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OTOGI WORLD 〜和の国編〜  作者: SMB
一つ屋根の下で、の巻
21/35

桃印の吉備男子


風のように颯爽と人通りを駆け抜け、行き着いた先。

引っ張られるがまま、ここまでやって来てしまった。

沢山のお店が立ち並んでいた区画とは少し外れた場所に、それはあった。


白「ここが俺の家だよ!」


正直言って、今の私はそれどころではない。

なので、当然の如く彼の声は私の耳に届かない。

白がやっと手を離しくれた時には、私の息は上がり切っていた。


....死ぬかと思った。

胸が苦しい。

肩が上下し、膝に手をついて軽く俯くと、少しだけ呼吸が楽になった。

なので、この体勢をキープする事にする。


今まで、何度も危険な目に遭い、全力で逃げてきた私だが、犬に比べれば運動不足だと言える。

走っている途中で何回か文句を言ったが、彼は一向に聞いてくれなかった。


ただ、前だけを見て走る。

実に犬らしい走りを見せてくれた事か。

おかげで、私の脚は軽く痙攣している。


元気過ぎる犬より、のんびりと寛いでいる猫の方が、やはり私は好きだ。

彼に付き合っていると、いつか私が死んでしまう。


呼吸が落ち着いていくのを感じながら、顔を上げた。

目の前には一軒のお店がある。

暖簾の掛かった引き戸の入口。

宣伝用に飾ってある看板には、桃色食堂と書かれてあった。


どうやら、ここは定食屋らしい。

暖簾のど真ん中には、大きなピンク色の果実の絵が施されている。


そこで、私のおとぎ話センサーがビビッと働いた。


ほほう、この犬はとても有名な犬らしい。

桃と犬なんて、思い浮かぶのはあれしかない。

腰にあの団子を引っ提げ、鬼に立ち向かった勇敢な戦士。

私の頭の中では、まさにその戦士が刀を片手に戦っている。


海希「あれ?でも、確か飼い主さんはお嬢って...」


白「たっだいま〜〜〜〜っ!!!!」


ガラガラガラっと、勢い良く開けられた扉。

その音で、私の声は綺麗に掻き消されてしまう。

いつの間にか、白は暖簾を潜り抜けお店の中に足を踏み入れていた。

出遅れてしまい、私も急いで後を追う。


??「白!入って来るなら裏口を使えと、何度言えば分かるんだ?」


白とは違う、私が知らない男性の声。

それと共に、胡麻の香ばしい匂いが漂ってくる。

それに誘われるように、私も店内に入った。


広過ぎず、狭過ぎず。

5人ほど座れるカウンターテーブルと、10組分の椅子とテーブルが並んでいる。

白に近い薄ピンクの壁紙には、様々な料理名が書かれた紙が貼ってある。

軽く周りを見回せば、数人のお客さんが料理を堪能している真っ最中だった。


白「あっ、忘れてた!ごめん、季!そんなに怒らないでよ!」


白が話している相手は、どうやらカウンターの向こう側にある調理場いる男のようだ。

和装に、腰に前掛けを巻いた男。

その男と、私の目が合う。


??「....客か?」


少し間を置いてから、彼は独り言のように呟いた。

青みがかった長い髪は、丁寧に背後で縛っている。

それとお揃いの青い瞳が、ジッと私を見つめていた。


