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OTOGI WORLD 〜和の国編〜  作者: SMB
和の国へ漂流、の巻
12/35

山在中の老婆


吐血を繰り返す貧弱男と別れてから、だいぶと時間が過ぎていた。


その証拠に、白い世界だった筈の森の中も、今や生き生きとした緑に包まれている。


空の色も変わり、陽が落ちていく。

私はこの和の国に来て、すでに結構な距離を歩いていた。


海希「疲れた...」


よく考えてみると、私はどこへ行こうとしているのだろう。


目的もないまま、だだひたすら歩いている。

知らない場所で夜を迎えようとしているのだから、なかなかピンチな状況だと言える。


このまま歩いていて良いものだろうか...

急に不安になり、私は足を止めた。

一度不安になってしまえば、負の感情は一瞬の内に蝕んでくる。


私は何がしたいんだろう...


どうしたいのか。

何処に行きたいのか。

もう、目的さえ分からなくなっていた。


落ち込めば落ち込むほど、頭に浮かんでくるのはレイルだった。

今頃、彼は何をしているだろうか。

きっと、私とは違ってあっけらかんとしているだろう。

何事も無かったかのように。

私の存在なんて、感じさせないくらいに。


彼は猫だ。

一度興味を無くしてしまえば、尻尾を向けてしまう生き物。

私に対してだって、そうに決まっている。


海希「はぁ...もう嫌だな...」


その場に蹲り、目を閉じた。


これからどうするべきかではなく、レイルの事を考えているのだから、私は本当に馬鹿な女だ。


人生とはうまくいかないものだと実感した。

これがおとぎ話の世界なら、正義の味方がこの辺で助けに来てくれてもおかしくはないのに。

私の日頃の行いが悪かったのかもしれない。

だから、バチが当たった。

現に、私は罪を背負った人間。

これも、私に与えられた試練なのだろう。


??「もしもし、お嬢さん」


ふと、私は顔を上げた。


いつの間にか、目の前には1人のお婆さんがいた。

背が低く、少し背中を丸くした老婆。

いつからここに居たのだろう。

全く気配を感じなかった。


老婆「こんな所で迷子かい?」


と、蒔を背負ったお婆さんは、優しい笑顔を向けてくる。

その口調は、とても柔らかい。

もしや、彼女が正義の味方なのか。


海希「そう...ですね。迷子になっちゃって」


嘘ではなかった。

今の私は、明らかに迷子。

それに、いろんな意味で迷走してしまっている。


老婆「おや、まぁ。女の子が1人でなんて、心配だねぇ。この辺りは恐ろしい山姥が出るんだ。出会したら食われちまうよ」


...山姥?

