豆の木男とのブレイクタイム
行き着いた先は、行き慣れたカフェ。
世界観溢れる町並みを楽しみたかった為、私たちはテラス席へと案内して貰った。
席に座ると、それぞれが飲み物を頼む。
私はいつも紅茶シリーズを頼むのだが、今回は爽やかな味わいのオレンジジュースにした。
頼んだメニューは、すぐにやって来た。
ジャックがチョイスしたものは、カフェオレだった。
海希「ビアンカは元気にしてる?」
話を振ったのは、私の方だった。
オンリーでロンリーな彼は、きっと話題が少ない筈。
と、勝手に判断し、気を遣っているのだ。
ジャック「ビアンカ?あぁ、彼女は元気だよ。今度、結婚するんだ」
海希「え!!?」
急な結婚報告。
しばらく会っていなかったので、報告されるタイミングもなかったが。
私は驚きを隠せないでいた。
ジャック「....あんた、勘違いしてるだろ?言っておくけど、僕とじゃないからな」
何かを察してか、彼は私に言い直す。
そんなに顔に出ていたのだろうか。
なんだ....少し安心したのに。
ぼっちで引きこもりの彼には、パートナーが必要だと思う。
でなければ、彼はあの薄暗い洞窟の中で、誰にも気付かれずに死んでしまうだろう。
海希「相手はどんな人なの?」
ジャック「隣国の王子様だってさ。ジジイ達が泣き喚いて煩いのなんのって...仕事にもならない」
その姿を思い出しているのか、とても苦々しい表情を浮かべている。
やはり、ビアンカには王子様だ。
きっと、2人が結ばれたきっかけは林檎。
私の中で、妄想が繰り広げられる。
ジャック「まっ、これでジジィ共のお守りもしなくて済むだろうし、玉の輿なんだから、彼女も幸せだろうな」
海希「寂しくなるわね。結婚式には出るの?」
すると彼は、そこなんだ、と思い詰めたように小さく呟く。
ジャック「まぁね...スピーチを任されたんだ.....何を話せば良いんだか分からない」
引きこもりにしては、いきなり重大な任務を任されたようだった。
少し青ざめながら額を押さえる彼が、なんだか可哀想になってくる。
海希「本音を話せば良いだけよ。色々とお世話になった事とかあるでしょ?」
ジャック「そんな事は分かってるよ。ただ、あんなデカイ城の中で結婚式だなんて....」
更にジャックの顔が青くなっていく。
城の中の結婚式なら、きっとそれなりの人達が集まる。
しかも、絶対に大人数だ。
とても大規模な結婚式になるだろう。
ぼっちで引きこもりの彼にしてみれば、地獄だと言える。
ジャック「人の祝事でこんな事は言いたくないけど...余裕なんてない...迷惑だ...」
じゃぁ、なんで断らなかったんだろう。
そう思ったけれど、迷惑だなんて本気では思っていないのだろう。
海希「堂々としてれば良いのよ。男でしょ?」
ジャック「他人事みたいに言うなよ...あぁ、心臓が痛い...鉱山に戻りたい...」
所詮は他人事だ。
ジャックは好きだが、代わってやりたいとは思わない。
どちらかというと、私も大勢の前で喋るのは苦手である。
ジャック「...って言うか、あんたはどうなんだよ」
海希「楽しくやってるわ。仕事も始めたの」
ジャック「へぇ、どんな仕事?」
茶色のクリーミーな飲み物を口にしながら、私の話に若干食い付いて来た。
仕事の話に興味があるのか。
どれだけ仕事が好きな男なのだろう。
海希「あなたみたいな力仕事じゃないけど...裁判所で雑用をね」
そう、私は仕事を始めていた。
ここに住むと決めてから、レイルの趣味だけでは生きていけない。
なので、私も稼いでいるのだ。
もっとも、私の目的はまだある。
なんとかして、法律を変える事だ。
しかし、今の雑用の私ではどうする事も出来ないまま。
でも、まだ諦めてはいない。
ジャック「あんな目に悪そうな所、よく通えるよな」
ごもっともな事を言ってくれる。
やはり、彼とは気が合いそうだ。
