ステップ〜1
眠りを妨げたのは奇妙な声だった。
「ねぇ、起きなさいよぉ。起きてってばぁ…。んもぅ、怒るわよ? …起きねぇか小僧っ!」
野太い声が女言葉で囁いていたかと思うと、急にドスの利いた口調になった。
「…お早う御座います」
「はい、お早う。氷室夢人君よね?」
非常に恐ろしい。目の前に半裸のマッチョマンがいる。しかも顔が近い。
「は、はい…。そうですが…」
「ええとね、君は死に損なったから。さっさと人間界に戻って」
「は?」
「君は交通事故で死ぬはずだったんだけどぉ、ちょっと事情があってね、生き返らせちゃうのよぉ。それでさぁ、お仕事を一つ引き受けて欲しいのよぉ。引き受けてくれれば良い思いができてぇ、断ったら嫌ぁな思いをするのぉ。…どうする? …引き受けてくれるよなぁ、小僧?」
最後の一言が異様に怖い。思わず頷いていた。冷や汗が体中から噴出している。
「良い子ねぇ…。可愛いし私がもらいたいくらいよ。…んで、お仕事は一つだけよん。横河亜里沙さんの恋を手助けするのよ」
「横河亜里沙…。誰?」
マッチョマンは天を仰いだ。
「あぁ…、この子って…。あのねぇ、去年同じクラスじゃなかったの? 毎朝挨拶してくる可愛い女の子よぉ。…思い出した?」
「…全然」
「ぶっ飛ばして良いかしら…。ミス城南って言っても分からない?」
ちょっと考えてみる。なぜかミスコンテストをやる学園に通っている。フェミニストから良く攻撃されないものだと思う。それしか覚えていない。
「ええと、…ごめんなさい。分からないです」
「時間の無駄だから、とっとと戻んなさい! 探せばすぐよっ!」
「良い思いと嫌な思いって何ですか?」
彼は溜め息をついたが、にこやかにこう言った。
「つまらない事をグダグダ言わないの。君しかいないんだから。良いわね? 横河さんの恋が実るように助けるのよ? そうじゃないと犯すからね」
爽やかな笑顔で怖い事を言われたら頷くしかない。
「…何とか、がんばります」
「はい、良い子ね。じゃあ行ってらっしゃい。プラトンとオウィディウスについて調べなさいね? 読まなくても良いけどちゃんと調べるのよ? そうじゃないと彼女の恋は実らないからね? ばぁぁーいっ」
そして世界は暗闇になった。