裁判の支配者
赤と黒の服を着た兵隊達が、綺麗な列を作って歩いて行く。
お城の兵士達とは違い、ブリキの人形で見た事があるような格好。
毛皮のような帽子が特徴的だった。
ここの使用人達は、赤と黒の制服で統一されている。
その胸元の刺繍は、ダイヤだったりスペードだったりクローバーだったり。
なんだかトランプの柄のように見えてくる。
むしろ、トランプをモチーフにした制服だ。
使用人「こっちは私が担当しますから、あなたはそっちをお願いしますね」
海希「分かりました」
赤い薔薇の香りが広がる庭園。
棘のある赤い花は美しいが、たまに毒々しくも見える。
花を傷付けないように、持っていた箒で掃いていく。
これを少しでも傷付ければ、私の首が飛んでしまうのだ。
簡単な仕事なのに、こんな命懸けな場所で働いているなんて、やはり私はジャックに言われた通り、命知らずなのだろう。
日差しは暖かい。
これで稼げるのだから、ありがたい事だと思う。
自分の分担場所の掃除を終え、今度は室内の拭き掃除。
キラキラと光る大理石の床を滑るように、モップ掛けをしていく。
意外に埃が溜まっていたようで、隅に集めていたゴミが、着々と溜まっていった。
私はそれを、綺麗にちりとりですくい上げる。
セリウス「今日も真面目なんですね、貴女は」
海希「わっ!!!」
耳元にかかった吐息に、思わずちりとりを落としそうになってしまった。
せっかく集めたゴミがバラバラになってしまっていたら...危うく彼を殴る事になっていた。
海希「急に驚かさないでよ!」
しかも近い。
振り返れば奴がいた。
気配を消して近付いて来るなんて、このウサギは殺し屋の素質があると思う。
そんな事を思いながら、すぐに彼から必要最低限の距離をとった。
セリウス「おや?私は驚かしたつもりはないのですが」
彼の存在自体が心臓に悪いのだ。
このウサギ男は、私にとって要注意人物。
女性のような綺麗な顔立ちをしたウサギ男。
その頭には、真っ白な長い耳が付いている。
海希「あなたの存在自体が、私の中で驚きなのよ」
セリウス「そんなに私を意識してくれていたとは光栄です。でも、正直今の反応はあまり色気を感じないですね」
光栄な事ではない。
むしろ、恥だと思え。
しかも、色気が無いとは大きなお世話だ。
お前には一生見せる事の無い色だよ、と心の中で毒付いておく。
セリウス「休憩中なんですが、良かったらランチでもご一緒しませんか?」
海希「しない」
冷たく言うと、私は仕事を続行した。
しかし、隣のウサギ男はまだここにいる。
セリウス「つれないですね〜。ここの食堂メニューのにんじんサンドは美味なんですよ?ウサギではない人からも人気があると言うのに....」
惜しいとは思わない。
"にんじんサンド"が嫌な訳じゃない。
カロリーを控えてある上に、絡めてあるソースがなんとも絶品で、ダイエット中の女性からすれば、人気があるのも分かる。
私の場合、ただこいつが難点なのだ。
海希「今は仕事中なの。休憩は後半だから、駄目ね」
きっぱりと言い切ってやった。
躊躇はしないし、もちろん同情なんてものもない。
これくらいしなければ、彼はしつこいのだ。
しかし、結局いつも流されてしまう。
セリウス「なら尚更ですね。上司命令です。私のランチにご一緒しなさい」
さっきまでの明るい声とは違い、冷たい印象を覚えてしまうほどの命令口調。
思わず彼を睨んでしまった。
ここで仕事をしていなければ...こいつが上司でなければと、どんなに願った事か。
それならば、確実に彼の耳を引っ張り回していただろう。
海希「〜〜っ!!!」
文句は言えない。
それが仕事だと言われたのなら、従うしかないのだ。
ご飯くらい....それで済むのなら、ありがたい事だった。
いつ彼に変な注文をされるか、毎日ヒヤヒヤしている。
セクハラ発言だってされ兼ねない。
いや、これも所謂パワハラなのだが。
