城下町での出会い
海希「はぁ...はぁ...はぁ...」
全力疾走した私の呼吸器官は、はち切れ寸前だった。
動悸、息切れが激しい。
鼓動の音が、時限爆弾のタイマーの進む音のように聴こえてくる。
まだ額から滲んで来る汗を拭い、城下町へ続く門を潜った。
走るスピードも、徐々に落ちていく。
煌びやかな町並みが私を迎えてくれた時には、歩行していた。
しばらく歩いた後、足を止める。
胸に手を当て、壁に寄り掛かりながら呼吸が整うのを待つ。
ここは、いつ来ても人で賑わっている。
子供達が噴水前を走る抜け、明るい声があちこちから聞こえてくる。
たくさん並んだお店は、どれもこれもレンガを積み上げて出来た、お洒落な造りだ。
さっきまでの出来事が、頭の中で露散する。
あの2人を撒く事はとても大変だったが、なんとか成功出来たようだった。
銃声も聞こえなければ、言い争う声も聞こえない。
やっと、私に平和な時間が戻って来たのだ。
海希「...そうだ、ドロシーに会いに行ってみよっと」
彼女は、大抵ここでマッチを売っている。
会う事は、そう難しくはない。
とりあえず、あの仕事熱心な彼女を探し始める為、私はまた歩き始めた。
多くの人とすれ違いながら、並んでいるお店のショーウィンドウを見てみる。
どれもこれも可愛い服や小物が飾られ、女心を擽られてしまうような商品ばかり。
やはり、私も女だ。
こう言う物には目がない。
海希「....ん?」
ショーウィンドウに、うっすらと映る自分の姿。
さっきまで必死に走っていたせいか、髪も服も乱れている。
いや...これはレイルのせいなのかもしれない。
こんな姿でここを歩いていたのかと思うと、恥ずかしくなってきた。
乱れを戻そうと手を伸ばした時、ある物が目に入った。
私の後ろを行き交う人々。
いろんな人に混じって、緑色の何かが横切って行く。
あんなに緑色を愛しているのは、葉緑体かあの男しかいないだろう。
海希「ピーター!」
彼の背中を呼び止めた。
やはり、全身緑色の服で固めている。
人混みの中にいても、すぐに見つけられるので便利だった。
ピーター「やぁ、君か!1人なの?」
こちらに振り向き、爽やかな笑顔を向けられた。
やはり全身が緑なので、余計に爽やかに見える。
ここが森の中なら、こんなに簡単に彼を見つけられはしない。
海希「そうなの。あなたは?」
ピーター「俺は今からお菓子の家に行くけど...君も来る?」
海希「行かない」
即答した。
お菓子の家には行きたくない。
何故なら、あそこにはトラウマがあるからだ。
ピーター「冷たいな〜、暇なら俺に付き合ってくれても良いのに。あぁ、レイルの事なら大丈夫。何かあったら、俺から話はつけておくしさ」
嘘を吐くな。
一度、私の目の前でレイルと殺し合いをした仲ではないか。
話をつける前に、どちらかの命が尽きてしまうだろう。
一体どんな方法で話をつけるのか、聞かなくても想像がつく。
海希「あそこは嫌いなのよ」
その手の世界では有名らしい双子の兄妹。
見た目は可愛らしい子供で、おまけにメルヘン過ぎるお菓子の家に住んでいる。
妹であるグレーテル・ブラックはお菓子屋を経営しているが、客である私に毒を盛った。
兄のヘンゼル・ブラックは武器商人。
彼にだって、銃を突きつけられた事がある。
あんな変てこな家に住んでいるのに、やっている事は全く甘くない。
とにかく、強烈過ぎるキャラの双子に関わりたくないのだ。
あの双子は、危険すぎる。
ピーター「じゃぁ、仕方がないな....って言うか、何か急いでいたの?」
海希「え?」
ピーターの手が、私の頭を撫でる。
優しく丁寧に、そっと私の髪を整えてくれた。
ピーター「髪が乱れているよ?それに服も。変な男にでも襲われた?」
クスッと笑いながら、緑の瞳が細められた。
げっ....
