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1-9 -3 探しているようで実は迷子のよう

 ◇


 改めて、相手をよく見てみる。

 よく見れば、よく見なくてもその少女はカシューではなかった。第一黄色い。短く切りそろえられた山吹色のような髪を振って否定していた。無表情でわかりにくいが怒ってはいなさそうだ。


「す、すみません」

「あなたが兎月?」

「あ、はい。あれ? 何で知ってます?」

「私、『イラ』……カシューの知り合い。探していた」


 袖の長い服で兎月を示す。黄色と黒の服は、袖は長いが丈は短そうでかなり特徴的だった。何で見間違えたか、首を傾げるほどだ。まぁ、言うまでもなくただのおっちょこちょいだが。


「私にも、名前つけて?」

「え、あ、はい。か、考えます」


 その黄金色の瞳にじっと見つめられて、思わず頷いてしまう。


「あの、どんなものが好きですか?」

「私? 音楽」


 流行っているのだろうか。音楽。


「感動する。それが好き」

「は、はぁ……」


 まぁ、わかる。すごい音楽は心が動かされる。


「名前浮かんだ?」

「ええっとー……」

「音楽関係なくてもいいよ?」


 明らかに困った様子の兎月に助け舟を出す。


「色とかでも」

「う……」


 助けて! プリム先生! 期待は裏切られない。やれやれといったふうにプリムが呆れたように感じた。でも、脳内に知りたいことは浮かび上がった。


「カノンとか?」

「それ、よし」


 正確には『奏音』。『歌音』の方が一般的だったが前者はどうも当て字っぽい印象がある。異世界なのだから当て字のほうがいいだろうという勝手な判断だ。個人的な偏見かもしれないが。


「えっと、こう書くんだ」

「なるほど」


 地面に『奏音』と書いてみせる。カノンはとりあえず頷いた。相変わらず無表情なのでわかっているのか分かっていないのか、さっぱりだが。


「奏でる音って意味」

「ありがと」


 こくん、とうなずいたから分かってくれたのだろう。


「じゃあ、帰ろう」

「あ、うん。了解です」


 スタスタと奏音が歩き出す。それを兎月は慌てて追った。実は軽く迷子だったので助かった。


「帰り道、わかる?」

「え?」


 ピタッと止まる。迷子確定。


 ◇


「ストップ」

「どうしたの?」


 ある通路に入った時カシューが待ったをかける。


「ここの通路は面倒だから迂回するわよ」

「何だべ?」

「あそこ、わかる?」


 カシューは天井を指差す。そこには小さな穴が開いていた。暗さとあいまって普通は見落としそうな穴だった。


「あの穴がどうしたの?」

「あそこ、エタニティ・スライムの待ち伏せ穴なのよ」


 エタニティ・スライム。核を持たず、全身が消滅するまで滅びないという凶悪なスライムだ。強さはそこまでではないとはいえ、その性質は面倒の一言にすぎる。


「ふうん。ああ、面倒なやつだっけ。じゃあ、迂回しましょう」

「別に大丈夫だべ。おらが食ったるよ」

「そうねえ、『グラ』がいるから問題ないと思うわ」

「一応警告よ。急に来たら驚くじゃない」


 カシューは視線をそらす。うっかり忘れていたようだ。普段と違い今は同僚がいるのだ。ごまかすように先に進む。赤くなった顔を隠すためだろう。


「あ、待つべ」


 さっさと進んでいくカシュー。慌てて『グラ』は巨体に見合わぬ速度でその背中を追った。いつ飛び出てきてもいいようにである。だが、そこで彼は眉をひそめた。


「魂の波動を感じないわねえ。本当にいるの?」

「おかしいわね。あれ? いないわよ。どういうこと?」


 『ルクセリア』も疑問を持ったようだ。言われて目を閉じたカシューだがそこにエタニティ・スライムはいなかった。


「ここも兎月が通ったのかしら?」

「そうみたいねえ。争った跡はないのだけど」


 通路はいつもどおりの古びた様子だ。材質不明な石のような床にところどころカビが生えているくらいで、炎やら氷やらが飛び交った後はない。強いて言うなら、壁に何を叩きつけたような跡があるだけだ。


「兎月くんまで遠いわねぇ。どこ行ったのかしら」

「ほんとよ。お腹減ったわ。見つけたらお仕置きね」

「案外戻っているかもね」

「……ありえるかも。戻ってみる?」


 カシューは眉をひそめてつぶやく。そして、提案をした。それに『グラ』が同調する。


「んだべ。強いことはよく分かっただ。戻っても問題ないべ」


 ここまで来るまでに、キメラ・レグルス、エタニティ・スライムと危なげに倒していることは確認できた。急いで探す必要はなくなったので待っていたほうが効率的である。『エンビィ』を呼びに行く必要があるが、それは兎月と合流してからで問題はない。むしろ、それまでにすれ違うと面倒だ。


