1-9 -1 探しているようで実は迷子のよう
◇
「ふぁ……あ?」
目が覚めると、兎月は柔らかく大きめなベッドで寝ていた。起き上がって部屋を見渡すがベッド以外何もない部屋には当然カシューはいない。まぁ、同じベッドで寝ていても驚くけど。
どこにいるのか魔力を探ってみるが、付近には誰もいなかった。
「どこ行ったのかな?」
掛け布団をのけて、ベッドから降りるとシュルリとパジャマが変化する。相変わらず便利だなと思いながら部屋を出た。
「ん~。まぁ、見なかったことにしよう」
部屋を出ると強盗にでもあったかのような惨状が目に入る。微かにまともな雰囲気が残っているから、きっと普段はもっとまともなのだろう。どこに行ったのかしらないがずいぶん急いでいたようだ。
「さて、どうしようか」
ぐう、とお腹がなる。夢のなかで食べたせいだろう。妙におなかが減る。食べなくても問題はないができるなら食べたい。
なので、住人を探しに行くことにした。いくらいないからって勝手に冷蔵庫を漁るわけにはいかないのだ。カシューは一体どこに行ったのやら。
居住区を抜けて、喧嘩した大部屋に出る。何故かきれいに直っている大部屋を進み、入り口の威圧的な扉を開けた。目の前には階段がでる。
「もしかして上かな」
【魔力感知】は上の階層に複数の大きな魔力を感知している。もしかしたらそこにいるのかもしれない。魔力の見分けがつかないのが地味に心にきた。まぁ、訓練をサボっているので自業自得なのだが。
一度、居住区に戻り適当な裏紙とシャーペン――何故か、ボールペンまであった。異世界感ぶち壊しである――を探して、書き置きを残す。万が一すれ違った時のためだ。すぐに見つかればこんなもの必要ないが、一応念の為に。
「早く、会えるといいけど」
そう言って兎月は上の階への階段を上がっていった。
◇
「あれ? いないわね」
「実は幻覚とか?」
「んなわけないじゃない! 何言ってんのよ」
「当たり前よ」
転移門をくぐってやってきた四人だが、目的の人物兎月はどこかに行ってしまっていた。
「ふーん。ここでその子が寝ていたのね。クンクン。……ねえ、兎月くんって男の子よね? あんまりそういう匂いしないんだけど。どっちかというと女の子のような」
「へ、変態! あんた、そ、そんなことまでわかんの!?」
「ちょっと、擁護できねえだぁ」
「変態?」
「酷いわねー。みんな。普通じゃないこんなの」
ベッドに顔を埋めて匂いを嗅いだ『ルクセリア』の言葉に三人が一斉に引く。それに対して、『ルクセリア』は心外そうに言う。だが、それも同感は得られなかったようだ。『ルクセリア』がぽすっとベッドに座る。白のベッドに彼女の色は非常に映えた。
「探そう? きっと近くにいる」
『エンビィ』の言葉に四人は散る。勝手知ったる仲間の家だ。それぞれが手分けしたほうが早い、と散らばった部屋を見ていく。
「それにしても散らかっているわねぇ。前はもうちょっとまともだった気がするのだけど」
「うっさいわね。ちょっと、急いでたのよ。いろいろあったんだから」
「それも説明してほしいわぁ。かなり飛ばしていたみたいだし」
「た、たいしたことはなかったわよ」
「そこの二人。探す」
話し始めた『ルクセリア』とカシューを『エンビィ』が注意する。一通り、見てきた彼女は服の長い袖を揺らしてひしっと二人に指す。『グラ』は他の部屋を覗いているようだ。
「ダメだべ。どこにもいねえだ」
「手がかり皆無」
「そうか。上の階でも行ったか?」
「あ、それはあるかも」
「それじゃあ、早く助けに行ったほうがいいんじゃない? ピエロちゃんに送られてきたんでしょう?」
「そうよ。でも――」
カシューの返事を聞いて、三人の意識が上に向く。
「まずい、かも」
「急ぐべ」
「だ、大丈夫よ! あいつ、けっこう強かったし!」
