わなにはまった私
川に落ちて流された信乃ちゃんと、もう一人の見知らぬ八犬士。
川の流れが急だったのもあってか、二人は岸にたどり着くこともできなかったようで、どんどん私と村雨くんのいる場所から離れて行った。
でも、二人の気配を感じられると言う事は、二人は無事と言う事でもある。
二人を追って、私と村雨くんはちょっと開けた町にたどり着いた。
ちょっと小奇麗な家が立ち並び、歩く人々もちょっと小奇麗。農村に比べてと言う程度だけど。
行き交う人もちょっと多くて、賑やか。これも、農村に比べてと言う程度だけど。
「今日はよい天気じゃのう」
「そろそろ油を買わないと」
「私の娘を探しています!」
「前を向いて、しっかり歩きなさい」
人々の声が飛び交う町中。そんなちょっと賑やかな中を歩いていると、背後から声をかけられた。
「あなたたち、兄弟?」
振り返ると、十代半ばくらいの女の子が立っていた。
大きめの顔なのに、負けないほどの大きな瞳、引き締まった口元。ちょっと知性を感じさせる顔立ち。
身なりも小奇麗なところから言って、それなりの家の人っぽい。
「はい。そうなんです」
相手が兄弟だと思ってくれているなら、あえて否定する必要はない。
「この町、初めて?」
「はい」
「ちょっとだけ、案内しようか?」
「そうねぇ」
ちょっと、マジで考え始めた。
理由は簡単。
相手が久しぶりの同年代の女の子なので、お喋りしたいと言う気持ちが沸き上がって来た事。
もう一つは、そろそろお腹が空いてきていて、どこかで何かを食べたい気になっていた事だった。
「お姉ちゃん、行こうよ。
急がないと」
頼りになるんだかならないんだかよく分からない村雨くんも、会話の流れはちゃんと理解できるらしい。
話に合わせて、私の事をお姉ちゃんと呼んだ。
そして、村雨くんが言う事はもっともだ。
行く事にしようとした時、目の前の女の子が私に決め台詞を放った。
「そうだ。うちに団子があるんだよ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
ちょっとだけと言いながら、きっと私の目は輝いているはず。
「私に付いてきて」
「はい」
いそいそとその子と何気ない会話をしながらついて行く私。
案内されたのは、町並から少し外れた大きな松の木の横に建てられた家だった。
屋根が風で飛ばされないようにか、屋根の上には石が置かれている。
開けられた扉の先に見えるのは土間。
さらにその奥に筵が敷き詰められている。
「どうぞ、中に入ってて」
その子が家の中で扉を持って、私と村雨くんを招き入れてくれた。
「お邪魔します」
そう言って私と村雨くんが中に入ると、女の子が後ろ手で扉を閉めた。
外から直接差し込んでいた陽光が遮られると、部屋の中が薄暗くなった。
「これは、これはなかなかなんじゃないのか?」
男の声に視線を向けると、大きな樽のようなものが並べられたところから、十人ほどの男たちが姿を現した。
「えぇーっと、どう言う事なのかな?」
背後を振り返って、ここに私たちを連れて来た女の子にたずねた。
女の子は視線を逸らして、何も答えない。
「どう言う状況か、分からないんですか?」
女の子に代わって、村雨くんが私に言った。
これもまた、あんたばかぁ? 的な言い方。
「やっぱ、そう言う事ですかね」
「でしょうね。
狙いが私なのか、ありすなのかは聞かなければ分かりませんが」
「狙いか?」
村雨くんの言葉に、男たちの真ん中に立っている男が、そう言うと、傍らの男に顎を振って、樽の方向を差した。
「へい」
そう言って、男が樽に向かって行くところを見ると、真ん中の男がこの男たちのリーダーらしい。
男は一つの樽の蓋の上の紐を解き始めた。
蓋が開かないようにしていた紐を解くと、その蓋を外して、中を覗き込みながら言った。
「おい。
新顔さんに、顔を見せてやれ」
そう言いながら、その男は一度樽の中に手を突っ込んで、引き上げた。
男の手と共に、現れたのは私と同じような年頃の女の子。
顔は恐怖で引き攣っている。
「あんたも、そこに詰めてやるからな」
リーダー格らしき男の一言で、男たちが私の所にやって来て、私を後ろ手にねじ上げた。
「痛い! 痛いんだけど。村雨くん、助けてくれないのかなぁ?」
「そ、そ、そうですね。いざと言う時には」
後ろに顔を向けてみても、真後ろにいたと思える村雨くんの姿は見えない。
頼りになりそうで、ならない。頼りにならなさそうで、頼りになる時もある村雨くん?
でも、こんな時は竹光では頼りにできないかも。としたら、どうなっちゃうのか、不安になる。
「詰められた後、どうなるんですか?」
「そんな事も、分からないんですか?」
なぜだか背後から、村雨くんがそんな事を言ってきた。あんたばかぁ? 的な口調で。
「村雨くんに聞いてないんだけど」
村雨くんの返事にイラッと来てしまう。
「俺たちは売り飛ばすだけさ。何もしねえよ。
大切な商品だからな。
その後は、その体で男たちを楽しませてやんな」
リーダー格の男がそう言い終えると、男たちが下品な笑い声を上げ始めた。
またまたやってきた危機。
相変わらずすっ呆けた事を言っている村雨くん。
この危機に活躍? それとも。




