ステップ〜2
世界は暗いままだ。横たわっているらしい。
「おいっ、大丈夫かっ! すぐに救急車が来るからなっ」
「…は?」
「トラックに轢かれたんだよ。頭を打って血が出ているから動くなよ?」
言われてみると右側頭部に鈍痛がある。ズキズキすると言えば良いだろうか。
「おーいっ! 分かるかっ、名前はっ?」
「…氷室夢人」
「氷室君、ストレッチャーに乗せるからねっ」
どうやら救急隊の人らしい。ぼんやりとしか見えないから何とも言えない。
そして救急車の中で応急処置がされたようだ。そんな気がした。
「学生証は? 携帯電話はあるかい?」
「…内ポケット」
ごそごそと上着を弄る音が聞こえた。そして救急隊員と思しき男性の声。
そこから気が遠くなった。
意識が戻ってきた。まだ横たわっているようだ。さっき見た異様な夢を思い出した。
目を開けてあいつがいたら嫌だと思ったが、良く考えたら目が見えないのだった。安心して目を開けた。
「…あれ?」
「お目覚め? レントゲンなんかの映像では脳に異常は無いって。脳波も正常よ。外傷があったくらいね。ほんの少しだけ縫ったから、今夜は泊まっていくのよ」
馴染みのある女性の声と記憶している女性の姿を理解した。
「義母さん?」
「ええ、そうよ。…本当に事故によく遭うわねぇ。心配したわよ。勝手が違うから私がついていてあげますからね。お父様はもうすぐ来るから」
目の前に手をかざして確認してみた。
「ええとですね、右目が見えるんですが…。左は見えないけど」
「え…? 本当? 見えるのっ? 私が見えるっ? 夢人さんっ」
食われるんじゃないかと思ってしまった。それくらいの勢いだった。
「右目は見える…。何年ぶりかな?」
「良かったわ…。奇跡が起きたのね…」
そう思っても良いだろう。今ははっきりと見える。遠近感はまったく無いが。
義母さんは病室を飛び出した。見回してみたら個室だった。普通は大部屋だと思うが。相変わらず過保護なのだ。嬉しい反面、鬱陶しかったりする。
看護士さんがなにやら紙を持って入ってきた。御馴染みの黒いしゃもじも見えた。視力検査だ。簡単に済ませて後日再検査するそうだ。
「…右目は1.5ですねぇ。左目は測定不能です。…お母様の言われた事が事実なら奇跡と思っても仕方ありませんわ」
不思議な言い方だ。本人にしか分からないのだから仕方ないと思う。