1-8 夢のなか。その御方はやんごとなき
◇
「ここは……?」
気が付くと兎月は謎の白い空間にいた。どうしてここにいるのかわからない。確か、気を失うように寝た記憶があったのだが。
「夢のなかだよ」
背中に声が届く。振り向くと、少しクセのある黒髪の女の子、プリモアディアがいた。
「久しぶり。元気にしてた?」
「あ、ども、お久しぶりです」
「もう。そんなに固くならないでいいのに」
透かすような黒鉄の瞳が輝く。まぁ、たしかに心の読めるプリモアディア相手に取り繕っても意味は無いのだが。なんだろう。やっぱ、敬意の念とかがあるんだろうな。と兎月は思う。それも全てお見通しだろうが、やっぱり固くなってしまう。
「まぁいいよ。そのうち直してくれると嬉しいな」
肩に届く髪が揺れる。すくめた動作が呆れを表しているようだ。と。そこで兎月は一つ思い出した。お礼を言っておくべきことがあった。
「あの、知恵を貸してくれてありがとうございます。おかげ、いい名前? を付けることができました」
「ん? ああ、そんなに気にしなくていいよ。ちょっと困ってそうだから手助けしただけだからね」
ところで、とプリモアディアは人差し指を立て、覗きこむようにして。
「私のこと、プリムでいいよっていったよね」
「あ、すみませ。いや、ごめん、プリム」
「よろしい」
そう言って、にっこり笑った。そこで、ポンっと手を鳴らす。突如白が塗り替わるように切り替わり、ファミレスのようになった。喧騒が耳に入る。
「えへへ。懐かしいでしょ? 兎月くんの世界にあったファミレスを再現してみました~」
「え、ええー!?」
得意気に言うプリムに兎月は驚愕する。何でもありだとは知っていても実際に目にするのは初めてで目を丸くする。
「こちらへどうぞ」
「ほらほらいくよ~」
ホールの人がすぐに案内に来る。いまだ衝撃が抜けていない兎月はプリムに手を引かれて付いて行った。席に案内される。
「こちらをどうぞ」
「兎月君、はいメニュー。何でも頼んでいいからね。夢だし」
兎月にメニューを手渡し、プリムが言う。さらに「お腹に送ってあげてもいいけど」と笑っていう。食べなくてもそれほど問題ではない兎月は頭を振った。
「私のオススメはパフェだよー。この前、すごいの発見したから」
プリムがこれだよー、と広がるメニュー――面積ではなく、内容がだ。どんな原理だろう?――の一角を指す。そこには色とりどりのパフェがあった。
「黄金パフェってやつね。幸せがやってくるんだって。人間の考えることはよく分かんないね~」
確かに、と頷く。チェーン店で売られる幸せにどんなご利益があるのだろうか。幸せって売れるのだろうか。軽く疑問が湧くが、せっかくのオススメなのでそれにすることにする。
「あ、これはチェーン店じゃないよ? そのメニュー色んな所から集めてるから。えーっと、確か……そうそう。ある世界の町外れにある小さな喫茶店だね。雰囲気のいいところだったよ」
どこかの世界を眺めているのだろう。視線をやや遠くにしてプリムが言う。
なるほど、と納得したところで新しい疑問が、たしかこの人――人と言っていいかわからないけど――力が強すぎて、外には出られないのでは? と首をひねる。
「分体だから大丈夫だよ。私だって世界を壊したいわけではないからね。あ、すみませ~ん。注文お願いしまーす」
待ち構えていたようにすぐに来た人に注文をする。すぐに運ばれてきた。一体どんな風に作っているのか気になる。
「はい、兎月君。あーん」
「あ、あーん? むぐ」
何故かパフェを受け取ったプリムがパフェをすくい取ったスプーンを差し出してくる。少し恥ずかしかったが、口を開けた。どういうことかわからないけど、周りに他のお客もいるのでちょっと、いやかなり恥ずかしい。おいしかったけど。
「ふふふ。一度やってみたかったんだー。うん、おいしい」
プリムも一口食べ、頬を緩ませる。そして、パフェを兎月に渡し、かわいらしく口を開けた。
「あーん、して?」
「……ぁーんっ」
できるだけ、無心で。心を解かしてスプーンを差し出す。これを最初に考えた人はパナイ。いろいろな意味で。
それからまた、パフェはプリムのもとに戻りゆっくりと食べられて、食べさせられていった。兎月はひたすら無心に務めた。だって、恥ずかしすぎる。
「兎月くーん? もう」
プリムはすねた顔でパチン、と指を鳴らす。兎月はハッと我に返る。気がつけば、ファミレスも消えていた。
「兎月君。女の子と話しているのに無心はダメだよ? 私じゃなかったら嫌われちゃうからね」