白「この子はね、俺の友達なんだ!あっ、海希にも紹介するね!彼が(トキ)!」


と、店のど真ん中で勝手に紹介されてしまった。

なんて雑なんだ。

だが、無視はできないので軽く頭は下げておく。


海希「こんにちは。お、お邪魔します」


白「で、この子は海希!なんだか迷子みたいで、甲士郎さんに用があるみたいなんだけど本人がいなかったから、連れて来た」


季「初めまして、海希とやら。それは不憫だな....とりあえず、中に入ってくれ」


相手の男からは、白とは違いとても落ち着いた印象を感じ取れた。

雰囲気と口調も、とても穏やかだ。

さっきまでの顰めっ面は崩れ、柔らかい笑顔を浮かべている。


さて、この人があの有名な桃の戦士なのか。

彼の頭の上から足の爪先まで、くまなく視線を何度も往復させる。


が、瞬時に白に手を捕まれた。

こっち!、だと言われ引っ張られてしまい、彼があの桃の戦士か判断する前に、連れ去られる。

部屋の奥にある暖簾を潜り、そこで靴を脱ぐように言われ、言われるがままにブーツを脱いだ。


低い段差を上がり、短い廊下を進んでいくと襖が開けっ放しだった居間に入っていく。

そこを横断し、今度は家内と庭の境目である縁側を渡って、奥にあった階段を上がる。

そこから2階に上がって、いくつかのドアを通り過ぎ、やっとの事で白は足を止めてくれた。


1枚のドアの前。

彼は、何の躊躇もなくドアを開く。


白「ここが俺の部屋!入って入って!」


先に中に入ってしまった白。

何がそんなに楽しいのか、ニコニコと笑いながら手招いている。


ニコニコと。

そして、フリフリと尻尾が揺れている。


けして、やましさは感じない。

これまで一緒にいて、彼がそんな犬ではない事も理解しているつもりだ。

これがピーターやセリウスなら、断固お断りしていた。


海希「じゃ、じゃぁ、お邪魔....します」


男の部屋。

今回は1人暮らしのぼっち部屋ではなく、一件家のとある一室。

何故か、胸が高鳴っている。

踏み出した一歩。

そして、更にまた一歩と進んでいく。


畳の独特な匂いが、鼻から入ってくる。

6畳ほどの広さだった。

黄色のカーテンが開き、窓から日差しが入っていた。


....綺麗とは言い難い部屋だった。


一式の布団が敷きっぱなしになっている。

そこから飛び出した枕と毛布。

散らかっているのは、骨の形をしたゴム素材の玩具だ。

骨と言っても、よく犬が咥えているような可愛らしい形のもの。

大小様々の同じ形をした玩具が、沢山散らばり、その中にカラーの入った小さなボールがいくつか紛れている。

隅にあるタンスは、どの引き出しも少しだけ開いており、服がはみ出していた。

あとは折り畳み式のテーブル(何冊か漫画が積み上がっていた)と、小さな座椅子が1つ。

壁にくっ付いている犬の顔をモチーフにした時計が、カチコチと音を立てている。


海希「.......」


男の子の部屋は、こんなものなのだろうか。

正直言って、標準が分からない。


レイルに至っては、部屋と言うよりバスを根城にいている事の方が問題であり、ジャックの場合は木の中に住んでいると言うメルヘンな面を兼ね備えていたが、中はなかなかの潔癖感が出ていた。


