大黒柱の存在
おとぎ話の王道とも呼べる登場人物と感動的な出会いを果たしてから、数時間が経過していた。
時は過ぎ去り、夜になる。
ゴールデンタイムと呼ばれる時間帯だ。
今まさに、私にとってもゴールデンタイムとなっている。
食卓を4人で囲んでいた。
隣には白い大型犬。
前方には桃の戦士に、その隣にイケメン男性。
私の周りを大物芸能人達がポジション取っている。
どこを見ても、視野に入ってしまう。
なので、見た目には出さないよう堪えてはいるが、気分は絶好調である。
季「君はここの世界とは違う場所にいたんだな。こう言うのは失礼かもしれないが...なんと言うか、不思議な感じだ」
私は、夕食をご馳走になっている。
真っ白なご飯と炙った塩鯖とお味噌汁と山菜の天婦羅。
このようなものを口にするのはいつ振りだろう。
私は和食が好きだ。
それを噛み締め飲み込む度に、胃が喜んでいるのが分かる。
海希「不思議と言われたのは初めてね。確かに、あんまり嬉しくはないかも」
何度も言うが、私からすれば不思議なのは目の前の獣耳を生やした人間の方だ。
私の見た目はいたって普通。
だが、彼は尻尾まで生やしているのだから、不思議どころか奇妙過ぎる。
そんな白は、満開の笑顔で食事に夢中になっていた。
あまりの勢いに、私の方にご飯粒が飛んで来ないか心配だ。
季「あぁ、やはり今の言い方は悪かった、許してくれ」
海希「いえいえ、もう慣れて今更って感じだから」
私の斜め前に座る季さんは、申し訳なさそうに謝ってくれた。
爽やかでいて優しそうで、しかも高身長。
更に言えば美系であり、大人の雰囲気。
なかなかの高スペックだ。
だが、それと同時に考えている事がある。
....この人は誰なんだ。
桃の戦士の召喚獣は3匹いるが、既に犬の席は埋まっている。
なら、残りは猿と雉。
美味しい夕食にありつきながらも、この謎の推理中だ。
ぜひこの謎を解き明かしたい。
おとぎ話ファンの名にかけて。
桃太郎「遠い場所からこんな所まで...それで、いつ帰る予定なんだ?」
海希「あぁー、それは甲士郎さん次第で....って言うか、本当に帰れるかも不明なのよ」
思い返してみれば、なんだか腹が立って来る。
なんて無責任な亀なんだ。
私はお礼なんていらないと言ったのに、何故か刃物で脅され(ていないが、私から言わせれば同然の事)、その後は海の底へと引きずりこまれ(よく覚えていないが、側から聞けばホラー過ぎる)、海の向こうは知らない世界でした、的な展開。
....彼と無事に会う事が出来たら、駆除してやろうと思う。
桃太郎「そうなのか?じゃぁ、しばらくはここにいると良い。まともなもてなしは出来ないが、僕が言うのもなんだが、ここはなかなか良い所だ。退屈はさせないよ」
退屈はさせない....か。
むしろ、退屈な日々を満喫したい。
海希「良いの?あなた達にとって私は知らない人間なのに」
彼女の言葉に甘えてしまってもいいのか。
進めていた箸を止め、顔を上げる。
目を細め、ニコッと笑う桃太郎と目があった。
桃太郎「当たり前だ。お前は白の友人で...そう言えば、白とは何処で知り合いに?」
長くはないエピードだ。
かなり濃い第一印象だったが、今の方が濃い。
そうだ、1番最悪だったあの時のクレームを入れよう。
脳天ダンクをかまし損ねた、あの日あの時、あの場所で彼に会ったメモリーを。
海希「あぁ、白ね。白とはたまたま会っ...」
白「海希とは山で会ったんだ!」
こ、こいつ....!
