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OTOGI WORLD 〜和の国編〜  作者: SMB
和の国へ漂流、の巻
11/35

積雪の笠地蔵


いつの間にか、私は森の中を歩いていた。

やはり、私の知っている場所ではなく、似ているようで別の世界。


和の国。


可愛らしい雀の彼女が、私に教えてくれた。

ここは和の国と呼ばれる場所。

イザベラが口にしたあの話は、私に何を伝えたかったのか、今でも分からない。


...そんな事より、私は本当に帰れるのだろうか。

確かイザベラは私に長期休暇をくれた筈。

少しくらいここで観光気分を味わっても良いのかもしれない。

それに、帰りたくないという気持ちも、少なからずある。

あそこに帰れば、色々と気まずい理由があるからだ。


海希「....あぁ、私って本当に未練たらしいわ」


油断をしていると、すぐにレイルを思い出してしまう。

そんな自分が嫌になり、私は木陰に腰を下ろした。


木漏れ日が差す明かりだけで、この森の中は薄暗い。

知らない場所で、少しくらい怖いと感じるのが普通なのだろう。

なのに私の場合は、怖いと言うよりも寂しいと言う気持ちが先に来ていた。


騒がしい生活に慣れてしまっていた。

けたたましく鳴り響く銃声も、私にベッタリくっ付いていた猫の彼の事も、遠い昔の事のように感じてしまう。


海希「って、駄目駄目!」


また考えてしまっていた。

私は立ち上がり、再び歩き出した。


何かをしていないと駄目になってしまう。

今やるべき事は、甲士郎さんを探す事。

余計な事は考えたくない。


サクサクと森の中を歩いて行く。

歩いても歩いても、生い茂る光景は変わらない。

それでも私は歩き続けた。


海希「なんか...寒い?」


しばらく歩いていると、空気が冷たくなっていくのを肌で感じた。

更に歩き続けると、木々の間から何かが降ってくる。


ひらひらと、花弁のように舞うもの。

それが、私の手のひらに静かに落ちてくる。


海希「雪?」


小さな結晶が、じわりと液体に変わった。

降り続ける雪は、進むにつれてその道を白くしていく。

しばらく寒さ慣れしていなかった私は、体を震わせながら小さなクシャミを漏らした。


急に雪が降ってきた。

この和の国には、ちゃんと四季があるのかもしれない。

けれど、さっきまでは暖かい気候だったのに...


とても不思議。

不思議でしょうがない。


かじかんだ手をこすり合わせる。

鼻をズルズルと言わせながら、私は寒さ対策の為にも歩き続けた。

その末に、少し道が開いた場所に辿り着いた。

雪はグングン降り積もり、すでに私の足はくるぶし辺りまで雪の中に沈んでいた。


この辺りにだけ、やたらと雪が積もっている。

その証拠に、目の前にはちょっとした雪山が出来ていた。


海希「....ん?」


いや、違う。


私はそこで足を止めた。

小さな雪の塊の中から、人の手のようなものが突き出ている。

その光景に、思わず両手で口を覆った。


人が...人が雪に埋もれてる!


咄嗟に体が動いた。

雪の冷たさなんて感じる暇もなく、私はひたすらその雪山を掻き分けた。


海希「大丈夫ですか!?しっかりして下さい!」


中から出てきたのは、黒と白の衣を羽織った男だった。

首には赤いマフラーと笠が振ら下がっており、黒髪の短髪にはまだ雪が積もっている。


男「.....!!」


肩を揺さぶっていると、男はハッと目を覚ました。

私からゆっくりと離れ、パチパチと瞼を開閉させている。


男「ふぁ〜....あぁ、また寝ちまってたか」


その一言に、私は眉を寄せた。

男は体を伸ばし、大きなあくびをしている。


男「おっと。君が俺を起こしてくれたの?いや〜、助かったよ。危うく永遠の眠りに就くところだっ...」


その瞬間だった。

突然、相手が多量の血を口から吐き出した。

真っ白だった地面が、一気に真紅に染まる。


海希「ひっ!!!」


急な出来事だったので、私は悲鳴を上げながら後退りした。

男はケホケホと咳をしながら、手で口元を拭う。


男「ごめん、ごめん。俺、体が弱くてね」


はっきり言って、体が弱いじゃ済まされない症状だと思う。

赤くなった雪の表面を見て、気分が悪くなった。


海希「病院に行った方が良いですよ」


男「それ、みんなに言われるよ。もう言われ慣れちゃってね。逆に行かないって手もありだと思って」


と、男は笑顔を浮かべながら言った。


どうしたらそんな選択肢が出てくるんだ。

だったらこいつの命は長くもたない。

こんなグロい光景を見せられて、通院を勧めない人はいないだろう。


男「俺の名前は菩薩(ボサツ)。人の言葉に耳を傾け、人を救う事を生業としているんだが、どうもね。いつもこうなんだよ」


海希「いつも?」


菩薩「そうそう。俺って体も弱いし寒さにも弱いのに、持ってる能力がこれだろ?」


と、菩薩と名乗った男は顎で辺りに敷積もる雪を示した。


菩薩「瞑想している内に、眠たくなっちゃって。それで、気付いたら雪の中。いつも誰かに助けられてるんだ。笑えるよな、助ける側が助けられるなんて。いや、本当に笑えるよ」


