左目が怪我していない??
「いえ。左目を突き刺しただけで、殺してはいません。
逃げて行きましたので」
相手が幽霊だと言うのに、村雨くんは落ち着いて答えた。
どうも、恐怖に固まってしまっているのではないらしい。
「あの化け猫の左目を潰されましたか。
私はあやつを退治しよう殺された者。
あやつは幻術を操る事ができ、今は私の姿でこの先にある私の村で暮らしているはず。
あやつには気をつけて下され」
そこまで男の幽霊が言った時、信乃ちゃんたちの声がした。
「何ごとですか?」
振り返りたいけど、怖くて振り返れない。
「そこに幽霊が!」と言うつもりだったのに、村雨くんが私の頭を村雨くんの腹部に押し付けていたので、うまくしゃべれなかった。
「ん、ん、んんんん」
言葉とも言えない意味不明の声になった。
「こ、こ、これは」
私はうまく話せなかったけど、信乃ちゃんたちも幽霊に気づいたらしい。
そう思った次の瞬間、予想外の言葉が私の耳に届いた。
「失礼いたしました」
「我々は何も見ておりませぬゆえ」
「もちろん、音も聞こえていませんから」
「私どもは寝ますゆえ。お二人のお邪魔はいたしませぬ」
信乃ちゃんたちの反応が、何か変。
村雨くんの手が離れたので恐々振り返ると、あの幽霊はおらず、信乃ちゃんたちも私に背を向けて、寝転がっていた。
何かまずいものを見てしまったので、見ぬふりをしているかのよう。
「えぇーっと、どう言う状況?」
「それはそう言う事だと」
村雨くんの言葉に、今の私の姿を思い返してみた。
もしかして、信乃ちゃんたちは私がいやらしい事をしていたと誤解したのかも。
「信乃ちゃんたち、寝なくていいから。
私の話、聞いてくれないかな?」
村雨くんから離れて、慌てるように言った。
「お二人はそう言うご関係ですゆえ」
「いえ。それ全然誤解ですから」
そう言って、私は信乃ちゃんたちを起こして、今ここで起きた事を話した。
「なるほど。さようでございましたか」
信乃ちゃんは頷いてくれているが、私の方に目を合わせていない。
「えぇーっと、もしかして、信じてくれてないのかな?」
「いえ、信じておりまする。
のう、みんな」
「左様でございます」
そう言っていても、誰も私に目を合わせていない。
はっきり言って、私の事を疑っている。
とんでもない濡れ衣。さっさと晴らさなければいけない。
「明日朝から、この先の村に行きましょう。
そこに行けば、その赤岩一角に化けた猫がいるはずです」
「ですが、そこに一角と言う者がいたとして、それが化け猫だとどうすれば分かるのでしょうか?」
「左目を怪我しているはずですよね?」
「なるほど」
「そこに赤岩一角を名乗る左目を怪我した者がいれば、今の私の話、信じてくれますよね?」
「もちろん。
いえ、最初から信じていますよ」
村雨くんじゃないけど、そう言った信乃ちゃんの目は泳ぎ気味。
村雨くんにいやらしい事をしていたなんて思われるのは嫌。
さっさと疑いを晴らしたくて、次の朝早くから岩窟を出た。
山を下りた先の村。
赤岩一角に化けたあの化け猫がいるらしい。
みんなが寝静まった夜中に、私が村雨くんにいやらしい事をしていたなんて誤解を解くためには、左目を怪我した偽物の赤岩一角を見つけ出さなければならない。
でも、ここにはもう一人の八犬士もいる。
「八犬士もこの村にいるのですか?」
信乃ちゃんがたずねてきた。
「はい。そのようです」
「どちらを先にされますか?」
どちらを先に?
私としては、さっさと変な誤解を解きたい。
でも、どこにいるか分からない偽物の赤岩一角を探すより、居場所を感じられるもう一人の八犬士を探す方が楽。
「八犬士を先に訪ねましょう」
「赤岩は後回しでいいのですか?」
私の答えに村雨くんが言った来た。
以前、利根川に落ち、大怪我をした信乃ちゃんを前に、どうして先に八犬士を味方にしないのかと言われた事があった。
あの時のお返しのチャンス!
「そうよ。
だってね、村雨くん。この八犬士がもしも、人を探す妖力を持っていたら、それで一気に解決でしょ?」
「そうそう運のいい事が何度もあるなんて、思っているんですか?」
村雨くんの目は冷たい!
これまた、あんたばかぁ? と思っていそう。
この前のお返しのつもりが、またまた言い負かされた気分。
何なの、この子。
私の味方なの? 敵意かなんか持ってるんじゃないかと思っちゃう時もある。
ここで村雨くんとの立場を大逆転するためには、その八犬士を見つけて、私の考えが正しかった事を証明してみせるしかない。
その確率は?? 薄いかもだけど……。
ちょっと肩を落としながら歩き続け、草庵にたどり着いた。
「ここにその八犬士がいるのですか?」
私が静に頷いて見せた時、背後に一人の男が現れた。
中年、小太り気味で、丸い顔にぼさぼさの髪。
左目に怪我をしていないところから言って、赤岩一角ではなさげ。
「なにか、わしの息子にご用でしょうか?」
「あなたは?」
「わしは赤岩一角と申す者。
ここに暮らしているのは犬村角太郎、わしの息子です」
信乃ちゃんたちは赤岩一角と言う名に、お互いを見つめあった。
なんで?
それが私の正直な感想。
あの幽霊が言った赤岩一角と言う名の人物は確かにいた。
でも、左目は怪我していなかった。
左目を潰したはずの化け猫。
それが化けているのなら、赤岩一角の左目は怪我しているはず??
これでは目の前の人物が化け猫かどうか分からない!!