ぷんぷんと聞こえてきそうな雰囲気でプリムは注意した。心が広い。兎月が元の世界で普通の女の子と付き合えなかったのはこういうことがあったからだろう。しかし、プリムは普通の女の子ではなかった。やんごとなきお方なのだ。
少し申し訳なくなり、しっかりと頷く。それを確認したプリムはこの話はおしまいと手を打った。
そして。
「兎月君、髪の手入れしている? いくら、『黒』の髪だからってなにもしないのはNGだよ?」
後ろにまわり、髪をすいてきた。座って、といつの間にある椅子に座り髪を梳いてもらう。サラサラを流れるクシは非常に心地よかった。
「あ、これ付けててくれたんだ」
下の方で髪を止めている黒い髪留めが光る。簡易的なように見えてしっかりしているそれは前にプリムがくれた物だった。もちろん付けている。兎月の髪は意外に量が少なくかさばりはしないが、くるぶしまで届く長い髪を留めるのに便利だし、なにより兎月はデザインも気に入っている。
「うん。そう思ってくれると嬉しいな」
プリムは慈しむように兎月の髪をいじる。静かに時が流れていった。
「うん。これでバッチシかわいくなったよ」
「……あ、ありがとう」
「いいの、いいの。気にしないで」
かわいい、に少し違和感を受ける兎月だが気持ちよかったのでお礼を言っておく。そんな兎月にプリムは。
「じゃあ、そろそろ時間だから、最後に兎月君に言っておきたいことがあります」
じっとこちらを見つめて、手を握ってくる。思わず、兎月は背筋を伸ばした。
「女の子の顔は殴っちゃダメだよ? いい。わかった?」
「りょ、了解っす」
たぶん、喧嘩のことを言っているのだろう。
正直なところあの時は無我夢中だったというか、ほとんど何も考えずのなぐって殴られてだったので、もし次にあっても守れるか自信はなかった。まぁ、次があったとするならだが。
そんな兎月に、プリムはそれ以上何も言わず。
「よろしい」
と頷いた。
「あとね、近寄ってくる人には気をつけるんだよ。世の中悪い人もたくさんいるから。いい人のようでも何考えているのか分かったものじゃないからね。特に、笑顔で近寄ってくる女の人には要注意だよ」
「うん、分かったよ」
「あと、視線に気をつけてね。兎月君、今は女の子みたいだから変な視線を向けてくる男の人には付いて行っちゃダメだよ。変なことされるかもしれないからね」
「あはは、それはないよ」
ところで女の人と男の人どちらも気をつけろとは、誰を信頼すればいいのだろうか。
「それから、力をなるべく振るわないこと。特に人に見られている時はね。兎月くんの力は人間にとってはかなり魅力的だからね。うっかりしていると利用されちゃうから。近寄ってくる人には警戒だよ」
「大丈夫だよ」
プリムは心配症だなー、と兎月は思った。一応元の世界でも成人していたのだ。周りの環境に恵まれ、悪意に疎い面もあるが嫌なことがなかったわけではない。
「最後だよ。特にやたらペタペタしてくる女の子にはちゃんと距離をおいておくんだよ。絆されちゃダメだからね」
「ほだされるって?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「うーん、面倒。これでどうだ!」
「あ、わかりました」
頭に直接ニュアンスが送り込まれてきた。辞書の内容みたいだ。今回は量が少なかったからか、問題はなかった。
つまり。こういうことだ。
◆◇
絆される
一つ。情に寄って、精神的、物理的に行動が制限されること。
一つ。体を束縛されること。
◆◇
「あ、そういえば。言葉が普通に通じるのはなんでかわかる?」
ついでに疑問が出てきたので聞いておく。プリムなら何でも知っていておかしくはない。
明日香に警告されていたがあっさりと会話できたし、あまりに普通に会話していたから気にも留めなかったが考えて見ればおかしい。元の世界でしか通じないようなことも普通に通じていた気がする。
「それは簡単だよ。私がそうしておいたからね」
言葉が通じないと困るでしょ、と聞いてくる。兎月は頷いた。一度は覚悟したが確かに勉強から入るのは面倒だった。まぁ、なんとかなるかもしれないけど。
「まぁ、一応何語でも通じるようにしてあるよ。ニュアンスが伝わる感じね。兎月君が今いる世界は言語が統一されているから必要なかったかもしれないけど。兎月くんの元いた世界に比べれば、たいしたことはないかもね」
神の言葉をそのまま使っているからね、と豆知識を教えてくれた。
「じゃあ、またね」
「うん、また」
バイバイ、とプリムが手を振る。それに振り返しながら兎月は徐々に消えていく。同時に意識も薄れていき、やがて精神は元の場所に還った。
◇
絆されるの部分は適当です。引用していないので正確さにかけます。