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村雨くんの刀は竹光じゃない??

 厠に行っていた村雨くんは戻って来た。


 再び二人の空間。

 と言っても、何をする訳でもない。

 突然、話の途中にトイレに立った村雨くんの態度から言って、さっきの話を続ける気も無いし、村雨くんからも話しかけてこない。


 沈黙の空間。

 薄暗さも手伝って、目を閉じると、そのまま眠ってしまいそう。

 そんな静かな空間は文ちゃんによって崩された。


 どたどたと廊下を慌ただしく走る足音。

「みんな来てくれ」と、慌て気味な文ちゃんの声。

 何か緊急事態と言うのが伝わってくる。



「何かあったのかな?」

「さあ?」



 そう言って、村雨くんがゆっくりと立ち上がった。



「犬村殿が」



 文ちゃんの言葉から言って、角ちゃんに何かがあったに違いない。

 信乃ちゃんたちも部屋から飛び出して、文ちゃんと合流し、厠に向かって行く。

 私も立ちあがり、信乃ちゃんたちの後を追った。



「こ、こ、これは」

「犬田殿、犬村殿を救う事は?」



 信乃ちゃんたちの背後からのぞく光景に、私は両手で顔を覆った。

 狭く薄暗い厠の中は、赤黒い血で塗り染められ、その床に転がるのは角ちゃん。



「もはや私の力の及ばぬ状態で」



 文ちゃんは治癒の力がある。でも、死人を蘇らせる事は出来ない。

 角ちゃんは死んでいると言う事だろう。


 床と壁を染める赤黒い角ちゃんの血の量から言って、それは確実っぽい。

 と言うか、生きていたら、こんなところで突っ伏したまま動かないなんて事もないはず。



「誰がこんな事を」

「そんな事より、早く部屋に」



 信乃ちゃんの言葉に、角ちゃんの遺体を部屋に運び入れた。


 揺らめくろうそくの明かりが映し出す角ちゃんの死に顔。

 取り巻くのは信乃ちゃんたち八犬士たちと、私に村雨くん。



「せっかく妙椿を倒し、公方より恩賞をもらえると言うのに」

「誰がこのような事を」



「そ、そ、そ」



 私の横で、村雨くんの口からそんな言葉が聞こえて来た。

 大きな声ではなかった事と動揺からか、信乃ちゃんたちは気づいていないらしく、誰も村雨くんに視線を向けようとしていない。

 村雨くんはと言うと、目が泳いでいる。


 なんで?

 何か知っている?



「そう言えば、村雨くん、角ちゃんと同じ時に厠に行かなかった?」



 何か知っている事を言うんじゃないかと思って、村雨くんに話を振った。

 信乃ちゃんたちの視線が村雨くんに集中した。



「まことですか、村雨殿」

「私が厠に行った時には、犬村殿はおられませなんだ」



 村雨くんはきっぱりと言い切った。

 厠は一つ。

 文ちゃんがあの時厠へ行ったのなら、村雨くんと会わなかったなんて事は無いはず。

 としたら、あの時、角ちゃんがトイレに行ったと思ったのは、私の思い過ごし?

 確かに厠に入る所は見ていない。



「犬村殿がわれらの部屋を出た時に、村雨殿も部屋にはおられなんだと言う事ですか?」

「犬村殿は漏れそうだと申しておったゆえ、まっすぐに厠に向かったはずじゃが」

「犬村殿の傷は背後から刀で刺されておる。

 しかも傷口の位置から言って、小柄な者の仕業」



 状況から言って、村雨くんに疑いが向いている。

 私は村雨くんじゃないと分かっている。

 竹光で人は殺せない。

 でも、それは口にできない。

 


「じゃあさ、誰か怪しい人を見なかったかな?」



 信乃ちゃんたちの疑いの矛先を向けるべき他の誰かを求めた。

 村雨くんが見ている可能性はあるはず。



「いえ。誰も」



 私のそんな思いに気づいているのか、いないのか分からないけど、村雨くんは淡々と言い切った。

 それがきっと村雨くんとしての事実。

 ここで、誰かを見たなんて嘘を言っても仕方ないのも確か。



「そうですか。

 では、村雨殿を疑う訳ではございませぬが、念のため刀を見せていただけませんでしょうか?」



 信乃ちゃんが村雨くんに言った。



「そ、そ、それは」



 竹光を暴くのはかわいそう。信乃ちゃんたちを止めようとした。

 でも、止める理由が見つからず、言葉はそこで止まってしまった。


 信乃ちゃんたちは私に視線を向けて、続く言葉を待っている。


 どんな理由なら、みんな納得してくれるの?


 そう悩んでいた時、村雨くんが立ち上がった。



「仕方ありません。

 お見せいたします」



 そう言って、自分の刀の柄に手をかけた。


 信乃ちゃんたちも立ち上がり、注意を村雨くんの動きに集中させた。

 もし、そのまま村雨くんが襲ってきた時のためかも知れない。


 チャッ!


 そんな音を立てて、村雨くんの刀が抜き放たれた。

 私は少し顔を背けて、その刀を見ないようにした。



「おお」

「こ、こ、これは」



 信乃ちゃんたちがどよめいている。

 きっと、竹光の事実を知ったからだろう。


 これで、村雨くんの無実は証明されたはず。

 そんな思いで視線をみんなに戻した時、信じられない光景が目に飛び込んできた。


 村雨くんが右手に持つ刀は、禍々しささえ感じずにいられないほどの妖しい金属光沢を放っていた。



「嘘っ!」

 


 そんな言葉が私の口からこぼれ出た。

以前見た村雨くんの刀は竹光だったはず。

だと言うのに、今、村雨くんの手にある刀は本物の刀。

いいえ、それ以上に禍々しさが……。

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