海希「....分かったわよ」
セリウス「それが上司に対する言葉ですか?」
冷ややかに笑う。
両目の赤い瞳に射殺されるような気分に、背筋がゾクリとした。
海希「承知しました!」
ワザと強調して言った。
すると、彼は満足そうに微笑む。
セリウス「そうですか。それでは参りましょう」
参りましょうと言っているが、先頭を歩くのは私だ。
このセリウス・アクランドと言うウサギは、とてつもない方向音痴。
彼について行けば、食堂まで辿り着くのにどれだけの時間を費やすか分からない。
海希「.......」
赤の裁判所の食堂は屋上にある。
席は屋外と屋内と二ヶ所にあるが、私は屋外のテラス席を使っていた。
床も壁もテーブルも、どこを見ても赤と黒のモノトンカラー。
なんだか目に悪い(ピーターがいれば、目の保養になっていた)。
セリウス「う〜ん、やはりこれは美味ですね!売り切れギリギリで間に合って良かったです!」
あぁ、この濃厚なソースのなんとも言えない風味が口の中に広がって...(以下所略)と、このウサギ男は食事を楽しんでいた。
こいつ...マジもんのウサギだな。
その耳だけじゃなく、人参を絶賛しているのがまさにウサギと言える。
グラスに入った水を口に含み、言いたい言葉を喉の奥へと流し込んだ。
楽しそうにパクパクと食事にありつくセリウスの姿は、少しだけ可愛くも見える。
海希「間に合って良かったわね。まさか、あなたがそんなに人参好きだったとは...予想通りだわ」
セリウス「貴女にも差し上げましょうか?私が食べさせて差し上げますよ」
クスッと小さく笑ってから、彼は私の口元にそれを持って来ようとした。
海希「いらないってば」
セリウス「そんなに恥ずかしがる事ないじゃないですか」
海希「嫌がっているのよ!」
セリウスの相手をしていると、頭が痛くなってくる。
私もどさくさに紛れてごく普通のハンバーガーを買ったが、食べる気にならないでいる。
セリウス「仕事には慣れました?まさか、あなたがここで働きに通うなんて、私はとても嬉しいですよ」
お前には慣れないよ。
そんな事は、口に出来ない。
なので、心の中で毒付いた。
海希「まぁ、こう言う仕事には興味があったし。でも、雑用ってのもいろいろ大変ね。きっと、セリウス達の仕事はもっと大変だろうけど」
セリウス「私の心配をしてくれるんですか?大丈夫ですよ、私のスケジュールは多少変更があったりしますが、仕事に差し支えありませんし、なんなら余裕があるくらいです」
ティーカップに入った紅茶を口にしたセリウスは、やけに堂々として見える。
どの口がそんな事を言っているんだ。
海希「へぇ、余裕ね...それ、さぼっているからでしょ?」
セリウス「ちょっとした息抜きも必要なんですよ。だから、たまには私の部屋にも遊びに来てくださいね」
この遅刻魔のさぼり魔め。
彼が毎日存分に道に迷っている事によって、仕事が遅れ、時には私のような雑用係が手伝う事だってあった。
とても迷惑な上司...彼は即刻クビにするべきだ。
セリウス「ほら、貴女も早く食べないと、冷めてしまいますよ?」
赤い瞳が細くなる。
優しい口調で、それもとてもつもなく綺麗な笑顔を作っている。
美形なウサギに促され、私は小さな溜息を吐いた。
とりあえず、せっかくなんだからこのタイミングで昼食を済ませておこう。
それに、この男に付き合わされるのはいつもの事。
今日捕まってしまったのは、私の不覚。
目の前のバーガーに手を伸ばす。
それと同時に、コツコツとヒールが床を叩く音が耳に入ってきた。
徐々にそれが近付いてきたのが分かり、何故かその音が止んだのは、私の真後ろでだった。
何気なく振り返ってみたが、彼女の姿が目に入った途端、せっかく湧きおこっていた食欲が失せてしまった。
イザベラ「2人でランチを楽しんでいるのか?なら、わらわも混ぜてもらう事にしよう」