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OTOGI WORLD 〜和の国編〜  作者: SMB
和の国へ漂流、の巻
10/35

雀の涙


頭の中で、甲士郎さんの声が響く。

とても慌てた声で、その声はどんどん遠ざかっていく。


大小様々な魚達。

水面から差し込む月明かりが見えなくなったのは、どれくらい潜ってからだったのだろう。

青い景色が、グルグルと回る。









聴こえてくるのは、どこかで聞いた事のあるような音。

寄せては返す、繰り返されるその動き。


海希「ん....?」


目を覚ませば、そこは青い空の下だった。

静かな波の音が、何度も折り重なるように聞こえてくる。


そして潮の匂い。

私は、思わず体を起こした。


海希「ここ、何処....?!」


木々に囲まれた湖ではない。


青い空に、白い砂浜。

寄せては返すその波に、私は後退りした。


全く見覚えのない場所。

私の知るおとぎの国には、こんな場所はなかった筈。


潮風に髪を靡かせながら、呆然と立ち尽くしかなかった。


青くて広い海。

何羽かのカモメが、気持ち良さそうに飛んでいく。


....とても平和だ。

何処までも続くその水平線に、やはり立ち尽くす事しか出来ない。


海希「....って、甲士郎さんはどこ!?」


ようやく我に返る。

あの亀のせいで、訳のわからない場所に行き着いてしまったのは確実だ。

いや、彼は本当に亀だったのだろうか。

今更ながら、疑問に思う。

もしかすると、河童だったのかもしれない。


海希「甲士郎さん!!?どこにいるの!!!?」


彼の名を呼びながら、歩きにくい砂浜に足跡を残していく。

不思議な事に、髪や服は濡れていない。

彼の能力のせいなのか、それもよく分からない。

彼にここまで運んで貰っていた記憶が、ぼんやりと残っていただけだった。


海希「あの亀〜〜っ!!!どこ行ったのよ!!」


彼の姿はどこにもなかった。

ここまでどうやってやって来たのか。

帰り道が分からない上に、帰る方法さえ分からない。

完全に、私は遭難している。


海希「最悪だわ...本当に最悪...」


最悪だ。

変な亀を助け、変な亀に乗り、変な亀とはぐれ、変な場所に辿り着いてしまった。

やはり、初対面の相手には付き合わない方が身の為だと実感した。


私は独り言を繰り返しながら、砂浜を歩いた。

石段を登り、砂浜から解放される。

ここからでも、綺麗な海がよく見渡せた。

よくある砂地の道を歩き出しながら、私は大きな溜息を吐いた。


海希「どうしよう...」


仕事の予定だってあったのだ。

このまま、変な場所にいる訳にもいかない。

クビにされる事より、イザベラやセリウスに変な事をされないか心配だ(いや、イザベラの場合は斬首されるかもしれない)。


とは言っても、連絡の手段も帰り方も分からない今、私にはどうしようもない。

レイルがいれば、どうにかして迎えに来てくれるかもしれないが....


海希「....あ、駄目駄目。忘れなきゃ」


彼とは、もうなんの関係もない。

私は嫌われてしまったのだ。

そう考えれてみれば、ここでは彼と会わなく済む。

しばらくここにいるのも、一つの手かもしれない。


しばらく歩いていくと、周りが木々に覆われ始めてくる。

どうやら、少しずつ海から遠ざかっているようだった。


やはり、知らない場所。

道並は少し似ている気はするが、見た事のない風景だった。

迷っている筈なのに、不思議と焦りはない。

なぜなら、おとぎの国にやって来た時から、私は既に迷い続けているからだ。


更に歩いて行くと、私の視界に何かが映り込んだ。

道のど真ん中に、なにか小さなものがいた。

その小さなものは、弱々しい声で泣いていたのだ。


??「え〜ん....」


目の前まで来て立ち止まる。

地面にひっくり返った籠の中に、一羽の雀が小さくなって泣いている。


雀「ひっく...え〜ん、え〜ん...」


嗚咽を漏らしていた。

悲しそうと感じるより、とても可愛らしいと感じる方が先に来てしまう。

やはり、私は動物に弱いみたいだ。


海希「...罠に掛かっちゃったの?」


籠の中に、数粒の米がおちている。

それに、ついたて用の棒も転がっているのだから、これは完全に雀用の罠だろう。


雀「....あなたは誰?」


小さな体なのに、大粒の涙をポタポタと流しながら、雀は私を見つめる。

瞳がウルウルとしていた。


...そんな目で見つめられると、どうにかしてしまいたくなってしまう。


何故雀が喋っているのか。

そんな疑問さえ抱かなくなっていた。


海希「私は...稲川海希よ。迷子になってるの」


名前を名乗ろうか迷ったが、相手の可愛さに負けてしまった。

私は可愛いものに目がないのだ。


雀「...海希?あなたは和の国の人じゃないのね...」


和の国....?


イザベラが口にしていた名前。

私は目を丸くした。


海希「ここが和の国なの?」


雀「そうよ...ここは和の国。あなたがいた世界はマナがなかったのね...」


全てを見透かされた。

名前を名乗れば、いつだって悟られてしまう。


私は躊躇なく籠を持ち上げた。

檻から解放された相手は、驚いた様子で私に言った。


雀「助けてくれるの?」


つぶらな瞳。

どうやら、泣き止んでくれたようだ。


海希「うん。だって、可哀想だもん」


可愛いこの子を罠に掛けるとは....

