1-10 ダンジョンの夜+α
◇
最下層に戻るとそこでは、紺色の男が何やら鍋をかき回していた。青年くらいだろうか。それと辺りに満ちるおいしそうな香りは鍋が原因だろう。空腹を思い出す。
「ああ。お帰り。その子が兎月、くん、か?」
「そうよ。見た目こんなんだけどちゃんと男だから」
「こんなん……好きでなったんじゃない、よ……」
カシューの紹介に兎月は少し落ち込む。
「すまないが自己紹介は後で頼む。そろそろ、夕食だからな。隣の部屋のダイニングテーブルに皿でも用意していてくれ」
「分かったべ。みんな準備すんべ」
「私お風呂~。たまには一緒に入りましょ。カノンも」
「分かった」
「あ、私も。あんたたちよろしく!」
「まぁ、いいけど」
「あはは、すまなんだ」
女子組が綺麗に片付いた部屋から去って行く。手伝えよと言いたいこともない。ああ、ないともさ。言えないからね。
「すまんべ。兎月君は待っていてくれてもいいんべか? お客さんなんだべさ」
「あ、いや手伝います」
「じゃあ、テーブル拭いてくれ。まだ拭いてないんだ」
「わかりました」
差し出された台布巾で大きなダイニングテーブルを拭く。普段はカシューしかいないと思うのだが、拭くのに大変なほど大きなテーブルが有るのはどうしてだろう。きっとよく仲間を呼ぶのだろう。
テーブルの周りと拭き終わり、真ん中の方にいく。低くなった身長もあいまって真ん中のあたりを苦戦していると。
「手伝うべ」
「あ、すみません」
『暴食の王』が拭いてくれた。いい人だなぁ。
そしてスプーンとフォーク、それに箸を並べていく。この世界は異世界モノのテンプレよろしく中世ヨーロッパだと思うのだが、なぜ、あるのだろうか。スプーンとフォークにしても中世ヨーロッパにこんなものがあったのかは知らないがまぁ、いいことにする。ボールペンあったのだ。箸まであったのにも驚かない。驚かないとも。
「すまん。これ持って行ってくれ」
「あ、はーい」
鍋からよそわれたスープの中皿を運ぶ。ひぃふぅみぃ、六人分だ。大きなテーブルだと少し寂しい気もする。と、思ったが大きな人が間隔を狭めてくれていた。まぁ、あまり離れていてもな。離れて並べてしまってすみません。
「よし。オッケーだな。じゃあ、女子を待つか。どうせあいつらそんなに長くは入っていないだろうからな」
「その前に自己紹介したらどうだべ? おらも一応したんだべ」
「そうだな。初めましてだ。兎月。『怠惰の王』だ。一応便宜上『アケディア』となっているがな。他の奴らにも言われたかと思うがぜひ俺にも名前をつけてくれ」
「あのー、なんか事情でも?」
兎月もさすがに気になってきた。仲間がいるのだから、仲間内で付け合えばいいのではないだろうか、なんて考えたのだ。
「ああ、まぁな。訳あって仲間内でも付けられなくてな」
「んだべ。そうもいかねぇんだ」
「そうだな。今のうちに事情でも話しておくか。聞いてくれるか?」
「あ、はい」
もちろん頷く。時間を潰すのにちょうどいい。スープが冷めてしまうから、早くカシューたちにはお風呂を出てきてほしいけど。『暴食の王』は黙って聞いている。
「まぁ、簡単に言うとダンジョンの外に出られるようにするためなんだ。俺らはそれぞれがダンジョンマスターをやらされているんだが、知っているか? ダンジョンマスターは外の人種にとっては敵対する対象だということを」
「はい」
明日香が言っていたことだ。ダンジョンマスターは問答無用で敵。そこに交渉の余地はない。
「ああ、それはダンジョンを作った神がかけた呪いなんだが、そいつのせいで会話、というか、言葉を発すると認識が敵になってしまうんだ」
「喋らなければ、問題ないべさ。んば、そうもいかんべ?」
「はい」
そういえば、明日香も話しかけたら攻撃されたとか言っていたな。なるほどそういうことだったか、と兎月は納得する。因みにダンジョンを神が作ったという重要そうな情報は兎月の頭にはきれいにスルーされた。
