勝利の宴
破壊された里見の城は破壊されたまま。
さすがに数日で修復はできなかったらしい。
効果は無いと知りつつも、角ちゃんの幻術に身を包みながら、近づいていく。
破壊され、焼け落ちた城門と城壁の向こうに城の内部が見て取れる。
中には多くの蟇田の軍勢と思いきや、人の気配は無い。
荒廃しているのは城門や城壁ばかりではなく、城内の建築物も廃墟と言っていい感じ。
竜と妙椿が戦った事で破壊されたのかも知れない。
「ここにはもう妙椿いないんじゃないかな?」
「とにかく、行ってみるしかないでしょう」
信乃ちゃんの言葉にうなずいたとき、廃墟の中に立つ人影を見つけた。
進んで行く私たちに近づいてくる。
「えぇーっと、私たちの姿が見えているって感じかな?」
「犬村殿の幻術に惑わされていないと思っていいでしょうね。
きっと、あれが人間の姿の時の妙椿でしょう」
信乃ちゃんが言う。
巨大な猿とは思えない華奢な体格にほっそりとした顔の輪郭。
「化け猫のように、幻術で惑わしているんじゃなくて、妙椿は本当に人に化けれるって事でいいのかな?」
「おそらく」
「あんなほっそりとした小柄な人が、サ○ヤ人じゃなくて、巨大な猿の物の怪になっちゃうの?」
「おそらく。
注意してください」
信乃ちゃんが言った。
「お前が八房の力を受け継ぎし者か?」
妙椿らしき女が近づきながら言った。
私に言っているのは確かなはず。
「えぇーっと、たぶん」
「邪魔者は消すに限る」
そう言ったかと思うと、妙椿は巨大な猿に姿を変えた。
「信乃ちゃん」
私の掛け声で、信乃ちゃんが雷撃を放った。
妙椿の動きが止まった。
親ちゃんが地面を割ると、動きが止まっていた妙椿が地面の裂け目に落ちた。
親ちゃんがさらに重力をかけて、妙椿の動きを鈍らせている内に、荘ちゃんが風を起こして、城の残骸を地面の裂け目に送り込むと、道節ちゃんが炎を放った。
燃え盛る妙椿と大量の木材。
荘ちゃんが風を起こして、空気を送り続けると、炎が燃え盛る地面の裂け目の中は灼熱の地獄になっていく。
これでは火鼠の毛と同じ耐火力でも、耐えられないはず。
妙椿が反撃してくる気配はない。
「親ちゃん、地の力、弱めてみてくれる」
「分かりました」
巨大な重力で束縛されていた妙椿の自由は、これで解き放たれたはず。
妙椿のダメージの具合を計れる。
炎の中の光景を注視する。
炎の揺らめき、伝わってくる熱気以外、何も感じられない。
妙椿は呆気なく、死んだ?
そんな気もしないでもないが、油断する訳にはいかない。
「炎と風、続けてください」
それから、しばらくその状態を続けた。
どのくらい経ったのか分からない。
でも、炎の中に動きが無い事から、妙椿は死んでいないとしても、反撃の力は無いに違いない。
「そろそろいいかな」
私の言葉に、炎と風の攻撃を止めた。と言え、燃料代わりにしていた木材はまだ炎を上げている。
もはや八犬士たちの妖力は使っていないと言うのに、妙椿が反撃してくる気配はない。
炎がおさまるのをじっと待つ。
炎は次第に小さくなり、熱気もしだいに収まって来た。
「反撃してくる気配はないね」
「おそらく、妙椿は力を失ったかと」
「親ちゃん、あの地面、元に戻せるかな?」
「可能です」
親ちゃんがそう言った瞬間、地面に揺れを感じた。
視線の先の裂けた地面がゆっくりと動き始め、妙椿の体その間に挟んだまま裂け目を閉じてしまった。
「勝ったのかな?」
「でしょうね」
信乃ちゃんが言う。
「よかったぁ」
あっさり勝った。
それはとりあえず、うれしかった。
でも、一つ気づいた。
私は元の時代に戻れる気配すらない。
妙椿を倒せば戻れると言うのは、単なる思い込みだったのか、それとも妙椿は実は逃げてしまったのか?
不安を抱かざるを得ない。
しばらく、その場で様子を見ていたけど、妙椿の反撃はなく、竜も現れなかった。
大きな目的だった妙椿退治。
それはあっさりと成就した。
それを知った鎌倉公方 足利成氏から恩賞を与えるとの知らせが届けられた。
私的には興味の無い話だけど、村雨くんが八犬士たちのためにもと言うので、足利成氏のところに向かう事にした。
そんな知らせが届けられた事と、大きな任務を果たした達成感からか、信乃ちゃんたちは上機嫌で酒宴を楽しんでいる。
私は別室で村雨くんと二人っきり。
「妙椿は倒せたと言う事でいいのかな?」
やはり不安できいてみる。
「だと思います」
きっぱりと言い切った。
村雨くんの言う事が正しいとしたら、私は妙椿を倒しても元の時代に戻れない事になる。
もしかすると、もうこのままこの時代に残るしかないのかも知れない。
「そっかぁ」
村雨くんにそう言った時、部屋の外の廊下を歩いて行く人の気配を感じた。
視線を受けると、厠に向かうらしい角ちゃんの姿が目に入った。
視線を村雨くんに戻した時、村雨くんは立ち上がっていた。
「どこかに行くのかな?」
「厠へ」
「そっかぁ」
そう言い終えた時、村雨くんはすでに私に背を向けていた。
ついに終盤に入りました。
次話で描かれる大事件が、主人公に謎解きのカギを与えていきます。
その先に待っているのは……。




