表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
OTOGI WORLD 〜和の国編〜  作者: SMB
和の国へ漂流、の巻
16/35

織り鶴の恩返し


千鶴ちゃんの家の中。


私はこの家で、家族でもない猫でもない赤の他人と過ごしてしまった。


同じ屋根の下で他人と過ごすのは、けして初めてではない。

過去に、ぼっち人間である男と過ごした事があるが、今回は違う。


あの時は、とても清々しく朝を迎える事が出来た。

けれど今回の場合、次の日になっても私の頭痛が消える事はなかった。

何故なら、この犬がとても能天気だからだ。


それは、朝食を済ませ、3人で寛いでいた時だった。


白「昨日はすっごく楽しかったよね!また、みんなでお風呂に入ろう!」


海希「入らないわ!!!」


迷わず即答してやった。


こいつとは入らない。

どうしてこんなに平気そうにしているの理解出来ない。

普通は、もっと気まずそうにしているものだ。


白「なんで?あんなに楽しかったのに。なっ、千鶴ちゃん!」


千鶴「うん!白って、鬼ごっこが得意なのね!今度は上手く逃げるわ!」


きゃっきゃと2人で楽しそうに会話をしている。


どうやら、熱くなっているのは私だけのようだ。

私にはついて行けない。

彼に悪気なんてないのだろう。

でなければ、こんなに私の前ではしゃいだりしない。


彼に抱きつかれた肌の感覚が、まだ体に残っている。

それを思い出し、身震いした。


海希「千鶴ちゃん、そろそろここを出て行くわ。寂しくなるけど...色々とありがとう」


白の事は、この際考えない事にする。

彼も気にしていないのだから、私が気にしていても仕方がない。

私だけが悩んでいるのはおかしい。

何故なら、私は悪くないからだ。


千鶴「そうなの?もう少し、ゆっくりしていけば良いのに...」


と、彼女は寂しそうに口にする。


海希「ごめんね。もう少し一緒に居たいけど、そういう訳にはいかないから」


このままここに居座る訳にもいかない。

旅行気分に浸っていたが、やはりこのまま仕事をサボるのは気が引ける。

それに、向こうでドロシーやピーターが心配してくれているかもしれない。


千鶴「そっか...じゃぁ、もう少し待って!お姉ちゃんに渡したい物があるの!」


奥の部屋へと走っていく千鶴ちゃんは、襖を少しだけ開けて中へ入る。

そして、その隙間からこちらを伺うと、小さな声で呟いた。


千鶴「あたしが出て来るまで、絶対に中を覗かないでね?」


黒い瞳が、私を見つめる。


海希「え....どうして?」


千鶴「どうしても。絶対に覗かないって、約束してくれる?」


そこまで言われれば、覗く気にもならない。

私は笑顔で答えた。


海希「分かった、約束する」


そう言うと、千鶴ちゃんは静かに襖を閉めた。

しばらくすると、その襖の向こうから奇妙な音が聞こえ始める。


白「....こう言うのって、凄く覗きたくなるよね」


何故か、彼はとてもワクワクしている様子だった。

静かに部屋に近付き、その襖に手を掛ける。


海希「駄目よ、開けちゃ!千鶴ちゃんが言ってたでしょ!」


白「ああ言うのは前振りだって!絶対に開けるななんて、絶対に開けろよって言ってるみたいなもんじゃん」


確実にその解釈はおかしい。

千鶴ちゃんはリアクション芸人ではないのだ。

この犬は、やはり空気が読めないのか。


白「少しくらい覗いても、バレないって!ほら、海希も見てみよう!」


海希「こら!だから駄目だってば!」


私の言葉は、彼には届いていない。

数センチの隙間を開け、そこから覗いている。

彼の背中に、大きな溜息を吐いた。


白「千鶴ちゃん、頑張ってるな〜...ほら、君も見てみなって!」


海希「私はいい」


これでは、共犯者になってしまう。

それに、私は約束を破りたくない。


白「大丈夫だって!怒られたら、俺も一緒に謝るからさ!」


何を言っているんだ。

私が一緒に謝る側だ。

なにせ、彼は既に罪を犯している。

犬の甘い誘惑などに揺らぐ私ではない。


白「良いから良いから!ほら、こっちにおいでよ!」


手を捕まれ、あっという間に引き寄せられる。

彼の顔が、目の前にあった。


海希「ちょ、ちょっと...!?」


胸が、トクンッと鳴った。


心臓に悪い。

昨日から、白は私の心臓に悪い。

そんな事など知らない彼は、襖の間からその奥を指差した。


白「ほら、千鶴ちゃん、頑張っているだろ?」


彼に言われ、渋々中を覗いてみる。

片目を閉じ、開いたもう片方の目で、ピントを合わせる。


そこ入ってきた光景。

小さな畳の部屋から聞こえる音。


キィィィ...バッタン

キィィィ...バッタン


その音が、繰り返し聞こえてくる。

聞いたことのない機械音。

機械音と言っても、油臭さやエンジン音などはない。


そこにあるのは、織機。


たくさんの細い糸が張り巡らされ、どこがどうなっているのか分からない。

その中に、一羽の鶴がいるのだ。


海希「...つ、つる?」


あれが鶴なのか?