いろいろと考えていると、いつの間にか白がドアを閉めていた。

パタンッと、ゆっくりと閉められた音に我を取り戻し、ハッとなって彼を見る。


白「とりあえず、そこに座って。あっ、そうだ、何か飲み物を取ってこようか?」


座椅子を示され、素直にその言葉に甘える事した。

散らかった犬の玩具を踏まないように進み、そこに腰を下ろす。


海希「喉はそんなに渇いていないから大丈夫。白だって疲れているんだから、座ったら?」


白「そう?じゃぁ、欲しくなったら言ってね!すぐに取って来るから!」


そう言って、白い大型犬は私の隣に座った。

手足を伸ばし、寛ぎモードに入っている。

私はと言うと、何故か男の子の部屋にお邪魔していると言う意識で、体はカチンコチンだ。


ぼっちのジャックとは、また違うタイプ(獣耳が生えている時点で)の異性。

彼は全く私に興味が無かったし、あの冷たい言い方が緊張を解いてくれていた(かもしれない)。

だが、この犬は違う。


まさか、犬耳の男相手に、こんなに意識してしまうなんて。

いや、意識と言うより防衛本能。

男は誰しも羊の皮を被った狼。

可愛い犬だって、一皮向ければロイゼになり得る。

あの可愛い猫も、猫を被っているのだから(猫が猫を被るとは、ある意味斬新)。


白「俺、自分の部屋に誰かを呼ぶのって、お嬢達以外は初めてだ」


ふと、隣から明るい声が飛んできた。

その弾むような声に見合う笑顔。

彼は、いつだって元気な笑顔を私に見せてくれる。

とても無邪気で、屈託のない笑顔。

その為か、私の頬も自然に緩んでいく。


海希「そうなの?じゃぁ、私が初めてのお客さんね」


白「えへへっ。俺って、部屋にいるより外にいる方が好きなんだ。だから、あんまり部屋にいる事ってないんだよな〜」


実に犬らしい。

あまり部屋にいない割に、この部屋の散らかりようはなんなのだろうと思ったが、口には出さない。

彼には彼の事情があるのだろうと、勝手に察しさせて貰う事にする。


海希「本当に白は犬っぽいわね。遊び回っているあなたの方が、想像できるわ」


白「えぇ〜、まだ俺が狼だって疑っていたの?俺は犬だって、前にも言ったじゃないか」


それはもう分かっている。

狼と比べているのではなく、今は人間と犬で比べているのだ。

この部屋だって、よくよく見てみればなんとなく犬っぽいと言える(犬の部屋を見た事はないが)。


海希「それはもう疑っていない。だいいち、桃の戦士が飼い主だしね。完璧な犬よ、あなたは」


白「桃の戦士?なにそれ?」


海希「ううん、こっちの話だから気にしないで。それより、下に居た季さんが飼い主さんなの?」


あの季と言う男性は、なかなかのイケメンだった。

背がスラリと高く、和装もよく似合っていたし、なにより顔立ちが美形だ。

美形の中に、柔らかさも兼ね備えているのだから、日向先輩やセリウスにない美系だと言える。

なにより、イケメンなのに獣耳がない。

ここは、抑えておくべきポイントだろう。


白「季は季だよ。飼い主なんかじゃない」


海希「でも、私のイメージにピッタリなのよね。あの前掛けはいらないけど」


白「もしかして、季が気になるの?」


不意に懐に入られ、私は少し仰け反った。

私の顔を覗き込む彼は、寂しそうな表情を浮かべている。


気にならない....事もない。

彼は鬼退治を生業とする桃の戦士。

おとぎ話好きだった私からすれば、サインを求めても良い。

手元にスマホがあれば、激写してSNSにあげて"いいね!"を稼ぐ。


海希「まぁ、そうね...気にならない事もないかな」


白「えぇ!?駄目だよ、それ!君は犬派になってくれるんだろ!?」


急に大声を出され、私の肩が飛び上がる。


いつそんな事を言ったのだろう。

私の記憶では、そんな事は一言たりとも口にしていない。

なかった事が、いつの間にやら捏造されている。


また一段と距離を詰められ、私も更に仰け反った。


海希「いや、そんな事は一言も....って!そうじゃなくて、近い!」


あぁ、ごめん!と、彼は簡単に身を引いてくれた。

ここが、彼の良いところ。

人の話はちゃんと聞いてくれる。

言う事をしっかりときくところが、まさに犬だと言える。


海希「だいたい、どうしてそう言う話になるのよ。そんなに犬派になって欲しいの?」


白「当たり前だよ!犬より猫の方が良いなんて....まぁ、狼よりはマシだけど」


私なんかの意見で優劣をつける必要はない。

とりあえず、彼にはライバルが多いようだ。

私にしてみれば、そんなこだわりは馬鹿げていると思うが、彼にとっては重要なのだろう。


海希「私はね、白。確かに猫派って言った。実際に猫も飼っていたし、その猫に手を焼かされても可愛がっていたし、って言うか、どんな変態発言をされても嫌いにはならなかったけど」