海希「もう慣れたわ。それに人間関係も....」
あそこには、私の苦手な人物が2人もいる。
どうしてあんな目の悪い場所で、それも苦手な人物達と働いているのだろう。
自ら逆境に立ち向かうほど、強く無い人間の筈なのに。
ジャック「人間関係に悩んでいるのか?」
ジャックの眉が、ピクリと動く。
ぼっちの好きな彼だ。
1人の方が良いだろと、ぼっち勧誘をして来るに違いない。
海希「そう言う訳じゃなくて。始めたばかりだから、手間取っているだけ」
人間関係は、どこに行ったって拗れるもの。
ぼっち信者には、それを言ったところで分かってはくれないだろう。
ジャック「稼ぎたいだけなら....僕の所に来る?」
突然の申し出だった。
突然過ぎて、口に入っていたジュースを危うく吹きこぼすところだった。
海希「....え!?」
ジャック「簡単な事務仕事で良いよ。資材の手配とか、業者とのやり取り。難しい事じゃないし」
と、淡々と話し続ける。
....意外だ。
かなり意外。
ぼっち勧誘ではなく、仕事に勧誘されている。
ジャック「....なんだよ?」
不審な目を向けていたのが仇となった。
ジャックは目を細める。
海希「いや....意外だったのよ」
自分の所にこないか。
その言葉だけを聞くと、まるでプロポーズのように聞こえてくる台詞。
実際にプロポーズされた訳ではないが、それくらいに驚いている。
ジャック「意外?なにが?」
どうして余計な所に食い付いてくるのだろう。
一々面倒な男だ。
海希「あなたが私を勧誘してくるなんてね...嫌われてると思ってたから」
ジャック「は?嫌いならこんな所でお茶なんてしていないだろ?」
それはそうだけど....
と、私は後ろめたさに視線を落とす。
海希「半分、無理やり連れて来た感じだったから...一応、反省はしているのよ?」
すると、ジャックは呆れたように溜息を吐いた。
そして、髪を軽く掻き上げる。
ジャック「今更かよ?別に無理強いされてるなんて思ってない。あんたの事は、嫌いじゃないからな」
海希「じゃぁ、私が好きなのね。嬉しいわ」
その瞬間、ジャックは勢い良く口から飲み物を吹き出した。
とても綺麗に描いていた曲線。
素晴らしいアーチを見届けた後、咳き込んでいるジャックに目を移す。
こんなシーンは、漫画かアニメでしか見た事がない。
ビショビショに濡れたテーブルの上を、私は綺麗にフキンで拭き取った。
ジャック「そう言う事をサラリと言うな!!!」
海希「一々リアクションがオーバーなのよ。あなたこそ、もう少しサラリと受け流せないの?」
ジャック「......っ!!!言っておくけど、友人としてだからな!」
と、何度も何度も念押される。
はいはい、と軽く流しつつ、私は綺麗に彼の吹き出したカフェオレを片付けた。
私にかからなかったのが幸いだ。
こう言う彼の反応を見るのが、密かな私の楽しみでもあった。
こんなにリアクションが大きいと、彼を観察するのが楽しい。
私の周りには、私を困らせる人達ばかりだ。
だから、私は彼で楽しんでいる。
ジャック「で?返事は?」
海希「返事?」
なんの返事だ。
私が首を傾げていると、落ち着きを取り戻したジャックが続けた。
ジャック「だから、さっきの返事だよ。うちに来るか来ないか」
....と言うか、その言い方をやめて欲しい。
周りが聞いていたら、とても厄介だ。
変な所は気するくせに、こう言う所は気ならないのだろうか。
海希「気持ちは嬉しいわ。でも、今の仕事にもやり甲斐を感じているから。心配してくれてありがとう」
ぼっちなのに、私の人間関係を心配してくれた。
その優しさには感謝するべきだ。
私がにっこりと微笑むと、彼の頬がほんの少し赤くなった。
ジャック「心配なんてしてない!こっちも人手不足だっただけだ。勘違いするな」
海希「ふふっ。だったら、勘違いしたままで良いわ」
