキャエラはさっさと部屋を出て行く。それを呼び止めようとしたのか、手を伸ばしたギルドマスターだが、諦めたように息を吐いた。そしてできればでいい、と断りを入れてミキャエラを連れて来てほしいと部下に頼んだ。


 それからしばらくは部下に知らせなどを手配だの部下の報告を聞くだのしていた。少し経った後、落ち込んだようなミキャエラがギルドマスターの部下に連れられて部屋に入ってくる。ミキャエラはそのまま、壁際にある椅子に沈み込むように座り込む。

 ギルドマスターは落ち込んでいる様子のミキャエラに軽く驚いて目を白黒させた。


「……お前、どうしたよ」

「どうもしないさ……。ただ、今日ほど神を殺したいと思った日はないな……」

「深刻すぎんだろ。まぁ、俺もたまに思うがよ」


 ミキャエラはその整った顔を憂いたようにして応える。


「まぁ、いい。話だけでも聞いてけ」


 落ち込んでいる今がチャンスだと思い話だけでも聞かせようとギルドマスターは勝手に話しだした。


「新規ダンジョンは確か、比較的近かったろ? さらに言うとダンジョンマスターはいねえし、魔物も弱い。罠の危険性もねえ。しかもだ。ダンジョンコアのお土産付きだ。遠足にはちょうどいい。お子様な勇者のガキにはピッタリだろう」

「……そうだな。だけど、この街で私が守りたいのは彼女だけだ……」


 ミキャエラが彼女といったのにぴくりと眉を動かしたギルドマスターだったがそれにミキャエラが気づく様子はない。何事も無いかのように話を続ける。


「だが、万が一に事があると困る。向こうも護衛をつけてくると思うがこちらからも体面的に付けないとまずいってのが上からのお達しだ。その点お前ならちょうどいい。この街にも精通している。そして何よりランクSSSサマだ。護衛にこれ以上の肩書はねえ」

「……気が乗らない」

「そして何より、継承権は破棄しているものの我らが帝国の皇女サマだ。上の思惑にも精通している。まぁ、上がこのお膳立ての整ったダンジョンにどこまでふっかけるか知らんが、そのときにお前がいてくれればさらに話が進めやすいだろうよ」

「……知らん。関わりたくもない」


 ミキャエラは顔すら上げない。下を向いて聞いているのか、聞いていないのかはっきりしない態度でただ顔を下げて椅子に座っていた。


「ところで、お前さんの言う彼女ってのどんなやつなんだ」

「お前だけには教えん」


 キッと顔を上げミキャエラは敵を見るような目で睨む。その美しい碧眼から放たれる殺気の篭った視線に少し慄くギルドマスターだが、怯まず言葉を続ける。


「……お前が黒髪の女を個室に連れ込んだとは聞いている。そいつか?」

「違う!」


 態度が肯定してしまっていた。ハッと気がついて様子のミキャエラだったが、すでに遅かった。ギルドマスターはにやりと髭面を歪ませる。


「聞けば、新人らしいじゃないか。もし――「もし、彼女に何か会ったら許さんぞ。この街の奴らを皆殺しにしてやる」――おお、怖い怖い。安心しろよ。もう、ちっといい話だ」


 殺意を振動にまで換え、ミキャエラは警告する。少しおどけたように、ギルドマスターは矛を逸らした。少し慌てるように話を続ける。


「いや何、いい話さ。見た目麗しい新人ちゃんらしいじゃないか。それが野蛮なバカどもと一緒のパーティーなんぞ組んだりしたら悲惨だろう? そうならないように『ギルド』からお前を斡旋してやろうと言うだけの話よ」


 ダンジョンに行く者達は大抵ある程度の仲間と一緒にいく。助け合いのためでもあるし、何よりつるんだ方が効率の点で優れるからだ。魔石を取る作業も見張りがいるといないとではかなり違う。ミキャエラはソロ――単独の冒険者を指す――だが、それはむしろ例外である。才能に溢れた一部の化物にしか不可能な事例だ。


 ミキャエラの視線がダイヤを通る光のように揺らぐ。


「そ、それは、しかし……」


 ためらいを持って、ミキャエラは声を漏らした。透き通るような声は彼女の心を表すように、戸惑っていた。


 あまりに実力の離れたものとのパーティーは通常奨励されない。その者の成長を妨げることになるからだ。それは実力的なこともそうだが、『ギルド』メンバーとしての仕事のやり方、パーティー内の取り持ち方。人間関係の面で学ぶことはたくさんある。

