無表情のままの女の子の怒り
建物の中に置かれた人が入れるほどの大きな樽。
いくつあるのか数えなければ分からない。
あの中に、女の子が一人ずつ入っているとしたら、かなりの数。
そう言えば、さっき通りで、「私の娘を探しています!」って、声もきいたような。
「騙して、連れてき、売り飛ばしているって事?」
「そうさ」
「そんなの許さないんだから」
「ははは。許さない。
じゃあ、どうする?
お前に何ができると言うんだ」
「村雨くんがやってくれるのよ。
ねっ」
竹光だって、それなりには攻撃力はあるかも。
ましてや、女の私よりかは村雨くんの戦闘力は高いはず。
それに、元々私を守るのが村雨くんのお仕事。
「そ、そ、そうですね。いざと言う時には」
「今がいざって時だと思うんだけど」
「い、い、今ですか?」
頼りになりそうで、ならない。頼りにならなさそうで、頼りになる時もある村雨くん?
やっぱ、頼りにできなさげ。
「はははは、は。
そんな子供に頼らなければ、自分の身も守れないのか」
「確かにね」
そう言って、私は目を閉じた。
私は小学校の低学年の時、クラス一番乱暴な男の子に毎日のようにからまれた事がある。
いくら自分が手を出さなくても、悪い奴はからんで来るし、クラスの誰も助けに来てなんかくれなかった。
その時、私は思ったんだった。
自分だけいい子でいても、だめなんだ。
自分が何もしなくても、殴りかかってくる奴はいるんだ。
いじめ反対なんて言ってたら、いじめが無くなるなんて訳は無い。
自分を守るには自分も強くなるしかないんだ。と。
信乃ちゃんとかに頼るのではなく、私も強くなりたい。
私は目を開くと、私の決意を込めて、目の前の男たちを睨んだ時、刀を抜くような音がした。
チャッ!
「うっ」
そんな呻くような声を上げて男たちが一歩下がり、たじろいだ気がした瞬間、大きな音と閃光が私たちを包んだ。
雷が近くに落ちた?
さっきまで、そんな気配は無かったのに?
「に、に、逃げろ」
リーダー格の男が真っ青な顔で、扉を開けて、飛び出していくと、他の男たちも続いて飛び出して行った。
開いたままの扉の向こうに、燃え上がる松の木が見えた。
「雷が松の木に落ちたの?
何で、雷が」
「そんな事より、火がこの建物に移る前にこの子たちを助けませんか?」
村雨くんの声に振り返ると、並んだ桶の蓋にかけられている紐を一生懸命解いていた。
私も参戦し、捕えられた女の子たち全員を救い出した時、燃え上がる松の木から落ちた炎を纏った枝が屋根の上に落ち、家も燃え上がり始めた。
幸い、この家に隣接する建物はなく、延焼は防げそう。とは言え、一大事の発生に、周りはすでに野次馬が集まっていた。
「この騒動の内に、離れませんか?」
野次馬たちの輪に加わった時、村雨くんが言った。
「それがいいかも」
私もその意見に賛成。
厄介事に巻き込まれまいと、私と村雨くんは野次馬たちの輪を離れる事にした。
聞きたいことがある。
あの時、何があったのか?
でも、野次馬たちに声が届く場所では聞けない。聞かない方がいい。
早く、その答えを聞きたくて、ちょっと足早で野次馬たちから遠ざかる。
次々に集まってくる野次馬たちの流れも途切れ、人気が無くなると、村雨くんにたずねた。
「あの時、村雨くん、何かしたの?」
「あの時?」
何の事? 的な表情で、村雨くんは私を見た。
「雷が落ちる直前、男たちが怯んだように見えたんだけど」
「私は何もしていません。
直前ではなくて、雷と同時だったとか」
「刀を抜くような音が聞こえた気がするんだけど」
私の言葉に、村雨くんは悲しい顔をした。
悪い事を言ってしまった。
どう考えても、竹光を見て笑い転げるのならともかく、怖がる悪人なんていやしない。
「ご、ご、ごめん」
「いえ。
気にしないでください。
私は天下無双の剣の使い手ですから」
「そ、そ、そうだったね。
でも、どうして怯えて、逃げ出したのかな?」
「無表情で怒気を発するありすに怖気づいたからじゃないでしょうか」
「何それ。ちょっと失礼だと思うんだけど」
村雨くんのその言葉は、悪い事をしたと思っていた気持ちを一気に吹き飛ばした。
無表情のままの女の子の怒り。
中二病でちょっとエロ好きな男の子の怒った顔。
いえ、あの時、村雨くんがそもそも怒った顔をしていたかどうかも分かんないけど。
どっちが怖いって、確かに無表情で怒っている女の子かな。
でも、そんな事であんな悪事を働く男たちが怖気づく訳もない。
どうして男たちが怯んだのかも分からない。
刀を抜くような音が聞こえた気もする。
でも、竹光の村雨くんが刀を抜く訳もない。
偶然だとは思うけど、雷が落ちたのも気になってしまう。
偶然でなかったとしたら、やっぱ村雨くん?
考え込んでも、よく分からない。
答えも見つけられないまま、村雨くんと私は利根川を流された信乃ちゃんがいる場所にたどり着いた。
雷が落ちたのは偶然?
男たちが怯えたのはどうして?
村雨くんが活躍したのかどうかは分からないまま、とりあえず危機脱出した二人でした。