罠に掛けて捕まえたくなる気持ちも分からなくはない。


雀「ありがとう...!!!あなたって、とても良い人ね」


羽を大きく伸ばし、とても喜んでいた。

その光景に、私はほっこりしていた。


癒される。

もの凄く癒される。


鈴「私の名前はね、雀の鈴。海希のおかげで、とても助かった。本当にありがとう」


パタパタと私の周りを飛び交う。

その姿を目で追いながら、私は笑った。


海希「元気になってくれて良かった。私も嬉しい」


私の肩に、鈴はちょこんと座り込む。


あぁ....もう持って帰りたい。

とくに雀を飼いたいと思った事はないが、この子なら飼ってみたい。


鈴「御礼を受け取って欲しいの。私からのほんの気持ちよ」


そう言って、チュンチュンと雀らしく鳴く。


すると、目の前に突然現れたつづら。

それも2つ。

手のひらサイズの小さな物と、両手では収まりきれない大きな物。

サイズが違うのは、明らかだった。


海希「これは....」


頭に浮かぶのは、やはり昔話。

鈴の舌を確認してみたいが、そんな事は言い出せない。

それに、本当にちょん切られていたらとても可哀想で見ていられない。


鈴「今のあなたに役に立つ物が入っているわ。どちらか一つを選んでちょうだい」


チュンチュンと、私の肩の上で飛び跳ねる。

なんだか、とてつもなく凄い体験をしているような気がする。


彼女を疑っている訳ではないが、変な物が飛び出して来ないか不安だ。

私はとても臆病なので、小さなつづらを指差した。


海希「じゃぁ....こっちを貰おうかな」


ポンっと弾けるような音と共に、大きなつづらが消えてしまった。

残された小さなつづら。

鈴は私の肩から離れ、つづらの前に移動する。


鈴「開けて開けて!きっと良い物が入っているわ!」


跳ね回る雀。

つぶらな瞳が嬉しそうに細くなる。


か、可愛い....!!!


そんな得体の知れないつづらなんかより、あなたを持って帰りたいと言ってしまいたくなる。


海希「開けて良いの?」


小さなつづらを手に取ってみる。

蓋を開けてみると、そこに収まっていたのはピンク色の丸い物。

ほのかに香る甘い匂いに、私はそれを手に取った。


海希「...桃?」


桃を手に取ると、つづらが消えてしまった。

ピンク色の果実は、どこからどう見ても桃だった。

柔らかさで言えば、良い感じに熟れているので、今が食べ頃な気がする。


まじまじとそれを観察していると、いつの間にか私の頭の上に飛び乗っていた鈴が声を掛けて来た。


鈴「海希にとって、それが必要なものなのね!きっと役に立つわ!」


私にとって、今すぐ必要なのは甲士郎さんだ。

桃なんて、全くのお呼びでなかった。


海希「何の役に立つの?」


桃なんて、久々に見たような気がする。

桃の甘い香りが私の食欲をそそったが、食べる気にはならない。


雀「う〜ん、私には分からないけど...でも、あなたに必要なものよ!」


海希「どうして私に必要なの?」


この桃で、おとぎの国に帰れるのなら話は別だ。

もしくは、これが黄金の林檎と同じ価値があるのなら、きっと役には立つだろう。

しかし、食べれば私の首は華麗に飛ぶことになる。


雀「私の能力はね、その人にとってとても大事な物を受け渡す事が出来るの。だから、きっと海希に必要なの」


この桃が...?

どう考えても、今の私に役に立つとは考えられない。

強いて言うなら、これで餓死は免れる。


海希「....大きい方を選んでいたらどうなるの?」


欲張っている訳ではないが、気になったので訊いてみた。

さすがに、等身大の桃が出て来ていたら、かなり困る。

何が困るかと言うと、移動に邪魔になるからだ。


鈴「別の物が出てきていたわ。簡単に言えば、さっきの選択はあなたの今後を決める分岐点。あなたが選択したのは、この桃だって事」


要するに、このつづらの中身で私の運命が決まるという事だろう。

なんの役に立つのか分からない桃を持って運命のままに生きるか、勿体無いがこの桃をいらないと叫びながら空の彼方まで放り投げ、運命に抗うかのどちらかだ。


海希「よく分からないけど...お腹が空いたら食べるわね」


大きなつづらを選んでいたら、一体どんな物が出てきていたのだろうか。

もしも、そこから甲士郎さんが出て来ていたら、私はすぐにでもおとぎの国に帰る。


もしくは、あの可愛い猫。

黒と白の髪と、オッドアイを持つ猫だ。

突然飛び出して来ても、不思議には思わない。

心のどこかで、彼がいつものように優しく、そして強引に迎えに来てくれると願っているからだ。


鈴「うん!じゃぁ、お爺さんが待っているから、もう行くね!」


小さな羽をパタパタと羽ばたかせる。

彼女は私に笑いかけ、青い空へと舞った。


鈴の姿を見送ると、とりあえず私も歩き出した。


見た目は普通の、とても不思議なピンクの果実。

頭の中に浮かんだ猫の姿を振り払う為に、桃を眺めながら今後の事を考える事にした。







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