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1-3 『ギルド』にて

 ◇


「ここが『ギルド』か」


 ちょっと、頭を抱えたくなったりしたが無事に『ギルド』に到着した。まぁ大通り一本道で、でかいそれらしい建物を見逃すのはお使いに来た子どもでもありえない。


 剣と杖の紋章をくぐり中に入る。想像したような『ギルド』だ。酒場と受付が一体化しているという、それでいいのかと訪ねたい形だった。集中する視線を縮こまるようにして、受付に向かう。残念なことに綺麗なお姉さんはいなかった。いるのは、真面目そうな青年と、ダルそうなおっさん。それにカウンターの奥にちらりと見えた肝っ玉母さんみたいな大きなおば、いや人がいた。


「あのー、仕事を探しているのですが……」

「ここじゃねえよ。まずは向こうに行きな」


 ダルそうなおっさんのところに行き、声をかけるが据えなく顎でさされる。クスクスという声が聞こえてきそうだ。赤くなっているだろう顔を隠して青年の方に向かう。


「あのー」

「はいご新規様ですね。ようこそ、荒くれの町レーゲンセブルクへ。歓迎します、無謀なる人類の救い手よ。さてさて、さっそく説明させてもらいましょう。当換金所、通称『ギルド』では魔物の魔石の換金を行っております。ダンジョンにおもむき、魔物を狩り、その遺骸から魔石を剥ぎ取ってきてください。査定をし、純度などの審査をした後に順当なる金額をお支払いします。簡単な役割はこれだけですが、当『ギルド』では他にも様々なサービスを行っております。通行料代行支払い、銀行、武器防具店、宿、道具屋への紹介。などなどです。ああ、仕上がりました。これが『ギルド』カードです。これを門で見せれば、通行料は払う必要はございません。まぁ、たかが銅貨一枚ですが通るのは楽になりますよ。ただし、この『ギルド』カードはこの街と隣町イゾルサでしか使えないのでご注意を。それと、一定期間の換金額が一定値を超えない場合、即除名とさせていただきます。まぁ、生活費を稼いでいれば大丈夫です。では何か質問はありますか? ありませんね。それでは、ご健闘を祈ります」

「はぁ」


 怒涛のごとく、喋られてほとんど頭に入ってこなかった。渡された材質のよくわからないカードをみる。妙にゴワゴワしていて、安物感が半端ない。そこにはただ、大きく『ギルドカード』とだけ書かれていた。まぁ、中世ヨーロッパ風異世界の技術に期待したほうが間違いなのかもしれない。現実的にはこんなものなのだろう。


「おい、そこの嬢ちゃん。こっち来いよ。新人ちゃんに奢ってやらあ」


 真面目そうな青年に追いやられて、出ていこうとする兎月に声がかけられる。兎月が声の方に向くと酒場のような場所で一杯やっているゴロツキのような奴らがいた。正直に言ってあまり関わりたくない奴らだ。


「あ、いえ、自分は」

「遠慮するこたぁねえよ。とって食いやしねえ。あのマジキチの話さっぱりだったろ? 親切な俺様が教えてやろうってわけだ」


 それ以外の意図も透けて見えるようだったが、たしかに事実だったので近くに行く。席を勧められたがさすがに座りはしなかった。


「かかっ。見た目に反してしっかりした嬢ちゃんだな。疑問があったら何でも聞きなぁ。俺様はマジキチと違って親切だからよう。丁寧に教えてやんぜ。何なら、手取り足取りよう」


「てめえじゃ無理だろう」とテーブルから笑いが沸き起こる。「うるせえ!」とゴロツキが怒鳴り返す。受付にも聞こえているのか、「穀潰しどもめ」という真面目そうな、でもキチクらしい青年の呟きが届いた。


「えっと、じゃあ仕事ってどうやってするんですか」


 おずおずと聞いた兎月の質問は爆笑によってかき消された。


「ぎゃはははっ! ごふっごふ。おいおい、それすらわからなかったんかい! 何しに来たんだよっ! くっくっく、まぁ、あれだ、魔物をぶっ殺して、ここにある魔石をぶち取るんよ」