彼の反応は、やはり面白い。
私がクスクス笑っていると、ジャックは肩をすくめながら、カフェオレを飲んでいた。
遠慮がちにチラリと視線をこちらに向けると、ボソリと呟く。
ジャック「.....本当、あんたって変わってる」
しばらく、ジャックとの会話を楽しんでいた。
気が付いた頃には空は赤くなり、暖かい日差しもいつの間にやら肌寒い空気に変わる。
建ち並ぶ店は、色鮮やかな光を灯し、街灯が通りを照らした。
人通りも少なくなり、活気あったこの場所も、なんだか寂し気に見える。
店を出ようと、私達は立ち上がった。
ポケットの中にあった財布を取り出そうとすると、それをジャックに遮られた。
ジャック「良いよ、僕が出すから」
....やはり意外。
本人には言えないが、彼はお金にケチなイメージがあった。
私の勝手なイメージだが。
海希「良いわよ、私が誘ったんだし」
ジャック「あとで何を言われる分からないからな。それに、また付き合ってくれって言われても....」
海希「やっぱり迷惑だった?」
やはり迷惑だったのか。
帰りを邪魔してしまったのだから、そう思われても仕方がない。
ジャック「迷惑だなんて言ってないだろ!ただ、次に誘われた時に僕が気を遣うんだ!」
結局、迷惑だったのかそうでなかったのかよく分からなかった。
しかし、次という言葉を使ってくれたのは、なんだか嬉しい。
海希「ありがとう。なら、次は私が出すね」
2人で店を出る。
やはり、昼間より静かな町。
この夜の静けさも嫌いじゃない。
照明がとても綺麗で、カップル達が寄り添い合う。
雰囲気も良い感じだ。
海希「ここに来たら、また会えると良いわね」
ジャック「また仕事で来るよ。あんたは、ほとんどここか裁判所にいるんだろ?」
海希「そうね...ジャックもここにいるなら、嫌でも会えるかな」
薄暗くなっていく道を辿りながら、城下町を抜けた。
門を潜り抜けた所で、前を歩いていたジャックが立ち止まる。
そして、私に振り返った。
ジャック「で?あんたの家はどっち?」
海希「えっと....あの辺りの森の中よ」
と、先に見える密林を適当に指差した。
ジャック「送ってくよ」
その言葉に、私の体は硬直する。
海希「え?どうして?」
ジャック「どうしてって...もう暗いのに、女が1人で森の中を歩くのは危ないだろ。前から思ってたけど、あんたって命知らずだよな」
冷たい言い方ではあったが、紳士的な申し出はとても嬉しい。
しかし困る。
あの森には、危険な猫の根城があるのだ。
海希「いい!私は大丈夫だから!ジャックだって、早く帰りたいでしょ?」
ジャック「僕は宿でもとるよ。それで?こっちでいいの?」
と、足を踏み出す彼の前に立ちはだかった。
困る。
とても困るのだ。
海希「大丈夫よ!本当に大丈夫だから!ありがとう!気持ちだけ受け取っておくから!」
私なんかより、彼の身が心配だ。
猫に私と歩いている所を見られたら、ジャックは間違いなく消される(ワープさせられる)だろう。
なにせ、あの森はレイルにとっては庭みたいなものだ。
どこから現れるか分からない。
それに、私は彼から逃亡している最中だ。
レイルとのピクニックを投げだし(レイルとロイゼのせいだが)、彼とお茶を楽しんでいたのだから、その怒りの矛先は必ず彼に向けられる。
大惨事は免れない。
ジャック「なんだよ?そんなに言うなら、もういいよ」
不機嫌そうに踵を返す彼は、城下町へと歩いていく。
きっと、ここで宿を探すのだろう。
海希「本当にありがとう!今日は楽しかったわ!明日は気を付けて帰ってね!」
いつまでも手を振っていると、彼はちらりとこちらに振り返ってくれた。
そして、背中越しに小さく手を振り、おやすみと小さな声で別れを告げてくれたのだった。
とりあえず、一安心した私は息を吐く。
ジャックと会えるなんて、思ってもみなかった。