 因みにミキャエラは例外だ。その特異な出自、桁外れの才能、それに容姿などが相まって、ソロでの活動しかできなかった。成功している身である以上別に問題はないが。


「やはり、駄目だ。兎月のためにならない。……実力はともかく、彼女には学ぶことが多すぎる……それに……」

「まぁ、お前さんの考えていることはわかる。新人ちゃんの成長を妨げたくないってことだろう。じゃあ、こういうのはどうだ。あの新人ちゃんを勧誘するパーティーは『ギルド』が審査してやろう。それをおまえに報告するってのはどうだ?」

「まぁ、それなら……」


 ミキャエラの葛藤をしている姿を見てギルドマスターは提案を変える。ミキャエラはためらった様子でそれに頷いた。


「もちろん、ただとはいかないがな。前払いで坊っちゃんの子守を頼むことになるがな」

「……考えさせてくれ」

「おっと、この場で決めてくれ」


 少し考えようとしたミキャエラにギルドマスターは顎を撫でながら言った。実はもう、ギルドマスターはミキャエラを護衛にすると通達してしまっていた。他に候補がいなかったので仕方ないのだが。だからここで逃がすわけにはいかなかった。何なら、もう少し好条件にしてもいい。これでうまく運べばギルドマスターの懐もたいして痛まないし、国への評価も上がる。国は思惑通りに交渉できるし、ミキャエラの守りたい兎月とやらも守れる。


 ミキャエラは少し考えこみ、そして何らかの決心をしたのか顔を上げた。姿勢を正して、品のある仕草でギルドマスターを見た。


「どうする?」

「……兎月のことを定期的に報告することもつけろ」

「ようし、成立だ」


 悩んだすえに、誘惑に勝てなかったのかミキャエラは承諾する。ギルドマスターは羊皮紙を取り出し、契約書を作る。それに血判して契約が成立した。


「じゃあ、また連絡する。どこかのダンジョンに行くなら言付けておいてくれ」

「……ああ」

「たぶん、すぐになる。坊っちゃんの我慢の尾は短そうだからな。できれば、この街にいてくれると助かる」

「おそらく、この街にいるさ」


 そう言ってミキャエラは部屋を出て行った。ギルドマスターは忍び笑いをする。


「くっくっく。まさか、あの『閃光』に春がくるとはな。しかも、相手は女だと。くっく、浮いた話がねえわけだ」


 部下もさがらせた部屋で一人、ギルドマスターは笑い声を響かせる。

 ミキャエラはずっとソロだった。それでやっていけるだけの力を持っていたからだ。ずっとこの街にいたわけではないから、その全てを知っているわけではないが仲間の話は噂されたことはなかった。


「はははっ、はぁ。同性愛ねぇ……。教国あたりだとうるさそうだが、まぁなんだっていい。個人の自由だろ、神なんざ知ったことかよ」


 ひとしきり、笑い疲れたのか誰ともなしに言う。

 神は男と女を作った。それは偶然なのか、必然なのかははっきりとしていない。だが、新たな営みを作るために子どもを得るのは必然だった。だから、教国は国でそう定めている。だが、他の国ではあまりそのような話はなかった。そも、あまり公言しにくいことであるし、そんなことを言っている余裕が有るわけでもなかったからだ。


「はじめに言い出したのは異世界の勇者だったか……。異世界人ってのは変なことを考えるよなぁ」


 異世界のことは知られている割にはその無いようは詳しくない。異世界人がいうことは大抵現実を無視している夢物語のようだからだ。その力がなかったら、誰も話を聞かないだろう。まぁ、極稀に役に立つこともあるのだが。


「技術くらいは認めてもいいがねぇ。あいつらの世界は余程、ぶっ飛んでるんだろうよ」


 頭がイカれているとしか思えない話もあるからなぁ、と誰ともなしにつぶやく。異世界人の頭はイカれているということは有名だ。よくも悪くも異世界人というのはこの世界には異物なのだ。

 奴隷に反対だったり賛成だったり、個人によって意見が違いすぎるということもある。奴隷というものの合理性はまるで無視して感情論で話したりする。


「まぁ、いい。利用できるならするだけだ」


 結局のところこの世界では、それが全てだ。そうでもしなければ生きられない。比較的まともなところもあるが、それは最前線で頑張る者の恩赦が強く現れて出ただけの話だ。神ですら、ままならない世界を人が生きるには必要なら例えどんなことでもするしかないのだ。まぁ、その裏に欲望を満たし、私腹を肥やす者がいるのも確かだが。


「さてと、俺もせいぜい自滅しない程度に欲を満たしますか」


 そうやって、人の世は、この街は進んでいく。悪も善も飲み込んで。生き残るために。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