 そう言って、心臓を指す。どうやら、魔石とやらはそこにあるみたいだ。


「魔石って?」

「ぎゃはははっ! ひっひぃ、ふぅ。嬢ちゃん田舎もんか? 魔法具を動かすエネルギーに決まってんだろ?」

「魔物ってどこにいるの?」

「ぶほっ。かっはっ、そ、そこら中にいやがるだろう。ダンジョンに行きゃあ、嫌でも会うだろうよ」

「ダンジョンって、どこ「嬢ちゃんばっかり聞いて、ひでえなぁ。こっちにも酌ってくれよ」


 なんでも聞いてくれといったのはゴロツキたちの方なのだが、やはりこうゆう奴らはあれなのだろうか。話が通じないのかもしれない。いや、別に酌するくらいはいいのだが、その後を考えると面倒だ。

 どうしたものかと途方に暮れかけた時、『ギルド』の入口のドアが開き、人が入ってきた。視線をやり、驚く。

 何故ならとても綺麗な人だったのだ。後ろで括られた肩くらいの金色の髪。性別のわかりにくい中性的な顔つきはハンサムと言っても間違いない。女のような美男子にも見える。


 一言のイメージなら鎧を着ていない騎士だ。腰の獲物は刀だが、それでも騎士だ。騎士様だった。防具は心臓部を守る妙な色合いの胸当てしかなかったが、他の部位を覆う服は質の良さそうで清潔そうな見た目は実用性を兼ね備えているように見えた。


 騎士様は大きな袋を担ぐようにして、マジキチ青年のもとに向かおうとしたが途中で兎月に気づいたのか、目を見開いて止まった。だが、すぐに動き出し困っている兎月の手を掴んで無言で受付に向かった。意外に柔らかい手にどきりとする。いやいや、おかしいと兎月は首を振った。


「あ、あの」

「おいおい。何すんだよ。『雷閃』さんよ。今、そこのお嬢ちゃんに酌ってもらおうとしたのによぉ」


 ゴロツキが離れる兎月たちに引きとめようとする。「そうだ、そうだ」と他のゴロツキも野次を飛ばす。だが、全て無視して騎士様、いや『雷閃』は受付に向かった。「覚えてろよ」と後ろでゴロツキが悔しそうに言う。手を出し素振りもないのがこの『雷閃』って人の何かがわかるようだ。


「査定を頼む。あと、個室を貸してくれ」


 中性的な声が響く。いや、少し高いというか。女性的だろうか。何て言うのだろうか。透き通るような声だ。


「はいはい。ああ、またも面倒な量ですねえ。しかし、ですよ。サボるわけにはいかないんですよねえ。なにせ――」

「そこの個室を借りるぞ」

「はいはい。どうぞ、お好きに。酷いですね。人の話はキチンと聞きましょうと習わなかったんですかねえ。だいたい――」


 やたら喋りたがる青年を無視して『雷閃』は奥に見える小部屋に向かっていく。されるがままの兎月は小部屋に連れ込まれた。


「大丈夫だったか。ああいうやからは関わると碌なことがない。気をつけるといい。基本的にこの町の人間は信用してはいけない」

「あ、はい」


 眉の美しい知的な顔、瞳に見つめられると変な気がしてくる。視線をそらしたかったが、『雷閃』の視線は強く、熱を持ったように離れなかった。


「……極論としては、私の話も信じてはいけないくらいだ。いや、嘘を付いているわけではないが、実はグルかも知れないというくらい、どこかで疑っていても問題はない」


 いや、それは人としてどうかと思う。兎月としてはそこまでは無理というのが心情だった。彼の周りにはいい人が多かったから、裏切られるという経験は少なく、基本的に他人を信じているのだ。


「まぁ、四六時中そんなことを考えているとおかしくなりそうだからな。仲間がいればいいのだが、この街ではなかなかな」


 こればかりは運だからな、と『雷閃』が困ったように言う。一つひとつの動作が非常に様になっている。


「私もできれば力になりたいが、まだ信用がないだろう。おっと、待ってくれ」


「そんなことはない」と言いかけた兎月を手で制し、『雷閃』は続ける。綺麗な手だ。顔がいい人は全身が芸術なのだろうか。


「私が今、君にできることは悔しいが忠告ぐらいだ。この街ではそうなんだ。だが、覚えておいて欲しい。この街にはろくな人間は多い。だが少ないがいい人もいるのだということを」