君も笑って良いよ、と相手は額を押さえながら笑っていた。

笑いながら、己を自虐している。

なにがそんなに面白いのか、彼はケラケラと笑い続けた。

...可哀想になってきたのは私だけだろうか。


菩薩「そう言えば、お嬢さんのお名前は?」


ひとしきり笑った後、彼は我に返ったのか、私の名前を尋ねてくる。

これと言って教えない理由も無かったうえに、先に相手が名乗ってくれたのもあり、私は自己紹介をする事にした。


海希「稲川海希です」


すると、菩薩は目を細めた。

私の目の前まで顔を寄せ、ジッと見つめてくる。


菩薩「へぇ...たくさんの人間に出会ってきた方だけど、君みたいな珍しい子は初めてだ」


そう言って、ジッと見つめられる。

私に穴が空いてしまうんじゃないかと思う程に。


海希「あ、あの...」


菩薩「おっと、悪いね。人間観察が好きなもので。なんだか今日は得した気分だよ、君のような子に出会えて本当にう...」


ゴボゴボォっ

ゲボォっっ


間一髪だった。

私は身の危険を感じ、一瞬にして彼から離れた。

真っ白な雪の景色が、殺人現場のような状態になっていく。


海希「吐くなら吐くって言って!」


菩薩「うぐっ....そんな無茶な。病人に対して有るまじき台詞だよ、それ」


そんな事は分かっている。

承知の上であえて言わせて貰ったのだ。

だいたい、有るまじき行為をしているのは彼の方だ。

彼の吐血っぷりは、一度経験すれば十分にその(彼の体調含め)危険性が分かる。


海希「だったら吐かないでよ」


菩薩「あのねー。俺だって吐血したくてしてる訳じゃないんだよ」


じゃぁ病院に行け。

このままだと、お前はあの世へ行きだ。

それこそ笑えない。


海希「いつか死ぬわよ」


菩薩「ははっ、何言ってるの。人は誰しもいつかはあの世に逝く。人ってよりも、命あるもの全てが当てはまる。それが早いか遅いかの話だよ。もしも不老不死が存在するなら、会ってみたいものだね」


この状況で、そんな命の尊さを諭されても困る。


そして、私は思った。

彼に是非会わせてやりたいと。

永遠に寿命をごまかし続けている葉緑体を。


菩薩「自慢じゃないけど、俺は運には恵まれている方なんだ。強運の持ち主ってやつ。あっ、でもそれでいて軟弱な体の持ち主なんだから、運が良いのか悪いのかよく分からないよな。あははっ、本当俺の存在意義ってなんだろ。こりゃ瞑想じゃなくて、迷走しちゃってるな」


ほら君も笑って、と何故かまた笑っている。


そんな自虐ネタはいらないし笑えない。

こいつは鬱なのかもしれない。

笑ってないとやってられないって感じなのがひしひしと伝わってくる。


....私が彼を笑う事で彼自身を救う事が出来るのなら、彼の自虐ネタに声を大にして笑ってやっても良い気がする。


菩薩「さて、俺はそろそろ瞑想の続きをするよ。その前に、海希ちゃんに良いものをあげよう」


何が出るかな何が出るかな〜、と鼻唄混じりで懐をあさっている。

しばらくして出てきたのは、何枚かの紙切れだった。


菩薩「パンパカパーン、お札でした〜」


....。

..........。


なんだ、このテンションは。

パッと見は病人に見えない。


海希「お札?」


菩薩「お札を馬鹿にしちゃぁ駄目だぞ?これは俺の友人から貰ったありがたいお札なんだ。君にも少し分けてあげよう」


そう言って、差し出された3枚のお札。

少し古びた紙に、墨で何か書かれてあったが読めなかった。


何かの役に立つのか。

渋々受け取ったお札をしまい込む。


菩薩「それじゃぁ、お嬢さん。また何処かで会えると良いね」


その言葉を最後に、菩薩は笠を頭に乗せた。


座禅を組み、瞼を閉じる。

そこから、岩のように微動だにしない。

シンシンと降り続ける雪が、彼のかぶる笠の上を滑り、地面へと落ちる。


その姿は、どこかで聞いた事のあるような昔話に近いものがあった。


彼に背を向け、雪の中を歩いた。

その頃の私は、寒さなんてものは忘れていた。

もしかすると、菩薩と言う男のおかげなのかもしれない。








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