1-9 -2 探しているようで実は迷子のよう
◇
一方、その頃の兎月というと。絶賛戦闘中だった。
「ゴアアアアァ!!」
「やばっ」
極大のレーザーが兎月を襲う。
「どんな原理だよ!」
獅子の頭から放たれたレーザーを見て、兎月は叫ぶ。まぁ、普通の生物は光なんぞ吐けない。たとえ、頭が二つあるようなキメラでもだ。
「痛ったぁ!」
光のくせに光速というほどは早くなかったが、それでも避けられず直撃する。上半身の服が一瞬にして燃え尽き、人肉の焼ける嫌な匂いが広がる。
だが、レーザーが止むと五体満足の兎月が飛び出す。直りかけの服から見える肌は何事もないかのように白くきれいだ。
「とうりゃ!」
「ガッ……」
――【効率変換】発動。
増幅した脚力で距離を詰めた兎月はそのまま、飛び蹴りをお見舞いする。物理法則を無視するかのようにキメラの大きな巨体が吹き飛んだ。ライオンともう一つの分からない顔が血反吐を吐く。
「とどめ!」
壁に叩きつけられ、空に浮いたキメラには黒い拳を避ける術はなかった。
「ふう」
汗はかいてないが、額をこする。何となく、気分だ。
「なかなか強かったな。よし、次行くか」
兎月はキメラをそのままに立ち去ろうとする。だが数歩歩いたあと、何かを思い出してピタリと止まる。
「そういや、魔石ってあるんだっけ」
いまだピクピクと痙攣するキメラの前に立ち、仰向けにひっくり返す。どこからか漆黒のナイフを取り出して、心臓とおぼろしきあたりに当てた。血の匂いが広まる。
「何食ったら、こんなにでかくなれるんだよ……」
半ば呆れを滲ませて、ナイフを動かす。石でできた遺跡のようなダンジョンでは到底その巨体を維持できるエネルギーが得られるとは思えなかった。光も薄くジメッとした空気がダンジョン内には満ちている。そこは哺乳類が生存するにはあまりに酷な場所だった。まぁ、キメラが真に哺乳類かどうかはわからないのだが。
「ん~。わからないな。……これか?」
血の匂いを撒き散らして、なんとか探り当てる。思ったより、大きめだった。こんな器官があって、大丈夫なのかと兎月は思う。体内で何の役割を果たしているのか、さっぱりだった。頭が二つある時点で体の構造には何も言えないかもしれないが。
ナイフと魔石を虚空にしまうように【アイテムボックス】に入れる。そして手を振った。
「手が汚れたなぁ」
兎月はどうしようかと悩む。そして、閃いた。
「『黒』って使えたよな……?」
カシューと殴りあった際、ほとんど無意識だったが感情に呼応してでてしまっていた。
「できるか?」
そう呟いた兎月は意識を集中する。イメージは呼び出す感じで。『黒』が一瞬滲んだ。次の瞬間には綺麗な手になっていた。
「できちゃったよ……」
全身を見渡す。血がかなり飛び散ったはずだが服は当然のように汚れていなかった。
【再生】機能を持つ、服はそもそも汚れない。そう作られているのだ。兎月は服をくれた方に感謝する。つくづく、あの方たちには頭が上がらない。漆黒のナイフもそうだ。兎月は手入れを忘れているが、そんなこと知ったことかという特性を持っていた。
「宗教でも作ってみようかな。プリム教とか、デクステラ教とか」
だが、頭のなかにプリムが首を振ったように見えた映像が浮かんだのでやめる。彼女が映像を送ってきたに違いないからだ。あの人達ならどこから覗いていてもおかしくはない。心のなかで感謝の念だけは送っておく。きっと、届いただろう。
「ん?」
そんなことをしていると、【魔力感知】が四つの大きな魔力が固まって移動しているのを知らせてきた。さすがに四体相手では分が悪い、もとい面倒なので退散することにする。遭わないようにスタコラと逃げ出した。
◇
「これって……」
「たぶん、兎月ね」
血の匂いに誘われて、もしやと思い急いでやって来た四人だったが幸いのことにそこには兎月の死体はなかった。
「兎月くんって、強いのねぇ」
「少し、安心」
「んだべ」
倒されていた魔物はキメラ・レグルスという強大な魔物の一種だった。ダンジョンから出たのなら、村一つは軽く殲滅できる個体だ。襲われる側の人材にも依るが、ギルドランクS以下ではかなり厳しい。