私とした事が。
ピーターに声を掛ける前に、整える事を忘れていた。
女として、とんだ赤っ恥だ。
ピーター「服は....俺が整えてあげた方が良い?」
海希「変な事を言わないでよ」
この葉緑体、変な事をさらりと言ってくる。
気付けば追い詰められている感覚。
油断をしてはならない。
それに、無意味に年齢詐欺を行っている。
アイドルでもないくせに、歳を誤魔化しているのだ。
ピーター「ははっ、そんなに警戒しなくても、君に嫌われるような事はしないよ。でも、多少の手は出しちゃうかもしれないな」
とても爽やかに。
この葉緑体め、やはり何を考えているのか分からない。
海希「....あなた、なんだか大人っぽく見えるわね」
気のせいだろうか。
彼がいつもより、大人びて見える。
よく見れば身長や体格がいつもと違い、首を傾げた。
海希「隠す事をやめたの?」
ピーター「隠すって、何の話?」
とぼけている。
とても爽やかな笑顔で。
どこまで白々しい葉緑体なんだ。
ピーター「君は大人が好きなんだろ?なら、しばらくこのままで居ても悪くないな」
少し考え込むように、顎に手をやるピーター。
私のウケを狙ってどうする。
なんの得にもならない。
ピーター「じゃっ、俺はもう行くよ。レイルにもよろしく伝えておいて」
人混みの中に、緑の背中が消えていく。
とても不思議な青年だ。
不思議なのは彼だけではないが、すでに不思議と言う言葉にも当てはまらないレベルにまできている。
ピーターと別れた後、私も私でドロシーを探しに歩き始めた。
やはり、彼女を見つけるのは簡単な事だった。
ドロシーとはいつもここで会っている。
なので、大体の居場所が分かるのだ。
目的の人物は、ちょうど接客中だった。
健気に働く彼女の姿。
その笑顔はいつ見ても可愛いらしい。
接客業が、彼女にはとてもよく似合う。
海希「ドロシー!」
タイミングを見計らって、彼女に呼び掛ける。
すると、ドロシーもこちらに気付いてくれたようだった。
ドロシー「こんにちは」
優しい笑顔が向けられる。
やはり、女友達は良いなと実感してしまう。
海希「仕事はどう?もう終わりそう?」
ドロシー「ごめんなさい、もう少し掛かりそうなの」
優れない表情を浮かべながら、小さな溜息を吐く彼女は、いつものドロシーではない。
どこか体調の具合でも悪いのか。
真面目な彼女なので、心配になってしまう。
海希「体調でも悪いの?」
ドロシー「そんな事はないんだけど、今日は少し遅れているの。ごめんね、せっかく声を掛けてくれたのに」
申し訳なさそうに目を潤ませ、ドロシーは暇人な私に対し謝ってくれた。
謝りたいのは私の方だ。
仕事中に声を掛けるなんて、邪魔をしているとしか言いようがない。
海希「こっちこそ、大変なのにごめんね。じゃぁ、また今度お茶でもしましょ」
ドロシー「えぇ、約束するわ」
ドロシーに手を振り、その場を後にする事にした。
ドロシーとブラブラしたかったのだが、1人で歩くのも悪くない。
こんなお洒落な町並みを楽しめるのだから、とても贅沢だ。
上機嫌で歩いていると、目の前のお店から青年が出て来た所に居合わせた。
何気なく、その相手に目がいく。
柔らかいオレンジ色の髪に目を奪われてしまい、さらに相手の青年の顔に声を上げた。
海希「ジャック!?」
ジャック「!」
思わぬ人物に出会してしまった。
彼の名はジャック・ビーン。
真面目で仕事一筋な青年。
友達のいない可哀想な(1人)ぼっちだ。
そんなジャックが、何故ここに居るのか。
ジャック「あぁ...あんたか」
海希「なんでここにいるの!?」
私の勢いに押され、彼は少し驚いている様子だった。
だけど、明らかに私の方が驚いているのは間違いない。
ジャック「ちょっと仕事で用事があったんだ....僕がここに居ることが、そんなに珍しいのか?」
海希「珍しいわよ!」
間髪も入れずに答えてやった。
珍しいにも程がある。
友達のいない仕事一筋の彼は、仕事場である暗い穴の中に閉じこもっているか、休みの日には家で閉じこもっているかの2択しかない(勝手な想像)。
そんな彼が、自分の住んでいる場所から遠く離れたこの場所にいる事が、とてもレアだ(私の中では)。
まるで、洞窟で出会ったレアモンスター。
これがゲームだったら、即座にこのモンスターを捕まえる。
海希「ジャックって、仕事場か家にしか居ないイメージだから驚いたわ」
ジャック「僕だって遠出する事くらいある。人を引きこもりみたいに言うのやめろよ」
残念ながら、お前は引きこもりだよ。
完全体だよ。
もう手遅れなんだよ。
と、言いくなる気持ちを抑える。
彼よりも引きこもりな少女を私は知っているが、ジャックだって相当な引きこもりだ。
いや、そんな事はどうでも良い。
珍しい彼に会えたのだ。
なんだか嬉しくなった。
海希「ねぇ、これから時間ない?」
ジャック「これからって...まぁ、後は帰るだけだから、ない事はないけど」
海希「じゃぁ、お茶でもしましょうよ」
ジャック「は?」
私の言葉が理解出来なかったのか。
もう一度、分かりやすくお茶に誘う事にする。
海希「時間があるなら、一緒にお茶でもしない?せっかく会えたんだから、たくさん話したいし」
この世界にいる友達の中で、彼は一番のまとも人間だ。
少し捻くれている所もあるが、真面目で不器用な優しさを持っている。
お酒を飲まさなければ、感動するくらいに信用出来る人間。
ジャック「お茶って、なんであんたと僕が...」
彼は困惑しつつ、その口から小さな息を漏らす。
片眉を上げ、私を疑うように見つめていた。
こんな状況にも慣れていない彼の事だ。
異性からお茶に誘われる事に、慣れていないのだろう(偏見)。
なんて寂しい奴なんだ。
この反応も、また面白い。
海希「別に良いでしょ、私達は友達なんだから。それとも迷惑だった?」
ジャック「迷惑だなんて言ってないだろ」
ピシャリと言われてしまった。
冷たい言い方だったが、要するにお茶をしても良いという事だ。
海希「じゃぁ、行きましょ。美味しいカフェを知ってるの」
ジャックの手を掴むと、私は歩き始めた。
仕事人らしい、ゴツゴツとした大きな手。
手のひらの皮膚は硬くなり、毎日どれだけの仕事量をしているのか気になるくらいだ。
それに、所々に豆の潰れた跡があり、厚い皮が被っている。
ジャック「おいっ...!!!」
後ろでもたつく彼を無視し、私は行きつけのカフェへ向かった。
そこは、ピーターやドロシーともよく行く場所だった。