「そんでだ。同僚にな。『傲慢の王』ってのがいるんだが、そいつが外に行きたがっていてな。何とかして、その『呪い』を外せないかって調べたんだ。んで、まぁいろいろあったんだが上手いこと分かってな。どうやら、名前が問題だったんだ」
「……なる、ほど?」
「おらたちには創造主から便宜上の名前は貰ってたんだべ。だども、それ自体が『呪い』をかける媒体だったんだべ」
何となく首を傾げた兎月に『暴食の王』が助け舟を出す。兎月が頷いたのを確認して『怠惰の王』が話を続ける。
「あんなクソ創造主に貰った名前なんぞ、認めたくもなかったんだが他にくれるものもいなくてな。自分でか、同僚内でつけようとしたら禁止しやがったから、どうしようもなくてな」
「はぁ」
『アケディア』が少し悔しそうに顔を歪めて言う。まぁ、外の人は無理、創造主も駄目、仲間内でも不可となると他に思いつかない兎月だった。
「傲慢のやつは試すために創造主を騙して、付けてもらって、それでうまくいくことは実証されたんだが。その直後にバレたみたいでな。俺らは直後に名付け禁止された」
「えと、その『傲慢』さんは?」
「『傲慢』か? あいつはそれ以来音沙汰もない。創造主の話では逃げられたみたいだが」
連絡ぐらいよこせ、と軽く愚痴を漏らすようにつぶやいた。『暴食の王』も隣で頷く。
「んで、名前を付けて欲しいということになるわけだ。あんなクソ創造主に便宜上付けられた名前ってのも嫌だっていうこともあるが」
「なるほど」
わかったような気がする兎月は頷く。後で明日香にも教えて上げようと思った。
「まぁ、そういうわけだ。特に外に出てやりたいこととかはないんだが。ぜひとも名前を付けてほしいってわけだ」
「おらたちは基本的に暇なんだべ。外に出られればもう少しできることも広がんべ」
「はぁ」
ダンジョンマスターをやっているのではないのだろうか。明日香はいろいろとやっていたのを見ていた兎月としてはよくわからなかった。まぁ、何かあるのだろう。
「おまたせー! おおー! 気が利くじゃない!」
「遅いぞ、まったく」
「謝罪」
「ごめんね~。意外と話し込んじゃって」
「まぁ、まだスープは冷めてねえべ。食べるとすんべ」
お風呂から出てきた三人が戻ってきた。少し服が変わっている。とは言ってもパジャマに着替えているわけでもない。
三人が席につこうとする。何故か兎月の側に座ろうとした。
「ちょっと! 『ルクセリア』! どきなさいよ!」
「あら、どこに座ってもいいじゃない」
「そう、どこでも」
「カノンも何ちゃっかり座ってんのよ!」
兎月の両隣は『ルクセリア』と呼ばれた薄着の少女と奏音が素早く座る。それにカシューが声を上げた。
「モテモテだな、兎月」
「よかったべ」
「いや、その」
温かい目が二対兎月に向く。
兎月にはなんと、言葉を返していいのかわからなかった。別に好意を寄せられているわけではないだろう。何せ見た目が女子のなのだ。それにどうもからかっているような雰囲気を感じる。
「……まぁ、いいわ。頂きましょう」
向かいの席についたカシューが言う。
そうして各々食事を開始する。兎月は心のなかで頂きますと言った。マナーはよく知らないがたぶん日本に近いのだろう。きっと。たぶん。
「そういや。あの創造主、『いただきます』なるものを言っていたが、兎月は言わないのか?」
「あ、いや、言うときは言う感じ?」
「そうか。いや、あれの言う感謝の念ってのがよく解らなくてな。殺しといて感謝するってのはどういうことなんだ?」
「あ、いや。自分もよく知らなんです。そう習っただけだから」
残念ながら兎月は語源など知らない。どこかで命をいただくことに感謝すると聞いたことがあり、そのときは納得したのでよく知らないのだ。言われてみればただの偽善に聞こえないこともない。
「まぁ、何でもいいんだがな。感謝って言っても行動を伴わないのはと思っただけだから」
「そんなことより、何か、名前考えてくれた?」
「えと、ロサとか?」
『ルクセリア』が話しかけてきた。他の人は静かだ。そういうものなのだろうか。スッスという感じだ。
「どんな意味なの?」
「どっかの言葉で”桃色”って意味らしい、よ?」