山姥って、あの山姥の事か。

人を食べてしまう恐ろしい生き物。

ただ、私の知る山姥は、実際には存在しない。


老婆「良かったら家においで。大層なおもてなしは出来ないだろうけどね」


その言葉に、私は目を丸くした。

森の中で彷徨う怪しい私に、このお婆さんはなんの躊躇いもなく声を掛けてくれた。


海希「良いんですか?」


老婆「あぁ良いとも。さぁ、あたしの家はこっちだよ」


ソロソロと歩いて行くお婆さん。

私はすかさず立ち上がり、重たそうな蒔の束を後ろから支えた。


するとお婆さんは私を見上げ、ニコリと微笑んだ。


老婆「わざわざありがとうね」


海希「いえ、こちらこそありがとうごさいます」


想像していた正義の味方ではなかったけれど、それでも助かった事に変わりはない。

お婆さんに案内され、私はトボトボと彼女の側を歩いた。







お婆さんの家は、そう遠くない場所にあった。

山の中に、ポツンと取り残されたようにその家はあった。

そんな家を見て、私はゴクリと息をのんだ。


....昔話出てきそうな家だな。


見た目はまさにそれ。

木と土で出来た家。

土壁といわれるものだろう、その壁には所々に小さな亀裂が入っている。

藁葺き屋根なんかは、やはり古風さを感じさせらてしまう。


家に招待され、中へと入った。

....おおっと、中も想像通り。

部屋のど真ん中にある囲炉裏。

現代の家じゃ、なかなか見られるものじゃない。


老婆「さぁさぁ、ご飯にしようかね。うんとお食べ」


グツグツと鍋で煮込まれた野菜やお肉。

味付けは薄いもので、優しい味だった。


食事が終われば、お風呂も用意してくれた。

初めて見た五右衛門風呂。

1人で入るには余裕があり過ぎる大きさ。


まるで、田舎にある旅館に旅行にやって来た気分。

自然に囲まれた、静かな場所。

傷心旅行...そう言っても良いくらいだ。


お風呂から上がった後、借りた浴衣に着替え、とある一室に案内して貰った。

六畳程の畳の部屋の真ん中に、1枚の布団が敷いてある。

私はここで、夜を過ごす事になるのだろう。


海希「お婆さん、いろいろありがとう。おやすみなさい」


老婆「あぁ、じゃぁゆっくり休んでね。おやすみ」


お婆さんが静かに襖閉める。

それを見届けた後、私は布団の中に潜り込んだ。


海希「布団か...なんか、和って感じね」


実家暮らしだった頃を思い出し、自然に顔が綻んだ。


あの頃はベッドに憧れて、お母さんに何度もねだったっけ。

でも、結局は買ってくれなかったけど。

ベッドを買ったのは、私が大学に入学して一人暮らしを始めた時だ。

家具を買いに家族3人で出掛けて、帰りには近くのファミレスに寄ったのを覚えている。

あの頃もたくさん付き合わせちゃったな...


と、体を丸め思い出に浸っていた。

そうは言っても、これは私の記憶ではない。

きっと、本物の稲川海希のものである。

記憶を共有しているのだから、とても不思議な事だ。


記憶がないって、寂しいな...


その時の私は、この世界で誰とどう過ごしていたのだろう。

この記憶とは正反対の、寂しくて苦しい生活を送っていたのかもしれない。

ただひたすら、父親の事を気に掛けていた悲劇のヒロイン。

悲劇のヒロイン面をした、馬鹿なエマ・ライディング。


....1人で寝るなんて、いつ振りだろう。


私はゆっくりと瞼を閉じた。

眠気なんて感じないのに、無理やりにでも意識を飛ばしたくて仕方がなかった。


眠ってしまえば、何も考えなくて済む。

過去の事も、今の事も。

こんな夜は早く明けてしまえばいい。


また、私の悪い癖。

私は、また現実(ここ)から逃げたくて仕方がないのだ。

変わったつもりでも、変われない。

私の弱さは、あの時のまま...



シャリ....


シャリ...



静寂だった部屋で、微かな音が聞こえた。

それは本当に小さく、聞き逃してしまいそうなくらいの音。


最初は気にもとめなかった。

けれど、その音が立て続けに聞こえてくる。



シャリ...


シャリ...



寝返りを打って、いろいろと自分の中で誤魔化してみるが、その音は止まない。

私の額に、ジワリと汗が滲んだ。


まさか...いや、まさかでしょ。


眠れない。

怖過ぎて眠れない。


冴えきっていた私の目は、パッチリと開いていた。

ゆっくりと体を起こし、目の前の襖を見つめてみる。

明らかに、音の出処はその先にあった。


頭の中には、ある昔話が浮かんでいた。

ほんわかするようなお話ではなく、現実に体験したら怖いだろうなと言うお話。

いや、ここは夢の世界。

夢の世界だから大丈夫。

そんな事を言い聞かせながら、私は襖に手を添えた。


う、うわぁ....


