始まりの物語2
今回も真面目な展開です。
八房と警護の男の間に、伏姫の声が割って入った。
「何が望みじゃ」
体力的には限界が来てはいても、精神的には気丈な姫だった。
「望み?」
「申せ。金か? 所領か?」
「お主の体じゃ」
「無礼者」
八房の要求に、警護の男がそう叫びながら、八房めがけて刀を振り下ろした瞬間、男の体は乾いた田の彼方に吹き飛んでいた。
「さて、我が子をなしてもらう」
「何を無礼な」
今度は伏姫に付き添っていた女が、伏姫と八房の間に入り、両手を広げて壁を作りながら言った。
「そやつが結界を張っておったか」
女の言葉など聞こえなかったかのように、八房は地面に転がる錫杖を持った男の死体に目を向けながら言った。
「何の事ですか」
伏姫が詰問調でたずねると、八房が伏姫に目を向けた。
「おぬしには、妖の力を受け入れる素養があるのであろう?」
八房の言葉に、伏姫は心当たりがあった。
幼き頃より言葉かわせぬ物の怪たちとも心を通じて会話ができただけではなく、物の怪の力を借りて怪異現象を引き起こす事さえできた事もあった。
「我が力を継承する者を造らねばならぬ。
それには、おぬしの体が必要なのじゃ」
「あなたは人ではなく、物の怪と言う事ですか?」
伏姫が八房にたずねると、八房は静かに頷いてみせた。
「そのような事、許しませぬ」
伏姫の前に立つ、女が震える声で言ったが、八房は意に介していない。
「では、条件があります」
伏姫はきりりとした声で八房にそう言うと、振り返って煙が立ち上る滝田の城の方向を指さした。
「今、我が城は落ちようとしております。
あの城を、父上を、母上を救ってはくれませぬか?」
「ふむ。
簡単な事じゃ。
あの城と、そなたの両親を救えばよいのじゃな」
「はい」
「約束は違わぬと誓うか」
「はい。
城を、父上と母上を救って下されれば、我身をあなた様に差し出しましょう」
「あい分かった」
そう言ったかと思うと、八房の姿は一瞬にして消え去った。
そして、伏姫が滝田の城の方に目を向けると、その上空に一瞬にして沸き起こった黒い雲より雷が大地をうち続けている。
「あれは先ほどの八房の仕業なのであろうか?」
自分の意思にて天より雷を地上に落とすなど、神がごとき所業に伏姫は八房の力に恐怖を抱き、体の震えを止める事ができないでいた。
その雷もすぐに止み、空間を引き裂く雷鳴も止んだ。
滝田の城の上空を覆っていた暗雲が消え去ると、立ち昇っていた炎と黒煙もぴたりと止んだ。
もはや、その場が戦場であるとは、伏姫の場所からはうかがい知れなくなった頃、八房は伏姫の前に戻って来た。
「望み通り城を救ったぞ。
我と共に参れ」
「しばしお待ちください。
城と父上、母上が無事な事を確認させてください。
そして、父上にあなた様と契る許可をいただきとうございます」
「分かった。
では参ろうぞ」
八房はそう言うと、伏姫を抱きかかえ空を駆け、滝田の城に向かって行った。
瞬く間に近づいていく滝田の城。
その前の地面に広がるのは、八房の雷や炎によって焼かれ、真っ黒となった敵兵の多くの遺体。
城門の奥の館は無傷とは言い難いが、大きな被害はなく、将兵たちが何が起きたのかと言う表情で、敵兵の遺体で埋め尽くされた城門の前を見つめていた。
滝田の城に到着した八房と伏姫はこの城の主であり、伏姫の父である里見義実と広間で向き合う事になった。
広間の奥には義実が、その前に八房と伏姫。そして、左右に里見義実の家臣たちが座っていた。
事の次第を聞いた義実は険しい表情で、握りしめた両拳をぷるぷると震わせながら、一喝した。
「ならぬ。
わが姫を物の怪の妻になどさせられるものか」
義実の言葉に、左右に控えていた義実の将たちは八房への殺気を満し、いつでも襲い掛かれる態勢をとった。
そして、そのうちの何人かは腰の刀の柄に手をかけてさえいた。
「約束を違えると申すのか?」
八房の声は落ち着いてはいたが、譲らぬと言う決意に満ちている。
二人の話し合いが決裂した場合に備え、義実の家臣たち全員がいつでも八房に切りかかれる態勢に入った。
「お待ちください」
透き通った声で、伏姫が言った。
「この城と、父上、母上を救ってくださる事を条件に、私は八房殿が出された条件を飲みました。
そして、約束通り八房殿は城を、父上を母上をお救い下さりました。
父上のお立場を考えれば、約束を違えるのは許されざるものではないかと」
「しかし、姫。
そやつは人にはあらず。物の怪ぞ。」
「承知しておりまする。
これより、八房殿とこの地を去りとうございます。
後は追わないでいただければ」
そう言って、頭を下げる伏姫に義実は返す言葉を見つけられず、黙って目を閉じた。
予約更新しました。
よろしくお願いします。