プリム先生によると。つくづく頭が上がらない。
「ありがと~。今度、一緒に寝てあげる~!」
「『ルクセリア』!」
「えっと……」
反応に困る兎月の横でカシューが、がたっと席を立つ。どう応えたらいいのかわからない。
静かはどこにいったのだろう。
「ロサだもんね~」
どこまでが冗談なのか兎月にはよくわからない。感じから言って普通に一緒に寝るだけみたいだが。
「兎月! 絶対駄目だからね!」
「いいじゃない。ただ寝るだけよ?」
「あんた絶対変なことするじゃない!」
「変なことって何かしら?」
「へ、変なことよ!」
『ルクセリア』改めロサは顔を赤くするカシューを微笑ましそうに見つめる。兎月はだいたい、何が言われているのか理解する。つまり、大人の階段を登るということだ。
「えっと、ごめんなさい……。ちょっと、遠慮します」
「あら、残念ねぇ」
あっさり引き下がってくれたので兎月はほっとした。
さすがに遠慮する。やはり、そういうものではないと思うからだ。別に性欲のあり余った子どもでもあるまいし。そういうことは好きな人と、というのが兎月の願いだった。いつになるのやら、だが。
「ついでにおらにも付けてくれねが?」
「あ、はい。エブル、とか?」
これも以下略。
「あっはっは! あんがとだべ。まぁ、用はなかんべさ」
「あ、はい」
おおらかに笑う『暴食の王』もといエブル。まぁ、いいか。
「えと、好きなものとかあります?」
「ん? 俺か? そうだな。最近はピアノだな」
「ピ、ピアノっすか」
ピアノがある。異世界に。異世界に! いや、そうではなく難易度が……。
「いや、無理しなくていいぞ? 適当、とはいわんが第一印象とかで、いいからな?」
「はい……」
いや、それでも……すみません。
「ウタハル?」
「……どういう意味なんだ?」
「青の歌とか?」
『歌青』そういう読みがあるらしい。青の名前は難しい。
「そうか。いや、ありがとう。嬉しいよ」
「いや、こちらこそ……」
ネーミングセンスのなさが、心を抉る。名付け親ってすごい。実に偉大だ。
そうして、食事が終わる。そういえば奏音は一言も喋らなかった。まぁ何でもいいけど。
「片付け、やっとく。お風呂行ったら?」
「ん、そうか? じゃあ、頼むわ」
「運ぶのくらいは手伝っていきなさいよ!」
「わかってるべ」
「了解っす」
とりあえず、台所みたいな場所に運んでお風呂場に。
お皿を運びなさいとは母によく言われたものだ。元気だろうか。まぁ、会えはしないのだが。少し郷愁の念が浮かんできた兎月だった。行方不明の葬式ってどうなるのだろうか、なんて考えもした。
「兎月、着替え持ってくるから待っててくれ。俺のお古で済まないがな」
「あ、いえ、大丈夫です。この服便利なんで」
「いや、着替えはいるんべ?」
「まぁ、見ててください」
案内された大浴場の脱衣所から、一歩浴室に入る。日本仕様で助かる風呂だ。欧米はシャワー文化らしいと聞いたことがあるし、文化がめちゃくちゃですな。すごく助かるけど。まぁ、それはいいとして。
服は明日香のダンジョンと同じように湯着に切り替わった。相変わらずの謎技術だ。
「まじかよ」
「さらにさらに! この服濡れないんです!」
調子に乗った兎月は手桶で湯船のお湯をすくってかけてみせる。濡れるのは身体だけで、そのままタオルになる。拭いた側から乾いていくので非常に楽だった。拭きやすいように大きくなるし、袖も伸びる。
「ほぉ~、便利だべ」
「と、いうわけです」
脱衣所に戻れば、服はサラッと元に戻る。
「ではでは」
先に軽く身体を洗い湯船に浸かる。
「というか、兎月。服が変わっても女みたいだな」
「言わないでください……」
線の細い小柄な体躯。赤子のように健康そうな白い肌。くるぶしまで伸びる長いストレートな黒髪は光を吸い込むよう。確かに見方によっては女の子に見えるかもしれない。認めたくはないが。何でこうなったかは兎月でさえわからないのだ。気が付いたらこうなっていた。これが真実である。幸い女体化したというわけではないが。