スッと開けた襖の間から覗き見たものは、信じたくない光景だった。

白装束と白髪が目立つその人が、正座をした後ろ姿。

その人の腕が動く度に、シャリシャリと何かが擦れる音がする。


逃げよう。

私はそう思い、ゆっくりと襖を閉めた。


焦るな自分、負けるな自分。

心の中で呪文のように唱えつつ、メルヘンな服に着替えた。

確かにあのお婆さんは怪しかった。

知らない人間に付いて行っては行けないと、あれ程親に教えられたのに。

もう、後悔しかない。


その時、ズバッと襖が開けられた。

暗かった部屋に、ロウソクの明かりが差し込んで来る。


老婆「娘!こんな時間に何処に行くつもりだい!!!」


お婆さんは見る影もない程に、その姿は変わり果てていた。

あの優しい笑顔も柔らかい口調もどこかへ消え、裂けた口と吊り上がった目がとてつもなく奇妙だった。


よ、妖怪...。

まさに山姥とは、彼女の事を言うのだろう。

初めて見た山姥に、私は息をのんだ。


山姥「どこにも逃がしゃしないよ!せっかくの若い肉だからねぇ!!!」


右手に持っていた鉈を、私にめがけて振り上げた。

無駄に研ぎ澄まされたその刃物は、さぞ斬れ味が抜群だろうと思うくらいにギラリと光る。


海希「わぁ!!!ちょっ....待って!待ってってば!」


すかさず叫んだ。

はい、そうですかと殺される人間なんて存在しない。

私は出来るだけ喋り続けた。


海希「誰も逃げるなんて言ってないでしょ!逃げない!逃げないから待って!」


山姥「はぁ!?なら、大人しく殺されてくれるのか!?」


そんなつもりはない。

けれど、口には出さない。


海希「こ、殺す前に、お手洗いに行かせて!」


鉈を振り上げたままの山姥に、私は必死で訴え掛けた。

すると、相手は顔を顰める。


山姥「お手洗いだって?何を考えておるんだ!」


お前から逃れる方法を考えているんだよ!

そんな事を思いながら、無理やり笑顔を浮かべる。


海希「が、我慢出来なくて!ほら、早くしないと漏れちゃうでしょ!」


なんて発言をさせるんだ。

いや、ここは躊躇なんてしていられない。

私はしつこく続けた。


山姥「ちっ!それが若い女子(おなご)の台詞か!こっちに来い!!!」


おぉ、なんて話に忠実な。

真面目な山姥だな、この人。

どこかに台本を隠し持っているのではないかと疑う余地ありだ。


体を震わせながらも、私は黙って彼女の指示に従った。

体をロープで繋がれ、その先を相手が握っている。

家を出て、庭の隅にあった小さな建物に案内された。


山姥「もし逃げたりしたらただじゃおかないからね!良いかい、5分だけ待ってやる!!」


そう言われ、扉を勢い良く閉められてしまった。

その大きな音に、私の肩が飛び上がる。


....なんであんなに興奮してるんだ。

いや、それどころじゃない。


私は壁に備え付けられていた窓を確認した。

それはとても小さくて、成人である私には到底潜り抜ける事が出来るものではなかった。


やはり、話の通り上手くはいかない。


山姥「遅い!!!まだかい!!?」


海希「まだ5分も経ってないでしょ!!」


扉の向こう側でいきりたつ山姥に言い返す。


ならばと思い、私はポケット中からお札を取り出した。

これは、対山姥の必須アイテム。

貧弱な男が血まみれになりながらも私にくれたありがたいお札。

そのありがたみが、今更になって実感した。


海希「えっと、確か...」


よく見てみれば、3枚とも全く同じお札だった。

書いてある事はよく分からないが、きっとそれぞれの使い時がある筈。

....そう思っていた。


海希「あ、あれ?」


なにこれ。

どれにどんな効果があるんだよ。

見分けが全く付かない。


海希「あのヘタレ地蔵めぇ〜〜〜〜っ!!!」


どうしてもっと説明してくれなかったんだ!

お前の存在意義はこんなものなのか!!

目に浮かんだ血まみれの笑顔に、思わず舌打ちをした。


山姥「何してるんだ!早くしな!!!」


扉越しから聞こえてくる怒声に、私は焦りを感じていた。


あぁ、もういい。

こうなったら、どうにでもなれ。


海希「これで良いわ!」


3枚の内、適当に取った1枚のお札を柱に貼り付けた。

こうなったら、なんでも良い。

とにかく、この現状を変えなくては。


すると、お札がみるみる内に湿っていく。

そこから湧き出してくる水。

私が考えいたものとは違ったが、このお札には何かしらのが効果があるようだった。


どんどん溢れ出てくる水。

それはとめどなく、次第に激しくなってくる。


海希「わっ!!!ちょっと、待って!!!」


出すぎだ。

早くも私の下半身は水に浸かっている。

思わず声を上げた。

もはや、あの恐ろしい山姥に助けを求めたくなるくらいに。


山姥「何をやっているん...」


痺れを切らした山姥が扉を開けてしまった。

その瞬間、溜まっていた水が一気に流れ出る。


海希「いやぁぉぁぁぁぁぉあっ!!!!」


もはや、水難事故だった。

大きな水流に乗り、私は勢い良く投げ出される。


グルグルと回る視界。

口の中に水が入り込み、私は思わず口と目を塞いだ。

当然、それに巻き込まれた山姥がどうなったかなんて分からない。


ただ、私の意識はそこでプツンと切れてしまった。








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