狂気を纏った村雨くん?
私たちは新たな八犬士を求めて、川岸に建つちょっと派手な三層の建物の近くに来ていた。
「あとどれくらいですか?」
村雨くんが、目指す八犬士との距離を聞いてきた。
「たぶんなんだけど、向こうもこっちに向かってきているような気がするんだよね」
「では、ここで待ちましょうか」
「だね」
そう言って、三層の建物の外壁にもたれかかって、新たな八犬士の登場を待つ。
八人も集めるなんて、と思っていたけど、意外と簡単に行くかもしれない。
そんな思いでいる私に、そう物事がうまくは行かない事を認識させる声が届いた。
「いたぞ。
あれだ。犬塚信乃」
そう言ったのはみすぼらしい服に身を包んだ、小汚い烏帽子を被った二人の男。
その男たちは慌てた様子で、引き返して行った。
「あの言い方、ただの知り合いなんかじゃないよね?」
「昨日の盗賊たちの生き残りでしょう。
でも、あの盗賊たちの中に、八犬士の一人がいるとしたら、闇雲に斬り捨てる訳にも、雷の力を使う訳にもいきませんね」
信乃ちゃんはそう言うと、村雨くんに目を向けた。
「村雨殿はありす殿と一緒に、どこかに身を潜めておいてください。
奴らの狙いは私のはず」
「分かりました。
で、犬塚殿は?」
村雨くんの言葉に、信乃ちゃんは三層の建物の上層部に目を向けた。
「上の方が見晴らしもいいですし、目立つでしょう。
上で奴らを待ち受けます。
大丈夫です。全員峰打ちで片付けて見せます」
そう言い終えると、信乃ちゃんは三層の建物の中に飛び込んで行った。
「私たちはあそこに行きましょう」
村雨くんが近くあったぼろい小屋を指さした。
二人が身を潜めた小屋の中は暗くて、かび臭い。
狭い部屋の中には、桶みたいなものやら、何だか分からないものがあって、窮屈この上ない。
「物陰に身を隠しますよ」
村雨くんはそう言うと、さっさとどこかに隠れてしまった。
私を警護しているはずの村雨くんが、私より先に身を隠すなんて。
ちょっと不満を抱きながら、物陰に隠れたその時、外が一気に騒がしくなった。
「どこだ」
「犬飼殿、ぜひご助勢を」
大勢の人の気配に、怒気を含んだ声。
盗賊たちの仕返しだ。
「犬塚信乃。私はここだ」
信乃ちゃんの声が響いた。
「あそこだ」
「あんな建物の上に上がれば、逃げ道は無いのと同じだ」
「かかれぇ」
その声と同時に、喚声のようなものと、大勢が駆けて行く気配が小屋の中に伝わって来た。
耳を澄ませて、外の様子をうかがってみる。
外に充満していた人の気配は三層の建物の中に吸い込まれて行く。
そして、さっきまで感じていた新しい八犬士の気配も、その中に消えて行った。
「えぇーっと。新しい八犬士の気配も、あの建物の中に消えて行ったんだけど、やっぱり盗賊だったってことなのかなぁ?」
物陰に隠れながら、村雨くんに聞いてみた。
「それは私に聞かれても、困ります」
「仲間にしたら、分かるよね」
そう言ってから、私は物陰から立ち上がって、右手を差し出した。
「何してるんですか?」
「何しようとしているのか、分からないの?」
あんた、ばかぁ? 的な言い方で、言ってみる。いつも言われているだけに、仕返し気分。
「お手っ!」
何の反応も無い。
気合を込めて、もう一度。
「お手っ!」
あれ?
「そんな事が通じる訳ないじゃないですか。
もしも、どんなに離れていてもその言葉が通じるのなら、犬塚殿を仲間にした時に、他の八犬士たちも導かれるんじゃないです?
「そんな事くらい分かってたんだけどね。
かなり近づいたから、効くかなって、試してみたんだけど」
「ありすの声は相手に聞こえもしない、姿も見えもしない状況で、やってみるなんて、信じられません」
あんたばかぁ? 的な言い方に感じてしまう。
頼りになるのかどうかも分からない中二病的な村雨くんに、私は抜けていると思われていそうで、情けなくなってしまう。
がっくし気分で、再び物陰に身を隠した。
「ぎゃあ」
「くそ」
戦いの気配がビンビンに伝わってき始めた。
盗賊たちが信乃ちゃんがいる三層目にたどり着いたんだろう。
「犬飼殿、ご加勢下され」
「任せておけ。こやつをひっ捕らえるのは、私の務めでもある」
犬飼。さっきからその名前が時々聞こえて来る。
盗賊たちの中の用心棒的な存在なのかもしれない。
そんな事を思っている時、何かが水の中に落ちた音が届いた。
「二人、川に落ちたぞ」
誰かが川に落ちたらしい。
意識を集中させると、信乃ちゃんの気配と別の八犬士の気配が、遠ざかって行く。
落ちたのは信乃ちゃんと、ここにやって来た別の八犬士らしい。
三層の建物の横の川は流れがかなり早いのか、二人がかなりの速さで遠ざかって行く。
「信乃ちゃんが落ちた。
追いかけないと」
私の言葉に、村雨くんが物陰から姿を現した。
「ここで待っていてください」
その言葉を残して、村雨くんが小屋を出て行った。
信乃ちゃんを助けに行ったの?
物陰から立ち上がると、小屋の扉に忍び寄る。
まだ盗賊たちはわんさかいるかもしれない。
そんな中、村雨くんが外に出て大丈夫なのか、心配になる。
いや、もしかすると、村雨くんがばったばったと盗賊たちを斬り捨てている?
こっそり扉をほんの数cm開けて、外に目を向ける。
隙間から広がる空間。
多くの盗賊たちの姿が見えるのではと言う心配は無用だった。
その先に見えたのは、無数の盗賊たちの死体と血の海だった。
峰打ちにするんじゃなかったの?
それより、村雨くんは?
そう思った時、立っている人影がある事に気づいた。
離れた場所にたった一人。
そこに目を向けた。
遠目でも分かる、にやりとした横顔。
右手には刀が握られていて、その刃先は地面に転がる盗賊の体に突き刺さっている。
人を突き刺した状態で笑みを浮かべる男。
殺人鬼並に狂気を纏っているとしか思えない。
その横顔は村雨くんだった。
主人公の目に映ったのは、本当の村雨くんの姿?