「つーか。湯船だと下手に服着ているせいでエロいぞお前」
歌青が身体を洗いながら言う。
「いや、そんな馬鹿な……」
「ほんとだべさ」
二体一で負け。
「いいっす、別に」
ブクブクと湯船にひたる。髪の毛は避難済みだ。
「ま、まぁ、気にすんなべさ」
二人が湯船に入ってきた。どばぁっと湯があふれる。浴場が大きい理由がわかった。
「湯船に浸かるというのはあまり好かんな。どこがいいんだこれ」
「んなこたねえだ。気持ちいいだべさ」
人によって違うのだろう。兎月も学生の頃はそんなに入らなかった。シャワーで十分だったからだ。別に嫌いというわけでもないが。
しかし、と二人に視線を向ける。服の上からはよくわからなかったがかなり筋肉質だ。筋トレをしようかな、とか思ってみる。
「よし。出るか」
「おらはもう少し浸かってくだ」
「あ、じゃあ自分も出ます」
お風呂は明日香のところでも堪能できていたので出ることにする。まぁ、入らなくてもきれいにする手段はあるので、実のところ問題はまるでない。気分的なものだ。
体を拭いて、脱衣所から出る。
「あ、出た? じゃあ、寝室に案内するわ。まぁ、前に寝ていたところだけど」
「了解っす」
「兎月口調が安定しないのはどうして?」
奏音に尋ねられる。答えにくい。人によって態度を変えているのこうなるだけだ。だけど、それは失礼な感じだから。
「あー、えと、気分です」
「そう」
「こっちよ」
カシューの鳥のような澄んだ声に呼ばれる。部屋ぐらい分かるけどなぁ。別にそこまで記憶力が悪いわけでもないが。確かに物覚えは悪いけど。
「ちょっと、殺風景すぎるのよね。だから、なにか飾ろうと思うんだけど何か希望はある?」
「いや、別に。必要な物があればいいなぁ」
少し大きめだが、ベッドさえあれば十分だ。ここに住むわけでもないのだから。
「ベッドしかないじゃない。服とかはどうするのよ? あれ? そういえば服。微妙に柄というか、形が違うわね」
「すごいだろ? なんと、日によってデザインが違うのだ」
自分のことではないが胸を張る。デクステラはすごいのだ。まぁ、皆さんすごいですが。因みに服をくれたのはデクステラだ。
「……ふーん」
「あれ?」
輝く赤の視線が少し曇ったようだ。少しつまらなそうな視線を受ける。ちょっと違う気もするが。
「でもここに住むんだから、他に必要な物はあるでしょ?」
「永住はしないよ?」
「……え?」
「世界を見るって約束があるから。一箇所には留まれないんだよね」
「なら、仕方ないわね。これで我慢しなさい」
約束だからなぁ、と繰り返す。どこかに定住しても楽しいかもしれないが、そうもいかない。少なくとも今は、まだ。
「じゃあ、もう寝なさい。眠くないかもしれないけど。私も寝るから」
「世界ってすごいからなぁ。綺麗な景色、何気ない――あれ?」
気が付くとカシューはいない。
「まぁ、いいか」
ぽすっとベッドに横になる。きれいにベッドメイクされたところにシワが入る。兎月は変化する服の袖を眺め、つぶやいた。
「眠く、ないっす」
どれくらいに寝ていたのか分からないが、たいした時間でもない。だが、兎月の体は睡眠を要求してこない。
「そういや、【不食不眠】とかあったな」
ステータスを思い出す。いつからあるのか忘れたが、そういうものも確かにあった。
「他のみんなはっと」
魔力を意識する。まだ、全員いるようだ。
「みんな起きてるじゃん」
動きまわる魔力を感じる。集まって何かしているようだ。どう考えても寝ていない。なのに一人だけ、お休みなんてつまらない。まぁ、様子を見に行く程でもないが。
「……暇だ」
ごろごろとベッドを寝転がっても眠気はまったく来ない。カシューたちはそれぞれ散っていた。ある一点で消えた反応もある。
「兎月。起きてるか?」
「起きてます」
歌青の声に起き上がる。
「どうしたんです?」
「ああ、いや。少し頼みたいことがあってな」
「はぁ」
そこで歌青は一枚の紙を兎月に見せる。兎月の書き置きだ。今見るとあまり上手な字ではない。
「兎月、これ書いたんだろ? 俺、今この言語を勉強中でな。偶にでいいから教えに来てくれないか?」