カシューたちなら油断しなければいけるというレベルだが、それでも警戒は必要なレベルではある。高出力のレーザーをどう捌くかで、脅威は決まる。まぁ、それくらいだ。
「魔石を取っていったみたいだから、それなりに余裕がありそうね」
「んだ。ちょっと前のことみたいだべ。一人、上の階への階段に行っておけば、問題ないべ」
「そうね」
「二撃で倒している」
と。近づいてしゃがんで観察していた『エンビィ』がポツリという。無表情を珍しく動かしていた。
「ほんと? どうやったのか。わかる?」
「蹴り上げ、に一発。これで瀕死。とどめにもう一発。これで終わり」
「あらまぁ。ほんとに強いのね」
その能力を使い、『エンビィ』がキメラ・レグルスを調べて告げる。彼女の力はこういうことができるようだった。
その横で、『ルクセリア』が感心したように瞬きする。相性的な問題もあるが、『ルクセリア』たちではこうはいかない。怒り全開のカシューなら、その能力で可能だが戦闘開始から怒り心頭にはなり得ないので無理だ。
「あいつ、こんなに強かったっけ」
カシューは少し違和感を受けた感じだ。実際に殴りあった彼女としては少し意外だったようだ。まぁ、彼女もただ感情のままにぶつかっただけで全ての手札を晒していたわけではない。それは兎月も同じだろうと思っているだろうが、なにかもやもやしている様子である。
「強いならいい」
立ち上がった『エンビィ』はスタスタと歩き出す。どうやら階段の方に向かうようだ。
「行ってくれるの?」
「待つほうが楽」
『ルクセリア』の問いにも止まらず、『エンビィ』はそのまま道角に消える。やれやれ、と『グラ』は頭を掻いて見送った。
「んだ。おらたちも行くべ」
「そうね。ちょっと、味見したくなってきたわ」
「あんたには無理よ」
「あらぁ~? そんなことはわからないわよ~」
「ほらほら、行くべ」
三人はまた歩き出す。舌なめずりする『ルクセリア』にカシューが噛みつく。挑発する『ルクセリア』に『グラ』が先を促す。三人はまたも兎月を探して歩き出した。
◇
「ん? 別れた?」
追ってきた魔力が別れたのを感じ取り、首をひねる。三と一に別れるのを変だと思ったからだ。
「まぁ、いいか」
たいしたことではないと、隅に寄せてまた歩き出す。一はともかく三の魔力に出会わなければ問題ない。逃げるだけなら簡単だと楽観しているからだ。そも、出会ってしまえばそこで探索が終了だということには当然気付かない。あたりまえだが。
と、そこで、天井から液状の何かが落ちてくる。異世界風に言うなら、スライムだろう。ただのスライムではなさそうだが。
「じゃま」
待ち伏せしていたであろう壁色のスライムは、【魔力感知】でとっくに知られていたため、呆気無く返り討ちにあった。腕の一振りで四散する。そのまま何事もないかのように兎月は通り過ぎた。
「ん?」
だが、どういう理屈か。後方で四散したスライムの魔力が収束する。一気に元の体積を取り戻したスライムはそのまま兎月に躍りかかった。
「何こいつ。面倒なんだけど」
ぱっと、兎月は身を翻した。だが、さらにスライムは襲いかかる。
「どうしよう」
空中を水流のように体当たりをしてくるスライムを緩急つけた動きで避ける。
「そういや、『黒』ってたしか……」
前の世界で出会った時のことを思い出す。そして『黒』を意識した。カシューとの殴り合いほどではないが『黒』が湧き上がる。それを滲ませ。
「『飲み込め』」
と命じた。瞬間的に広がった『黒』は襲いかかってきたスライムを飲み込んで、そのまま小さくなった。そして、兎月に溶けるようにして消える。
「できた……?」
そのとき。ズキンとこころの最も深い場所に激痛が走る。【痛覚耐性】を超えて、魂が悲鳴を上げた。
「ぐ、ぐ……ぅ」
許容量を超えた『黒』の顕現の制御は兎月に予想以上の負担をかけていた。カシューと殴りあったときはあくまで感情に呼応しただけで操ったわけではない。だが、意識的に操ろうとした今回は大きな負荷を兎月に与えていた。
そんなことは知らない兎月はあまり使い過ぎないように決める。考えてみれば、洗浄も他に方法がないわけではなかった。