今も、だ。

今も、嫌いじゃない。

大嫌いだと言った事を、今も後悔している。


海希「でもね、だからって犬が嫌いだとか狼が....いや、狼は良いわ。とにかく、別に犬が嫌いって訳じゃないの。それは、私も前に言ったわよね?」


確かに、私は彼に言った筈だ。

犬も好きだと。

白みたいな犬なら、好きだと伝えた。


海希「だから、そんな事にこだわる必要はないのよ。私は犬が好きと言うより、白が好きなんだから」


なるべくゆっくり、そしてはっきりと言ってやる。

こんな馬鹿な話が何処にあるだろうか。

こんな事をしてまで言ってやったのだから、頼むから伝わってくれと願う。


白「それは凄く嬉しい....俺も海希が好きだよ!」


どこぞのカップルなんだ。

こんなやりとりは痛過ぎる。

なので、私の頭も痛くなってくる。

だいたい恋人ではない相手と、どうしてこんな事になっているのか不思議だ。

心の中で繰り返し毒付きながら、白の笑顔に苦笑で返す。


ちょっと好きだと言われたからって、もう照れたりなんてしない。

これは、悪い慣れだ。


白「ははっ、もっと君に好きなって貰えよう頑張らないと。そうだ、やっぱり飲み物を持ってくるよ!君は何が飲みた....」


彼の声が、途中で途切れてしまった。

その理由は、私には分からない。

白に目をやると、彼の耳がササッと動いていた。

鼻をヒクヒクと懸命に動かし、何かを察しているように見える。


レイルにも、たまにこんな反応が見られた。

私には無い、鋭い嗅覚と聴覚。

レイルの場合、嗅覚より聴覚だ。

だが、彼の場合は前者。

犬の鼻がきくのは、有名な話。

そのセンサーが、何かに反応しているのが分かる。


白「お嬢の匂い....」


ポツリと出た、白の言葉。

彼がゆっくりと立ち上がる。


海希「白?」


白「お嬢だ!お嬢の匂い!」


駆け出した白は、勢い良く部屋を出て行ってしまった。

彼を止める暇も無かった。

ドタバタと騒がしく階段を降りていく音が聞こえ、彼の足音が遠のいていく。


....お嬢?


白が言い残した言葉に、さきほど、少しだけ浮かんだ疑問が蘇る。


ゆっくりと立ち上がり、開けっ放しの扉から顔を覗かせた。

左手に伸びる廊下の先に、階段がある。

その下から、何やら歓喜に満ち溢れる声が響いてきている。


白「帰ってたんだ!おかえり、お嬢!ずっと会いたかった〜〜〜!!!」


どうやら、真のご主人様と感動の再会を果たしたらしい。

そうなれば、私もグズグズしてはいられない。

今度こそ、本物の桃の戦士。

あわよくば、私にもあの団子を分けてくれるかもしれない。

だが、私は団子一つで命を賭けるつもりはないので、勇敢な旅はお断りしておこう。


そんな事を考えながら、階段を下りた。

一段、また一段と下りて1階に到達すると、縁側を進み、声のする方へと近付いていく。


本人を目にする事が出来たのは、居間だった。

長方形のテーブルと、それを囲んだように敷いてある座布団。

熊の置物や掛け軸などの何処かのお土産のようなものが飾られていたが、今はそんなものより別のものだ。


私の目の前で、白い大型犬が1人の人物に抱きついている。

熱い抱擁。

その人物の頬を嬉しそうに舐め回す白は、留守だった飼い主を待ち侘びた犬の画。


??「すまなかったな、白。だが、僕は何度か帰って来ていたが....お前の方こそ、何処をほっつき歩いていたんだ」


長いとも短いとも言えない中途半端な黒髪。

桃の形が刻まれた額当てに、時代劇に出てくるような陣羽織や籠手といったものまで装備されている。


??「んっ?この子は....?」


ふと、相手と目が合った。

思わず、彼の事を観察し過ぎて挨拶が出遅れてしまっていた。

ただ、もっと気になるのは相手の腰に据える長身な刃物。

所謂、日本刀だ。

あれは、確実に銃刀法に背いている代物。


私の中で、ほんの小さな警戒心が芽吹いた。


白「あっ、そうだ!紹介するね!この子は俺の友達の海希!とっても優しい子なんだよ!」


またもや白に先を越されてしまい、名乗る事が出来なかった。

なんだ、この犬は。

チラッと白にガンを飛ばしたが、すぐに視線を王道キャラに戻す。


??「白も可愛らしい友達を連れてきたんだな。海希、よく来てくれた。白もいろいろと世話になっただろう」


海希「いえいえ、そんな事は...」


....あるっちゃあるが。

だが、空気の読める私は口に出さない。


桃太郎「自己紹介が遅れた。僕は桃太郎。よろしくな」


やっぱり。

感動のご対面だ。

この感動は、カボチャの馬車で王妃様と初めて会った日以来。

あの時より緊張感がないのは、きっと白の存在があるから。

だが、私の頭の中は拍手喝采。


歩み寄って来た桃太郎が、私の手を握りブンブンと振りまくる。

なんと豪快な握手なんだ。


ふと、真正面に立っている彼を見て気付く。

私と背丈と変わらない身長。

大きな瞳と、握られた手は小さめ。

確信したのは、着物越しの少し膨らみのある胸を見た時だ。


そう、白はずっと言っていた。

しつこい程に、何度も何度も。

耳にタコが出来るくらいに。


お嬢と呼ばれる相手は、彼ではなく彼女。

爽やかな白い歯を見せて笑った桃太郎は、女だったのだ。






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