「……はい」

「そういえば、名前を聞いていなかったな。私はミキャエラという。ただのミキャエラだ。君の名前を聞いていいかな」

「兎月です。ただの兎月」


 信用ということは難しい。はじめは信じるしかないと思うのだ。だが、それではダメだとミキャエラは言う。


「ところで、何故ゴロツキに絡まれていたんだ? よかったら、相談に、あ、いや」


 人がいいのだろう。信じるな、と言っておきながら翻すような言動でそれは分かった。この人との縁は繋ぎたい。そう思った。だから、信じることにした。


「いえ、今日『ギルド』に初めて来たのですが、あの、ちょっとわからないことが多くてですね」

「何がわからないんだ? 私で良ければ相談に乗るが」


 こほん、とごまかすような咳払いをして、ミキャエラは言う。やっぱりいい人だ。扉が軽く開いて「査定終わりましたよ」と声がかかっているので聞きにくいのだが、それはガン無視している。い、いい人、だ?


「ええーっと……。いいんですか?」

「問題ない。いくらか換金額が下がるくらいだ」


 大問題な気がしないこともないが、いいのだろうか。とりあえず、これ以上待たせないように足早に聞くことにする。


「……すみません。えっと、ここって『ギルド』ですよね。冒険者って何をするんですか?」

「冒険者か……。まぁ、そう言わないこともないな。私たちは単に「戦うもの(ベッラトレス)」とか、「討伐者」とか言っているが。簡単なことだ。魔物を倒して、魔石を得て、それをお金に変える。それだけだ。ここに魔石を持ってくれば、査定をしてお金に変えてくれる」

「えっと、それだけですか? その、クエストとか、依頼とかは」

「いや、そのようなことは特にないな。ここの役割は魔物を殺す者の補助だけだ。上位ランクになれば、どこそこのダンジョンが溢れそうだからそこに行ってくれと頼まれることはあるが、それが依頼といったら依頼だな」

「はぁ」

「そもそも、ここに来る者達に依頼などしてもまともに遂行などできないだろう」


 ミキャエラは苦笑する。確かにゴロツキたちに頼み事しても解決してくれるとは思えない。


「ああ、思い出した。そういえば、昔召喚された勇者がそのようなことを言っていたという記録があったな。ここが『ギルド』と呼ばれるのもその由縁だった気がする」

「それって……?」


 やはりいたのか、勇者は。異世界人ダンジョンマスターがいたのだから何となく頷ける。


「何でも、昔に冒険者ギルドなるものを作ろうと画策したらしいな。何でもそこでは依頼として頼みごとをすれば何でも解決してくれるとか。全世界に共通する独立機関でそこに所属する英雄たちが親身に助けてくれるという。まるで夢の様なものだった気がする。数々の発明、新たな制度による革新を起こそうとしたが高すぎる理想に途中で挫折したという話もあったな。失敗はしたが民のために行動できる勇者として名高かった」


 ミキャエラは思い出すような感じに涼やかな目を細める。まさしく異世界召喚系勇者だ。挫折するところがテンプレではないが。

 そして、一枚の黒い豪勢なカードをどこからか出した。


「勇者の遺産としてこういうカードがあるな。『高機能搭載型ギルドカード』。いかなる原理か領内どころが、国、種族さえ超えて身分を証明できるカードだ。他にも、討伐個体記録。アイテムボックス。神託。ギフト確認とか、明らかに人のものではないが」

「それって……」


 さすが勇者だな、という感心したようにミキャエラは話す。それは確かに同感だし、気になるがそれより。


「ああ、私が持っていることは秘密だぞ? まぁ、うっかり見せた私も悪いが」


 この人大丈夫だろうか。兎月は心配になった。人のことを心配してくれるのはいいが、警戒が緩すぎないか? すべてを信じるなと警告してくれた人とは到底思えない。


「まぁ、ダンジョンに行って魔物を倒して、魔石を取ってくればお金が貰えると思っておけばいい。魔石の需要はここのようにインフラのある都市では絶えず必要とされるからな。田舎だと砕いて畑の肥やしにするくらいしかないようだが」