「じゃ、帰りましょ」

「そうね」

「んだ」


 三人は踵を返す。そのまま階段に向かって歩き出すが、そこで『ルクセリア』がつぶやく。


「あらぁ~? 『エンビィ』ちゃん、出会えたみたいねえ」

「んん? そうね」

「ほんとだべ」


 『エンビィ』の魂の波動の近くに誰かいることに気付いたらしい。やや、集中してカシューと『グラ』も気がついたようだ。


「あらあら、どこ行くのかしら。そっちは逆なのに」

「ねえ、ところで。『エンビィ』道わかっていたと思う?」

「う~ん。『エンビィ』ちゃん、覚えていなさそうねえ。さっきから、階段に行かずにウロウロしていたから」


 どうやら、一番まじめに探していたのは『ルクセリア』のようだった。


「迎えに行くべ」

「あの馬鹿。道ぐらい覚えときなさいよ」

「『エンビィ』ちゃんはともかく兎月君は無理でしょう?」

「そこは気合と根性で覚えなさいよ」

「むちゃくちゃだべ」


 三人は迎えに行くことにする。すぐ近くにウロウロしているからすぐに合流できるだろう。


 ◇


 二人で困ってウロウロしていると、今度こそカシューが後ろに二人を連れてやってきた。まったく、迷子は困りますな。


「バカ兎月ー! 道ぐらい覚えときなさいよ!」

「ええ? いや、無理です」


 カシューは背伸びして兎月の頭を叩く。兎月も軽く頭に手を当てるだけで、特に抗議をしない。悪い気がしたからだ。探してくれていたようであったこともある。だが、そこに奏音が割り込んだ。


「叩かない」

「何よ」


 二人は軽く睨み合う。と言っても片方は無表情なのであまり険悪な雰囲気はない。そして、その横をすり抜け、桃色の少女が兎月に話しかける。


「あらまぁ、魂は男の子ね。吃驚ねえ~」

「あ、あの」


 桃色の少女はくるくると当月を観察する。兎月の姿が信じられないようだ。そして、茶色い感じのする愛嬌のある顔の男が兎月に自己紹介をした。


「初めましてだ。兎月君。おらは『暴食の王』。よろしくなぁ」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「まぁ、ただの肩書みたいなもんだべ。固くならんとさ」


 知らない人には丁寧語。それが兎月の処世術。慣れてくれば、素に戻る。最後は普通。礼儀は……兎月なんてそんなものだ。


「ねえねえ。私も名前ほしいなぁ」

「すまねば、おらのも頼んべ」

「あ、はい?」


 名付けブーム到来。少なくとも兎月にはそう感じられた。


「えっとぉ、どんなのがお好きで?」

「いんやぁ、そんなに気にせんでいんべ」

「楽しそうな雰囲気でお願いね~」


 直感的でいいべ、とその優しそうな顔で大きな『暴食の王』が笑う。それと無茶な要望を出してくるちょっと色気を振りまく桃色の少女に兎月は少し困った。少しどころではないのだが。


「無理言っちゃいかんべ。楽しい雰囲気ってなんだべさ」

「言われてみればそうねえ。う~ん、じゃあ、やっぱり直感的でいいわ~」

「あ、はい」


 そこへ奏音と言い合いをしていたカシューが怒った様子で向かってくる。


「ちょっと! 兎月! なに『エンビィ』に名前つけてんのよ!」

「私は奏音」

「ええぇ……」


 兎月はカシューに詰め寄られる。何で怒っているのかさっぱりだ。


「あら、名前つけてもらったの。いいわね~」

「うん」

「どんな意味だべ」

「奏でる音だって」


 『エンビィ』改め、奏音が無表情をすこし動かす。一応喜んでいてくれているようで兎月も一安心である。


「よかったじゃない」

「こっちはよくないわよ!」

「独占欲のある人は嫌われちゃうわよ~?」

「独占って、別にそんなのじゃないし……」


 カシューは声を小さくしてつぶやく。結局兎月には何がいいたいのかよくわからなかった。


「じゃあ、私達の名前もお願いね」

「まぁ、帰りながらゆっくり考えてくれていいべさ」

「あ、はい」


 兎月は名前どうしようか、と悩みつつ最下層に案内されて戻った。


 ◇


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