お礼も何かする、と付け加える。別にそれくらいなら、なくてもいいが。
「まぁ、いいですよ」
「助かる。じゃあ、邪魔したな。お休み」
「あ、いえ、お休みなさい」
暇だからもう少し居て話でも、とは言えない兎月だった。
◇
「よし、これでオーケーっと」
兎月に頼み事をした歌青は一人、転移門に向かいながら誰ともなしにつぶやく。
「まったく。ヴェル……カシューのやつ、あんなに落ち込まなくてもいいだろうに」
「どうしたの?」
「ん? 『エン……』いや、奏音か」
ちょうど近くに居た奏音が声をかける。
「何、兎月に一つ頼みごとをしてきただけだよ。文字を教えてくれってな」
「そう」
隣を歩く奏音は足並みを揃える。
「お前たちも少しは勉強したらどうだ?」
「面倒」
「そうかい」
歌青は嘆息する。もう、諦めているようだ。
「カシュー。今のところ、恋愛感情ではなさそう」
「そうか? けっこう怪しいと思ったんだが」
「本人がまだうまく認識できていない感じ」
そうか、と息を吐く。
「ただ、そっちに転がる可能性も高い。大切な友達であるのには間違いないから」
「まぁ、別にそれはいいけどな。まだ、会ったばかりだが兎月は悪いやつじゃない」
「同感」
淡々と奏音も相槌を打つ。無表情では分かりにくいがそう思っているのだろう。
「出会った時のことを話したがらないうえに妙な信頼感がある。兎月も明らかにカシューには親しさが違う」
「ああ~、確かにな。まだ、俺達には他人行儀というか。まだ、少し壁があるよな」
歌青も頷く。彼も少し思うところがあるようだった。
「まぁ、それはその内な。また来てくれるように頼んだし」
「そう」
だから、歌青は兎月に文字を教えてくれるように頼んだようだ。ここに呼ぶ名目も会ったのだろう。
「たぶん兎月、ここしか来られないからな。どこを拠点にしているのか知らないけど、俺達のダンジョンはこことは少し遠いからな」
「確かに」
「まぁ、それはいいとして。カシューのやつも恋仲になるのはいいが、種族の壁とか寿命とか考えているのかね」
「意識すらしてないと思う」
同感だ、と天を仰ぐ。転移門に着いた。だが、まだ入らず会話を続ける。
「兎月はおそらくまだ人。おかしな所はあるけど神じゃない」
「ああ、そうだな。ダンジョンマスターへの偏見がないところを見るとたぶん、この世界に来たのは最近だろうな。それだったら神はないだろう。だが、聞けばキメラ・レグルスやエタニティ・スライムを屠る力はあるらしいが」
おかしな話だな、と歌青が小さく眉を寄せた。奏音もそれに頷いた。
「そう。異世界人の中でも少し歪。矛盾と歪。そこは興味ある」
「直接覗けなかったか? まぁ、兎月には悪いが」
「試した。だけど、何かに妨害された」
「兎月じゃなくて?」
「そう。何か、としか言えない」
その整った顔をしかめるように少し動かす。
「そうか。まぁ、あまり深くは見るなよ。さすがに失礼だしな」
「わかってる」
奏音は無表情を少しムッとした顔にして答える。
「そういや。そういや、『グ……』いや、エブルたちはもう、帰ったのか?」
「エブルはもう帰った。ロサは兎月の部屋の前をウロウロしてた。でも、帰った気がする。カシューは何故か、玉座の間に行ってた」
私は片付けしてた、と続けた。
「カシューは別にいいだろ……。何しているのかしらないが」
ごくろうだな、と歌青が労う。そして、すこし呆れ顔で歌青は視線を上げた。その横で奏音は歌青の言葉にまったく、とばかりに頷いた。
「せっかくお風呂に入ったのに、また埃まみれになってる」
「探しものか? 手伝いは……要らないか」
「私は汚れるから行かない」
薄情とも取れる奏音の言葉だが、分からないことも無いようで歌青も向かう様子はなかった。
「まぁ、いいだろ。それじゃあな。たぶんまた明日」
二人は転移門に入っていく。
「また明日」
「ああ、またな」
二人は転移門に消えていった。
◇
ヨーロッパ文化のことはうろ覚えの内容です。間違っている可能性あります。ご注意ください。