動物園でしか見た事がなかったので、一瞬判断に困った。

しかし、あれはやはり鶴だ。

真っ白な羽を器用に動かし、織機を動かしている。


黒いつぶらな瞳で、出来上がっていく織物を確かめているのだ。


白「やっぱり千鶴ちゃんって器用な鶴だよな〜。あんな細い事、俺だったらこんがらがっちゃう」


海希「....今、なんて言った?」


しっかりと聞こえていた。

しかし、確認の為に彼に訊く。


白「え?千鶴ちゃんが、器用だって言ったけど?」


確認したいのは、そこではない。


私は目を疑った。

まさかとは思っていたが、やはりそうなのか。


海希「千鶴ちゃん....鶴だったのね」


このままだと、おとぎ話のまんまになってしまう。

しかし、止める事など出来ない。

私は彼女との約束を破り、覗いてしまったのだから。


恩返しされる程の事はしていないのに...なんて律儀な。

感動のあまり、涙が出そうになる。


いつの間にか、織機の音が止んでいた。

私は襖から離れ、罪悪感故に背を向けて座り直した。


確実に、見てはいけないものを見てしまった。

これも、この犬のせいだ。


この場合、千鶴ちゃんはこの家から出て行くのだろうか。

ここは彼女の家なのに....

そうなれば、彼女は私のように帰る場所を失ってしまう。


そんな事を考えていると、襖の開く音がした。

床を歩く、小さな足音。

それが鶴の少女のものなのは、明白だった。


白「千鶴ちゃん、凄く頑張ってたね!俺、見ていて応援したよ!」


千鶴「え?」


この馬鹿犬〜〜〜っ!!

なぜ空気を読まないんだ!!


と、心の中で叫ぶ。

黙っていれば良いものを、わざわざ彼女に伝えてしまった。


千鶴「お姉ちゃんは...見ていないよね?」


後ろを振り向く。

そこに正座をしていた千鶴ちゃんは、織物を抱え込んでいた。


海希「見てない見てない!だって、千鶴ちゃんとの約束だったし...」


白「ごめんね、千鶴ちゃん。俺が無理に誘ったんだ。海希にも、千鶴ちゃんの頑張ってる姿を見て欲しくて」


こいつは、本物の馬鹿犬だ。

どうして嘘が付けないのだろう。

さっきから、私の邪魔ばかりしてくる。

誰か、今すぐバスケットボールを持って来てくれ。

そうすれば、私は彼の脳天にダンクを決めて点数を稼ぐ。


海希「あんたね!脳天ダンクをして欲しいの!!?」


白を睨み付けると、彼はビクッと体を震わせた。


白「えぇ、な、なにそれ!?一緒に謝ったのに!?なんでそんなに怒るの!?」


意味が分からないと言いたげな表情。

私の方こそ、理解に苦しむ。


千鶴「あたしの事、嫌いになった?」


私を見上げる少女は、とても不安そうに口にする。

彼女からの意外な言葉に、私は目を丸くした。


海希「え?嫌いになんてならないわよ?」


驚いた事は事実。

しかし、それも当たり前になってきている。

非現実的な事なんて、ここでは日常茶飯事。

腰を抜かす程の事ではない。


千鶴「嫌われちゃうかと思って...お姉ちゃんには、見られたくなかったの」


その瞳が潤んでいる。

そんな目で見ないで欲しい。


海希「嫌いになんてならない!千鶴ちゃんはとても良い子だし、好きよ!妹にしたいくらい!」


こんな事で嫌いになっていたら、私はこの世界のほとんどの人を敵に回す事になる。

そんな好き嫌いの激しい人間ではない。


千鶴「本当?」


海希「本当よ。それに千鶴ちゃんって、とても綺麗な鶴だったのね。余計に好きになった」


私の言葉に安心したのか、彼女は頬を赤くしながら微笑んだ。


可愛らしい少女の笑顔。

子供らしい表情だった。


千鶴「お姉ちゃんにね、これを渡そうと思って」


千鶴ちゃんは、抱えていた織物を目の前に差し出した。

薄い布で、広げてみると向こう側が透けて見える。


まるで羽衣だ。

天女が身にまとう羽衣。

私が知っているその羽衣には、空を飛べる力がある。

これが、私の知る物と同じ物なのかは分からないが。


千鶴「これはね、お姉ちゃんの身を守ってくれるものなの。だから、きっと役に立つわ」


見た目からして、変な力を感じる....ような気がする。

私は、その羽衣を肩に掛ける。

とても軽く、その重みは全く感じない。

どこかで落としてしまっても、気付かない可能性がある。


白「良いなぁ〜!俺も欲しい!」


隣で鳴きわめく犬。

どんなに頼まれてもこいつには貸さない。

私はキッと彼を睨んだ。


白「わっ...なんで睨むんだよ?」


耳をシュンっとさせるが、そんなものでは誤魔化されない。

私は猫派!と、何度も自分に言い聞かせる。


海希「千鶴ちゃん、ありがとう。大事にするね」


黒いおかっぱの髪を、優しく撫ぜる。


とても柔らかい。

彼女の髪は、とても繊細だった。

撫ぜているこっちが気持ち良くなってくる程に。


千鶴「ふふっ。お姉ちゃんの手、とても気持ち良い」


嬉しそうに目を細める。

私がいつも見ていた相手ではない。

目の色も違い、猫耳や尻尾だって生えていない。


なのに、彼女の言葉で誰かを思い出してしまう。


とてもしつこく付きまとってくる。

なんど回避したところで、繰り返し戻って来る。


失恋とは、とても厄介なものだ。

これを失恋だとは思いたくないが、ここまでくれば、そう認めざるおえない。


このまま会わなければ、忘れる事が出来るのだろうか...


胸を締め付けられたまま、私は目の前の千鶴ちゃんに、優しく笑って見せたのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