 何でも、微妙に収量が上がるらしい、と教えてくれた。微妙に、というのがどの程度か気になるところだ。まぁ、人口を維持できる程度には上がるのだろう。

 他に聞きたいことは。


「魔物の素材とかって剥ぎ取ったりしないんですか?」

「んん? いや、魔物は種類が千差万別だからな。難しいだろう。どの部位が有用だとかはあまりわからないからな。よくて硬いから使えそうだぐらいか。研究はされているみたいだが追いついていないのが現状だろうな」

「後は、ぐちゃぐちゃにしてしまったり、壊してしまったり、はぎ取る余裕が無かったり?」


 おずおずと尋ねた兎月にミキャエラはその後ろで纏めた金色の髪を振って答えた。


「ああ、戦闘中にそれを意識できるものは少ないだろうな。よほど格下相手でないとな。まぁ、ユニコーンの角や龍の牙、鱗といったものは有名だから、意識するものもいるかもしれないが」

「いるんですか!? 龍とかって!」


 龍。それはファンタジーの象徴とも言える存在。個人の力の行き着く先だろう。個にして群以上の力を振るう超常的存在だ。神話では退治されていることが多い悪の象徴でもある。


「ん、まぁな。だがそもそも、遭遇自体が難しい奴らだ。古代の神級ダンジョンにでも行かないと遭えんだろう。それと素材のことだが、はぎ取るのが難しかったり持ち帰るのが不便だったりとかあったな。」


 言われてみればそのとおりだ。便利な道具が揃っているわけでもないのだから。


「その点、魔石は簡単だ。ここを刺しでもしないかぎり手に入るし、持ち運びも単純だ。少しかさばるがな」


 と胸当ての左側に手を当てる。


「ああ、そういえば。魔物の素材を持ち帰って武器などにしているものがいたな。ものにも依るが優秀な武器防具に成るとか。耐性面などが特に優れているらしいな」

「なるほど……」

「まぁ、私は真似しようとは思わないがな。ものにするにはかなりの試行錯誤がいると聞く。それくらいなら鍛錬でもしているな。それに、そもそもそこまでしなくても事足りるからな」


 ミキャエラは苦笑して言う。


「だから、あんまりいないと」

「ああ、武具は地族の物が一番だな。大地から産まれたとされる奴らだ。ちょっと偏屈な奴らが多いが、大地の加工には天性の優れた技能を持つ」


「私も一時期は世話になったものだ」と続けた。一時期ということは、今はどうしているのだろうか。

 それと地族とはドワーフと認識していいだろう。まんまである。巨人や獣人も別の名で呼ばれてそうだ。


「まぁ、ダンジョンにあるたか――「『雷閃』! さっさとこないと貰っちまうぞ! この性別詐称が!」――ちっ。仕方のない奴だ。すまない。少し行ってくる」


 途中であのダルそうなおっさんと思われる怒鳴り声が割り込んできた。少し、甘え過ぎたようだ。ここいらで、お礼を言って別れるべきだろう。


「いえ、ありがとうございました。俺のことは気にせず、行ってください」

「すまないな。また、何かあったら受付にでも言付けしてくれ。時間は作ろう」

「いやいや、大丈夫です。さすがにそこまで頼れません」


 いい人すぎる。黒髪を揺らして断る。


「そうか……。残念だな。いや、まぁ気にしないでくれ。遠慮しなくていいからな」


「早く来いやー!」という声が聞こえてくる。


「それと、「俺」ではなく、「私」のほうがいいと思うぞ。せっかくかわいいからな」

「はい?」


 そう言い残してミキャエラは出て行った。何のことだかわからな――。と、そこまで考えて気がつく。たぶん、女の子だと勘違いしている。


 もう訂正すること自体を忘れかけていた兎月だった。



 ◇


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