またいつか会えると良いな。
彼との偶然の出会いの喜びを噛み締め、自分も家に帰ろうと振り返ったその瞬間だった。
暗くなり視界が悪くなった、森へと続く道。
真っ先に飛び込んできたのは2つの光だった。
海希「きゃぁあっ!!!?」
そこに、2色の瞳が鋭く光っていた。
危うく、心臓が飛び出る所だった。
早くなった鼓動を抑えるのに私は必死で、目の前にいるレイルに掛ける声すら出なかった。
目を細め、ジャックが歩いて行った方をジッと見ている。
レイル「今のって誰?」
まだ見ている。
その瞳孔は細い。
海希「いるなら声くらい掛けなさいよ!!!?」
やっと出た言葉はそれだった。
いつからいたのだろうか。
神出鬼没の猫。
本当にストーカーの素質がある。
レイル「今、声を掛けただろ?で、今の誰?」
私に視線が向けられる。
綺麗な宝石のように、その目は輝いている。
けれど、それが美しく見える程、私にとっては恐怖のどん底へと突き落とされる気分になった。
海希「あんたね、心臓に悪過ぎ!私の後ろに立たないでよ!」
まるでどこかのスナイパーの発言だ。
そんな発言をさせないで欲しい。
レイル「別に驚かすつもりはなかったんだぜ?だから、今の男は誰なんだ?」
何度すりかえても、同じ言葉が繰り返し語尾に足されてしまう。
私は呆れて、溜息しか出てこない。
海希「友達よ。たまたま会ったの」
そう言うと、彼はジッと私の目を見つめる。
レイル「本当?」
海希「恋人、って言って欲しい訳?」
ワザとその言葉を口にしてみた。
すると、彼は片眉を吊り上げる。
レイル「....浮気?」
海希「変な事言わないでよ。友達よ、友達。それに、あんたとは恋人でもないのに浮気になんないでしょ!私の友好関係に口を挟まないで」
しかし、彼は聞いていない様子だった。
鼻をヒクヒクと動かし、私の周りを一周する。
まるで、何かを探っているかのように、その目と鼻で観察しているのだ。
なんだか変な気分になる。
私の目の前に戻ってくると、彼の表情は明るくなっていた。
レイル「変な臭いはないし、大丈夫そうだな。たくっ、俺の事を放っておくなんて、本当にあんたって冷たい」
私の手を優しく握る。
頬を寄せながら、甘い声を出してくる。
海希「普通よ。あんただって、私を放ってどこかへ行く事だってあるでしょ?」
彼は猫だ。
のらりくらりと1人で出掛ける時がある。
それと同じ事だ。
レイル「アマキが寂しいなら、ずっと一緒に居てあげてもいいぜ?」
海希「いらない。って言うか、変な臭いって何よ。私はゴミじゃないのよ」
レイル「違うって。変な男の臭いが付いてないか確認しただけ」
なんて便利な鼻なんだ。
どうしてその鼻を、もっと犯罪撲滅の為に有効活用しないのか、疑問に思うくらいだ。
レイルが拳銃を取り出す。
黒と白のツートーンカラー。
とてもカジュアルで、やはり玩具のように見える。
彼が引き金を引くと、ドンッと銃声が鳴った。
目の前には、クルクルと回りながら青白く光る魔法陣。
いつ見ても、とても綺麗だ。
レイル「家に帰ったら、昼間の続きをしよっか」
海希「続き?」
と、私が訊き返すと彼はにっこりと笑う。
レイル「だって、あの馬鹿狼に邪魔されただろ?それに、俺もお預けくらってるし」
こ、こいつ....!!!
あんなに追い掛け回してやったのに、まだ懲りていないようだった。
それに、ロイゼに邪魔された訳ではなく、私が強制終了させたのだ。
そんな事も分かっていないなんて....飼い主として、とても残念でならない。
海希「....変な事したら、今度はその尻尾に噛み付くからね?」
レイル「!?」
ワープを潜ると同時に、低い声で脅しておく。
この脅しもいつまで通用するか分からない。
なにせ、彼は都合の悪い事はすぐに忘れてしまう。
私の今後の身の安全が、とても心配になった。