「痛かったぁ……」
兎月は先ほど『黒』を滲ました手を、頬を引きつらせて見る。かつての地獄とも言える記憶を思い出しそうになり、慌てて首を振った。もう過ぎたことなのだ。
頭を思い切り叩いて忘れることにする。ゴッ! と鈍い音を立てて頭が横に勢いよく流れる。 強く叩きすぎて壁に頭を打ち付けた。だが、ただではすまない音がしたが問題はなかった。
これは兎月の数少ない、良いと言えるところだ。嫌なことは忘れられる。単純が故の美点だ。頭が悪くて、唯一良かったと思えるところだ。
「よし。行くか」
どこにいるんだよ~、とカシューを探すためにまたも歩き出す。いい加減お腹が怒っている。もう、帰ろうかな、なんて考えが頭に浮かぶ。勝手に食べてもいいだろうか。いや、後で怒られそうな気がする。最悪またクレーターをたくさん作ることになりそうだ。もう、少しだけ頑張ろう。
「次は、っと」
「グルルルルっ!」
「ハズレ、かぁ~」
一匹の狼が、小柄な――とは言っても、元の世界の大型犬くらいはある――、一匹狼が睨んできていた。
「グルルルルっ! グァ!」
「は!?」
気が付いたら、足が凍りついていた。咆哮に砕け散り、兎月は倒れこむ。そして、狼が首に噛み付いてきた。血が噴き出る。だが。
「かぁはっ!」
腕をふるい、狼を天井に叩きつけた。無理な体勢から動かされた細腕はかすかな軋みを上げて、振るわれる。
「ガァ!」
天井に叩きつけられ、血反吐を吐いた一匹狼はそれでも何かしてきた。今回はわかる。魔法だった。
「残念」
地面を打つようにからだを跳ね上げて、とどめを刺す。二度も同じ攻撃を許容するほど兎月の体は甘くなかった。
「俺を殺したいなら、一度目にしとくんだったね」
もう一度振り返る。兎月は気付かなかったが、魔法によって凍らされた。一度目はまるで気が付かなかったが、二度目には抵抗感に気付けた。
「この世界って、中に直接ありかよ」
魔石を取りながら、つぶやく。
相手に直接干渉して、何かを作用する。それがありだったら人間なんてひとたまりもない。今回はされなかったが「脳みそパーン」もあり得るということだ。怖すぎる。だが、この世界ではどうやらそれは普通らしい。
「……もしかして、この世界の人って魔法抵抗高い?」
だとすると異世界人は不利すぎる気がするが。どうなのだろうか。ま、まぁ、異世界人に厳しい異世界があっても不思議ではない。
少し気になってステータスを見てみると、【魔耐性】の内【氷耐性】が上がっていた。
◆
【氷耐性Lv27】→【氷耐性Lv66】
◆
他の項目は面倒なので省略だ。まぁ、ちまちま上がっていると分かればいい。
それよりも、問題はレベルの上がりやすさ。これまでの経験で死に近づくほど、上がりがやばいというのはわかっている。これは相当死に近かったようだ。普通に【再生】しているから危機感がまるでないが、普通に死ぬ可能性があったらしい。少し内蔵が冷えて重たくなる。兎月はもう少し、気をつけようと決心した。
「完了~っと」
魔石も取り、手も綺麗にして背伸びをする。手は【効率変換】でなんとかした。これのできることが増えてきて、地味に嬉しい。
――ぐぅ~。
そして、歩き出そうとした兎月のお腹がなる。いいかげんにしろと訴えているようだった。
「もう、帰ろうかなぁ……」
誰ともなしにつぶやく。運動したせいでなおさらお腹がすいた気がする。そこら辺はいまだ人間のそれなのだからよくわからない。もう構造から違ってもおかしくはないと思うのだが。
「あと、一回。あと一回だけ。次に会えなかったら、帰ろう」
そう、言い訳をして決める。まぁ、いつまでも彷徨っていても仕方ない。すれ違いもありうるのだから。
「お前に、決めた!」
一番近くにいた。魔力にダッシュ。兎月は罠なんて知ったことかと走りだした。運の良いことに罠はなく、人影を発見する。
「見つけたぞ! カシュー!」
「ちゃんちゃんちゃちゃんちゃ……人違い」
「へ?」
何かの曲を口ずさんでいた女の子はカシューではなかった。人違いの恥ずかしさに兎月の顔は耳まで赤くなった。
◇