カシューは少し慌てて、上に向かおうとした三人に急いで言う。三人は疑いの目をカシューに向けた。ピエロの性質をよく知る彼らの常識からすると送られてくるのは出会ってから少し時間のかかるピエロの転送まで逃げきれなかった弱いものが送られると考えているからだ。
「でも、いないなら迎えに行ったほうがいい」
「んだべ」
「ん、ねぇ、これは?」
そこで『ルクセリア』が机の上の書き置きに気づく。
「誰か、読める?」
「読めないわ」
「ん~、ちょっと無理だべ」
「たぶん、異世界の文字」
「忘れてたわ。あいつ、異世界人みたいだった」
カシューは額に手を当て、天を仰ぐ。彼らを創造した者と同じ見知らぬ文字を使っていたことを思い出したようだ。言葉が普通に通じるから、うっかり忘れていてもおかしくはない。
「あの、バカ創造者と同じなの?」
「ちょっと、会う気がなくなってきたべ」
「同感」
「だ、大丈夫よ。あいつ、けっこういいやつだったから!」
言ってから声にならない声で、なんで私があいつの擁護しなければいけないわけ? とカシューがつぶやく。蚊の鳴くような声だがそこにいたものは基本的に人外的な身体能力の持ち主だったため、バッチシ聞かれていた。三人がにやにや、ほかほか、しとしと、と温かい目を向ける。
「それより! 誰かこれ、読めないの!」
「うーん、ゴメンだなぁ。無理だべ。『アケディア』あたりなら読めたかも知んねえが」
『グラ』が申し訳無さそうに、坊主頭をかく。他の二人は視線を逸らした。
「もう! 仕方ないわね」
「あなたも読めないじゃない」
「いいのよ。私は」
「良くない」
カシューに二人から非難の目を向けられる。あわや、口喧嘩に発展しそうな空気が流れる。
「まぁまぁ。まずは探すべ。読めないのは仕方ないだ」
「……そうね」
「そうね~。兎月くんのほうが心配だわ」
「行くよ」
『エンビィ』が一人、先に行く。階段に向かっていった。他の三人も慌てて、『エンビィ』を追う。四人は『憤怒のダンジョン』の665階層に足を踏み入れた。
◇
四人が兎月を追ってから、少し経った後。『アケディア』が『憤怒のダンジョン』にやって来た。誰もいない居住区を見て、新しく出来ていた部屋に入る。
「ふむ、ベッドを使用した形跡がある。少し暖かいから、さっきまではいたのか。ヴェル……カシューが使っていた、ではなさそうだな。あいつだとすると少し時間が立っていなさすぎる」
ぶつぶつと推測を漏らす『アケディア』。何気に推測力が高い。
「と、いうことは。あいつらの性格からすると……」
散らかった部屋を見て、何かを考える。目を閉じて頭を整理しているようだ。
「ああ、たぶん。上の階に行ったな。ここにいた兎月ってやつが、あそこにいる間に目を覚まして、誰もいないから探しに行った。それをあいつらが追っていったというところか」
まるで、見てきたように言葉を紡ぐ。
「入れ違いになった時を考えると誰かいたほうがいいな。まったく、頭の回らない奴らめ」
こんなときにあいつがいたらな、とさらにつぶやく。まとめ役だった「あいつ」とやらがいれば、誰かここにいたのだろう。
「しょうがない。片付けでもして待つか」
どうやら几帳面な彼としてはそちらも許せないらしい。なんでこんなに散らかってるんだ、とつぶやきながらテキパキと片付けを始める。
と、そこでテーブルの上の書き置きに気づく。
「ん? 『カシュー……、さがしに……もどって……来ます』か? 異世界人だったのか」
たどたどしくだが兎月の書き置きを読み上げる『アケディア』。正確には『カシューへ。 姿が見えないので探しに行きます。上の階を見て、いなければ戻ってきます』だったが。
「あいつら、これ読めんだろうな」
だから勉強しとけとあれほど、とぶつくさ。帰ってくる気があるのだから、待っている必要ができた。残って正解だった、とさらに言った。
「しかし、異世界人か……。まともなやつだといいんだかな」
どこか忌々しそうに顔をしかめる。だが、すぐに緩めた。
「まぁ、ヴェル……カシューが気に入ったやつだ。たぶん、大丈夫だろうさ」
◇