それは私が説明すべき話であって、彼の口から話す事ではない。
桃太郎との対談に割り込んでくるなんて、想像以上にやりおる犬だ。
白「お嬢を探していたんだけど、同じ匂いがしてそれを辿ったら彼女がいたんだ!でも、海希がずぶ濡れだったから服を貸してあげて、それで、夜が明けるまで、海希が退屈しないようにずっと喋ってた」
褒めて褒めて!と、その言葉がセットで聞こえてくるような気がした。
とても楽しそうに思い出話に花を咲かせる白。
彼には悪いが、そんな美談ではない。
いきなり飛び付かれたし、夜が明けるまで喋り倒されたのも、正直ありがた迷惑だった(かなり酷い言い方だが)。
やはり、私の口から話した方がより真実に近い話が出来ると思う。
だが、私は割り込めずにいる。
何故なら、あまりにも白が楽しそうに話しているからだ。
たまに私の方に同意を求めて来るが、それも黙って頷いていた。
彼の笑顔が眩しい。
眩しいし、可愛い。
可愛いものには折れてしまうのが、私の悪いところ。
なので、反論するのは諦めて美味しい料理を堪能する事に集中した。
あぁ、このワカメと豆腐のシンプルな味噌汁が美味しい。
これは、合わせ味噌を使っているな。
と、適当に白の話に相槌を打ちながらズズッと味噌汁をすすった。
夕食を終えた後、食器を片付ける季さんの姿を見て、彼を手伝う事にした。
台所にあるシンクに食器を持ち込み、洗い終わった茶碗や箸を布巾で拭き籠の中に片付けていく。
その流れ作業を眺めながら、私は思いきって彼に切り出した。
海希「季さんは、お供の方なのよね?」
最後のお皿を洗い終わった季さんは、シンク周り残った泡を綺麗に洗い流していた。
声を掛けると、目を丸くして私を見る。
季「お供...とは?」
海希「もちろん、桃太郎の。彼女の事を守るのが、あなたの役目なんでしょ?」
さらに続けると、彼はキュッと蛇口をひねった。
濡れた手を、タオルで拭いている。
季「まぁ、そうだな。だが、私は大して何も出来ない。身をもって守ると言うより、こうやって家事全般が私の役割だ。決められた仕事ではないが....自然にそうなったな」
この男は家事が出来るのか。
料理、洗濯、掃除。
私の中で、彼の株が上がっていく。
海希「家事手伝いが、あなたの仕事なの?」
季「そうだ。私は白や秀吉と違って、活発に動くのは苦手なんだ。あいつ達は若いが、私はもう歳だからな」
苦笑する季さんは、歳を気にしているようだが、見た目では老けているように見えない。
パッと見でも、20代後半と言ったところ。
たとえ30代40代でも、こんなにイケメンのおじ様なら許容範囲だ。
海希「年齢なんて関係ない。私なら、全然オッケーよ」
季「んっ?オッケーとは?」
おっと、つい口を滑らせてしまった。
イケメン過ぎる顔面にやられてしまっていた。
眩し過ぎて、周りが見えていなかった。
海希「そんな事より、ヒデヨシさんって?」
話を逸らすのもあったが、純粋に気になったのもあった。
過去に、白も何度かその名前を口にしていたような気がする。
ここまで言われると、気にならない訳もない。
季「あぁ、秀吉もここの住人で、お嬢の使い魔だ。なんだ、白から何も聞いていないのか」
海希「ううん、名前だけは何度か聞いたわ。でも、深くは聞いてない」
あいつは...と、彼は白に対して溜息を吐く。
季「白も、名前を出すくらいなら説明してやればいいものを....秀吉はいつも仕事を抜け出す問題児なんだ。夜遅くに帰ってくるが、たまに朝帰りする事もある。....今日は秀吉を紹介してやれないかもしれないな」
最後のお皿を拭き終わり、それをしまい込んだ。
隣を見れば、いつの間にか季さんは2つの湯呑みにお茶を淹れている。
季「手伝わせてすまなかった。とりあえず、座ろうか」
彼に促され、2人で居間へと向かった。
互いに向かい合わせて座った後、季さんから湯呑みを受け取った。
覗き込めば、綺麗な黄色のお茶が見える。
海希「ありがとうございます。じゃぁ、その秀吉さんもペットなのね」
と言う事は、季さんとその秀吉と呼ばれる人が雉と猿。
さぁ、この人はどっちだ。
なんとなく想像はつくが、裏が取れていない。
季「ペット?それは少し違う、私達は使い魔だ」
少し間を開けてから、驚いたような表情で季さんが否定してきた。
ペットじゃなければなんなんだ。
別の事で推理していたのに、謎が深まっていくばかりだ。
季「....あいつはそこも説明しなかったのか」
私が瞬きを繰り返していると、季さんはまた大きな溜息を吐いた。
吐いた相手は私ではない。
白い大型犬に対してなのは、説明されなくても分かる。
こほんっと軽く咳払いを1つしてから、彼は続けた。
季「能力だよ。私達は、お嬢の能力で存在を保っているんだ。つまり、不確かな存在なんだ」
海希「えっ」
....の、能力?
能力で動いているとはどういう事だ。
何処かへワープしたり、若さを保てたり、四次元バスケットを使い熟す事が能力じゃないのか。
能力で生命を保つなんて、そんな事が....
そこで、ふと思い出す。
少し前まで、私やレイルを追いかけまわしていたお城の兵士達。
彼らの存在が、自然に頭に浮かぶ。
季さんや白も、あの兵士達と同じ?
彼らの身に纏う、中世の騎士のような鎧の中は空っぽだった。
だが、目の前にいる季さん達は、ちゃんと存在している。
何度も握られた白の手だって、温かかった。
ちゃんと血が通っているのだ。
海希「...あなた達も、死なないの?」
あのソンビ兵は、倒しても倒しても立ち上がるタイラントのようだった。
それに追い回されるのだから、ゾンビ映画そのものだ。
季「そうだな。痛くない事はないが、たとえ心臓を貫かれても死にはしない。形は保てなくなるが、時間が経てば元に戻る。お嬢が生きている限り、私達は消えない」
なんて....なんて事だ。
まさか、こんなイケメンがゾンビだなんて。
いや、こんなイケメンゾンビだったら、やはり許容範囲。
ゾンビと言うよりも、陰陽師が特殊なお札で作り出す生物に近いように見える。
人の形をした物か、動物の形の物か、その時の使い道によって異なるだろうが。
季さんの場合、使い魔と言うよりもイケメン陰陽師の側だと思う。
海希「だから使い魔なのね。でも、使い魔と言うより家族みたい」
お店まで開いて、こうやって1つ屋根の下で暮らしているのだから、能力や使い魔云々と言うより、家族だ。
最初はペットだと思っていたが(白も否定はしていなかったし)季さんを見ていると家族に見える。
それは、きっと彼に獣耳がないからだ。
獣耳がなく、鳥のような翼も見当たらない。
ならば、彼は人間よりの猿なのかもしれない。
猿は、元を辿れば人間の祖先。
....そう思うと、猿としか考えられなくなってきた。
季「まぁ、そんな感じだな。私達が君の言う家族に当てはめるなら、大黒柱がお嬢。彼女は、この家にとっても私達とっても、掛け替えのない存在だよ」
大切に思われている。
白からも、季さんからも。
きっと、ここにいない秀吉さんからも、そう思われているに違いない。
白といた時も、私はたまにこんな気持ちになった事がある。
羨ましい、と。
誰からも好かれたい訳じゃない。
誰かに必要とされ、誰かに大切だと思われる。
そんな事を考える度に頭の中に浮かぶのは、また猫の事で。
一息吐いた後、季さんは私とほぼ同時に湯呑みに口を付けた。
苦味の効いた、渋く深みある香りの緑茶。
おとぎの国にこんなものは無かった。
帰りに、是非ピーターのお土産に買って帰ろうと思う。